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暗躍の奪略者

 景虎side


 アパートの一室で、椅子に座りながら机の上に置いてある分厚いファイルを開いて見る。


「あの女……どんだけ先のことを見通していやがるんだ」


 そこに記されていたのは、木島江利……魔女が、俺がこの才王学園に復帰することを見越した上で残していった戦略だ。


 これから先、この学園で起こる展開が、事細かに書かれている。


 俺が勝ちあがるために、誰が必要で、どう利用すれば活かせるのか。


 人心掌握術から、クラス競争の戦略まで載っており、もはや俺専用の攻略本と言っても過言じゃない代物だった。


「ここまでは、順調に進んでおられますね、景虎様」


 俺の傍らに立つのは、メイド服に身を包んだ白髪の女。


 ティターニアだ。


 こいつも、俺がこの学園に復帰するのに合わせて、お目付け役として同行してきた。


 基本的には俺の身の回りを世話する役割らしいが、組織からの情報を得るのもこいつ経由になるらしい。


「突拍子もない計画だとは思っていましたが、意外と乗り気の方が多くて驚きました」


「俺もここまで順調に戦力が整うとは思ってなかったぜ。だけど、考えてみればシンプルな結論だ。今の状況が面白くないって思っているのは、俺だけじゃないってことだろ?」


 それぞれのクラスが、1人の人間をリーダーとして、それぞれの思惑に追随する形で争い合う。


 鈴城紫苑、柘榴恭史郎、和泉要、成瀬瑠璃。


 あいつらは、いわばそれぞれのクラスの先導者―――王だ。


 そして、クラスは王の支配する王国。


 それぞれが支配しているという認識を自覚しているかどうかに関わらず、先導者に対して、多くのモブどもがその後ろからついていき、脇役に成り下がる。


 しかし、脇役であることを受け入れられないモブも存在する。


 このまま、それぞれの王の駒となる未来を否定したい奴らが。


 俺が集めたのはモブから主役になろうとする、強者の資質がある者たちだ。


 最上恵美のように、強者にも反抗する意志がある者たち。


 俺のクラスに、王は居ない。


 そして、俺は奴らの王にはならない。


 強さへの崇拝も、暴君としての支配も、馴れ合いの同調も必要ない。


 俺が求めているのは、強者どもとのぶつかりあい。


 そのやり方は、次の試験で見せつける。


 言わば、今回の特別試験はモブから成り上がろうとする奴らによる、革命の兆しとなる。


 そして、俺としては椿円華への証明の始まりだ。


 首から下げている五芒星のペンダントを握れば、フッと思わず笑みがこぼれる。


 2学期の始業式の日、あいつに会いに行ったのは確認するためだった。


 俺がこの学園に戻って来た目的。


 あいつに勝ち、力以外の強さへの答えを得る。


 そのために、椿の視界に俺という存在をねじ込んでやる。


「景虎様は、何故始業式の日に椿円華に接触をされたのですか?わざわざ宣戦布告など、彼に警戒心を与えるだけなのでは?」


「それが目的だ。あいつに、俺を敵だと認識させる。そして、その上であいつの思惑を超えてやる」


 わかっていたことだが、椿と俺には差があった。


 それを認めたくなくて、殺そうと思った時もあった。


 しかし、できなかった。


 あの並木道での戦いで、俺は自分の強さがわからなくなった。


 椿は俺よりも強い。


 それは力の意味でも、力以外の意味でもだ。


 その力以外の強さは、あいつ以外にも持っているものだ。


 だけど、俺はそれを持っていない。


 力が全ての世界で生きてきたから、圧倒的な力を証明することが強さの証明だと思っていた。


 その前提を覆された時、気持ち悪さを覚えた。


 理解できなかった。


 そんなものはあるはずがないと。


 否定したかった気持ちが、柘榴恭史郎が起こしたあの事件で最上恵美を見た時に興味へと変わった。


 自分よりも力が強い存在に、屈服しなかった女。


 逆に力があるはずなのに、それだけでは思い通りに行かない暴君の苦悩。


 あの時、俺が最上恵美を助けたのは善意でも、気まぐれでもない。


 今ならわかる。


 俺は学習することを選んだんだ。


 椿の言っていた、『力以外の強さ』を知るという選択を。


「俺には今、力しかない……。そんな俺が力以外の強さを知る方法は、たった1つしか思いつかなかった。そして、そのためには椿と戦うことが近道だと思った。それが正しい決断なのか……俺自身に確かめたかったんだ」


