影へのメッセージ
基樹side
合同特別試験もちょうど1週間を切り、ペア決めも熾烈を極めるものになってきている。
もう良い所のSAS上位連中はペアが決まっていて、あとは残り者に福を求めている状態だ。
そんな中で俺が陰で仕掛けたものも、少しずつ機能してきているはずだ。
あとは奴らが、俺の仕掛けた罠に飛び込んでくるかどうかだな。
終礼が終わったと同時に教室を出ようとすれば、その前に「基樹くん」と瑠璃ちゃんから声をかけられる。
「最近、1人で帰ってることが多いわね。まだペアも決まっていないんでしょう?私の渡したアプリはちゃんと使っているのかしら?」
「んー?あー、うん、使ってる使ってるー。あれなんだよね、1年生って可愛い子多いよねぇ~」
目を逸らしながら話をはぐらかそうとするが、その発言にジト目を向けられる。
「あなたって人は……。女の子の尻を追いかけてないで、ちゃんと上位を狙える相手と組みなさい。あなたなら、本気を出せばランキング上位も狙えるでしょ?」
「う~ん、気が向いたらねぇ~」
正直、俺は自分の順位はどうでも良いと思っている。
目的は別にあるからな。
「今回の試験も、クラスの順位が関係していることを忘れないで。あなたの協力も必要よ」
「……わかってるよ。言われなくてもさ」
能力点が関係してくる以上、個人だけじゃなくてクラスの順位も関係してくることはわかっている。
だからこそ、俺も表面上は飄々としつつも、裏で動いているわけだけど。
……と言うか、ここからが俺の本領発揮なわけだけど。
瑠璃ちゃんと別れ、教室を出て玄関に向かっていると、1人の男子生徒が俺に声をかけてくる。
「狩野基樹先輩……ですよね」
幼げな顔をしているところから、1年生なのがわかる。
「俺に何か用~?男からの誘いは、面倒臭いから断ることにしてるんだけど」
人当たりの良い陽気さを装いつつ、やんわりと先手を打つ。
しかし、そいつは防衛線を張られているにも関わらず、それを無視して歩み寄って来た。
「僕は1年Aクラスの須川智也と言います。今回の特別試験について、お話させていただきたいと思いまして、声をかけさせていただきました」
「Aクラス?だったら、Dクラスの先輩なんて眼中に無いだろ、普通」
「そんなことはありませんよ。先輩のおかげで、僕は組むべき相手が決まりましたから」
口角を上げて笑みを浮かべる奴からは、引く気は無いという意志が伝わってくる。
そして、スマホを取り出しては画面を見せてくる。
それに映しだされているのは、掲示板に貼り出されている、身元不明のランキングサイトだ。
「このランキングサイトについて、お話を伺ってもよろしいですか?」
「……場所、変えようか」
こっちも笑顔を向けながら、須川と共に移動した。
ここではぐらかしたところで、この男は俺への疑いを晴らすことは無いと思った。
だからこそ、白黒はっきりさせてやることが、先輩としての優しさだ。
ーーーーー
選んだ場所は使っていない選択教室であり、俺が先に入った後に須川はガチャっとドアの鍵をかけた。
「驚きましたよ。このランキングサイト、ほぼ全ての2・3年生の過去が網羅されています。それも輝かしい栄光から、黒い過去まで。このサイトを作った方は、どうやってここまでの情報をかき集めたんでしょうか」
机の上にスマホを置き、自分と俺が視えるようにしている。
「1人1人に聞いて回るなんて、面倒だろ?勝手に1点に情報が集まるようにしたんじゃないか?」
「そうですか……。なるほどです。確かにこのランキングサイト、第3者が書けるような編集機能が在ります。誰でも、情報を載せようと思えば載せられるわけですね」
「おまえの予想通りだよ」
この男は、気づいた上で俺に接触してきた。
それがわかっているからこそ、俺も言葉遊びに興じるのは止めた。
「そうだ、俺がそのランキングサイトの開設者だ」
この時、自分がどういう顔をしているのか、鏡を見なくてもわかった。
目から光は消え、生の表情も薄れていく。
陽気さなどまるでない、余計な感情を捨てて目的を達成することだけに集中する『影』の本性が露わになっている。
「……と言うことは、本当にあなたが――影」
俺のことをコードネームで呼ぶ須川の目も、俺と同じように光を失う。
「俺のことをそっちで呼ぶってことは、おまえも影の関係者か。桜田家が差し向けてくるなら、確かに同郷を使った方が都合が良いかもな」
敵意を向けて言うが、須川はそれに気圧されることなく澄ました顔をする。
「勘違いしないでほしいんですけど、僕はどちらかと言うとあなたの味方です。『影』の最高傑作と呼ばれ、その名を称号とするあなたという存在を、尊敬すらしています」
俺の敵意に対して、真逆の敬意を訴えてくる。
その態度に、異様な違和感を覚える。
須川は自分の胸の中心に手を当て、黒い目を輝かせる。
「シャドー、僕と共に影に戻りましょう。あなたの才能を発揮できるのは、僕らの影の中だけです」
まさかの帰還への勧誘か。
俺が黙って聞いていると、揺らいでいると思っているのか須川は饒舌になる。
「あなたは、僕らのことを求めていた。だから、ランキングサイトの自らのプロフィールを使って、暗号文から『影、集合』というメッセージを紛れ込ませたんでしょ!?あれは僕ら影の人間にしかわからないものです‼」
