前提条件
梅原の悪意が、Aクラスを支配した経緯。
それを聞いて、俺は憤りを感じなかった。
感情が揺れ動くことなく、ただ「やっぱりか」と納得してしまった。
「お嬢様は……要は、もうあのクラスで先頭に立つことはできない。それでも、梅原の横暴を止めようと動こうとはしていたんだ。それを止めたのは……他ならぬ、俺だ」
雨水は顔を俯かせ、膝の上に置いている両手に拳を握っては震わせる。
「梅原は、要のことを全て見通していた。その上で、彼女の心を更にへし折ったんだ……。この俺の存在を、また利用して…‼」
そう言って言葉を区切っては、怒りの形相になる。
「奴は俺を側に置き、要を孤立させた。梅原への恐怖で、誰も彼女の味方になる者は居ない。今の要は……無力だ」
「側に置いたって……。おまえも梅原への悪意に飲まれたのか?」
地雷を踏むことを想定しながらも、雨水に問いかければ「そんなわけないだろ!?」と声を荒げる。
「俺はっ…‼俺だって、本当なら要の側に居たかったさ。だけど、梅原は彼女を人質にして、俺を裏切らせたんだ」
話としては、こういうことらしい。
梅原はAクラスを掌握するために、リーダーであった和泉を失脚させることを狙った。
そのために、1人のクラスメイトを犠牲にすることでクラスの本質を見せつけ、その上で自分が君臨することを示したんだ。
梅原の悪意を制御できない和泉が、リーダーの地位から引きずり降ろされるのは、時間の問題だっただろう。
しかし、奴の悪意はそれだけでは治まらなかった。
雨水という心の支えすらも奪い、そのために和泉自身を人質にする。
もしも自分に反逆すれば、次は和泉を殺すという内容で。
そして、その条件を知られた場合も同様。
こいつが和泉を守るために梅原の側に着いたとしても、彼女からしてみれば現実は裏切りだ。
それによって、今の和泉は再起不能なレベルで追い詰められているらしい。
「結局、俺たちだけでは梅原改の悪意に太刀打ちできないんだ。Aクラスはもう、奴の与える死の恐怖によって支配されてしまった。情けない話だが、もう……おまえに頼る以外の選択肢が、俺には思い浮かばなかった」
もはや、恥も外聞もないんだろう。
雨水は今、藁にも縋る想いで俺に助けを求めているんだ。
「今の話を聞いて、同情はするぜ……。だけど、その上で俺が言いたいこと、わかるよな?」
雨水も俺に助けを求めるのは、これが最初じゃない。
だからこそ、目を合わせて強い意志を乗せる。
「ああ、おまえに求めるのは協力だけだ。決着をつけるのは、俺の手でやる」
それを聞いて、俺は小さく頷くことで了承する。
「協力するってことなら、力を貸してやるよ。だけど、その前に前提条件をはっきりさせようぜ」
今の話を聞いて、俺には2つの懸念点があった。
そして、それは梅原が気づいているであろうことであり、ここを明確にしなければ打てる手が無い。
「おまえが助けたいのは、和泉要だけで良いのか?」
これは雨水の覚悟を確認するための問いかけだ。
そして、それを問われ、彼は憂いを抱く表情になる。
「俺個人の想いだけで言えば―――」
そこで言葉を区切り、1度目を閉じては動揺が消え、開いた目に冷たい闇が宿る。
「もうクラスメイトのことなんて、どうでも良いと思っている。俺が守りたいのは、要ただ1人だ」
「……そうか」
それを聞いて、安心した。
この際、梅原を止めるための手段は1つしか残されていない。
そして、そのためには……あいつの協力が必要かもな。
俺の素っ気ない返事に、雨水は自嘲する。
「呆れたか?俺は結局、この程度の男だ。彼女が救われれば、他人がどうなろうとどうでも良いんだ。それこそ、死んだって何も思わないだろうな」
自分の口から気持ちを吐き出しながら、そんな自分に嫌気が刺しているんだろう。
そんな雨水に対して、俺が返す言葉はたった一言だ。
「それで良いんじゃねぇの?」
否定…もしくは拒絶されるとでも思ったのか、彼は呆気に取られた顔になる。
「見損なったんじゃないのか?俺のことを」
「いや?逆に今の一言で、おまえを前よりも信用できるようになった」
無論、こういう時にクラスメイト全員を助けたいと思う者も居るだろう。
うちのクラスだと、成瀬がその筆頭だ。
そして、あいつがそう言う決意を固めたのなら、俺もそれを実現させるために協力は惜しまないだろう。
だけど、これは別のクラス……もっと言えば、他人の話だ。
他人を助けるために、その肩に背負う命の重さが2人か37人か。
どっちが気楽かは考えるまでもない。
「俺も正直、Aクラスで死んでほしくないのはおまえと和泉だけだからな」
俺もこの学園に来てからの1年間で、自分でも自覚するぐらいに考え方が変わりつつある。
いや、元から自分はこういう思考だったのかもしれない。
この手で誰かの命を奪うことは、もうできない。
隻眼の赤雪姫が復活することは、もうありない。
それでも結果として誰かが死ぬのであれば、それが他人であれば何も感じない。
これまで、学園側の用意した特別試験を潰してきたのは、緋色の幻影の思惑をぶっ潰すためだ。
その過程で、10や20の生徒が死んだかもしれない。
それでも、その犠牲に対しては何も感じない。
あの取捨選択試験の時も、戸木が裏切り者だとわかった時点で、俺は自覚していなかっただけで考えていたのかもしれない。
俺がこの手で、戸木を殺すことを。
あの時に感じた後悔は、キングに戸木を殺されたことじゃなかったのかもしれない。
俺がこの手で、戸木を殺せなかったことに対する後悔。
それをずっと、引きずっている。
