怠惰の共鳴
空雅side
気づいた時、僕は黒い空間の中に居た。
そこに立ち尽くしていて、周りには何も無い。
すぐに、これが夢だとわかった。
だけど、不思議な感覚だった。
夢だと思っているのに、頭の中に直接指令が流れ込んでくる。
『こっちにいらっしゃい』
その声を認識し、何も無い空間で足を進める。
視界としての変化は無くても、前に進んでる感覚はある。
そして、段々と目に見えるものに変化が出てきた。
見えるのは鎖だ。
床から、そして天井から、視界の先に向かって伸びているのがわかる。
この鎖が示す先に居るのは……。
『素直に、私の導きに従って来るなんて……。そんなあなたは、私にとっては偉大な勇者?それとも、ただの愚か者?』
声をかけてきた人物を見て、僕は思わず「えっ…!?」と声が漏れてしまった。
だって、それはそうでしょ!?
両手を広げた状態で、全身に鎖を巻き付けられている女性だった。
腰まで長い髪は燃えるような紅色をしており、その瞳も同じく紅に輝いている。
だけど、何よりも声を出してしまった理由は……。
「な、なな、何でっ…‼何で、はだっ、裸あぁ!?」
そう、この人は全裸で鎖を巻き付けられているんだ。
存在を強調している、彼女の2つの縦長の丘が視界に入っては、両手で顔を隠して見ないようにする。
僕の反応を見て、彼女は縛られていることなど関係なく、歯を見せて笑う。
『可愛い反応してくれるわねぇ~。どうして、目を逸らすの?こんな恥ずかしい姿をしているのに、私は身動き1つ取れない。抵抗も何もできないんだから、いくらでも見れば良いんじゃない?』
恥ずかしい姿と言いながら、彼女の口ぶりからそんな様子に見えない。
逆に僕を試すかのように、男としての本能に従うように促してくる。
「僕はっ…その……えーっと…」
上手いように言葉が出てこず、動揺が表面化してはキョドってしまう。
その間、赤髪の女性は何も言わずに僕の言葉を待っている。
「僕が見るのは、その……許されないんじゃないかって。君みたいな、綺麗な人を……見るのが」
そう言いつつも、指と指の間が少し開き、閉じていた目が薄っすらと開き始めている。
『プッ!ウフフフッ‼アハハハハハハっ‼』
噴き出すように笑う彼女は、次第に声を出して爆笑している。
『あぁ~、おっかしい。私の前に数十年ぶりに現れる人間が、こんなに情けない男だなんて……逆に新鮮ねぇ』
女性は僕に、その縦に長い瞳孔を向けながら問いかける。
『新たなる契約者候補……。あなたは、私に何を求めるの?』
「えっ…何をって……」
視線を逸らしながらも、彼女と言葉を交わす。
求めるものって言われても、パッと思い浮かぶものがない。
『富や名声?それとも、この世で一番の大金持ち?何でも良いけど、私は退屈が一番嫌いなの。人間は、望んでいるものを追い求めている時が一番見ていて面白いわ』
退屈を嫌う彼女は、人の欲望を見て愉しむことを望む。
そして、その目は僕の望みを口から引きずりだそうとする。
僕の…求めるもの……。
いつまで経っても口を開かないことから、彼女の眉間に若干のしわが寄る。
『ほら、はぁ~やぁ~くぅ~。何でも良いのよ?それとも、無欲な人間を気取るつもり?』
あ、明らかに退屈だって顔をしてらっしゃる。
な、何か……何か、言わないと…‼
望み…求めるもの……。
彼女のことを見ながら、思い浮かんだ言葉は1つだった。
「えーっと…な、名前!あなたの名前……何て、言うんですか…?」
『……名前?』
復唱する彼女は、怪訝な顔を浮かべる。
『それが、あなたの望み?』
「い、今のところは……」
頬を人差し指でかきながら、ぎこちなく言葉を返す。
『……そう。ただの臆病者かと思ったら、ここに導かれるだけの素質はあったみたいね』
そう言って、彼女は口を開いた。
