遊戯者への煽り
感想、評価、ブックマーク登録、いつもありがとうございます‼
気づかれることを、想定していなかったわけじゃない。
それでも、心のどこかで侮っていた部分はあったんだろう。
相川恵令奈は、俺と相対して玩具を見つけた子どものような笑みを浮かべている。
しくじったのは、否定しようがない。
問題は、ここからどうやって2つの目的を果たすかだ。
ここからは、事実を上手く利用する必要がある。
「入江がペア組む相手が、どんな奴なのかが気になっただけだ。後を追っていたのは悪かったよ」
「本当にそれだけー?何だか怪しいなー?」
誤魔化しは効かないのか、首をかしげて疑いが深まっていく。
「先輩、もしかして……この前、恵令奈が聞いたこと、気にしてるんじゃないのー?」
「……」
まさか、向こうからその話題を出してくるとはな。
ここで選択を間違えたら、目的達成は遠のくのが確実だ。
「あながち、恵令奈の勘も間違ってなかったってことかなー?先輩の隠しこと、見抜いちゃったからねー」
見抜いた…?
その言葉に引っ掛かると、相川は下から顔を詰めてきた。
「先輩が狼になったってあの噂、先輩のプロフィールで見たって言うのは本当だよー?でも、あそこに正直に書かれてたわけじゃなかったんだよね」
俺が疑いを抱いた部分を見透かし、彼女は言葉を続ける。
「あれは先輩の過去のプロフィール、それを法則に当てはめて並び替えたら読み取れた情報なんだよね。だから、別に嘘をついていたわけじゃないでしょ?」
過去の情報が、暗号文になっていたってことかよ。
あのランキングサイトの制作者は、バカ正直に情報を載せたわけじゃなかったのか。
一般人には気づかれないように、細工はされていた。
しかし、相川はその細工に気づいて、情報を読み取ったんだ。
目に見える情報だけでなく、その裏に隠されていたものを。
見た目のアホさとは違って、侮れない相手なのは間違いない。
それを判断するのが、遅かっただけの話だ。
「おまえ……洞察力はあるけど、そこまで賢い方じゃねぇな」
「んー?そう思う根拠はー?」
「その暗号文を読み取って、俺に直接聞いてくるところがアホだろ。仮にそれが真実だとして、『はい、その通りです』なんて正直に言うと思うか?」
俺からの当然の問い、相川は顎に人差し指を当てて「うーん」と唸る。
「それもそうだねー。そこは好奇心に敗けた、恵令奈の失敗だよ。それはそうとして……」
重要なのはそこではなく、彼女はニヤッと笑う。
「先輩的には、このまま恵令奈と翔太先輩が組むのは正解?それとも、不正解?」
ここに来て、入江のことを話題に出してきたか。
その目から、俺の思考を乱したいという狙いが見てとれる。
こいつ、性格悪いな。
「俺としては、どっちでも良いが正直なところだな」
入江が聞けば怒るだろうが、半分本気の意見を言えば、相川は退屈そうな顔で自身の横髪を人差し指に巻き付ける。
「つまんなーい。こういう駆け引き、先輩はきらーい?」
「しなくても良い駆け引きはしねぇ主義だ。ギャンブルは好きじゃねぇんだよ」
頭の後ろを掻きながら、小さく溜め息をついてから「でもな…」と逆接の言葉で結ぶ。
「おまえがあいつを傷つけるつもりなら、後輩だろうと叩き潰す」
「……わぁ~お、それはこわ~い」
怖いと言いつつ、相川の態度からそれが冗談なのは見てとれる。
脅しが通じる相手じゃねぇな。
むしろ、変な火をつけたような気がする。
「翔太先輩のことは嫌いじゃないし、恵令奈的にはペアとして有りだと思ってるよー。でも、それが誰かの……恵令奈よりも弱い人間の思惑通りだとしたら、それはプチムカつくんだよねー」
こいつも、この学園に相応しい性質の持ち主のようだ。
俺が自分よりも強いのかどうか、それを確かめたいらしい。
「噂の先輩が強いのかどうか、チャレンジさせてほしいなーっていう後輩の我儘、聞いてくれるー?」
こいつの狙いは、これだったか。
最初から尾行に気づいていたにも関わらず、俺を泳がせていたのも、この状況を作りだして挑戦の機会を作るため。
「チャレンジって言うけど、何で勝負するつもりだ?生憎、シューティングゲームだったら、ボロ敗けする自信しかねぇぜ」
「うーん、それは大丈夫じゃない?勝負するのはゲームのつもりだけどー、調度良いのがあるじゃなーい?」
そう言って、口角を上げて後ろの壁に貼ってあるポスターを親指でさす。
それは長蛇の列を作るレベルで人気な、注目を集めているRVアクションゲームだった。
「スプラッシュサバイバー。これなら、いい勝負ができると思うんだよねー」
「……マジかよ」
まさかのゲームでの提案に、俺は苦笑いするしかなかった。
こいつは、どこまで想定して動いていたんだ?
