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ストーキング

 情報というのは、何もじかに接触して得るものだけじゃない。


 監視という形で、得られるものもある。


 今、俺がやっていることは、世間的には認められない行為だろう。


 ずばり、ストーキングだ。


「上手くやってくれよー、入江?」


 建物の陰より、双眼鏡越しに友達を見れば、遠目からでも緊張しているのが伝わっている。


 表情が固いんだよなぁ。


 俺が張り付いているのは入江には伝えてあり、こっちを見ては耳を指さしているのがわかる。


 あいつの耳にはワイヤレスのイヤホンを着けており、こっちにいつでも相談できるようにしている。


「どうしたー、勇者。始まる前から、弱腰になってんぞー?」


『弱腰にもなるだろ!俺、今からギャルとデートするんだぞ!?人生初だぞ!?』


「それでも、これで好感度上げてかねぇと、ペア組めるかわかんねぇだろ」


『だから、おまえに助けを求めてんの‼ドゥーユゥーアンダースタンド!?』


 何でそこで英語になるんだよ…ってツッコみは、この際置いておくか。


「まぁ、できる限りフォローはするから、気楽に行こうぜ。人生初のギャルとのデート、楽しまなきゃ損だって」


 役割としては入江のフォローだけど、目的は相川恵令奈を探ること。


 あの女も、あいつほど能天気な奴にならボロを出すかもしれねぇからな。


 まぁ、目的を抜きにすれば、人のデートのストーキングって行為に好奇心が無いわけでもないのは秘密だ。


 ・・・俺も性格が悪くなったな、うん。


 自分の変化に気づきつつも、双眼鏡のレンズを覗けば、待ち人が入江に接近しているのを確認。


『ヤッホー、せんぱーい。お待たせ―』


 間延びした言い方からして、本人に違いねぇな。


 入江が震えた人差し指で、彼女のことを指さす。


『え、えーっと……君が、俺とやり取りしてた…』


『どうもー、相川恵令奈でーす。よろしくー』


 軽くピースをして挨拶をする相川の格好は、季節を先取りしたようなものだった。


 肩を出したノースリーブのシャツに、デニムのショートパンツ。


 もはや、褐色の肌が至る所から露わになっているわけである。


 心なしか、ノースリーブのサイズが合っていないのか、谷間と横から乳が見えてしまっているようだ。


 女慣れしていないかつ、清楚な女が好きだった入江には刺激が強く、後ろを向いて鼻を押さえてしまっている。


『先輩、どうしたのー?大丈夫ー?』


 心配するように聞いているが、そのタレ目はからかうようなものであり、口角が上がっている。


 やってんな、あの女。


 自分のスタイルの良さと、その使いどころをわかってる奴だ。


『だ、大丈夫……大丈夫。ちょっと、あれだね……俺、低血圧で!朝起きるの弱くてさ!』


 おーい、入江ー、今はもう午前11時回ってるぞー?


 朝とかいう言い訳が通用しない、昼になる時間だぞー?


 もはや、相川のその悩殺スタイルに撃沈していることを誤魔化そうとして、盛大にスベッている始末だ。


『んー?そうなのー?』


 彼女は右頬に人差し指を当て、首を傾げながら疑いの目を向けているようだ。


 しかし、すぐに「まっ、いっか」と興味を失せたように歩き出した。


『そんなことより、早くいこうよ、せんぱーい。恵令奈、早くゲーセンに行きたーい。せんぱいの言ってた新作ゲーム、早く行かないと席取られちゃうよー』


 どうやら、2人で最初に行く場所はゲームセンターらしい。


 そう言えば、事前の情報で入江と相川は共通の話題で繋がったって話だったな。


 それがゲームだったのか。


 彼女を追いかける入江と、その2人を距離をあけつつ追いかける俺。


 待ち合わせ場所から、すぐにゲームセンターには到着した。


 まぁ、その間の通行人から相川への注目が集まっていたのは言うまでもないだろう。


 それに対して、少し入江は気まずさを覚えていたようだ。


『な、なぁ……なんて言うか……寒くないの、その格好?まだ4月なのに…』


『恵令奈、暑がりでさー。上着とか、すぐに暑くて着てられなくなっちゃうんだよねー』


 そう言って前のめりに屈んでは、入江を上目遣いで見てくる。


『もしかして、恵令奈で変な妄想しちゃったー?』


『し、しし、してないしてない‼全然してない‼』


 両手を前に出し、ブンブンと振って全力で否定するが、それが逆効果なのは火を見るよりも明らかだった。


 こいつ、本当にやってんな―。


 もはや、入江が初心うぶなのを見透かして、からかって遊んでいる始末だよ。


 正直、こいつとは真正面からは関わりたくねぇな。


 ゲームセンターに入店していくのを見計らい、俺も5分ほど時間を空けてから入る。



 ーーーーー



 さて、ここは広いゲームセンターだ。


 そして、今日は休日で人混みになっている。


 あぁ~、帰りたくて仕方がねぇ…。


 1度目を離したら、すぐに尾行している人物を見つけるなど、至難の業だ。


 だけど、それも尾行している相手が協力者である場合は難易度が下がる。


『えーっと……新作のRVアクションゲームは、クレーンゲームの隣だったよなぁ~』


 入江の声がイヤホンから聞こえてきて、それを頼りに人混みに紛れながら進む。


 すると、【新作のRV(リアルヴィジョン)アクションゲーム『スプラッシュサバイバー』稼働中!】という大々的な広告が流れる巨大な画面の前に、長打の列ができている。


 うわあぁ……マジかよ、こいつら全員暇なのかぁ?