その時、僕の耳にはその声が何故か聞こえなかった。
口の動きはスローモーションのようにゆっくりであった。
『これが、私の名前……。だけど、今のあなたには聞こえなかったでしょうね。私のことを見つけることができたのなら、思い出すといいわ。その時は、あなたと契約してあげる』
そして、彼女の名前が聞こえないまま、僕の身体は何者かに後ろに引かれるようにして離れていく。
「ま、待って!僕はまだ、君に何も…‼」
手を伸ばそうとも、届くはずがないことはわかっている。
それでも、言葉だけは届くと信じて…‼
「僕の名前は、真咲空我‼絶対に、君をまた見つけるから‼待ってて、---‼」
僕自身、彼女のことを何て呼んだのかはわからなかった。
だけど、その名前を呼んだ時に、彼女は目を見開いていた。
その目から一筋の涙がスゥーっと落ちたんだ。
そして、儚げな笑みを浮かべながら呟いた。
『待ってるわ。ずっと……あなたを』
彼女の声が耳に届いたと同時に、僕の意識はその空間から薄れて行った。
ーーーーー
円華side
5月に入り、合同特別試験が終わって1週間が経った。
あの試験によって、1年生の中で5人ほど退学者が出たらしい。
2年生の中では、たった1つのクラスで1人だけ。
それは現Aクラス……和泉のクラスからだった。
意図的なものなのか、それとも単なる不幸か。
どっちにしても、誰かが消えた事実に変わりはない。
まぁ、そんな他所のことなど、気にしている余裕は俺にはなく……。
「結果的に、上位10%には入り損ねっちまったな」
この前の合同特別試験の結果を、頬杖をつきながら端的に口にする。
カフェにて、俺は恵美、真咲、セレーナと4人席に着いている。
「まぁ、下位10%には入らなかったんだから、良かったんじゃないの?」
言うと同時にストローに口をつけ、オレンジジュースを飲む恵美。
その隣に居るセレーナに視線を向ける。
「英語の赤点候補が、半分以上の点数を取れるようになったのは、素直におまえのおかげだと思うぜ。ありがとな、クインバレル」
礼を言えば、彼女は納得いかないような表情を向けてくる。
「礼を言われるようなことじゃありません。恵美先輩に足を引っ張られたくなかっただけです。……って、私が言いたいのはそんなことじゃありません」
バンっとテーブルを叩き、俺を睨みつけてくる。
「この集まりは何ですか!?試験が終わったのに、どうして私がまた、あなたと同じ席に着かなければならないんですか!?」
「えっ、今更そこで怒るの?」
俺の隣に座る真咲が、セレーナの態度に顔を引きつらせる。
まぁ、理由は言ってなかったから当然か。
真咲を通じて、カフェに連れてくるようにしか言ってなかったしな。
そして、一足先に待っていた俺と恵美が鉢合わせて、4人席に着いたってわけだ。
人差し指で頬をかきながら、半目になっているとビシッと指をさされる。
「その目!絶対に『こいつ、面倒くせぇな…』って顔ですよねぇ!?」
「べ、別に…?」
図星を突かれ、視線を逸らしていると目の前に居る恵美からジト目を向けられる。
「図星突かれて、目を逸らしてる…。少しは誤魔化し上手くなったら?」
「るっせぇな」
「あ、本当ですね!耳が痛いことを言われると、すぐに『るっせぇな』って言うって‼」
セレーナが驚きつつ、俺と恵美のことを交互に見てくる。
そんな彼女に、恵美は腕を組んでドヤ顔になる。
「だから言ったでしょ?円華はわかりやすいんだって。アメリカでどれだけ怖がられてたかは知らないけど、実際はこんなもんなんだよ」
「凄いです、恵美先輩‼私、先輩の人間観察力に感服しました‼」
目を輝かせながら、セレーナは恵美に尊敬の眼差しを向けている。
俺と真咲は、完全に2人の世界から置いて行かれている気がする。
