ずぶ濡れのお嬢様
恵美side
今日は酷い雨が降る日だった。
5月も後半に入り、梅雨が近づいている前兆なのかもしれない。
「これってスコール?季節外れじゃない」
校舎内の玄関から、麗音が外を見てボヤく。
「天気予報は晴れだったはず。もうテレビなんて信用しない」
私も暴雨に対して苦言を漏らしながらも、少し止むまで雨宿りをすることにする。
折り畳み傘なんて持ってきてないし、雨に濡れて制服が透けるのも嫌だしね。
地下街へのエレベーターまで、少し距離があるのが腹立つ。
ボーっと2人で雨が止むのを待っていると、麗音が不意に口を開いた。
「最近は、少しは進展はあったの?」
「っ!?な、何の…話…?」
目を逸らしながら、わからないふりをしたけど横目でジト目を向けられる。
「言わなくてもわかってるでしょ?いい加減、このワンクッション置くのやめない?余計に疲れるんだけど」
「うぅぅ~~~」
何もこんな、人通りが多い場所で聞いてこなくても……。
恥ずかしさで、顔が熱くなってくるのが悔しい。
「別に……ちょくちょく、部屋に行くぐらい?」
「それって前と変わってないじゃない。押し倒すぐらいしてないわけ?」
「押したっ…‼そ、そんなこと、できるわけないじゃん‼」
自分が円華のことを押し倒して……あんなことや、そんなことを……。
「わ、私たちにはっ…まだ、早い…‼あ、けど、嫌ってわけじゃなくて。円華が望むなら、別に……。だ、ダメだよ、円華……止めて……やっぱり、止めないで…」
「はぁ~い、戻ってきなさぁ~い。思春期の妄想を爆発させるにしても、絶対に実現しないレベルまで行っちゃってるから」
呆れた麗音から注意を受ければ、ハッと我に返る。
「べ、別にエッチな妄想なんてしてないからっ…‼」
「顔を真っ赤にしながら弁解したって説得力無いわよ。っていうか、あんたがそんなんだと、本当に何の進展も無しに3年生になって卒業よ?」
彼女からの厳しい指摘に、私は思わず「うっ」と言葉が詰まる。
ここ最近、円華と一緒に居る時間はそんなに長くない。
円華自身が1人で居ることを好むのは知っているし、だからと言って、別に私が居ても拒絶しないこともわかってる。
だから、たまに部屋に行くことはあるけど、いつもと変わらない時間が流れていくだけ。
言ってしまえば、刺激が足りないのかもしれない。
円華は私のことを女として見ているけど、それは意識していることと直結しているわけじゃない。
お互いに、安心感を覚えているのかもしれない。
私と円華の間には、強い絆がある。
その結びつきに、甘えているんだと思う。
「もう告っちゃえば良いんじゃない?じゃないと、あの朴念仁には通じないわよ、あんたの気持ち」
「だから、それは……。円華の邪魔はしたくないんだってば」
「あんた、そればっかり言うけど、このままの関係でいたいわけじゃないでしょ?」
「それは……まぁ、うん…」
隣にある柱に肩を預けながら、体重を乗せて身体を傾ける。
円華と一緒に居る度に、想ってしまう。
ずっと、側に……隣に居たいって。
「あんたらの状態、一言で表すと熟年夫婦だからね?もはや、カップルとか通り越して、その領域に行ってるのが不思議でしかないわよ」
「夫婦!?そ、それは褒め過ぎじゃ…」
「褒めてないから!どっちかって言うと、呆れてるレベルだから‼」
麗音は右手で額を押さえては「ああぁ~~~」と声を出して天を仰ぎ見る。
「本当に、あんたたちのどっちかがケダモノになれば、すぐにでも進展しそうなのになぁ~」
「ねぇ、麗音って時々お節介してくるけど、絶対に楽しんでるよね?私と円華を見て、正直ニヤニヤしてるよね!?」
「・・・え?そんなわけないじゃない」
「その間は絶対に楽しんでる‼嘘をついている人の間だった‼」
お互いに相手の態度に不満を漏らして時間を潰せど、雨は一向に止む気配はない。
「雨、本当に止まないね…」
「そうねぇ~。こんな時に、傘を持ってきた王子様なんて現れたら、もう感動で涙が出るわ」
麗音が意味の分からない冗談を言っていると、「ん?」と外を見て怪訝な目を向ける。
「ねぇ、あの傘もさしてない女の人……要ちゃんじゃない?」
「え?」
彼女が指さす先を見てみると、確かに傘もささずに、鞄を傘替わりにしているわけでもなく、雨に濡れながら歩いている薄紅色の長い髪をした女子が居た。
試しに麗音が「要ちゃーん!」と名前を呼ぶが、雨のせいか聞こえている様子は無い。
しかも、その足取りは虚ろで左右に揺れているように見える。
正直言って、正常な人間の動きじゃない。
「ちょっと、私、行ってくる」
濡れるのが嫌とか言っていられる状態じゃない。
走りながら和泉に向かっていると、後ろから麗音も「あたしも行くわよ!」と付いてくる。
そして、先に背後を取った私が手を伸ばして肩を掴んだ。
「和泉要!」
身体に触れられ、至近距離で名前を呼ばれれば、流石にこっちの存在に気づいた。
「えっ……最上…さん…?」
振り向いた彼女の表情からは、いつも見ていた陽気な笑みは消えていた。
どこかやつれたような、生気が薄い感じがした。
