孤高
景虎side
2年生最初の特別試験が終わり、俺は柄にもない場所で食事を用意される。
そこは地下街にある中でも有数の高級レストランであり、とある男と対面する形で座る。
スタッフがグラスに水を注ぎ込んで離れていけば、男は口を開いた。
「浮かない顔をしているな、内海景虎。とても今回の特別試験で総合1位を取った男の面構えとは思えん」
「こういう堅苦しい場所は嫌いなんだよ。生徒会長様なら、何度も来ているだろうが、俺みたいなド底辺の人間には縁が無い場所なんでね」
特に正装をしてきたわけでもなく、ラフな格好で来たのが目立ってしまう。
「終わった後に言うことでもないと思うが……何であんたは、今回の試験で俺とペアを組んだんだ?進藤大和」
眼の前に座る男…進藤は眼鏡のレンズを反射させながら俺を見てはフッと口角を上げる。
「おまえの可能性を見てみたくなった。好奇心に突き動かされただけさ」
「噂では、椿の誘いを断ったそうだな。そうまでして、俺への好奇心が上回ったってか?光栄な話だぜ」
頬杖をつきながら皮肉を口にすれば、進藤はそれを余裕の笑みで受け止める。
「Eクラスで復帰しながらも、いきなりBクラスまで上り詰める快進撃。これから、おまえのクラスは注目の的になるだろう。実力で有名人になる気分はどうだ?」
「悪くねぇ…って言えば良いのか?正直、そんなものはどうでもいいんだよ。俺はあいつと……本気の椿と戦えれば、それで良い」
あくまでも、標的は椿円華1人。
それも、望むのは本気の喰らい合い。
たった1人と戦うという欲望のためだけに、俺は身を壊すほどの想いをしながら力を手に入れたんだ。
「そうまでして、何故彼に拘る?」
興味深そうに、進藤は問いかけてくる。
「あいつは、俺にはない強さを持っている。だからこそ、あいつに勝つことでその強さを喰らってやるんだよ。そうしねぇと、俺は前には進めない」
最初は、ただその存在が憎かった。
1度の敗北から、殺意を抱いたこともある。
だけど、それだけじゃダメだった。
力とか、経験とか、そんなものじゃない。
根本的な強さが、俺とあいつは違う。
生きてきた環境の違いか、それとも生まれ持ったものなのか。
俺と椿では、決定的に強さの質が違う。
そして、そんな異なる強さを持つ椿を喰らうことで、俺は今よりも前に進むことができる。
そう、本能が訴えかけてくる。
俺が理由を話せば、その時に料理が運ばれては前に出される。
前菜はスープであり、それにスプーンで口をつけてから進藤は眉を下げて笑う。
「運命という言葉があるのであれば、おまえと椿ほど合う存在はないだろう。椿もまた、おまえのことを倒すべき存在として認識しているはずだ」
確信めいた言い方に、俺は怪訝な表情になる。
「何でそんなことがわかるんだ?」
「ただの勘だ。……しかし、おまえたちが衝突し、互いを高め合うことでこの学園にいい影響を与えると、俺は思っている。これからも、おまえの成長には期待している」
「……成長、ねぇ」
俺は今の進藤の言葉に、歯を見せて不敵に笑ってやる。
「あんたが今回、俺とペアを組んだ理由……。ただの好奇心だけじゃねぇな?」
「……そう思う根拠は?」
まるで試すかのように、奴はテーブルに両肘をついては顔の前で手を組んで見てくる。
「焚きつけたかったんだろ、椿のことを?あいつがこれから、俺への対抗心を向けるように」
進藤の狙いは、単純だ。
こいつは、俺と椿がぶつかり合うことを望んでいる。
その理由が、本当にこの学園に波乱を起こすことなのかはわからない。
それでも、俺の望み通りにいくのなら、奴の掌の上で踊ってやるよ。
こっちが狙いを見透かせば、進藤は眼鏡の位置を正す。
「本気の椿円華と戦いたいのであれば、それは今じゃない。おまえはまだ、彼の強さの領域に達していないからだ」
強さの領域。
その言葉に引っ掛かりを覚える。
「今の2年生の中には、彼以外にも、同等の強さを持った者が存在する。椿に追いつき、その強さを喰らうことを望むのであれば、もっと他の強さにも目を向けて喰らい、力を付けることだ。椿円華を最終目標にするのであれば、な」
椿以外に、俺にない強さを持つ者を喰らう。
正直、今の俺であいつに勝てるとは思っていない。
だからこそ、他の強さを知り、喰らい、俺自身をさらに進化させる。
椿が俺の居ない3ヶ月間で、進化したように。
「良いねぇ。面白くなってきやがったぜ…‼」
目標はあくまで、椿円華を倒すこと。
そのためには、数々の通過点が存在するってわけだ。
「だったら、将来的には、あんたの強さも喰らいたくなるかもしれねぇな…」
「その時は、全力で挑んで来い。どう足掻いても越えられない壁と言うものを、おまえに教えてやる」
あくまでも、自分には勝てないと思っているらしい。
だったら、その鼻をへし折る日が楽しみだ。
「俺はおまえたちが、羨ましいよ」
不意に、メインである牛肉のフィレステーキを食べながら、進藤は呟いた。
「それは、どういう意味でだ?」
皮肉で言っていると思って睨みつけるが、それに進藤が怯むわけもない。
「互いを喰らい合える存在が居る。それによって、成長のチャンスが生まれる。そういう相手が間近に居ることを、おまえは喜ぶべきだと思う」
それが素直な気持ちであることは、何となく伝わった。
だからこそ、気に入らない。
「あんたには、喰らいたい存在って奴は居ないのかよ?」
