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奪略者からの宣戦

 茶会の翌日。


 昼休みに柘榴から呼び出しをくらい、Dクラスの教室へと足を運ぶ。


 この時、正直歓迎ムードではなく、教室の前に来るや否や訝しげな目を向けられた。


 完全にアウェイな空間の中で、呼び出した本人は教室内にはおらず、気まずい状態から仕方なく外で待つことになった。


「あれ、こんな所にまさかの有名人じゃん。珍しいぃ〜」


 声をかけてきたのは、名前も知らない女子だった。


 制服を着崩している、ギャル風な女子だ。


 面識がないことから、俺は少し警戒しながら言葉を返す。


「あんたは?一方的に知られることにはもう慣れたけど、そうも馴れ馴れしく声をかけられるのは、どうも嫌な気分になるぜ」


「あぁ〜、そいつは失敬。私は浦村佳乃(うらむら かの)だよ。このクラスの人間ね」


 そう言って、教室の壁を軽く2回ほど叩く浦村。


 フランクな感じで接してくる女子は何人も見てきたが、それだけに眼の前の女にも少し苦手意識が出てくる。


 どうも俺は、今風のギャルと呼ばれる人種と距離を起きたくなる傾向にあるようだ。


 久美のあのノリに慣れるのだって、半年はかかったレベルだしな。


「もしかしなくても、柘榴くんに用事があった感じ?」


 こういう時は、確認の意味を込めて「もしかして」と前置きをするものだが、この女の場合は確信めいた予想があるようだ。


「予想的中おめでとう。その通りだ」


 音が出ないように小さく拍手をしては、浦村はドヤ顔を浮かべる。


「朝から機嫌が良かったからねぇ〜、彼。片思いの相手に会えることを喜ぶ、乙女みたいな感じって言ったら伝わるぅ〜?」


「柘榴が…乙女…?」


 少しだけイメージしようと頑張ったが、すぐに頭がそれを拒絶して身震いする。


「冗談でもやめてくれ。寒気と吐き気の両方に襲われたぞ、今」


「アハハハッ、流石に妄想のハードルが高すぎたみたいだね」


 この状況を楽しむかのように、浦村は無邪気に腹を抱えて笑う。


 そんな彼女に苦笑いを向けていると、後ろからブオォンっと風を切る音が聞こえては思わず振り向く。


 それと同時に、顔の間近に迫ってきた細い足が視界に入っては、すぐに右手で掴んで防ぐ。


「ちっ……完全に不意打ちできたと思ったのに…!!」


邂逅(かいこう)一番に蹴り入れてくるか、普通?」


 蹴りを入れてきたのは金本欄であり、足を離せばスカートが翻っては下着の色がわかった。


「まさかの白か……」


「どこ見てんのよ、変態!!」


 ドゥクシっ!!


