弟子入り志願者
円華side
「ふぁ~あ……眠い」
春から夏へ季節が移り変わっていく。
どこの情報かは忘れたけど、春夏秋冬の変化を楽しむのは日本だけらしい。
そう言えば、アメリカに居た時はそんな変化に気づくことすらなかったな。
だからこそ、春から夏に変わっていく景色に新鮮さを覚えているのかもしれない。
並木道を1人で歩きながら、頭の中で回っている洗濯機に思考を巡らす。
まず、今の俺の状況を整理しよう。
面倒臭いことこの上ないが、俺は今、複数の組織から狙われている。
緋色の幻影、桜田家、アメリカ軍。
今パッと思い浮かぶだけでも、大まかにこの3つだ。
考えたくはないが、この学園には3つの組織から刺客が送られているらしい。
そして、緋色の幻影の刺客を見破ることで、俺たちのクラスが得る利益まであることは、理事長のヴォルフ・スカルテットが確約している。
そうなると、俺個人として優先したいのは緋色の幻影との戦いだ。
涼華姉さんの仇を討つという目的と、今ある大切なものを守るためというのが主な理由だけど、この前の特別試験の時に俺の中で戦うべき理由が1つ増えた。
内海景虎の存在だ。
合同特別試験において、内海は進藤先輩とペアを組んでいた。
進藤先輩の言っていた、見定めたい生徒が内海だったってことだ。
そして、総合得点で1位を取っている。
それが進藤先輩の実力ゆえなのか、内海が今まで見せていない実力を見せたのかはわからない。
俺は内海の能力を、その暴力性しか知らない。
だけど、この前の名無しとの戦いに乱入してきた時のあいつの戦い方は、今まで見てきたものと違った。
獲物を目にしたら衝動のままに、猪突猛進に攻める狂人から、自身の持てる力を活用して獲物を追いつめる狩人へと変化していた。
あの時に感じた衝動は、今でも胸の内でくすぶっている。
俺の中の根源が、あいつとの闘争を求めている。
緋色の幻影……ポーカーズ……内海。
俺の中に闘争心という者があるとすれば、やはりそれを向けるべきは奴らになる。
だからこそ、正直言って他の2つの組織は、敵対する気なら邪魔でしかない。
だけど、俺が素直に『邪魔だ、すっこんでろ』って言ったところで引き下がるわけもない。
クラス競争の問題は成瀬たちに一任するとしても、組織が邪魔してくるのなら俺がみんなを守るしかない。
「……守る……か」
ふと、今まで自分で思っていた目的の1つに引っ掛かりを覚えた。
俺が求める、守護者としての形は何なのか。
復讐者としての形なら、もう決まっている。
緋色の幻影をぶっ潰すことが、その根幹にある。
だけど、誰かを守るってことの形が、見えていない。
今まで、俺は無我夢中で戦ってきた。
それが守るということに繋がると信じて。
だけど、それは俺の自己満足になっているんじゃないのか?
自分の中で、くすぶっている感情がある。
これは闘争本能とか復讐心とは違う、新たな何かだ。
そして、俺はこれを真咲空雅と居た時にも感じていた。
もしかしたら、これが守護者としての形に繋がっているのかもしれない。
歩きながら口元に左手を当てながら歩いていると、突然背後から「椿先輩‼」と大きな声で名前を呼ばれた。
「・・・は?」
至近距離からの大声に、俺はビクッと肩を震わせてから怪訝な顔を浮かべながら、後ろを振り向いた。
そこには、会ったことがない男が立っていた。
青みがかった黒髪が外にはねているのが特徴的で、肩に力が入っている所から緊張しているのがわかる。
「つ、椿先輩!おはようございます!初めまして!俺、1年生でCクラスに所属しています!早瀬進って言います‼よろしくお願いしまーす‼」
語尾が全て強調されており、正直区切り区切りでうるさい。
また、変な奴が接触してきたなぁ……。
「1年生が俺に何の用だ?ペア戦なら、とうの昔に終わってんぞ?」
合同特別試験が終わり、もう他学年と関わる機会はないと思っていた。
真咲やセレーナとも、カフェでの一件以降は話してないしな。
それでも、こいつが接触してきた理由があるとすれば、考えたくはねぇけど勘ぐってしまう。
こいつが、どこかからの刺客なんじゃないか、と。
「椿先輩‼」
背筋をビーンっと伸ばし、その後でバッと頭を90度に下げた。
「お願いします、俺を弟子にしてください‼」
「・・・はい?」
予想外のお願いに、目が点になってしまった。
「ありがとうございます‼俺、一生懸命ついていき―――」
「いや、待て待て。え、嫌なんだけど……」
俺がマジの困り顔で拒否すれば、早瀬は姿勢を戻しては呆気に取られた顔を向けてくる。
「な、何でですかー!?」
「嫌だよ、めんどくせぇ。……第一、俺は弟子なんて取れるほど、偉そうな奴じゃねぇんだよ」
門前払いをするかのように、手を前後に振って「帰れ、以上」と言って突き放そうとするが、それでも早瀬は粘ってくる。
「俺、入学してから先輩のことをずっと見ていたんです‼正直、ペア戦だって先輩と組みたかったんすよ‼だけど、声をかける勇気が無くて……。真咲に先を越された時はすっげぇー悔しくて‼2人が特訓してる所、ずっと欠かさず見てました‼だから、二番弟子でも良いので、俺のことも鍛えてください‼師匠‼」
「誰が師匠だ。やめろ、マジで」
こいつの中で、勝手に話が進んでるのが面倒だな。
つか、俺と真咲のことをずっと見ていたとか、ストーカーかよ。
・・・あれ?
