狐は同類をも摘まむ
基樹side
合同特別試験の結果が発表された後、俺は地下にはいかずに左手をポケットに入れた状態で校門に向かっていた。
そして、その前には1人の男が立っていた。
1年生の須川智也だ。
「お待ちしていました、狩野先輩」
奴は俺と向かい合う形で、笑みを浮かべて声をかけてくる。
「終わりましたね、合同特別試験」
「そうだな……。聞くまでもないかもしれないけど、結果は?」
確認のために聞けば、須川は「もちろん」と前置きをして答える。
「全て0点でした。それはそうですよね、筆記試験は全て白紙で出して、実技試験もわざと手を抜いていましたから。見事に最下位でした」
「つまり、予定通りに下位10%以下で10万の能力点を失ったわけだ…」
1年生にとって、それが意味することは能力点0の現実。
多くの生とが忌避すべき、退学という結末だ。
「あなたがここに来たってことは、僕と同じ結末を辿ったから。……これも、予定通りですね、シャドー」
須川は勝手な予想を口にし、ペラペラと饒舌になる。
「他の影の者は、バカなことをしましたよ。シャドーという標的が居なくなるのに、これからまだぬるま湯に浸るつもりなんですかね?それとも、ここに居る間は影から解放されるとでも思っているのか……。バカな奴らの考えることは、僕にはわかりません」
「そうだな、俺もわからない」
その意見には同意しつつも、俺が奴に向ける目は冷ややかなものだ。
しかし、それを真正面から受けてなお、愚か者は気づかない。
「そろそろ、影からの迎えが来ることになっています。あなたと僕を、影に送るための車がね。マスラオが、玄獎様に取り入ってあなたの反抗を不問にするとおっしゃっていたそうです。これからは、シャドーの称号を遺憾なく発揮できる場で、あなたはその力を振るうことができるんです。そして、僕はそれを側で見ることができる…‼」
高揚感から、須川の顔は紅くなっている。
これから先の、希望する未来を思い描いているのだろう。
そして、ブゥーンっというエンジン音と共に1台の車が校門の前に着いた。
「さぁ、着いたみたいですよ?早く戻りましょう、僕らの居場所に」
須川は校門の先に一歩出ては、こちらを振り返る。
そして、そこに来てやっと違和感に気づいたんだろう。
怪訝な顔を浮かべて問いかけてくる。
「どうしたんですか、シャドー?」
奴と違い、俺はその場から動かない。
「……本当に、おまえみたいなバカが刺客だったことに呆れてくるぜ。いや、あの男が俺にメッセージを伝えるために用意した、ただの捨て駒だったのかもな」
素直な人間は、変な反抗心が無いからこそ利用しやすい。
そして、シャドーへの尊敬を抱いているのなら、そこから接触しようとするのも先が見えてる。
全ては、マスラオの言葉を届けるためだけのメッセンジャー。
それが須川智也の役割だったのだろう。
「須川……」
俺は奴の名を呼んで、軽く手を挙げて振る。
「じゃあな。俺はおまえの言うぬるま湯で、影では知らなかった強さを手に入れる」
それは決別の言葉。
この時になって、ようやく須川の中で焦りが出てきたようだった。
「な、何をっ…何を言ってるんですか、シャドー!?あなたは、僕とペアを組んでいたぁ‼例えあなたが筆記・実技ともに100点の成績を残したとしても、それは僕の0点で半減されて―――」
「本気なんて出してないし、100点も取ってない。俺は目立ちたくないし、そんな好成績残すわけないだろ……」
実際、筆記試験の成績は50点、実技試験も60点ぐらいだった。
下位10%になんてなったら、瑠璃ちゃんから怒られるのわかってるしな。
そんな面倒な未来は、ごめんだ。
「だだ、だったら……何で…‼あなただって、僕と一緒に退学するって言ったじゃないですか!?あれは…だって…‼」
「あんな言葉を、本気で信じてたんだよな、おまえは。正直、呆れてものも言えないくらい……滑稽だったぜ」
不敵な笑みを浮かべながら、俺は須川を右手で指さす。
「喜べ、後輩。おまえは憧れのシャドー先輩に化かされたんだよ」
その一言に、奴は目を見開いては眉間にしわが寄っては青筋を立てる。
「化か…された…だとぉ!?」
「どうして、俺がおまえに言われた通りに、本当に退学しなきゃいけないんだ?ありえないだろ、普通。初対面の奴にいわれた言葉に、何の意味もないんだよ。独り善がりの憧れをぶつけられたって、正直キモい以外の言葉はない。特別試験の結果だけじゃない。おまえの行動は、全てが0点なんだよ」
あの時に抱いていた感情をシンプルに、結果が出た後に言葉にして伝える。
本当に、こいつが俺にやったことは、ただの自己満足と独り善がりだけだった。
ランキングサイトの開設者が俺であり、プロフィールを使用した暗号文に気づいたのは、素直に称賛するに値する。
それでも、その後の行動は全てが0点だった。