「なぁ、何の話?おまえ、何か気に入らねぇことで、クインバレルから慕われてねぇか?」
いや、話の流れから察しはつくが、本人から直接聞かないことには確証は得られない。
それでも、察しがつくからこそ、目尻がピクピクっと震える。
そんな俺に、恵美は悪びれもなくセレーナを指さしながら答えた。
「英語の勉強を見てくれる報酬として、円華の情報を渡してた。悪い?」
「悪いに決まってんだろ、この裏切者ー‼」
首を傾げながら聞いてくる彼女に、俺は即座にツッコんだ。
そして、セレーナは悪い笑みを浮かべながらこっちを見てくる。
「あなたの弱点も、いくつか聞かせてもらっています。今後は私に対する態度を、少しは改めた方が良いですよ?」
最後に皮肉を込めるように「椿先輩」と呼んでくるのが、無性にムカついた。
「ま、まさか、この2人がこんなに仲良くなるなんて……。僕、知りませんでした」
「女同士って仲良くなるスピードが異様に早えよな」
唖然としている真咲とは対照的に、俺は乾いた笑みを浮かべてしまう。
つか、俺を出汁に後輩を飼いならしたことで、ドヤ顔になっている恵美が腹立つ。
「まぁ、セレーナも私の顔に免じて許してあげてよ。円華は意味も無く、人とコミュニケーションを取るような人じゃないから。この雑談だって、意味はあるはずだよ」
「せ、先輩がそう言うなら……」
恵美の鶴の一声で、渋々ながら納得したように見えるセレーナ。
そして、余裕そうにムフッと笑んでは恵美は言葉を続ける。
「それに円華が調子に乗ったら、あとで私がお仕置きしておくから」
「流石は恵美先輩!頼りになります!」
「何でだよ‼マジで納得いかねぇ‼」
今度は俺の方が、バンっとテーブルを叩いて感情を露わにする。
ったく、しょうがねぇな。
女同士で盛り上がってるなら、こっちは野郎同士で会話に花を咲かせるか。
「本当に、女ってわかんねぇよなぁ…真咲ぃ」
「そ、そうですねぇ…椿先輩」
目の前でキャッキャしている女子2人に、俺たちは冷めた目を向けてしまう。
「でも、本当に……女の人って、よくわからないです」
真咲は何か、意味あり気に俺の言葉を復唱した。
それが気になり、頬杖をついたまま彼の方に横目を向ける。
「どした?気になる女子でもできたか?」
「えっ…‼いや、それはっ…えーっと……」
目を逸らしながら、両手の人差し指の腹同士を押し付けながらモジモジする。
「本当は、こんなことを気にしている余裕は無いんですけど……。その……笑わずに、聞いてくれますか?」
「まぁ、多分、笑わねぇと思うけど。話したかったら話せよ」
幸い、目の前の女子はカフェのメニューを見て会話に花を咲かせている。
こっちに注意を向けている様子はない。
「じゃ、じゃあ……その、変なことを言っていることは、重々承知ですけど……」
真咲は頬を紅くし、肩を狭めながらボソッと言った。
「夢の中で見た、長い赤毛の女の子……。あの子のことが、頭から離れないんです」
まさか、夢の話を出してくるとは思わなかった。
「夢の中の女……か」
何故だろうか、少しだけ興味が湧いてきた。
「それって、学園内で見かけた誰か…じゃねぇの?」
「多分、違うと思います。あれだけ綺麗な人、ここに居たら噂になっていないはずがありません」
まぁ、夢の話だし、綺麗かどうかの評価は人それぞれだしなぁ…。
『おい、相棒』
真咲の話を聞いていると、頭の中にヴァナルガンドの声が流れてきた。
そして、相棒はとんでもないことを口に出した。
『この小僧から、少しだが……七つの大罪具の匂いがしてくるぜ?』
それが聞こえた瞬間、俺は真咲を見ながら少しだけ目を見開いていた。
……マジかよ!?
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