悪人の殺り方
円華side
突然現れた雨水からの懇願。
それを無視するわけにもいかず、俺はあいつと共に寮の自室に招き入れる。
帰路の中、雨水はずっと俯いており、以前のような覇気が消えていた。
正直、同一人物だと思えないほどだ。
テーブルを挟んでカーペットの上に座り、ホットミルクを出してみる。
「お茶じゃないのか……」
「茶よりも、甘い奴の方が良いと思ったからな。菓子は切らしてるから、それだけで我慢してくれ」
文句を言いつつも、雨水はカップに口を付けてミルクを口に含む。
「……最近、真面に食事もとれなくてな。糖分が頭に染み渡るようだ」
確かに、今のこいつの顔は不健康と言えるような状態だ。
目の下には薄っすらと隈ができており、栄養だけでなく睡眠も不足しているのが見て取れる。
「どんだけ追い込まれてんだよ、おまえ?正直、最初見た時は一瞬誰かわかんねぇレベルだったぜ」
「……すまない」
素直に小声で謝られると、逆に反応に困る。
カップをテーブルの上に置き、軽く頭を下げてくる雨水。
「本当に……おまえには、悪いと思っている」
今の皮肉に対して、頭を下げて2回も謝ってくるのは不自然だな。
「それは、何に対してだ?俺に対して懺悔する気持ちを持ちながら、梅原を止めたいんだろ。そっちの状況、わかるように話してくれよ」
説明を求めれば、雨水は小さく頷いた。
「俺たちのクラスは、あの対抗戦以降……あの悪魔に乗っ取られたんだ。いや、本性を現したと言っても、過言じゃない。危惧していたことが、現実になってしまったんだ」
ーーーーー
蓮side
ー時は新学年開始当初、4月に遡るー
2年生に進級し、俺たちAクラスに起きた変化。
それは1人のクラスメイトが消え、梅原改という男がBクラスから移籍したことだ。
梅原はクラスメイトになったが、そこが見えない悪意を持っている。
その悪意は俺の存在と嘘を利用し、要の心をへし折った。
今日も彼女は登校はしているが、その表情に前までの明るさはない。
彼女の笑顔を奪った梅原は、俺にとっては敵だ。
春休みの頃から、あの男を叩くことだけを考えていた。
今日は始業式だと言うのに、未だに奴は姿を現さない。
そろそろ始業のチャイムが鳴る頃だが、席は2つ空いたままだ。
「咲田くん、遅いね……。いつもなら、もう席に着いて本を読んでるのに」
「始業式の日を1日勘違いしてるんじゃない?真帆、仲良いじゃん。連絡してあげたら?」
咲田勇夫は真面目な生徒で、皆勤賞を目指していつも15分前には席に着き、本を読むのがルーティンになっているクラスメイトだ。
確かに、彼がこの時間になっても登校していないことに違和感を覚える。
女子2人から促され、遠藤真帆は「えー、しょうがないなぁ…」と渋々スマホを取り出して画面を見る。
すると、目を見開いては身体が強張る。
「えっ……何、これ…?」
その声は小さくも、低い声音で呟かれていた。
遠藤の反応に、女子2人……沢田里香と岡崎南は怪訝な顔を浮かべる。
「ど、どうしたの、真帆ちゃん?」
沢田が問いかければ、遠藤は震える手でスマホを2人に向けた。
「これって……どういうことだと思う?」
そこには、個人用のチャットでコメントが羅列していた。
『助けてくれ』
『殺される』
『早く、このコメントに気づいてくれ』
『死にたくない』
その他にも、何度か不在着信が届いている。
「ちょっと、これ……ヤバくない!?」
ここまでの一連の通知は、10分以内に送られたものだった。
ただのイタズラだと思うには、あまりにもコメントが不吉だった。
そして、その遠藤のスマホに通知が届いた。
しかし、それは個人用のチャットではなく、グループチャットからだ。
その通知は、数秒ごとの時間差でクラス内に居るほとんどの生徒のスマホに届いた。
タイミング的に、不穏な予感があった。
「何だ、これは…?」
グループチャットには、1枚の写真が添付されていた。