今度また、同じような状況になった時、俺は今度こそ――――躊躇わない。
復讐者として、守護者として、邪魔する者は排除する。
「椿、おまえは……本当に、恐ろしい男だな」
雨水は何を想ったのかはわからないが、俺のことをそう評価する。
本能的に、こいつも俺の本質を理解しているのかもしれない。
だけど、これは多くの人間が共通する認識なんじゃないかと思う。
結局、誰も彼もが自分が大切に想う奴以外は、どうなろうと関係ないんだ。
その大切な人間が自分だけ、あるいは誰か1人か10人、それとも100人以上かの違いだ。
物語に登場する勇者だって、結局は魔王を犠牲にして自らの幸せを掴んでいる。
それをハッピーエンドで終わらせているのは、単に勇者が主人公という設定だからだ。
魔王を主人公としているのなら、それはバッドエンドに他ならない。
結局は生き残った方が主人公で、ハッピーエンドを掴んでいるだけなんだ。
「その恐ろしい男の手を借りないと、梅原には勝てないと思ったんだろ?そして、その勝利条件は和泉要を救い出すこと。そこにAクラスの動向は関係しない。だったら、実現するのは難しいだろうが、手が無いわけじゃない」
実際、できることなら今すぐにでも行動に移せそうな戦略はある。
それでも、雨水は良くても当の和泉が納得はしないだろう。
今のままなら、な。
「俺が引っ掛かっているのは、梅原の考えだ。あいつは、和泉を徹底的に追い詰めようとしている。何でそんな面倒なことをしていると思う?」
「わからない。しかし、要は既にあの男と戦う意志がない。それなのに、あそこまでやる理由は……」
「前のCクラスでのやり方通りなら、単純な見せしめだろうな。幸崎も、それで孤立していた」
梅原がその頭角を現した時、最初に実行したのは幸崎をその地位から引きずり下ろすことだった。
そして、それだけでなく、クラスメイトに見せつけるようにして孤立させた。
クラス全体に『幸崎のようにはなりたくない』と言う意識を植え付けたんだ。
幸崎の話をすると、雨水は怒りに拳を震わせる。
「要にあんな惨めな想いをさせなきゃいけないなんて…‼それにクラスの連中にも、反吐が出る…‼」
まぁ、気持ちはわからなくもない。
和泉が孤立している現状を、Aクラスは受け入れている。
「棚上げしてるところ悪いけど、おまえもその一端になってることを忘れんなよ?」
「……わかっている。これは俺の実力が無かったがために起きたことだ。責任は俺にも……いや、俺にある」
和泉要を守ることができず、逆に追い詰める手段に手を貸してしまった。
それまでの過程がどうであれ、雨水の行動が彼女の心に深い傷を残したのは確かだ。
自分の行動が正義だと思っている奴ほど、それまでの行動を棚上げし、正当化するための理由を作ろうとする。
だけど、俺が協力する場合、そんな甘えは許さない。
「あいつを助け出すことができたのなら、地面に額を擦りつけるレベルで謝れよ。そして、彼女が許すと言っても、絶対に忘れるな。信じていた人間に裏切られたって現実は、いつになっても消えることは無いんだからな」
裏切りの話になった時、俺はどんな顔をしていたのか。
雨水はこっちを見ては険しい表情になる。
「まさか、おまえも……信頼していた人間に、裏切られたことがあるのか?」
「……まぁな」
目を閉じながら、小さく返事をして肯定する。
マイクス…リーガ……。
かつての仲間のことを思い出し、信じることの重要性と恐ろしさが脳裏に蘇る。
裏切り者を手にかけた時の感触は、今でも記憶に残っている。
「だからこそ、俺も吐き気を覚えてるんだろうな。おまえから聞いて、梅原が白日の下に晒した、Aクラスの本質って奴に」
ここまで話して、俺たちの目的と思考は共有された。
俺たち2人の同盟。
その目的は、梅原改から和泉要を救い出すこと。
そのために必要な第1条件は、次の特別試験にある。
「雨水、俺から1つ提案がある」
ここに来て、俺から話を切る。
「次のシックス・ロック・スクランブル、俺と組まないか?」
俺と雨水は、同じブロック:パープルに所属している。
行動するなら、別のクラスだろうが信用できる奴の方が良い。
「良いのか?俺はAクラスだぞ?きっと、多くの生徒は同じクラスの者とグループを組むはずだ。違うクラスの者と組むとなれば、それこそEクラスから裏切り者だと思われる可能性があるかもしれない」
「ここに来て、俺を心配するほどの余裕が出てきたか?だったら、安心しろ。それこそ、内のクラスの連中にも言っているが、俺はクラス競争とは無関係だ。別におまえと組んだって、文句を言う奴は居ねぇよ……多分」
「最後の多分が、不安を煽ってくるな」
ツッコみが出てくるレベルで、少しはメンタルも回復してきたようだな。
「きっと、梅原は次の特別試験でおまえを潰しにかかるはずだ。それこそ、和泉を追いつめるために、おまえを排除しにかかるだろう。それを防ぐために、俺がおまえを守ってやるよ」
「……気色悪い」
そう言いつつも、安心してくれたのか表情が柔らかくなった。
ここに来て、早速グループ構成が決まったか。
俺が組むのはAクラスの雨水蓮、Dクラスの磯部修。
何ともまぁ、先が読めないドリームチームになったもんだ。
それにしても、期せずして梅原と水面下で衝突することになるとはな。
あいつは、恵美に要らぬちょっかいをかけた男だ。
ずっと抑えていたフラストレーションを発散させるには、調度良い展開かもな。
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