「まず、どうして俺に影の刺客であることを明かした?」
もう2度と会うことがない奴への餞別に、振り返りくらいはしてやろう。
「そ、それは……僕も影の存在だと知れば、友好関係が築けると思って…」
「ありえないだろ。おまえ、今まで幸運だけで影の試練を乗り切ってきたんじゃないのか?あそこが、友好関係なんて築ける場所だったか?」
養成機関『影』において、信じられるのは己のみ。
あそこは言ってみれば、蠱毒を作るための壺の中。
最強の駒になることだけを求められ、蹴落とし合い、騙し合い、挙句の果てには殺し合いまでさせられる。
そんな環境で、友情だの仲間だの、そんなものが存在するはずもない。
そして、そこから1歩外に出たとしても、その世界で生きてきた常識が消えるわけじゃない。
俺だって、未だにあの世界での生き方が心と身体に染みついている。
そして、そこから抜け出すたけに足掻き続けているんだ。
「そして、おまえは俺の言葉を信じすぎて、犯したミスがもう1つある…。単純な確認作業だ。試験前に、たった1度の確認をするべきだった」
「確認…?」
その確認が1つ抜けたことが、この結果に繋がっている。
「俺はおまえとのペアを、試験前日に解消している」
俺の種明かしに、須川は「は…?」と呆気に取られた反応を示す。
「えっ……そんなのっ、だって…‼ペアを組むのは、1週間前に申請しないといけないんじゃ…‼」
「組むのは、な。そこから解消することに対しては、何のペナルティも設けられてなかったんだよ。これは教師に確認済みだ」
右手でスマホを取り出し、学園からの1通のメールを見せる。
ーーーーー
2年Dクラス 狩野基樹様、1年Aクラス 須川智也様とのペア解消を受理致しました。
※このメールは、須川智也様にも送信されております。
ーーーーー
そのメールを目にし、須川はすぐに自分のスマホでメールを確認する。
「どうして……こんな、メールが…!?」
全ては、たった1つの確認を怠ったことで起きた結果だった。
俺と須川は、互いに1人で特別試験に臨んでいた。
違っていたのは、自覚していたかどうか。
奴は俺を道連れにすることは叶わず、勝手に1人で自滅していった。
「これが、おまえの尊敬していたシャドーのやり方だ。どうだ?間近で見れて満足したか?」
それは皮肉とも、挑発とも取れる発言。
今、その憧れの存在から絶望に叩き落とされた男が次に移す行動など、もはや予測するまでもない。
「うぅうううっ‼シャドォオオオオオオオ‼」
全身を震わせながら叫び、目を見開きながら憤慨を絵に描いたような顔で駆けては拳を握って突き出してくる。
感情任せに振るわれた、単純な攻撃だ。
そんなものが、当たるはずもない。
「退学した奴が、こっから先に入れると思ってんのか?」
俺はポケットに突っ込んでいた左手を出し、前に突き出す。
そして、手袋のようにして巻き付けていた黒い鋼鉄の糸が展開しては鉄格子のようにして須川の拳を阻んだ。
「狩人の手品 障壁」
拳と鉄格子は衝突し、当然ながら奴の怒りの一撃は弾かれた。
「うがぁああっ‼」
この程度の痛みで手を押さえ、地面に倒れて身悶える須川。
「こんなっ…‼こんなことが、許されると思っているのか!?マスラオの指示は、本当だ‼あなたは、マスラオに……育ての親に逆らうことになるんだぞ!?」
ここまでしても、未だに俺に執着を示している。
いや、これはもう連れ戻すとか、そういう類のことじゃない。
俺の存在を否定するために、マスラオという絶対の存在を出してくる始末だ。
「上等だよ。自分が育てた最高傑作に潰されるんだ、親なら本望だろ?」
影において絶対の存在を出されても、俺が揺らぐことは無かった。
ここに来て、須川の目から光が消える。
それは影として奴に戻ったわけではなく、絶望により希望が見えないことを意味していた。
憧れのシャドー様が、自分のために時間を割いて振り返りをしてやったんだ。
これ以上話しても意味はない。
俺は退学者に背中を向け、日常に戻る。
「チャンスがあるなら、今度はちゃんと学習してこいよ。俺にとってのぬるま湯でな」
車から出てきた奴らは、須川を回収してから離れて行った。
この時、俺に声をかけることが無かったことから、あいつを回収する以外の指示は受けてなかったのだろう。
円華の話では、退学者は本当なら緋色の幻影が排除するんだったか。
それから考えたら、須川は組織の手で殺されるより、影に回収されて正解だったのかもしれない。
しかし、任務を失敗した者に対して、マスラオが下す処罰は甘いものではないはずだ。
最悪の場合、死ぬかもな。
「ふうぅ~~~……きつねうどんでも食いに行くか」
両手を組んで伸びをしながら、シャドーから狩野基樹としての自分に戻って日常に浸る。
邪魔者の1人は排除した。
さてさて、次に俺に摘ままれるのは誰かなぁ?