「傘もささずに帰ろうとしていたの?風邪をひくよ、要ちゃん」
後ろから麗音が、心配する言葉をかける。
「麗音ちゃんも……。あ、アハハっ……ごめん、ね。私、変だったよね」
言葉は途切れ途切れであり、正気じゃないのが見て取れる。
というか、こんな彼女を見て違和感を覚えた。
ずぶ濡れの和泉が1人で歩いている。
こんなこと、前まではあり得ない光景だったと思う。
何故なら、彼女の側には常に頼りになる執事が居たから。
「雨水蓮は……近くに居ないの?」
周りを見ても、遠くから彼女を見守っているわけでもないことがわかる。
そして、その名前を出すとビクッと肩を震わせる和泉。
「蓮……。蓮は……私のっ……私の…せいで…‼」
水たまりの広がるアスファルトの上で両膝を付き、両手で自分自身を抱きしめるように回しては、身体を震わせた。
「いやぁああああああああああああああああああああ‼‼‼」
突然、大声を出しては蹲る和泉に麗音は声をかける。
「要ちゃん?ねぇ、どうしたの!?要ちゃん‼」
どう見ても、挙動がおかしくなっている。
今の彼女を、1人にしたらダメだと直感が言っていた。
「和泉を部屋に連れて行こう。今の彼女は、危険過ぎる」
私からの提案に、麗音は力強く頷いた。
ーーーーー
場所はEクラスのアパートで、私の部屋に移動している。
和泉には風呂を貸して、冷えた身体を温めてもらっている。
「さっきの和泉……どう見ても、普通じゃなかったよね」
「そうよね…。最近、姿を見なかったのが変だったし、2年生になってからも行動が見えなかったのがおかしいとは思っていたけど……」
私と麗音は、テーブルを挟んで対面に座りながら言葉を交わす。
麗音としても、彼女の動向が気掛かりだったみたい。
春休みから今日まで、彼女とは会うことがなかったから仕方がない。
和泉はAクラスに所属していて、あのクラスにとってはリーダーと言える存在。
だけど、私はそこに変化が生じていることを知っている。
梅原改。
あの男が私に接触してきた時に、彼に付き従う連中が居た。
あれがAクラスの生徒なら、和泉じゃなくて梅原に従っていると見ることができる。
だとしたら、梅原と和泉でリーダーとしての地位が二分されている可能性がある。
だけど、それなら余計にあの過保護な執事が彼女から離れていることが気になる。
あの学年末試験の後から、Aクラスで何があったんだろう。
深まる疑問に思考を巡らせていると、バスルームから和泉がバスタオルを髪に当てながら出てきた。
「お風呂、借りちゃってごめんね?」
着ているのは私のパーカーとスウェットで、心なしか胸が強調されているように見える。
女としてのレベルの違いを、見せつけられたような気がした。
「どうしたの、最上さん?……あれ、もしかして、着方おかしかったかな?こういう服、着たことなくて……」
流石はお嬢様。
パーカーとスウェットなんて眼中に無いってことか。
自分のダボダボな格好が変じゃないかを確認している和泉に、私は素っ気なく「別に」と返す。
「こら、ひがまないの。要ちゃんも、狭いけど風呂に入れてさっぱりしたでしょ?こっちに一緒に座ろうよ」
「ねぇ、狭いって余計じゃない!?確かに足は伸ばせないけど」
麗音の言葉に含まれた皮肉にツッコんでいると、和泉はクスクスっと笑いながら麗音の隣に座った。
「2人の関係が羨ましいよ。私には、同性でそんなに仲良く話せる人が居ないから」
自嘲するように、眉を下げて笑う彼女に私たちは言葉を返せなくなる。
「今のAクラスって、正直ヤバい状態なんじゃないの?」
単刀直入に、私は思っていることを口にしてみた。
「抽象的な言い方だね……。でも、端的に言ったら、その言葉は的を射てるかもしれないね」
和泉は体育座りをしては、自分の足の先を見るように視線をカーペットに落とした。
「Aクラスは変わったよ。私はもう、あのクラスでお荷物になっちゃったね」
「……お荷物?」
彼女には似つかわしくない言葉に、私と麗音は一瞬だけ互いの顔を見て反応を確認していた。
「梅原くんは凄いよ。2年生になってから、私よりも上手にクラスをまとめちゃうんだもん。クラスのみんなも、今は私よりも彼を頼っているしね」
「それって、今は和泉じゃなくて梅原改がAクラスのリーダーになったってこと?」
和泉はぎこちなく頷いては、唇が震えていた。
「私のやり方が、間違ってたんだよ。みんなを死なせたくない、失いたくないって気持ちばかりが先走って……何も見えていなかった。ううん、あの取捨選択試験の時から、気づいていたのにね……蓮からも、言われてたのに……」
自分から雨水の名前を出すと、その目に涙を浮かべる。
「その雨水くんは、要ちゃんから梅原くんにリーダーが変更したことに納得しているの?」
「……うん」
コクンっと力なく頷く和泉は、そのまま言葉を続ける。
「私……蓮に見限られちゃったんだ…‼梅原くんの方が、リーダーに向いているって」
俄には信じられない事実を、彼女は口にしていた。
あの雨水が、和泉を見限った…?
Aクラスの中で起きている変化は、私たちが予期しなかった方向に進んでいた。




