シックス・ロック・スクランブル
円華side
最近は雨が降る日が多く、まだ梅雨に入っていないにも関わらず湿気が多くて気分が滅入る。
それでも、この学園は俺のそんな気分などで流れを止めたりしない。
時間はホームルーム。
カツンっカツンっカツンっと、牧野乱菊が教室に入ってきては教壇の前に立つ。
そして、その張り付いた笑みを俺たちに向けながら淡々と情報を口にした。
「これより1週間後、特別試験が始まります」
特別試験というワードに、全員の気が引き締まった。
2年生になって、最初の特別試験は3学年合同のものだった。
そろそろ期末試験も近づいているって言うのに、ここに来て特別試験かよ。
「学園側はこの特別試験を優先し、学期期末試験の日程を変更しました。特別試験終了後の2週間が過ぎた頃に行いますので、あしからず。まぁ、それも―――」
牧野の細めた目が薄っすらと開き、紅の瞳を覗かせた。
「次の特別試験で、生き残れたらの話ですが」
生き残るという言葉の重みが、いつにも増して強く感じた。
牧野は手元のタブレットを操作し、俺たちのスマホに一斉に内容を送信してきた。
それを確認すれば、成瀬がボソッと呟く。
「何これ……ファイブロックスクランブル?」
今回の特別試験の題名が、読み上げられた。
そして、牧野が説明を始める。
「これより1週間後、あなた方には校舎から離れた施設で5つのブロックに分かれ、試験に挑んでいただきます。それは身体能力や学力を始めとした、SASを基にした能力が試されるものになります」
抽象的な情報から始まり、俺はスマホの画面に視線を落とす。
ーーーーー
特別試験『ファイブロックスクランブル』
対象学年:1、2、3年生
内容:3学年混合の6つのブロック(レッド・ブルー・イエロー・グリーン・パープル・ブラウン)に割り振られ、それぞれに同学年で3人1組のチームを組んでいただきます。その後、チーム同士で運動、洞察力、統率力を基にした内容で対決をしていただきます。対決の内容は、試験開始まで開示はされません。
グループ同士で対決し、勝利グループは敗北グループより1名を引きぬかなければなりません。
なお、同じチームと連続で対決することは禁止となります。
試験期間:10日間
クリア条件:6人1組のチームを作ること。
クリア報酬:アピールポイント×100
※チーム結成の際、他クラスの生徒と結成することが可能となります。
※なお、ブロックの割り振りは本日終礼後にメールにて送信されます。
ーーーーー
途中まで目を通して、要するに内容としては、花いちもんめみたいなものか。
対決の内容がわからないから、これ以上のことは対策の立てようがないな。
だけど、試されるのは運動、洞察力、統率力。
どれもSASで評価されている内容だ。
しかし、これがただの花いちもんめじゃないことが、次の内容から読みとれる。
ーーーーー
・潜伏者の存在について。
ブロックごとに、『潜伏者』と呼ばれる存在が最低1名割り振られます。
潜伏者はクリア条件が達成された時に、他の5人から獲得した能力点を奪取することが可能になります。
仮に潜伏者が同じチームになった場合、奪取を選択した時に他の潜伏者以外のメンバーから潜伏者の人数分、均等に能力点を配分されます。
チームメンバーが全員潜伏者であった場合、奪取を選択した場合の獲得ポイントは0になります。
なお、潜伏者に割り当てられる方には、試験当日に個別で送信させていただきます。
ーーーーー
潜伏者か……。
ここに来て、最初の方の内容に引っ掛かりを覚えた。
敗北したグループから、1名を引き抜かなければならない。
それは、必ず誰かを選ばなきゃいけないという縛りを訴えかけてくる。
潜伏者は、ババ抜きでいう所のジョーカーに等しい存在だ。
つまり、これはババ抜きの要素を含んだ花いちもんめだということだ。
そして、この説明文からして、潜伏者同士は仲間というわけじゃない。
ポイントを獲得するという点では、潜伏者にとっては他の同種は邪魔者でしかないわけだ。
一筋縄じゃいかないのは、いつも通りか。
「先生、質問良いですか?」
入江が軽く手を挙げて問いかける。
「はい、何でしょうか?」
