博打のような保険
花園館を出た後、4人それぞれに分かれる。
紫苑と幸崎は地下に戻るとしてエレベーターの方に向かったが、俺と柘榴は違う。
こいつとは2人だけで話したいことがあり、残ってもらった。
人目につくのを避けるため、場所を体育館倉庫に変える。
「おまえ、本当に密会するのが好きだな?」
「しょうがねぇだろ。おまえと2人で話すにしても、変な噂が立つのは御免だ。誰も来ないような場所を選ぶと、こんな暗い場所になる」
「俺としては、いつぞやのようにカラオケルームでも良かったんだがなぁ」
「息が詰まんだよ。2度と御免だ」
柘榴も冗談で言ったつもりだろう。
俺が拒絶すると「そりゃそうか」と軽く流す。
「それで?この俺をわざわざ呼び止めたんだ。俺を満足させる内容なんだろうな?」
曲げて置いてあるマットの上に股を広げた状態で座り、俺を見上げてくる。
腰を据えて話してやるという意志表示か。
「おまえ、もう最初のグループメンバーは決めているのか?」
話題の皮切りとして、この確認から行う。
その返答によっては、言葉を選ばなきゃいけなくなるからな。
「生憎、まだ決めちゃいない。俺のブロックに、釣り合うほどの奴が居ないんでな」
それは過剰な自信というわけではなく、言葉遊びの範疇だろう。
「さっきの話を引き合いに出すわけじゃねぇけど、内海が同じブロックに居るなら、同じグループを組むことはできるんじゃねぇの?」
俺の意図を探るかのように、柘榴は怪訝な表情を浮かべる。
「鈴城の言っていることとまるで逆だな。おまえは、俺に景虎とグループを組んでほしいと思っているのか?」
「正直、この際どっちでも良いってのが本音だ」
紫苑は内海のクラスを叩くために、あくまでも柘榴にはあいつと敵対していてほしいと思うだろう。
だけど、俺にとってそこは重要じゃない。
「あの場では口を挟まなかったが、確かに内海のクラスは脅威になりつつある。だけど、それはまだ発展途上だ。これから快進撃があるとしても、それが途中で急降下する可能性もある」
「その発展途上のクラスをへし折ろうって話じゃなかったのか?さっきの茶会は」
あいつは不敵な笑みを消し、言葉を続けながら下から見上げてくる。
それに対して、次は俺が悪い笑みを浮かべて返す。
「予定調和じゃ、つまんねぇだろ?」
この一言だけで、柘榴は少し目を見開いては顔を引きつらせた。
そして、右手で自身の額を押さえては肩を震わせる。
「クッフッフ…‼良いねぇ、おまえはやっぱ、そう言う奴か。普段は大抵のことに無関心を装うくせに、こうやって時々見せる欲望が溜まんねぇよ…」
柘榴から感じるのは、ギラギラとした好奇心。
俺が次に何を仕掛けようとしているのか。
それを確かめたいという欲望が垣間見える。
「それで?次は何をしようってんだ?生憎、今回もおまえと俺は別の戦場だ。おまえの想い通りに、事が進むとは限らねぇぜ?」
ブロックが違えば、試験が終わるまで接触することは叶わないだろう。
今回の俺の目的は、広い意味で分類すれば2つしかない。
1つは言うまでもなく、恵美たちを退学させないことだ。
そして、もう1つは俺個人の欲望を確かめること。
この2つを、次の特別試験で達成することしか考えていない。
あわよくば、緋色の幻影の刺客について探ることができれば良いが、それは望みが薄いだろう。
ペア戦以降、組織からの介入は何もない。
おそらく、仕掛けてくるとすれば特別試験の際中。
学園側が意図的に、俺を標的にするような動きを見せた場合は、その限りじゃない。
3つ目の目的として、臨機応変に対処するしかない。
そのために、気兼ねなく試験に臨むために、用意できる保険は多いに越したことは無い。
「柘榴、おまえに頼むのは1つだけだ」
俺がこれから柘榴に要請することは、ある意味では博打に近い。
最悪の場合、この試験が終わったらあいつに電撃を浴びせられるだろうな。
「今回の特別試験。おまえには最終的に、最上恵美とグループを組んで勝ち上がってほしいんだ」
意外…と言うよりも、予期しなかったことだったのだろう。
柘榴は目を見開いた。
「驚いたな……。おまえが、自分の弱みを俺に握らせるとは」
1年生2学期末のことを、俺も柘榴も忘れたわけじゃない。
だからこそ、こっちからそんな提案が出てくることに、向こうも動揺を隠せていない。
「仮に俺から最上にグループを組むように言ったとして、それを素直に聞く女か?あいつは、俺のことを許さないはずだ。そして、それはおまえのクラスの連中も例外じゃない」
あの事件のわだかまりを解消したのは、あくまでも俺個人とだけ。
実際に殺されかけた成瀬たちや、俺を誘き出すための人質にされていた恵美にしてみれば、許すことができないのは当たり前だ。
「俺に土下座できたんだ。恵美にだってできるだろ?俺がおまえに今回与える課題は、恵美から許しを得ることだ。それができないのなら、おまえとの同盟関係は凍結だな」
柘榴としては俺の意図が見えないのか、険しい顔をしている。
「クッフッフ。おまえは、本当に鬼畜だな。罪を償って許しを請えってか?当然、そのための口添えは、最上にするんだろうな?」
「甘えんな。自力で何とかしろよ」
俺の返事は予測で来ていたのだろう、柘榴は肩をすくめて項垂れる。
これから先のことを想定した場合、柘榴と俺たちのクラスのわだかまりを解消することは大きな利点がある。
今後、他クラスと共闘することになった場合、そのパイプに好き嫌いは言っていられない。