 心の中で呟いたつもりが、声に出ていたらしい。


 感情の乗った拳が、俺の頬にめり込んだ。


 いってぇ……。


 怒りという感情は、限界を超える動きをさせるらしい。


 今の羞恥心と憤怒を乗せた拳は、反応できないほどに速かった。


「それで、そこのバカとここの変態が話し込んでるなんて以外なんだけど?どういう関係?」


 バカというのは浦村のことなのか、彼女は「バカはひどーい」と言って抗議している。


「変態もひどいぞ、濡れ衣だ。白パンが恥ずかしいなら、スカートで回し蹴りなんてしてくんじゃねぇよ」


「白パン言うなぁ!!」


 顔を真っ赤にして恥ずかしがる金本が再度拳を繰り出してくるが、今度は紙一重で横に逸れることで回避する。


「あっぶねぇ……。まぁ、茶番はこの辺で。浦村とは、今日のこの瞬間が初対面だ。向こうは一方的に、俺のことを知ってるみたいだけどな」


「そりゃ、当たり前でしょ。うちのクラスは、あんたと柘榴のバカのいざこざに巻き込まれた身なんだから」


 言われてみれば、確かに。


 柘榴が俺個人とEクラスを標的にしていたのなら、嫌でも名前と情報ぐらい入ってくるか。


 それに1年生の1学期では、俺も派手に動き回ったしな。


「その柘榴のバカは、今どこに居るか知らねぇか?呼び出されてるんだ」


「おめぇら、陰で俺のことをバカ呼ばわりして楽しいか?」


 こういう時、聞かれたくない本人の悪口を言っていると、颯爽(さっそう)と現れるもんだな。


 向こうの方から、両手をポケットに突っ込んだ柘榴が近づいてきた。


 しかも、顔には目に見えて不快というように、額に青筋を立ててらっしゃる。


「よっ、バカ柘榴」


「違うわよ、柘榴のバカでしょ」


「どっちも同じだろうがっ!!はっ倒すぞ、クソ雑魚どもぉ!!」


 こういうことは、臆せずに堂々と開き直って言えば良いと思っていたが、火に油を注いだらしい。


 うん、そりゃそうか。


「まぁ、冗談はさておき、呼び出しておいて遅れてんじゃねぇよ。用件は?聞くまでもねぇことかもしれねぇけど」


 柘榴の隣には、萎縮したように大人しい磯部の姿があった。


 こいつ、暴君の前だと借りてきた猫だな。


「お前の言う通り、わざわざ言うまでもねぇことだ。こいつにはもう話してあるが、グループはおまえと組ませる。今更、異論はねぇだろ?」


 昨日と同じように、拒否を許さない覇気を放っている。


「わかってる。その代わり、おまえも俺の条件を忘れんじゃねぇぞ?」


「筋は通すさ。これでも、極道の人間だからな」


 その言葉を信じるかどうかは、今回の特別試験の結果次第だな。


 それにしても、こんな大勢の人間が行き交う廊下で、堂々と俺と組ませるって言ってのけるとはな。


 目撃者を作りだして、逃げられないようにするってことか。


 ここで俺が「やっぱり辞める」と言えば、学園中で俺への評価は落ちるってわけか。


 お互いに、念には念を入れているってことだな。


「まさか、こんなところで俺が会いたい人間が2人も揃ってるとは……驚きだぜ」


 そして、ここに来て招かれざる客が姿を現した。


 柘榴の後ろから、ただならぬ黒いプレッシャーを感じては目を向ける。


 ボサボサに乱れた髪を、額に着けたヘアバンドで逆立たせている男が1人。


「内海……おまえかよ」


 俺から声をかければ、向こうは素っ気なく「悪かったな、俺で」と返しては歩み寄ってくる。


「景虎……。お呼びじゃねぇ、失せろ」


「おまえの言うことを聞く義理も、理由もねぇんだよ」


 元・飼い主と飼い犬だった関係とは思えないほど、険悪な状態なのが見て取れる。


「正直、次の試験でおまえと戦えると思ってたが……少し残念だ。状況が変わっちまったからな」


 内海の目は俺に向いており、本心を吐露しながらも「だけど」と区切っては柘榴に視線を移す。


「今度こそ、おまえをぶっ潰すことができるのは好都合かもな」


 それは宣戦布告だろうか、戦意を込めた瞳と歯を見せて笑みを浮かべる。


「おまえが?俺を?笑えねぇ冗談だな」


 内海とは対照的に、柘榴に笑みはない。


 澄ました顔で、相手を見ている。


「おまえなんて、椿を倒す上で通過点でしかない。おまえが終われば、次は鈴城紫苑だ」