「……生憎な。今の俺を一言で表すのなら―――孤高、かな」
その後、俺たちは夕食を続けながら、今回の特別試験について振り返った。
ーーーーー
円華side
特別試験が終了した後日の早朝。
日課のランニングを終了してアパートに戻れば、その前には場違いな女の姿があった。
タイトなスーツに身を包んだ現担任教師……牧野乱菊だ。
「……早朝出勤にしても、こんな時間に来る場所じゃねぇよな」
時間はまだ、午前5時だ。
教師と生徒が鉢合わせるにしては、早すぎる。
敵意を含ませた視線を向ければ、彼女は張り付いた笑みのままこっちに顔を向けてくる。
「おはようございます、椿くん。良い朝ですね?」
朝霧が広まる地下空間で、朝日も差し込んでこないのに良いも悪いも無い。
「単刀直入に聞くぜ。何しに来た?目的は俺か、それとも恵美か?」
緋色の幻影の人間なら、俺と恵美の動きを警戒するのはわかる。
もしかしたら、俺が戻ってくるのがもう少し遅かったら、恵美の部屋に乱入していた可能性もある。
組織に復讐を誓った根源者と、英雄の娘。
どちらかを排除したいと思うのは、間違った話じゃない。
白華は無いけど、この女が相手ならそれなりに戦える。
「安心してください。今日は、あなたに何かをするつもりはありません。現実は、もう自身の目で見ているでしょうから」
糸目を開き、紅の瞳を見せながらウフッと不敵な笑みを向けてくる。
「接触したのでしょう?もう1人の根源者と。そして、新たにオーディンを持つ存在にも」
全てお見通しってことかよ。
「まさか、試験当日にビーストを送りつけたのはおまえか?」
「あれは、私の仕業ではありません。しかし、あなたのことを排除したいと思う者が動いているのは……わかっていますね?」
別に自分が動かなくても、他に俺を狙う敵は居るって言いたいわけか。
あの名無しや、内海、ポーカーズ、そして目の前に居る牧野。
今浮かぶ奴ら以外にも、これから邪魔してくる奴は現れるだろうな。
戦い方も、もう一筋縄じゃいかないかもな。
「今回の特別試験は、見事でした。自身よりもスペックが劣る1年生を導き、見事退学を免れた……。しかし、あなたならもっとSASが高い生徒とペアを組むこともできたでしょう?何故、そうしなかったのですか?」
それは単なる好奇心か、それともこれから先、俺の思考を読む上での判断材料とするためか。
どっちにしても、ただの雑談として受けてやる…か。
「そう言うってことは、あの1年Sクラスの……あぁ~、名前覚えてねぇや、あの男に声をかけられたのは、おまえも知ってるんだろ?」
何なら、この際、あいつを差し向けたのも組織の差し金じゃないかと勘繰ってしまう。
「北条勇くんのことですね。彼は1年生の中でクラスだけでなく、学年全体に手を広げようとしています。彼と手を組むことができれば、あなたはより高い地位を築けたかもしれませんよ?」
「そんなもんに興味ねぇ。俺はおまえらから、大切なものを守るだけだ。もう、何も奪わせねぇ…‼」
少し感情が表に出ては、左目が疼いて紅に染まるのを自覚する。
「あくまでも、反抗……いいえ、あなた風に言わせれば、復讐の意志は変わりませんか。その愚かな意志を曲げない所は、流石は椿涼華の弟くん…と言うべきでしょうか?」
姉さんの名前を出されれば、前なら負の感情に飲まれていただろう。
だけど、今は頭が冷静で、その言葉を正面から受け止めることができる。
「姉さんの遺志は、俺が繋いで貫き通す。おまえらのくだらねぇ野望、喰らいつくしてやるよ」
こっちも不敵な笑みを向け、宣戦布告をしてやれば牧野の目尻の血管が浮かぶ。
「調子に乗らないことね、クソガキ…」
感情が少し垣間見えては、彼女は歩き出しては俺の横を通り過ぎた。
引き際は弁えているってことか。
「おい、先生。俺はまだあんたの質問に答えてねぇぞ?」
そう言って興味を引いては、ヒールの音が止まるのがわかる。
「スペックなんて関係ない。俺は……姉さんの見ていた景色を、少し見てみたかったんだと思う。誰かを教え導くことで、得るものがあるのかをな」
ただの気まぐれのつもりだった。
それがいつの間にか、真咲と関わっていく内に俺の中で確かに芽生えたものがあった。
自らが導くことで、その対象が成長していく姿を見たい。
岸野先生や、姉さんがしていたように。
「……そうですか。くだらない理由でしたね」
牧野はそう言い返し、背中を向けたまま言葉を続ける。
「そう言えば、次の試験では私とは違うサーヴァントが動きを見せるかもしれませんね。用心を」
その忠告だけ伝え、今度こそアパートから離れて行った。
他のサーヴァントが動きだす…か。
面倒くさい忠告だ。
最初は、復讐だけが目的だった。
それが守るべきものができて、今は芽生える好奇心まで出てきている。
俺はこの学園に来てから、獣から血の通った人間になろうとしているように思える。
この変化を喜ぶべきか、それとも復讐者として切り捨てるべきなのか。
俺はこれから先も、この学園で生きていく上で何度もこの自問自答を繰り返すことだろう。
復讐という目的を果たす、その時まで。
それは2年生という新たなステージに立とうとも、変わることがないことだと思う。
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これにて、新風の動乱編は終了になります。