そう言えば、最近、何か視線が痛いなって思うことが何度かあったな。
「もしかして、おまえってペア戦が終わった後も俺のことを何度か尾行してた?」
「尾行って何ですか、人聞きが悪い‼話しかけたかったけど、タイミングがわからなくて、結局今日まで勇気が出なかっただけです‼」
「うん、立派なストーカーだな、おまえ!?」
思わずツッコんでしまった後で、腕を組んでは眉間にしわが寄る。
「第一、何で俺に弟子入りすんだよ?まぁ、受け入れるかどうかは別として、Eクラスに居る俺よりも、Sクラスの鈴城や3年生の進藤先輩とかの方が良いんじゃねぇの?」
というか、弟子入り志願者とか面倒で、そこら辺に押し付けたいという気持ちが強い。
しかし、その2人の名前を出すと早瀬は人差し指で頬を掻く。
「いやぁ~、流石にそこまで行くと、ガチで気が引けるって言うかぁ…。恐れ多いというかぁ~、椿先輩辺りがぁ…俺には、調度良いかなぁ~って……」
「なぁ、おまえ、それって俺のことを虚仮にしてねぇか?」
「滅相も無い‼俺、本当に師匠のことを尊敬してるんですよ‼」
奴は目を輝かせては、俺にグイっと顔を近づけてくる。
「師匠が他のクラスの強者と戦って、その圧倒的な実力を見せつけてきたって噂を聞いて、惚れました‼」
「はぁ?そんなことあったっけ?」
「俺、聞いたんですよ‼Dクラスの柘榴恭史郎先輩と一騎打ちで戦って、打ち負かしたって‼そして、学年末試験でもSクラスの女帝って言われている鈴城先輩と引き分けたんですよね!?やっぱり、先輩は只物じゃないと思いました‼」
「まぁ~た、知らなくてもいいことを……」
「何でですか、もったいない‼先輩はもっと、自分の高い実力を世に知ってもらいたいと思わないんですか!?つか、俺が知ってほしいです‼布教して良いですか!?」
「良いわけねぇだろ、バカ。俺は面倒事は御免なんだよ……。つか、それが理由か?噂に踊らされてたら、あとで痛い目を見るぜ?」
この場で10分くらい相手している中で、目の前に居る後輩が『うぜぇ』という感情から『逆に心配』という感情に変わってくる。
「それだけが理由なわけないじゃないですか‼最後に一番、俺が椿先輩を師匠にしたいって理由があるんですよ‼」
「……まぁ、聞くだけ聞いてやるよ」
半目になりながらも聞く姿勢に入れば、人差し指を立てて笑顔で言った。
「何より!近寄りがたい程の地位もないっ‼」
「はい、帰れ‼絶対におまえなんて弟子にしねぇからな‼」
頭の中で、ヴァナルガンドが『ガハハハハハハっ』と腹を抱えて不快な爆笑をしているのが聞こえてきた。
ああぁ~、うぜぇ‼
「何でですかぁ‼褒めてるんですよぉ‼」
「どこが褒めてんだ!?褒めるって言葉の意味を辞書で調べてこい‼」
「その…あれですよ!親近感があるって言うか‼ほら、真咲のことも面倒見が良かったじゃないですか‼兄貴的な存在で、頼りやすいんですよ‼」
「なぁ、やっぱバカにしてるよな?嘗めてるよな。なぁ!?」
「そんなことないですってぇ‼本当に尊敬しているんですよ‼いよっ、師匠‼」
こいつ、口を開けば開くだけ損するタイプのバカだな、うん。
「頼みます、師匠‼お願いします‼」
「ダメだダメだ‼帰れ、バカ」
「これだけ頼んでも引き受けてくれないなんて、意外に厳しいお方だぜ……」
頭を抱えながら苦悩する早瀬を見て、こっちも頭が痛くなってきた。
「何だか、おまえと話してるとマジで疲れてきた……。おまえが帰らないなら、俺が帰る。じゃあな」
「あ、ちょ、待ってくださいよ、師匠ぉ~‼」
あぁ~、こんな所、恵美たちに見られなくて良かった。
あいつらが見たら、絶対にからかって玩具にされる。
何が師匠だ、ふざけんじゃねぇ‼
『おい、相棒……。良かったな、また変な後輩ができたじゃねぇか…。ぷっ‼』
ずっと口を挟んでこなかったヴァナルガンドが、ここぞとばかりに絡んできた。
「るっせぇな…‼つか、おまえも今のをネタにからかってくんじゃねぇよ、面倒くせぇ~」
それにしても、早瀬進か……。
あいつ、ずっと俺を尾行していたんだよな。
正直、今日はあいつが俺に話しかけるまで気づかなかった。
現れた瞬間からは、あれだけ存在感が強かったのに。
そして、どことなく懐かしい感じがしたんだ。
あの憧れを抱いた眼差し……。
過去に何度も受けたことがある、不快な目と似ていた。
「まさか……な」
相手が1年生ということで、神経質になっているのかもしれない。
こうして、後輩が接触してくる度に気にかけていたら切りがねぇな。
「余計なことに思考を割いてる余裕もねぇしな。そろそろ……切り捨てられるところは切り捨てるか」
打てる手は打っておき、備えておく必要がある。
敵が未だに見えない相手だとしても、やりようはいくらでもあるんだからな。




