異能具
麗音side
あたしは、あたしの思い通りにならない人間が嫌い。
死ねばいいとさえ思っている。
世界の中心にあたしが居るとは思っていないけど、あたしの周りに居る人間をチェスの駒のように、人形劇の人形のように動かすのが好き。
そこに、不協和音は必要ない。
だから、そんな完璧な世界が欲しかったから。中学の頃のように人に遊ばれるのではなく、あたしが人で遊ぶ側になるために、あたしは『力』を手に入れた。
今のクラスはあたしの理想そのものだ。
みんながあたしに従順で、仲良くするようにしたんだから。
クラス委員のあたしが言ったことは、クラスの意志。
あたしが絶対。
だけど、そんな世界に2つの危険分子が流れ込んできた。
1人は椿円華。雰囲気がほかと全然違う。あたしの思い通りの行動をしない。
知らなくては。あの男が何者なのか、どういう過去を持っているのか、どういう弱みを持っているのか。
それを知れば、心の隙に入り込める。身体的にも隙ができる。
そして、椿円華はあと少しで完全にあたしに従順になるはずだった。
そのあと少しの所で、あの女が現れた。
もう1つの危険分子にして不協和音の権化、最上恵美。
最重要人物である最上高太の娘であり、組織から監視を怠るなと言う命令は受けていたが、近づけない。あの女はあたしを寄せ付けない。
だけど、椿円華には少しだけ心を許しているように見える。
最悪だ。緋色の幻影の存在は椿円華に知られているし、最上恵美も知らないわけがない。
2人が接触を続ければ、必ず組織に牙をむく。
そんな時に最上恵美の行動に影響を受け、菊池や伊礼などもあたしに反する行動をするようになってきた。
菊池の場合はもう手遅れだ。最上恵美が来る前から切れかかっていた。
だから、見せしめに利用しようとした。このクラスであたしに刃向った罪は重い。人狼ゲームの後から、いつかは殺すと決めていた。
ついでに、椿円華と最上恵美へのけん制に使える。そして、この学園の本当のルールをわからせよう。
だけど、椿円華の場合は自分がそうすると決めたら絶対に犯人を調べるだろう。だったら、何重にも偽装工作をするしかない。
期待を裏切ってあげるよ……犯人が見つかると言う期待をね、円華くん。
一番の不安要素は、最上恵美がどう動くかだけだった……すぐに始末するはずだったのに。
すべては、あの女が現れてから狂い始めた。
あのメス豚のせいで……!!
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円華side
住良木麗音の本当の目的は、最上恵美を殺すことだった。
菊池を殺すことすらも、カモフラージュだったのか。
俺は溜め息をつき、礼音に怒りを込めた目を向ける。
信じようとしていた住良木麗音の顔が、ガラスが割れるようにパリンッと音をたてて1つずつ砕けていく。
もう、引き下がらない。
「……何時からだ?いや、聞き方が違うな。最初からか?……今まで、おまえは俺の友達になれると期待していたんだ。でも、それは全部まやかしだったんだな……!!」
怒りを押し殺しながら言えば、麗音はフッと笑う。
「すべてが嘘だったわけじゃないよ?中学生の時に受けたイジメは本当だったし、円華くんの友達になりたいと思ったのも本当の気持ち。円華くんには、本当のあたしを見せていたんだよ?」
「その結果がこれかよ。こんな結末になるくらいなら、嫌いだったけど、前の麗音を見ている方が良かったぜ。俺たちは、深く関わりあうべきじゃなかった」
深く関わりあってしまったから、こんなにも心が傷付いてしまうんだ。
これは、俺が姉さんの言葉を実行できなかったがために受ける代償なんだ。
麗音はクスッと笑えば、余裕ぶった表情をして俺を見る。
「それで、どうするの?あたしが犯人だとしても、それを知るのは円華くんだけ。今の会話を録音していたとしても、今の円華くんとあたしの信頼度を比較すれば、絶対に誰も信じないよ?み~んな、あたしの従順な友達なんだからね」
開き直って挑発してくる彼女に、たまらず溜め息をついてしまった。
「……罪を償えなんて言うつもりはねぇよ。菊池の墓に土下座しろとも言わない。だけど、命を奪う者を俺は許さない。それに、おまえには聞きたいこともあるしな。だから、身柄を拘束させてもらうぜ。緋色の幻影の手先である、おまえをな」
「拷問でもする気~?物騒だねぇ。でも、残念なことにあたしは絶対に捕まらないよ?あたしには、頼りになる友達がたっくさん居るんだからね!!」
麗音が手を上に上げてパチンっと指を鳴らせば、クラスメイトの男子と女子がゾロゾロと教室に入ってきて、彼女を庇うように立つ。
そして、数人の男子が俺に向かってきたので、拳や蹴りをすべて捌く。
「おまえらは麗音の味方をするんだな?それが、おまえたちの意志なんだな!?」
質問をするが、誰からも返答は来ない。
入野も、川並も、誰もが無表情で黙り込む。
明らかに、普通じゃない。
「洗脳されている。でも、こんな大人数を一体どうやって……!?」
「円華くんが知る必要はないよ。だって、あんたもあたしの『友達』になるんだからね!!」
多勢に無勢は慣れているが、ブランクがあるから身体が追いついていない。
爪で頬が切れたり、女子が持っていたカッターが肩を切る。
ヤバい、平和ボケしすぎたか……!!
