ゲームだったから
円華side
「敗けたぁ~~~~~」
喫茶店にて、相川がテーブルの上で額を着けながら項垂れる。
「あの程度のセンスで私に勝とうなんて、100年早かったね」
俺の隣で、ムフーンッとドヤ顔になる恵美。
とりあえず、ゲーム対決は恵美の勝利で終わって、今は4人で喫茶店にて休憩している。
2人がバトルをしている際中、エキシビションってことでボックスの外には観客が居たわけだけど、俺と入江はブラックボックスの内側に居たから落ち着いた環境で観戦することができた。
入江は終始、大画面に映るバトルの様子に唖然としていてボソッと「無理ゲーじゃん…」と言っていた。
俺はというと、意外とスプラッシュサバイバーというゲームの奥深さに引きこまれていた。
手に入れた武器を使い、自らに傷を負いながらもそれが逆転の一手に繋がる。
恵美と相川の戦いを見ながらも、自分ならばどういう戦略で戦うのかを思考するのが中々に面白かった。
相川は目の前にあるコーラをストローで一口含んで飲んでは、隣に座る入江を指さしながら俺たちに確認してきた。
「それでー、敗けた恵令奈は翔太先輩とペアを組めば良いんだよねー?」
「確かに俺たちの出した条件はそれだけど、やけに素直だな」
正直、敗北したことを認めることができず、駄々を捏ねる未来が見えていた。
しかし、彼女は不服そうな顔1つせず、すんなりと条件を呑もうとしている。
「だって、この学園は弱肉強食がルールなんでしょー?恵令奈は恵美先輩に敗けたんだから、先輩の言うことには従うよー」
勝利の余韻に浸りながら、恵美が腕を組みながら「良い心がけだね」と先輩面をしてらっしゃる。
まぁ、こいつはしばらく上機嫌にさせておくか。
「それに恵美先輩とのゲーム、純粋に楽しかったんだよねー。やっぱり、ああいうリアルなゲームをするなら、強い人とやった方が面白いんだよ。流石はアッシュ・ベイルって感じだった」
アッシュ・ベイルの名前で呼ばれれば、恵美は目を逸らしながらストローをくわえてはブクブクブクッと息を吐いて泡が立つ。
あ、こいつ、照れてる。
「それにしても、おまえ……。ああいう、スプラッシュサバイバーみたいなゲームは前からやってたのか?」
RVゲームというジャンルに対して疎いため、どれだけの認知があるのかが気になった。
2人は俺の問いに対して、同時に首を振る。
「前から気になってたけど、実際にプレイしたのは今回が初めて。あんなに感覚がリアルなゲームだと、現実との違いがわからなかったよね」
「あー、それわかるー。私もゲームの中で、コントローラーも無いのに自由に動けるのが新鮮だったなー」
2人とも初めて…か。
そうだとしたら、疑問が浮かぶ。
しかし、それはこんな人前で確認することじゃない。
そう思って浮かんだ疑問を口にすることを避けていたが、相川の目が据わる。
「でも、所詮はゲームって感じだったよね。現実的な感覚に近くても、実際の緊張感とか、感じる痛みが全く違ってた……。ちょっと恵令奈にしてみれば、温かったかなぁ」
彼女は何の気なしに言ったつもりだろうが、その呟きが引っ掛かった。
俺が怪訝な目を向けている際中に、入江が恐る恐る小さく手を挙げる。
「あ、あのさ……本当に俺とペア組んでくれるの?良いの?マジで?」
未だに現実味を帯びていないようで、自分を指さしながら聞いてくる。
「恵令奈は別に良いよー?だって、翔太先輩って可愛くて面白いしー」
「か、かか、可愛い!?」
そう言って、からかうような笑みを向けて玩具を見る目をする相川。
それに対して、入江が肩を震わせながらドキッとしているのが傍から見たら丸わかりだった。
まぁ、形はどうであれ、これで依頼は達成したんだから良しとするか。
疑うわけじゃなかったが、2人には俺たちの目の前でペア成立の手続きをスマホでしてもらった。
喫茶店を出た後、俺は恵美と、入江・相川ペアと分かれて帰路に就いた。
「じゃあねー、円華せんぱーい。今度は、先輩ともゲームしてあげるよー」
「アハハハっ、ぜってーに御免だ」
乾いた笑みで返してやった後、互いの背中を向けながら離れて行く。
そして、恵美が口を開いた。
「良かったね、入江がペア成立して」
「まぁな。これであいつに恨まれる展開は無くなったのはでかいぜ。まさか、今回もおまえのゲームの腕に助けられるとは思わなかったけど」
何気なく言った一言ではあったが、恵美からの言葉が少し止まった。
そして、あいつは横目でチラッと俺の方を見てくる。
「円華のことだから……私と相川の対戦を見ながら気づいてたこと、あるよね?だから、私たちにあんなことを聞いてきたんでしょ?」
「……流石に当事者は勘が鋭いな」
俺と彼女の中で、共通の認識があった。
そして、小声で呟いた。
「相川恵令奈、あいつは――――殺しの経験があるな」
RVゲームが、現実を反映した世界なのが理由を裏付けていた。
プレイヤーの動きは、現実の人間のステータスを反映しているという設定。