大体は合ってる。
こいつの言う通り、俺はランキングサイトの自分のページで暗号文を潜ませた。
それに正直に引っ掛かる奴が現れることに、拍子抜けだけどな。
「他の影の連中は、あなたに挑むためにこの学園に来ている。だけど、僕は違う‼僕は同じ影の一員として、あなたから学びたい‼殺しの腕を、最高の隠密者の実力を‼あなたの隣で見たいんです‼」
もはや、狂気にも近いほどの崇拝心。
それを隠すことなく、本人に伝える勇気を称賛すべきなのだろうか。
しかし、俺の心には、その狂気の想いは響かない。
ただの騒音と変わりない。
「僕と一緒にこの学園を退学しましょう、シャドー。こんなレベルの低い場所は、あなたの居るべきところではない‼」
「……レベルが低い?」
あまりにも引っ掛かる物言いに、思わず復唱してしまった。
「それはそうでしょう。この学園は、影で育った僕らにとっては退屈過ぎる。命を賭けた戦いがあると聞いて、少しだけ楽しみにしていましたけど、今回の特別試験の内容を聞いただけでも温すぎます。僕らはもっと、命を命とも思わないような地獄を生き抜いてきたじゃないですか。あの刺激的な毎日に戻りたいと、想ったことはないんですか!?」
もはや、何も言う気が起こらなかった。
こいつは酔っているんだ、命を賭ける自分に対して。
そして、影の闇に染まってしまった。
これ以上聞く価値も無いと思い、目を閉じると須川の次の一言が俺を否応なしに現実に引き戻した。
「マスラオも、あなたが戻ることを望んでいます」
その名が耳に届いた瞬間、カッと目を見開いた。
「マスラオ…が?」
「はい、僕はあの方からあなたへのメッセージを預かっています。『己を殺し、影に徹しよ』という指令を」
マスラオ。
養成機関『影』の統括者にして、創設者。
その素顔をアイマスクで隠した、影の支配者。
俺もまた、彼によって影の最高傑作として育てられた。
言わば、育ての親と言っても過言ではない。
しかし、その名を聞いただけで―――手が震わせた。
その反応を、須川は見逃さなかった。
「その手の震え……あなたは、やっぱり影の人間ですね。マスラオからは逃れられない。どこに行こうとも、あの方に縛られた心は解放されませんよ」
自分の両手を見て、震えているのを見て口角が上がる。
『己を殺し、影に徹しよ』
何度も聞いた言葉が、復唱される。
ここ1年、思い出すこともなかった。
それほどまでに、この学園での『狩野基樹』としての生き方に染まっていたのかもしれない。
それが、その名を聞いただけで1年分の重圧がこの身に圧し掛かってきた。
「桜田奏奈が卒業した以上、あなたの役割は終わったんです。我々の場所に戻りましょう、シャドー」
そう言って、手を差し伸べる須川。
「……わかった」
俺はその手を取ることはしなかったが、俯きながら承諾の言葉を吐く。
「おまえとペアになれば良いんだろ…。そういうことなら、望むところだ」
誘いを受け入れたことで、須川の狂気の目の輝きが増した。
「わかってくれたんですね、シャドー!嬉しいです、マスラオも喜ばれることでしょう‼」
その反応は、素直に喜んでいるように見えた。
影で生きてきたのに、この純粋さを保つことができたことが不可解だった。
自分ですらも何度も追い込まれ、人に対して疑心暗鬼になり、血反吐を吐いてきた環境だったのに。
だったら、その純粋さも活用できる…か。
円華に言われたからかはわからないけど、確かに俺の中にも心境の変化が起きていた。
「須川智也」
名前を呼べば、それに対して感激したように「はい!」と返事をする。
「こんな俺を尊敬するって言ってくれた、おまえにサービスだ。お望み通り、俺の実力を見せてやるよ。この特別試験を通じてな」
本当なら1人でやるつもりだったが、使える人間が居るなら活用しても損はない。
それにこの男なら、憧れのシャドーの言うことなら素直に聞くだろう。
あんな誘いに、素直に釣られるような奴なら尚更だ。
俺は須川に、この特別試験での計画を話して指示を出した後に選択教室を出た。
「それなら、また後日……狩野先輩」
一礼して去っていく奴に対して、心苦しさは全くなかった。
同じ影の人間だからか、何も感じるものが無かった。
心に刻まれている教訓があるからだろうか。
影の人間に、心を許してはいけないと。
須川が去った後に、俺はドアに背中を預けて天井を見上げる。
「マスラオ……。上等だよ」
桜田家が影を動かそうとするなら、その支配者も俺の意図に気づくのは時間の問題だった。
それで俺の邪魔をするのなら、過去を清算するだけだ。
まずは送り込まれたメッセンジャーを使って、俺の覚悟を叩きつける。
この特別試験でやるべきことが明確化し、思考が透き通りながら廊下を歩いていると視界の端に訝し気な光景が広がっていた。
「……何だ、あれ?」
曲がり角に隠れて気づかれないようにし、少し顔を出して見る。
「少しは、前向きに考えてくれたか?」
「……君もしつこいですね。残念ながら、まだ答えは出ていませんよ」
そこに居たのは、対面して立つ2人の2年生男子だった。
1人はEクラスの、内海景虎。
そして、もう1人は―――うちのクラスの、石上真央だった。