俺とこいつで同盟関係を結んだとして、それにクラス単位での戦力が必要になった場合に亀裂が入るのは望ましくない。
そして、これは柘榴恭史郎という男の成長を促すために必要な過程だ。
今まで暴虐の限りで他人を支配してきた人間が、いかにして自らの愚行に対するケジメを付けるのか。
俺はその男の変化と成長を、確かめたいんだと思う。
「そう言うことなら、こっちの重田もEクラスの誰かと組ませた方が良いだろうな。あいつは自分のために動くよりも、他人を理由にした方が本領を発揮する」
あの事件に関わっていたのは、重田平も同様だ。
贖罪の意識で、限界まで実力を発揮させるのは望ましい展開ではある。
「重田は確か、イエローのブロックだったな。だったら、成瀬と組ませてもらえると有難い。そっちは上手く誘ってみるさ」
重田の身体能力は、確かAだった。
戦力として割り切るなら、グループを組まない理由はない。
成瀬瑠璃という女は、感情に任せて愚かな判断はしない。
「俺たちができるのは、あくまでも試験が始まるまでの準備だけだ。始まってしまえば、状況は刻一刻と変化する。1年と3年にどんな粒がそろっているかも、わかんねぇんだからな」
確かに、これは2年生の範囲内での話だ。
1年生と3年生のブロックごとの割り振りは、当日にならなければわからない。
現時点でのブロック編成を、他学年に教えることは禁止されてるからな。
そして、試験内の対決内容もわかっていない。
事前に策を巡らせるのは、非情に困難だ。
「おまえがこっちのグループ決めに口を挟んだんだ。こっちからも、おまえに1つだけ注文を付けて良いよな?」
拒否は許さないというプレッシャーを、視線から感じる。
「可能な範囲でなら、な。生憎、俺はおまえと違ってクラスのリーダーってわけじゃねぇからな」
「立とうと思えば、その地位に立てるくせに。おまえって奴は、本当にわからねぇなぁ」
柘榴としては、俺の実力を知るだけに先導者の地位に居ないことが不可解でしかないようだ。
「わかってんだろ?俺はクラス競争に興味がねぇんだよ。そう言うのは、成瀬たちに任せた方が良い。それに、俺はリーダーなんて器じゃねぇよ。誰かの上に立つなんて、柄じゃない」
「クッフッフ。忠犬の性根はそう簡単に変わらねぇってか。勿体ねぇな」
皮肉を口にしながらも、奴は本題に戻る。
「おまえには、試験中に磯部と組んでもらう」
「磯部…?」
こっちがそうだったように、向こうも予想外の提案をしてきたもんだ。
磯部修。
重田と同じく、柘榴の部下の1人だ。
この前、初対面で難癖をつけられたことを覚えている。
「組めばわかる。そうすれば、こっちも動きやすくなるかもしれないからなぁ」
柘榴としても、何か企てがあるようだ。
そして、そのために俺を利用する気らしい。
まぁ、こっちはどんな形であれ、恵美を託す立場にある。
断る理由はないな。
「わかったよ。磯部と組んで、そのまま6人を揃えれば良いのか?」
「1度組みさえすれば良い。その後は、煮るなり焼くなり、斬り刻むなり、好きにしろ」
今のところは、こいつの意図が読めねぇな。
だけど、それは向こうにしても同じことか。
少しだけ、柘榴の企みに対して興味が出てきた。
その後、俺たちはある程度の話を示し合わせた後、今度こそ解散する流れになるが、そこで1つ言い忘れていたことを思い出した。
「あぁ~、そう言えば、内海のことでおまえの耳に入れておくことがあった」
柘榴も七つの大罪具を持っている。
内海のことを話しておいて、損はないだろう。
「あいつ、魔鎧装を持っているぞ?気を付けろ」
俺からの忠告に、あいつは眉をひそめる。
「勝手に復活したと思ったら、隠し玉まで用意していたとはなぁ。俺のこいつと、どっちが上だ?」
そう言って、制服の内ポケットから例の骸骨を取り出して見せる。
「正直言うと、わからないって言うのが本音だ」
七つの大罪具の力と、根源者の力。
能力的にどっちが上なのかは、実際に見てみないと測定不可能だ。
それに柘榴と内海の関係性から考えると、1つの未来が予測できる。
その結果によっては、もう1つ保険を用意できるかもしれねぇな。
俺と柘榴は体育館倉庫から出て、そのまま解散する。
期せずして、グループを組む1人が決まったわけだが……もう1人はどうするかな。
エレベーターに向かって歩を進めながら、磯部のSASを確認していると後ろから「椿」と声をかけられる。
それは最近……それこそ、2年生になってから1度も聞いていなかった男の声だった。
日がそろそろ沈みかけている影響か、振り向いた先に居るそいつの顔に、濃い影がさしていて表情は見えない。
それでも、誰なのかはすぐにわかった。
「……今まで何してたんだよ、アホ執事?」
俺は敢えて名前ではなく、皮肉を込めたあだ名で呼ぶ。
それに対して、いつものあいつなら「誰がアホ執事だ」と言ってくるはずだった。
だけど、目の前の男は違った。
「アホ執事……か。おまえにそう呼ばれると、胸が苦しくなるな」
そう言って、身に着けている制服の胸ポケットを右手でギュッと掴む。
ここまでの流れで言うまでもないことだが、目の前に居るのは2年Aクラスの雨水蓮だ。
「椿……頼む…」
あいつは情けない顔を浮かべ、身を震わせながらこう言った。
「梅原改を止めるために、力を貸してくれ…‼」
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