「これ、3人1組のチームになって、他のチームとバトったら1人増えるか、居なくなるんですよね?だったら、4人チームと2人チームでバトルになることもあるってことですか?」
確かに、それはあり得る話だ。
対決の内容がどう言うものかわからないけど、数の利が発生するものもあるかもしれない。
「対決は必ず、同人数でのものになります。最初は3人1組のエリアから始まりますが、対決の結果で4人グループと2人グループが発生した場合、それぞれのエリアに進んでいただきます。連勝して5人になった場合も同様です」
6つのブロックだけでなく、チームの人数ごとにエリアで区切られているってことか。
ここまで来て、少しだけこの試験で求められている形が見えてきた。
このシックス・ロック・スクランブルは、クラスで一致団結して挑むものじゃない。
何だったら、対決によっては同じクラス同士で潰し合うことだってあり得る。
求められているのは、クラスの実力じゃなくて個人の実力だ。
入江の次に、麗音が手を挙げる。
「先生、私からもお願いします。このアピールポイントって言うのは何なんですか?」
クリア報酬を見ると、確かに見たことが無いワードが書かれている。
「アピールポイントとは、チームバトルの際に学園側が評価した相手に送るポイントになります。そのバトルで活躍すれば、それがポイントに直結します。他人任せにせず、自らの実力を示すことができなければアピールポイントは0のまま終わるでしょう」
徹底的に、個人の能力を試すための試験になるってわけか。
これは今まで、強者の陰に隠れていた奴らには厳しい戦いになりそうだ。
そして、牧野は補足説明として残酷な事実を告げた。
「ちなみにですが、もしも2人チーム同士で対決し、残り1人になった場合は、その方は退学となることをお忘れなきように」
最後の売れ残りは、用済みってことかよ。
退学という言葉の意味が、何に直結しているのかはもう、ここに居る者は全員理解している。
「それは、救済措置は無いのでしょうか?」
成瀬が最悪を想定するために、希望を知ろうと問いかける。
しかし、それを牧野はたった一言で断ち切った。
「負け犬にかける情など、必要ありません」
彼女は貼り付いた笑みを崩さず、そう吐き捨てた。
その一言だけで、この試験に於いて救済措置など無いことが示された。
最後まで選ばれなかった無能には、死が待っているとでも言いたいのだろう。
取捨選択試験の時は、生徒を切り捨てるかどうかを選択できた。
だけど、今回は確実に誰かが退学になる。
そして、その誰かはこのクラスの中に居るかもしれない。
「試験期間は10日間ですが、その間に6人チームを作ることができなかった場合は、不足した人数につきペナルティで能力点を引かれることになりますので、ご了承ください」
クリア条件を達成できなければ、どっちにしても痛手を被るってことだ。
おそらく、この特別試験で退学となる生徒は10や20じゃないだろう。
学園側も本気になってきた表れってことか。
中間試験の日程を変えてでも、この試験を優先した理由。
そこにはおそらく、俺の存在が絡んでいる。
「この準備期間となる1週間で、3人1組になることができなかった場合はペア戦の時と同じく、ランダムで3人1組のチームを作ることになります。自分の実力を活かすための人選ができるのは、この期間の内であることを理解しておいた方が良いでしょう」
牧野は最後に、タブレットをスライドさせて文章を読み上げる。
「なお、クリア条件を満たした6人チームには、ボーナスステージに進む権利が与えられます。しかし、ボーナスステージはより難易度の高い試験を強いられることになりますので、参加するかどうかは自由です。より多くの報酬……例えば、退学免除権が欲しいのであれば、挑戦するのも選択の1つかもしれませんね」
クリア条件を満たした後に、より困難な道を選ぶかどうかも迫られるってわけかよ。
しかし、そんな説明も多くの者は右から左に流れている。
みんな、自分が死ぬかもしれない個人戦に身を震わせているんだ。
全ての説明を終え、牧野は「以上で説明は終わります」と言っては終礼に入った。
今回ばかりは、完全な個人戦になるってことか。
学年末試験の時は、自分たちで対戦種目を選ぶことができた。
だけど、今回は完全に、対決方法まで学園側が管理している。