それをタップした1人の生徒……八代拓海は、「わぁあああああ‼」と悲鳴をあげては、スマホを床に落とした。
写真に映っているのは、どこかの部屋で首を吊った男子生徒の姿だった。
咲田勇夫だ。
咲田が首を吊っている写真を見て、嗚咽を漏らす者や絶句して口を押さえる者、顔が引きつる者に反応が分かれる。
その中で、画像から読み取れる情報から俺は冷静に思考を切り替える。
辺りには1つの椅子が倒れており、その状況から1つの仮説が立てられる。
「まさか、これは……自殺?」
状況だけ見れば、首吊り自殺に見える。
しかし、そうだとすれば遠藤へのコメントが気掛かりだ。
それに、この写真の送り主だ。
アカウントは、咲田のもので添付されている。
首を吊った本人が送ったのであれば、実は生きていて、俺たちを驚かせるための悪戯という可能性も……。
一縷の望みに縋るように、頭の中で言い訳をしていた時だった。
俺たちの混乱を他所に、チャイムが鳴ると同時にドアが開いた。
「やぁやぁ、新クラスメイトのみなさん……おはようございます♪」
陽気な様子で教室に入って来たのは、梅原改だ。
奴が登校したことを視認し、要の身体がビクッと震えるのが見えた。
クラス内に広がる重苦しい空気など気にせず、奴は空いている席に座る。
「お、おい!そこは咲田の席だぞ!」
咲田と仲が良かった男子…高雄凌が訴える。
「え、あー、そうなの?ごめんごめん、この席だと授業中に寝ててもバレないかなって思ってさぁ~」
悪びれる様子もないどころか、奴は移動する気が無いと言うように机に両足を置く始末だ。
そして、その体勢のまま、高雄に笑みを向けて言った。
「それに、もう死んでる男の席なんだから、関係なくない?」
奴のその発言に、教室中の生徒が言葉を失った。
どうして、こいつが咲田が死んだことを知っているんだ?
梅原は今日、このクラスに移籍して初日だ。
そして、グループチャットにはこの男の名前は無い。
「梅原くん……まさか、君は…‼」
要は目を見開き、身体を震わせながら梅原に視線を向ける。
「その目は怒り?それとも、俺への恐怖?どっちでも良いけど、君に俺を責める資格があるのかなぁ?俺という悪人を受け入れたのは、他でもない君の選択なんだよ?」
彼女の中で、この違和感への答えは既に出ているようだ。
いや、この状況なら、誰もが同じようなことを考えるだろう。
「おまえが、咲田を殺したのか…?梅原改ぁ‼」
俺は立ち上がり、梅原に迫る。
しかし、奴は俺から向けられる怒りを、飄々とした態度で受け止める。
「言っておくけど、俺は殺してないよ?死ぬことを選んだのは、彼自身。そして、その背中を押したのは、このクラスの本質だ。俺はただ、舞台を用意したに過ぎない」
悪びれる様子もなく、梅原は笑みを崩さない。
「咲田くんには、本当に同情するよ。彼がクラスメイトを信じることができれば、死を選択せずに済んだのに」
そう言って、奴は1つのスマホを取り出す。
それを操作すれば、グループチャットにピロンっと通知が届く。
数人が自身のスマホを確認すると、そこに書かれているコメントに目を疑った。
『ごめんね、僕死んじゃった♪』
『でも、僕を殺したのはみんななんだよ♪』
『みんなが僕を信用させてくれなかったから♪』
『死ぬしかなかったんだ♪』
俺たちに罪の意識を植え付けるような、煽るようなコメント。
そして、それを見て絶望の顔を浮かべるクラスメイトを見て、梅原は悪魔のような笑みを浮かべる。
「アッハハハハハ‼まさか、死人が恨みごとを言うために、スマホに乗り移ったとでも思ってるぅ?そんなわけないじゃぁ~ん。遠藤さんへのチャットから全部、コメントは全て俺が打ったものだよ」
遠藤に助けを請うたコメントから全て、梅原の仕業だったというわけか。
「咲田くんが死んだのは、昨日の夜だったかなぁ。今も自分の部屋で、ブラブラと吊られているよ」
本当に、咲田は死んだのか。