「動きが鈍ってるねぇ。知ってる?これって頭じゃなくて反射なんだよぉ?いくら力があったとしても、親しい友人や好感を持っていた者が相手になると、反応速度が鈍り、攻撃することをためらってしまう。現に、円華くんはずっと避け続けていて、誰にも攻撃してないもんねぇ~」
麗音の言葉が否定できず、唇を噛んで怒りを抑える。
俺の中のストッパーが、こいつらを攻撃することをためらわせている。
こいつらが悪いんじゃない。こいつらは操られているだけだ。
そう言う心の声に耳を傾けてしまい、非道になれないでいる。
完全には、まだ前の俺に戻れていないんだ。
両手を左右から掴まれれば。後ろから川並がタックルしてきて地面に伏せられる。
すると、麗音がクラスメイトの群れから出てきて、ポケットの中からスタンガンを取り出す。
スタンガンのスイッチが入れられると、今更気づいたが先端に光がなければ視えないが細い針が付いていることに気づいた。
「やっと、この瞬間が来た。何度も試そうとしたけど、円華くんは警戒心が強いから、決定的な瞬間をいつも探していたんだ。この『女王蜂の針』を刺す瞬間をねぇ!!」
俺の首筋に向かって、スタンガンが近づいてくる。
「さぁ、椿円華くん、あたしの友達になってよ!!」
そうか、これで洗脳していたのか……!!
何とかして身体を動かそうとするが、川並の身体が重くて動かせない。
あと少しでスタンガンが当たりそうになった瞬間……。
その声は聞こえてきた。
「5秒間作るから、その間に脱出して、円華!!」
「えっ…!?」
「うぐぁああ!!」
俺が驚くと同時に、川並が叫ぶ音が聞こえてきた。
それで咄嗟に拘束から抜け、麗音から距離を取る。
「私に『来るな、1人で大丈夫』だって言いながらピンチになってるじゃん。円華って本当に……バカ、心配したんだからね」
「最上…!?」
教室のドアの近くに居た銀髪女を見つけると、その手に持っている物を見て目を見開く。
麗音も最上の存在に驚いたようだが、その目線は俺と同じで彼女の手に持っている物に向かっている。
「それは…!?どうして、あんたがそれを!?」
「やっぱり、緋色の幻影の関係者だったら知ってるよね。そう言う反応をすることはわかってた。だって、これは組織が消したくて仕方がない物だし」
最上は両手でそれを構えると、麗音に向ける。
その手に在るのは、銃のような形状をしており、上下に銃口が横に割れている物だった。そして、何より気になったのは、その銃の横には黒いスマホが装着されていたことだ。
軍に居た俺でも見たことがない武器で、麗音はそれを見て、すぐにスタンガンを後ろに隠す。
「異能具……電磁砲!!まさか、話に聞いていた武器の片割れが娘に渡っていたなんて!!」
「見た感じ、あんたが持ってるスタンガンも異能具っぽいね。なら、いくらでも対処のしようはある」
異能具……?なんだよ、それ……。
2人だけで話が進んでおり、その間に誰かが俺に襲い掛かってきたのを、最上がこちらを見ずにレールガンを撃って感電させる。
「円華、こっちに来て。ここじゃ分が悪すぎる。場所を変えるよ!」
「りょ、了解!!」
俺はクラスメイトたちが襲い掛かってくるのを何とかすべて避けきり、最上の元に着けば、そのまま2人で教室から退避した。