 3ヶ月ぶりに再会した椿を見た時、芽生えた感情があった。


 あの時、俺の中の衝動……根源がこう言っていた気がした。


 ああぁ…今すぐに、こいつをぶっ潰してぇ…‼


 やはり、俺の中であいつの言葉を否定したいという部分は残っていた。


 そして、奇妙な感覚があった。


 錯覚かもしれない。


 しかし、確かに同じような波長を感じた。


 俺がそう思っていたように、椿も同じように俺への闘志を抱いたと。


 これがイイヤツの言っていた、根源を持つ者としての共鳴なのかは知ったことじゃない。


 俺たちは互いに、『こいつを潰したい』と認識したことが重要だ。


「俺が前に進むためには、あいつと戦うことが必要なんだ……。求めているのは協調でも、馴れ合いでも、支配でもない……」


 グッと拳を握り、歯を見せて不敵な笑みを浮かべる。


「強さの、喰らい合いだ…‼」


 俺たちは獣だ。


 自身の強さを得るために、他人の強さを餌として捕食する。


 それが俺が欲する、戦いの姿だ。


「そろそろ、俺の手に入れた力を見せてやるとするか……。あいつの度肝を抜かせてやる」


 五芒星を掴んで円華との次の接触を夢見る俺に、ティターニアが怪訝な顔を浮かべる。


「わざわざ、敵に自らの力を見せる理由がわかりません。それはあなたの首を絞めることになるのでは?」


 普通は、こいつの言っていることが正しい。


 敵だと思っている奴に、手持ちの力を見せつけるのは意味がないと思うかもしれない。


 しかし、俺と椿に関しては条件が異なる。


「あいつとは、対等な条件で戦いたいんだ……。俺はあいつの根源の力を知っている。だったら、あいつも俺の根源の力を知っていないと対等じゃない」


 俺はただ、椿に勝ちたいわけじゃない。


 あいつなら、俺の力を知っても怖気づかないはずだ。


 逆に闘志を滾らせ、潰すために新たな強さを得るかもしれない。


 そして、その強さを、俺が戦いの中で奪った上で勝つ。


 喰らい合い、奪い合い、その上で勝利する。


()()()()にも挨拶させてやらねぇとな……。その上で、あいつがどんな反応をするのかが楽しみだ」


 俺の心は今、宿敵だと決めた男への好奇心に染まっていた。



 ーーーー

 ???side



 噴水公園のベンチに、頭を抱えて座る男が1人。


「どうする……。もう試験まで時間がない…‼でも、ペアになる人なんて、もう…‼」


 特別試験までの期限が、刻一刻と迫っている。


 しかし、ペアが決まらなかった者も当然存在する。


 彼はペア決めに奮闘し、自分よりも実力がある者に焦点を当てていた。


 それでも、3年のCクラスというレッテルとSASのステータス評価が低いことが邪魔をして、彼の相手をする者は居なかった。


 沈むことが決まっている泥船に、進んで乗ろうとする者は居ない。


 試験当日の1週間前にペア申請も、1人で試験に臨む姿勢も示さなかった者には、当日にランダムでペアを決められる。


 しかし、自らの意志で決められなかったペアに対して、楽観的になれる心の余裕はあるはずも無かった。


 何故なら、この時期までペア申請をしていない残留者たちの中に、SASの評価が平均を越えている者は居なかったからだ。


 試験を受ける前から、絶望を突きつけられている現実。


 それに苦しみ、彼は目に涙を、鼻から鼻水を垂れ流しながら悶え苦しむ。


「何でっ……何でっ、俺がこんな目にぃ…‼」


 全ての運に見放された男に、1つの影が迫る。


「お困りのようだね、先輩」


 俺が声をかければ、彼は顔を上げてこちらを見る。


「な、何だっ…おまえ…!?」


 流石に驚かれたか。

 夜の闇に紛れるように、黒いローブで全身を包んでいれば、怪しまれるのも仕方がないか。


「俺?俺はただのお人好しさ。理不尽に、勝手な学園の評価によって苦しんで、他人から見捨てられた、哀れな先輩に救いの手を差し伸べる……天使ってところ?」


 見た目に反して、自分を天使と言ってみれば、怪訝な顔を浮かべられる。


 まっ、流石に滑るか。


「さて、そんなことは置いといて……。先輩に1つ相談だ」


 俺は断りも無く、彼の隣に座っては背もたれに両手を乗せる。


「多分、先輩はこのままだと退学一直線……。3年間も生き残って来たのに、急に導入されたシステムのせいで、これまでの頑張りがパァーになろうとしているわけだけど……。このまま、そんなバッドエンドを迎えるつもり?」


「な、何だ…?俺に一体、どうしろって言うんだよ!?」


 彼の目には、俺がどんな風に映っているのだろうか。


 救いの手を差し伸べる天使?


 それとも、破滅へと導く悪魔?


 どちらにしろ、後が無い彼は俺という存在に興味を引かれているのがわかる。


 大きな絶望を抱く人間は、一粒の希望が見えた時にしがみ付く。


 それが例え、自分を破滅させる可能性があると、本能的にわかっているとしても。


 俺はローブの懐から、1つの黒い卵を取り出して見せる。


「簡単なことだよ……。このまま退学して死ぬ未来が見えているなら、そんな現実をぶち壊せば良い……。そのための力が、これだ」


 卵は紫に光、彼の目からは反比例して光が消える。


「無能な先輩にチャンスをあげるよ。これはビーストエッグ。先輩の欲望に反応して、力を増幅させるアイテムだ……」


 それを手に取らせれば、男はビーストエッグをジッと見て目が離せなくなる。


「こ、これがあれば……俺は退学しなくて済むのか…!?」


「それは先輩次第だよ。先輩はどうしたい?その力で……」


 答えがわかり切っている質問をし、彼に欲望を自ら口にさせる。


「壊したい……ぶち壊したい…‼こんなふざけた試験なんて……俺が死ぬことが決まっている、未来なんてぇ…‼」


「じゃあ、ぶち壊しちゃおうよ‼先輩の欲望なら、それができるかもね?」


 その欲望を肯定しては、そのためのプランを提示する。


「この試験をぶち壊すなら、試験を中止せざるを得ない状況にすれば良い……。そのために、ある男の邪魔をしてほしいんだよねぇ」


 もはや、男に疑うという思考は存在しなかった。


 俺から与えられた希望にすがりつき、現実をぶち壊すという欲望に支配されていた。


 だからこそ、俺みたいな破滅の天使に利用される。


 人形劇の始まりだ。

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