もはや、俺と戦うことを前提に入江に接触したとすら思えてくる。
本当にこれが偶然なら、神の悪戯って奴を疑うレベルだぜ。
「RVアクションゲーム……ね。まぁ、やったことねぇけど、それなら……」
「何やってんるの、2人で?」
自信はないけど、それで相川が納得するならという理由で受け入れようとすれば、後ろから声をかけられて振り返ると、そこには頼もしいプロゲーマーが立っていた。
「居た!ここにゲームだけは、天才的な奴!」
「・・・え?何の話?」
いつまでも戻らない俺が気になって探しに来たのだろうが、恵美はいきなりの指名に怪訝な顔を浮かべてしまっている。
相川も俺の反応から、彼女に対して関心を向ける。
「誰ぇー、その根暗そうな女?椿先輩の知り合いー?」
「根暗っ…!?ねぇ、失礼すぎるよね?一応、私、先輩なんだけど」
恵美は早速、嫌悪の目を相川に向けている。
よし、ここまで来たら、一か八かで巻き込むしかねぇ。
「こいつは、俺の相棒だ。ゲームだけなら、最強って呼べる存在だぜ」
「だけって言った?さっきも言ってたけど、ゲームだけって言った!?」
やべぇ、要らぬ怒りを買いそうになっていて、その矛先がこっちに向きそうになっている。
しかし、その心配はすぐに消えた。
「そんな陰キャな先輩が最強ー?本当かなー?ぷっ、めちゃくちゃ弱そうだよー?」
ピクッと恵美の両肩が震えたのがわかった。
そして、ドス黒いオーラを展開しながらジロっと相川を横目で睨みつける。
「今、弱そうって言った?それって、私に言った?」
「えー?陰キャ先輩って、そのヘッドフォンのし過ぎで耳が悪いのかなー?恵令奈は、率直な印象を言っただけだよー?」
うわぁ~、もろ挑発してるよ。
しかも、理由がとてつもなくガキっぽい。
それでも、恵美に対しては、そういう言動が一番闘志を焚きつけることになる。
「ねぇ…円華」
「はい…」
「さっきの話の流れからして、この生意気な女からゲーム勝負でも申し込まれたんじゃないの?」
「おっしゃる通りで…」
俺はもはや、恵美の目を見ることができない。
プロゲーマーとしてのスイッチが、入ってらっしゃる。
ここから、下手な口をきいたら……俺がやられる…‼
「それ、私に代わって?」
「はい、喜んでっ‼よろしくお願いしまーすっ‼」
勢い任せに頭を90度下げながら頼み、交代を了承する。
しかし、相川はそれに対して不満そうな表情になる。
「えー?先輩が相手してくれるんじゃないのー?恵令奈、つまんなーい」
「……うるさいよ、ギャル女」
低い声で小さく注意をすれば、それに対して彼女は「えっ」と声を漏らす。
「円華に挑む前に、まずは私に勝ってみれば?まぁ、100%無理だと思うけど、その意気込みだけは買ってあげる」
「はぁ…?もしかして、恵令奈のこと嘗めてんの?」
「嘗めてるのは、そっちも同じでしょ?その鼻、へし折られるのが恐いなら逃げれば?」
「恵令奈が逃げるわけないじゃん。そっちこそ、尻尾があるなら巻いて逃げてもいいんだよー?根暗先輩」
うわぁ~、互いの視線が重なって火花が散ってるよ。
懐かしいなぁー、こういう構図。
見たところ、相川も恵美との勝負に対して乗り気になってきたらしい。
相川からプレイするゲームはスプラッシュサバイバーであることを告げられ、行列の方に3人で戻る。
この時、俺は2人の闘気に圧されて後ろを歩いていた。
「さっきよりも、列並んでんじゃねぇか……。勝負は良いけど、これから2時間待ちになんじゃねぇの?」
「それは大丈夫。すぐに順番を譲ってもらうから」
そう言って、恵美は列に並ぶことなく、先頭で客の整理・監視をしている店員に声をかけては数分話し、テクテクと歩いて戻って来た。
「うん、次の順番でプレイして良いってさ。円華も入江も、特別に近くで見て良いらしいよ」
サラッと言っているが、隣でルールを守って順番を待っているゲーマーの皆様の方をチラッと見てから小声で確認する。
「いやいやいや。おまえ、もしかして順番を買ったんじゃねぇだろうな?」
まさかの買収を疑ったが、恵美からは呆れた目を向けられる。
「はぁ?そんなことでお金使うわけないじゃん。バカじゃないの?」
「・・・さーせん」
素直に謝れば、彼女は俺と相川に見えるようにスマホの画面を向けた。
「一応、これでも世界ランカーのゲーマーだからね。名前とアカウント証明をしたら、好意で譲ってくれたよ。エキシビションに貢献するって形でね」
「マジかよ……すげぇな、おい」
こいつがゲームで能力点を得ていたのは知っていたけど、ここまで知名度があったのは予想外だった。
そう言えば、数々のゲームの大会で優勝しているとかいう履歴があったな。
そして、相川は恵美のアカウントを見ては、彼女を見る目が変わる。
「その名前っ…オンラインで参加する、顔出ししないプロゲーマーって有名の人じゃん。それが先輩だったってことは……最強って呼ばれてるのは、あながち間違ってないのかもねー」
「何?今更怖気づいた?」
「そんなわけないじゃーん。逆に世界ランカーを倒せるイベントなんて滅多にないんだから、テンションバク上がりー!」
言い方が間延びなのは変わらないが、その表情は強敵を求める挑戦者の笑みを浮かべていた。
エキシビションってことは、2人の勝負はこの場に居る全員に視聴されるってことか。
ゲーム内という舞台とはいえ、どちらかの敗けを晒されるのは言うまでもない。
店員の誘導で、俺たちは途中で気まずそうに合流する入江を交えて、ゲームのボックス内に入っていった。