そして、梅原が彼が死ぬ状況を作り上げたのか。
「さぁ~て……ここまで話したら、流石に気になるよねぇ?どうして、彼が首吊りなんて選択をしたのか。どうして、君たちが彼を殺したなんて言われなきゃいけないのか。今すぐに袋小路にして、咲田くんの仇討ちと評して俺をめった刺しにしたいだろうけど……それも、これを聞いてからにしてほしいな」
奴の言う通り、俺たちはその術中に嵌っていた。
理屈を無視して、梅原に襲いかかりたいと思う者も居るだろう。
しかし、現実にこのクラスに、そんな行動ができる者は居ない。
「俺は昨日、咲田くんと一種のゲームをしたんだ。それはクラスの絆、信頼、友情を確かめるためのゲーム……。1年間の信頼関係があれば、すぐにでも彼が勝てるようなものだった」
前置きを話しながら、いかにも信頼という言葉を強調してくる。
「それは和泉要さん以外のクラスメイトから、彼に合計で100万の能力点を集めさせるゲーム。それができなければ、彼は俺が渡した毒によって死ぬという内容だ。無論、その内容を伏せた状態でね♪」
それは所謂、デスゲーム。
そして、試すのはこれまでの信頼。
「時間にして、夜の9時からのスタートだったかな。君たちの何人かには、連絡が行ったんじゃないかな?ポイントを貸してくれ、助けてくれと。だけど、結果として……クックック…‼」
笑いを堪えるように、肩を震わせる梅原。
そして、感情をさらけ出すように事実を話した。
「結果として、彼が集めたポイントは0でしたぁ‼彼が助けを求めた者たちは全員、示し合わせたかのように、こう言ったよ‼『俺たちじゃなくて、和泉さんに頼れよ』『和泉さんなら、助けてくれるだろ?』『私より、要ちゃんに相談した方が良いって』。……君たちは、本当に他人頼みだねぇ!?」
利用されたのは、このクラスの本質。
梅原は既に、このクラスが抱える闇を見抜いていた。
「3時間経った頃だったかなぁ……。いくら時間が経っても、ポイントは0のまま。毒による苦しみで、彼は涙を流して、のたうち回って、絶望の顔を浮かべていたよ。そして、もう君たちのことを信じられなくなったんだろうね?『死なせてくれ』『もう苦しみたくない』『楽になりたい』って俺に頼み込んできたよ。だから、仕方なく彼の望みを聞いて……」
「首吊りの準備をしたってこと…?」
「その通り!俺ってこれでも、君たちよりは優しいでしょ~?」
優しさなんて欠片も無い。
絶望に追い込まれ、生きることを諦めた咲田の背中を押しただけだ。
「強すぎる光は、濃い影を生む……。だから、言っただろ?和泉さん。君以外は、有象無象だって」
友情や信頼で構築されたクラスだなんて、幻想だった。
取捨選択試験で、俺もそれは訴えていた。
しかし、訴えるだけでは効果は無かった。
変わらなかった。
要は目の前で突きつけられる事実に、絶望の表情を浮かべている。
「そんな……みんな、どうして…!?」
幻想は、見るも無残に崩壊した。
そして、ここから悪夢が始まる。
梅原は今までの笑みを消し、澄ました顔になる。
「だけど、これからはそんな甘えは許さない……。俺がこのクラスに入ったからには、無能は必要ない。友情や信頼?くだらないんだよ。必要なのは、才能だ。咲田勇夫を実験台に選んだのは、彼が無能な人間だったからだ」
奴は新たなクラスメイト……いや、駒を見渡して言い放った。
「これからは、俺が無能と判断した者は容赦なく見せしめにする。全員、死に物狂いで実力を示すんだね」
見せしめの意味は、咲田の死が証明していた。
梅原に見捨てられた者は、死という結末に突き落とされる。
これまでの1年間の積み重ねが、全て崩壊する。
そして、このクラスの支配者は、死の恐怖によって切り替えられる。
「これから、このクラスは……今までよりも、楽しくさせてあげるよ♪」
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