 要するに、眼中に無いと言いたいらしい。


「最初に俺を標的にしたのは、冬の借りでも返したいって腹積もりか?」


 以前までの柘榴なら、自分が通過点なんて評価を受ければ怒りを覚えていただろう。


 いや、今も納得はしておらず、顔に出さないだけで怒りの感情を抱いているかもしれない。


 それでも、静かな闘志が少しだけ見える。


 冬の時のことをぶり返して、挑発しているのが証拠だ。


 そして、それを引き合いに出された内海は、穏やかじゃない表情になる。


「もう2度と、俺がおまえの想い通りに動くと思うなよ…‼」


「おまえがどう動こうが、どうでも良い。最初に俺を標的にしたことが、間違ったと後悔するだけだ」


 まさか、いつかの光景を第三者視点で見ることになるとは思わなかったな。


 挑戦者は内海景虎。


 そして、それを受けるのは柘榴恭史郎。


 クラスの順位ではBクラスの内海が上ではあるが、能力的にはどっちが上なのかは定かじゃない。


 柘榴へ宣戦布告をした後、内海はこっちに視線を戻す。


「なぁ~にを傍観者気取ってんだ?おまえ、わかってんだろうな?」


 俺に向ける対抗心は、柘榴へのそれよりも強い。


「有象無象を喰らいつくした先、おまえを狩るのは俺だ」


 獲物を狩る獣の目とでも言うべきか、鋭い目付きだ。


「あんまり先を見過ぎて、足下を(おろそ)かにすると盛大に転ぶぜ?最悪の場合、穴に落ちるかもな」


 一応の忠告をすれば、それに聞く耳を持ったかどうかはわからないが、俺の隣を通り過ぎる。


 その時に、あいつは俺の耳にだけ届くように小声で呟く。


「精々見てろよ」


「やれるもんなら、やってみろ」


 今の展開で、俺としては心配事が1つ減ったかもしれない。


 無論、1年生や3年生の配置によっては、番狂わせもあるかもしれねぇけどな。


 内海が離れて行けば、柘榴はクッフッフと不敵な笑みを浮かべては前髪を右手でかき上げる。


「少しは楽しめそうだなぁ、こっちのブロックは」


「そりゃ、良かったな。こっちは心配ごとだらけで気が気じゃねぇよ」


 向こうにスイッチが入ったことを喜ぶべきなんだろうが、それを表に出すわけにはいかない。


「つくづく、おまえは追いかけられる運命らしいな。前世でどういう徳を積んだら、そんな数奇な人生になるんだ?」


「前世なんて知らねぇよ。少なくとも、現世で犯した罪で言ったら……今更、数えきれねぇけどな」


 過去は消えないと言っても、それによって苦しめられているのが現実だ。


 そして、俺が生まれながらに宿す力も、罪と呼べるものなのかもしれない。


「まぁ、こっちのことは心配するだけ無駄だ。無事に終わることを祈るんだな」


 柘榴も用が無くなれば、取り巻きと一緒に教室の中に入って行った。


 その時、ずっと黙っていた磯部は、視界から消える寸前まで俺から目を離さなかった。


「おい。そこ、邪魔だ」


 後ろから重く低い声が聞こえ、「あ、悪い」と謝りながら道を逸れる。


 俺よりも少しだけ背が高く、前髪が逆立っている吊目の男だった。


 そして、そいつが教室に入った瞬間に、Dクラス内の空気が変わったのがわかった。


 何だ、これ…?


 少し気になって様子を見ようとしたが、その前にキーン、コーン、カーン、コーンっとチャイムが鳴った。


「こんな時に予鈴かよ……」


 他のクラスのことに、これ以上首を突っ込んでいたら身体が1つじゃ足りねぇな。


 俺も自分のクラスに戻りつつ、先程の男の存在がチラついた。


 柘榴と似た雰囲気の男だった。


 だけど、あいつとは少し違う気がした。


 何ていうか、先導者としての覇気が無い。


 それでも、人目見ただけで危機感知が反応した。


 警戒しなきゃいけない人間だと、本能が言っている。


 それにしても、あんな奴……あのクラスに居たか?


「もしかして、あいつも……内海のクラスからの移籍者なのか?」


 だとしたら、うちの御堂とは別の意味で独特の雰囲気を放っているのが気になる。


「……はぁ、ダメだな。頭の整理がつかねぇぜ」


 まずは、シックス・ロック・スクランブルを攻略する。


 今はそれに集中しないとな。

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