 スプラッシュサバイバーってゲームのことは、正直興味も無ければ知る由もない。


 先頭の方を見ると、人が10人くらい入れる程の巨大な黒い箱の前に並んでは、順番にその中に入っているようだ。


「なんじゃ、ありゃ?今時のゲームって本当にわかんねぇ」


 だから、男女問わず、このゲームをプレイするために並んでいるゲーマーというものが理解できない。


 列の方を見ていると、最後尾さいこうびの方に入江と相川を見つけることができた。


 あいつらの目的は、このゲームにあったらしい。


 もしかして、ずっと順番が回るまで待ってるつもりか?


 時間をはかったところ、10分ごとに、数としては6人分ずつ先に進んでいるようだ。


 残りの人数は、軽く見積もっても50人くらい。


 これはもはや、忍耐力の修行だぜ。


 見ていると、黒い箱から出てくる人たちは黒いゴーグルを持って出てきている。


「なんだ、あの変なゴーグル」


「この列の本命の商品、RVゴーグル。あれがあったら、好きな時にスプラッシュサバイバーができるんだよ。まぁ、できるのは自主練のトレーニングくらいで、対戦はここに来ないとできないんだけどね」


 聞き覚えのある声が隣から聞こえ、チラッと見れば銀髪電波女…もとい、恵美が立っていた。


「うわっと!?……はあぁ、おまえも居たのかよ」


「も…?」


 もはや、こいつも俺が驚くことを気にする様子もなく、怪訝な顔で復唱しては首をかしげる。


 そして、本人たちに気づかれないように、小さく入江たちを指さす。


 それに対して、恵美は自分の目を疑うように、目をパチパチとまばたきさせた後、両目を擦ってから再度2人を見る。


「……ねぇ、円華」


「何だよ?」


「私には、あの気弱でヘタレな入江翔太が、黒ギャルと並んで話しているのが見える…。誇張表現で言えば、デートっていう奴に」


「誇張表現とか言わなくても、あれは普通にデートだろ、多分」


 目の前の光景が信じられないのか、恵美は俺からの修正に「えっ!?」と割とマジな驚愕きょうがくの反応をしていた。


「本気で言ってる?」


「まぁ、それのために俺もここまでついてきているわけだしな…」


「ついてきてるって……何してるの?真面目に」


「……ストーキング、だな」


 ジョークのつもりで言ったが、恵美は無表情でスマホをポケットから取り出しては「110」を打って耳に当てた。


「あ、おまわりさん、ここに若い男女をストーキングしている不届ふとどき者が……」


「マジで洒落しゃれになんねぇからやめろ、アホ」


 少し強めにチョップをして止めれば、「痛っ‼」と言って彼女は両手で頭を押さえた。


「……まぁ、円華が社会不適合者になったのはさておき、何で入江が黒ギャルとデートなんてしてるの?」


 叩かれたことを不服に思う目を向けながらも、状況確認のために聞いてくる恵美。


「一応は、ペアを組むために交流を深めるのが狙いだ」


「そうは言うけど、それだけじゃないんでしょ?絶対に悪巧わるだくみしてる」


「……100%の善意だっての」


「そう言いながら、目を逸らしているのが怪しい」


 半目でジトーっと見られれば、俺はゆっくりと目を逸らす。


 疑いの目を向けてくる恵美だったが、その視線の先の動きに怪訝けげんな顔を浮かべる。


「相川恵令奈が離れていく……」


「はぁ!?」


 俺も同じ方向を見れば、入江に軽く手を振って離れて行く相川の姿が映る。


 マジかよ、ここに来て別行動ってか!?


 入江の方は、さして気にしている様子は無い。


「ただのトイレか…?いや、だとしても……」


「ふ~ん。やっぱり、狙いは女の方なんだぁ?」


 俺の反応から、さらに疑惑の視線が強くなる。


「と、とにかく!あいつから目を離すわけにはいかねぇんだよ」


 見失う前に後を追いかけるが、その背中はゆらゆらと左右に身体を揺らしており、妙な錯覚を起こす。


 視界に映る彼女の姿が、2重、3重にぶれているようだ。


 どんな歩き方してんだよ、あいつ…‼


 明らかに、一般人の動きじゃないのは確かだった。


 それでも、探るためには追い続けるしかない。


 まるで俺の尾行を翻弄ほんろうするかのように、ゲーム機や人混みを障害物にしてぬらりぬらりと進んでいく。


 そして、化粧室の前に着いたところで―――その姿が消えた。


「何だよ、あいつ…‼どこに!?」


「そのあいつって、もしかして恵令奈のことぉ~?」


 間の抜けた声が、隣から聞こえてくる。


 恐る恐る声のする方に横目を向ければ、そこには壁を背にして、胸の下で両腕を組んでいる褐色の肌をした女が居た。


「やっほー、椿先輩。やっと、姿を現してくれたね」


 そう言って、相川はジト目で笑みを浮かべながら、こっちに向かって軽く手を振っていた。


「やっとってことはぁ……。いつから気づいてた?」


「最初からだよー。友達と後輩のデートをストーキングするなんて、先輩も悪い人だねぇー」


 俺の尾行が最初からバレていた。


 その上で、この瞬間まで泳がせていたと。


 むしろ、こいつの笑みから、この状況を楽しんでいたかのように思える。


「さて、先輩……どうして恵令奈たちを追っていたのか、説明してくれるかなー?」


 問いかけてくる彼女の眼光は、獲物を狩る獣の如く鋭くなっていた。

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