ここまでの話を整理すると、以下の通りになる。
・事前に6つのブロックに割り振られ、1週間以内に同学年で3人1組になったチームを結成する。なお、1週間以内に結成できなかった場合はランダムでチームを組むことになる。
・同人数チーム同士で対決し、勝利チームは敵チームから1人を引き抜いていく。そして、5人チーム、4人チーム、3人チーム、2人チームのエリアに分けられる。
・2人チームでの対決に敗北し、引き抜かれなかった最後の1人になった場合は退学となる。
・対決の内容は当日発表であり、運動、洞察力、統率力を試されるものになっている。
・試験中は能力点とは別に、アピールポイントが割り振られており、それは対決の中で活躍した者に多く割り振られる。
・ブロックごとに潜伏者が配置されており、6人チームが成立してクリア条件を満たした場合、他の4人から獲得した能力点を奪うことができる。
・6人チームが成立した場合、より多くの報酬を得られるボーナスステージに進むことができる。
他にも引っ掛かる部分はあるが、今わかっている範囲ではこれが要点となるだろう。
牧野は俺が考え込んでいる間に、連絡事項を伝えた後、早々に教室を出て行った。
そして、自然と成瀬と麗音、久実が、俺、基樹、恵美が集まっている窓側の席に集まった。
「ペア戦の時は、まだクラスで協力する余地はあったけど……。今回は、ガチの個人戦になるかもな」
基樹が頭の後ろに両手を回し、天井を仰ぎ見ながら呟く。
「試されるのは運動、洞察力、統率力……。ただ運動ができるだけじゃ、難しい試験ということね」
成瀬は閉じた扇子を右手に持ちながら、両腕を組んで険しい表情になる。
前のペア戦の時とは、試されるものが違う。
前は学力が含まれていたが、今回は度外視だ。
「対決内容がわからない以上、できるだけバランスの取れた生徒で組んだ方が良いんだろうけど……」
「それも試験が始まる前の話。始まったら、誰と対決するかもわからないし、その勝敗によって人が変わるんだから、どうしようもないよね」
麗音と恵美も、今回の試験の内容に表情を曇らせる。
この試験は、クラスで協力するという選択肢を消している。
完全に個人の能力によって、乗り越えられるかどうかが試されるということだ。
そして、ピロンっとスマホに一通のメールが届く。
終礼後ということで、早速ブロック一覧表が送られたようだ。
所属ブロックはパープルだった。
その下には、同じパープルのブロックに所属する2年生の一覧が表示される。
S~Eの6つのクラスで、総勢450人程度。
それを6等分すれば、およそ75人ずつに分かれることになる。
一覧を流し見すれば、Eクラスの生徒も何人か居るようだが、それでも話したことがある者はそんなに居ない。
しかし、1人だけ目が留まるクラスメイトが居た。
御堂累が、同じブロックに割り振られていたんだ。
「残念ながら、俺たちは離れ離れみたいだぜ?寂しいからって泣くなよ、円華」
同じくブロック一覧を見ていた基樹は、レッドに割り振られたようだ。
「誰も泣いてねぇよ。……まぁ、おまえと俺が組めば、簡単な試験だったかもしれないけどな」
現実にならなかった理想を口にすれば、基樹は愉快そうにニヤッと笑った。
「綺麗にクラス全員が分かれているわね。少なくとも、ここに居る6人は全員別々のブロックになっているわ」
「ええぇ~!?1人も!?うち、めっちゃ不安なんじゃけど……」
成瀬の冷静な分析に、久実は弱音を吐いた。
ここから先は、自分が生き残るための戦略を練る必要がある。
もしかしたら、この試験の中で残酷な選択を迫られることもあるかもしれねぇな。
一覧に目を通しながら、別のクラスの生徒を確認する。
すると、とんでもない人選になっていた。
Sクラスからは綾川木葉、Aクラスからは雨水蓮、Cクラスからは磯部修、Dクラスからは幸崎ウィルヘルム。
名前がわかるだけでも、面倒な連中ばっかだな。
今までと傾向が異なる試験に、俺も目尻を吊り上げながら口元を左手で覆う。
まずは3人1組のチームを作らねぇと、話にならねぇ。
今回も…いや、今回は前以上に、骨が折れる試験になりそうだ。
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