相川は本気で恵美のことを痛めつけ、躊躇いなく傷つけようとしていた。
そして、果てには追い詰めた上で殺そうとしていたように見えた。
「あれはゲームだからって感じの戦い方じゃなかったよ。あの子、人を傷つけることに何の動揺も無かったんだ。まるで自然に、当然のように私にハンマー投げつけたり、銃を連射してた。常人なら、あんな風にはできないよ」
「それに、武器の使い方も的確だったしな」
戦い方のそれが、素人のそれでは無かった。
戦略的に撤退する決断や、武器の性能を分析した上での思考の切り替え、物量戦法による追い込み。
ゲームとしては初めての体験だったとしても、それが現実でも初体験だったかは別の話だ。
「多分、相川恵令奈にとっては、あの戦いは殺し合いだったんだよ。そして、私にとってはゲームだった。だから、ゲームの戦い方をした私が勝っただけ」
殺し合いか、ゲームか。
その認識の違いが、勝敗を分けたのか。
確かに恵美は先程のバトルで、ゲームシステムを活用して相川を追い詰め、最終的に勝利を収めた。
逆に相川は、自らのステータスと武器の性能だけで勝負していた。
状況を利用した恵美に今回は軍配は上がったが、それでも彼女の中では納得できる勝利ではなかったのだろう。
実際、喫茶店では強がっていたが、テーブルの下の脚は震えていたのが俺には見えていた。
「あれが殺し合いだったら……私は負けていただろうね」
あくまで、ゲームだったからこそ掴めた勝利。
それを自覚しているからこそ、恵美の中でやりきれない想いがあるんだと思う。
「また今度、再戦すれば良いんじゃねぇの?」
「当然!今度は完全勝利を目指す!」
そう言っては、初プレイ特典でもらった景品のRVゴーグルを持ち、恵美は強い決意を込めて再戦を誓っていた。
ここまでで、俺たちのクラスは大半がペア成立したことになる。
残り1週間で、特別試験が始まる。
「そう言えば、ゲームも良いけど、クインバレルとの英語の勉強は進んでんのかよ?」
「んぐっ‼……そ、それはぁ……ボチボチ、本腰を入れてぇ…」
目を逸らしては、額から汗がダラダラ流れてらっしゃる。
この感じからして、順調ではないみたいだな。
「頑張れよー。ダメだったら骨は拾っとくぜ」
「え、縁起でもないことを言わないで‼」
抗議の目を受けたため、今度勉強を見てやるということで許してもらった。
……と言っても、俺もクラスメイト全員に対して気を配っている余裕はない。
真咲との特訓も、あいつのやる気に合わせてハードにしていくつもりではいるし、俺自身も怠けていて良い立場じゃない。
2年生としては、最初の特別試験。
本当にこのまま、ただの3学年合同の試験で終わるのだろうか。
疑念は常に、頭の片隅に残っている。
そして、疑念という意味では、今日1日感じているものがある。
ゲームセンターを出た辺りから、ずっと誰かにつけられている気がした。
つか、後ろから痛い視線を感じた。
しかし、それからは敵意のようなものは感じなかった。
「……逆に気持ち悪いな、これ」
「ん?何の話?」
「いや……ストーカーされてる奴の気持ち、ちょっとわかった気がしただけだ」
「何言ってるの?今日ストーカーになってたのは円華の方でしょ?」
「すぐにバレてたけどなー」
今日わかったこと。
俺にストーキングの才能はない。
この教訓から、今後はこう言う役割は基樹に任せることを決めた。
ーーーーー
???side
あの人は、銀髪の女と一緒にアパートに戻って行った。
ゲームセンターで見かけた時は、まさかこんな所で見かけるとは思っていなかった。
双眼鏡越しに観ながら、途中から動向が気になって追跡してしまった。
「本当に、あの人が……隻眼の赤雪姫…」
上官の話を真面目に聞いていなかったから、セレーナから今のあの人の容姿の変化を聞いた時は驚いた。
眼帯はしていないし、髪も切って黒髪になっているから、最初は見つけるのに苦労した。
最初にあの人を見た時は、あんな血の通ったような顔はしていなかった。
覚えているのは、血塗れの軍服にベージュの長い髪をなびかせながら、刀を握って大群を前に切り込んでいく姿。
俺は1度、あの人に命を救われている。
そして、あの人の強さに憧れて、この学園に来たんだ。
「アイスクイーン……椿円華。俺はあなたに、追いついてみせる…‼」
今はまだ、あの人の前に姿を現すことはできない。
俺はセレーナと違って、自分から正体を明かす勇気がない。
それだけでなく、そんなことを無断でやったら、確実にあいつに怒られる。
つか、自分は勝手に軍人だって明かしたくせに、俺には止めろって言うのは不公平だろ!?
……って、本人に言ったら余計に怒られるんだろうなぁ~。
「はあぁ~~~、俺もあの人に挨拶したかったなぁ~~~~。つか、ペアになりたかったなぁ~。……いや、今の俺が組んだところで、脚を引っ張るだけかぁ」
自分を卑下していると、悲しくなってはハハっと乾いた笑いが出てしまった。




