記憶に残る面影
放課後、入江とある程度の今後の予定を組み立ててから1人で帰路につく。
1つの疑問が解消しては、また次の疑問が浮かんでいく。
解決しなければならない課題が、あまりにも狙って俺を八方塞がりにしようとしている。
緋色の幻影、アメリカ軍、桜田家の刺客を探り当て、対処することが今のところは集中すべき点だ。
その中でアメリカ軍に関しては、セレーナ・クインバレルが自分から名乗り出たので、これからは監視対象として視て、これからの結果を導きだせば良い。
そして、入江翔太の接触を通じて、相川恵令奈を探ることも忘れていない。
緋色の幻影の刺客を当てれば、Dクラスは学園のシステムに抗う力を得ることになる。
正直、背負っているものが重くてしょうがねぇ。
過去の自分を思い出したら、自分を含めて39人の命に重みを感じることは無かっただろうな。
最初は姉さんの復讐だけが目的で、他はどうでも良いはずだった。
何だったら、邪魔するなら切り捨てることも考えていた。
それが今ではあいつらは俺を仲間と認め、自分もそれをまんざらでもないと思っている。
だからこそ、時々思うことが在る。
何も背負っていなかった赤雪姫と、命の重さを背負った今の椿円華。
どっちが強いのか。
今の俺は、あの頃よりも弱くなっていないだろうか。
今この瞬間の『椿円華』という存在が、嫌なわけじゃない。
それでも強さを求めるのならば、いつかは向き合わなければいけない疑問だ。
あの他人の血に塗れた過去と、自分の血を纏う現在。
過去との決着がつくのであれば、俺はどういう答えに至るのか。
それを確かめる手段が、あるのだろうか―――。
「何だ?しけた面してる奴が居ると思ったら、おまえかよ。周りにお友達が居なくて寂しいのか?」
その声に反応して、足が止まる。
そして、前を見れば「げっ」と露骨に嫌な顔を浮かべる。
「柘榴……。おまえ、俺を見ると悪態つかずにはいられねぇのかよ」
視界の先に居るのは、Cクラスの柘榴とその取り巻きども。
金本蘭、重田平、磯部修だ。
金本は平然と「よっ」と手を挙げていて、重田は俺の顔を見ては律儀に軽く頭を下げてきた。
そんな中で、警戒心を向けてきたのは磯部だけだった。
「あ?何を柘榴さんに軽い口叩いてんだ?椿円華、おらぁ‼」
腰を丸くして、無駄に下から睨みつけてこようとする姿勢に半眼を向ける。
「おい、舎弟の品質が落ちてんぞ?おまえ、程度の低いチンピラを後ろにつけるようになったのか?」
本人を無視しつつ、飼い主の方に文句を言ってやれば柘榴は「ちっ」と舌打ちをする。
「やめろ、磯部。そいつがその気になれば、おまえなんて5秒もかからずに血祭りだ。この俺に恥をかかせる気か?」
「ひっ‼す、すいません…」
静かに警告し、冷たい視線を向けられただけで磯部は萎縮して後ろに下がった。
そして、自然と俺と対面する形になれば右手の親指をサムズアップして後ろを指さす。
「調度良い、少し付き合えよ。おまえには確認したいことがあったんだ」
「……悪い予感しかしねぇ提案だな」
「そう言うなよ。これでも、協力関係にある仲だろ?」
こいつ、廊下で堂々と口にしやがって……。
「協力…関係?あんたと椿が?一体何の話?」
金本は何も聞いていないようで、首を傾げる。
「あ?あぁ~、おまえには話してなかったか。まぁ、良い。気が向いたら、後で話してやる」
「いや、今、教えなさいよ!?」
柘榴が適当にあしらうのが気に入らないのか、過剰に反応する彼女を無視し、あいつは1人で後ろに行った。
その背中から察するに「ついて来い」ってことだろうな。
こっちの予定も確認しないで、自己中な…。
言っても仕方ないか。
重田が両手を前にするジェスチャーで金本を静止している間に、俺は磯部を一瞥してから柘榴の後を追った。
ーーーーー
移動した場所は噴水公園であり、終礼直後は人通りが少ない。
贅沢に1人1つのベンチに座り、対話を図る。
「俺と2人で話すこの状況……本当に偶然か?」
「クッフッフ。さぁな、おまえ的にはどっちを望む?偶然か、意図的か」
俺が疑う状況を楽しむように、不敵な笑みを浮かべる柘榴。
「意図的だとしたら、木陰に伏兵を潜ませてたりしてな」
「だとしても、襲撃したところでおまえなら全員捻り潰せるだろ。もう無駄な戦いはしねぇよ。一応は、協力関係なんだからな」
まるで皮肉を言うかのように、協力関係という言葉を繰り返す。
いや、自分に言い聞かせている可能性もあるか。
そう言う俺も、こいつと同盟関係にあるという事実に現実味がない。
まぁ、そんなことを言っても、ギクシャクするだけで状況は好転しねぇしな。
人が集まる前に、さっさと切り上げるか。
「それで?確認したいことって何だよ?」
正直、こっちも柘榴に確認したいことは色々とある。
だけど、その前にこの状況を作り出した立役者の目的を果たさせる。
奴はベンチの背もたれに両肘を置き、こっちに横目を向けて言った。
「互いに担任交代したクラスだ。うちの牧野乱菊は、そっちでどういう感じだ?」
「まさか、元・担任を取られて悲しいとか言わねぇだろうな」
「言うわけねぇだろ、気持ち悪ぃ。あの女のことだ、何か企んでいることだけはわかる」
牧野のことを話しだせば、柘榴の目がすわる。
「牧野乱菊は俺の敵になった。おまえがあの女のことで知っていることがあるなら、聞かせてくれ」
「そう言うが、1から100まで話してたら時間の無駄だ。重複を避けるために、おまえが知っていることを先に話してみろよ」
意外と律儀だな。
そう思いつつも言葉にはせず、こっちの情報を話す。
牧野乱菊が組織の幹部であること。
そして、俺を排除するためにDクラスの担任になったことだ。
それ以外のことは、まだ関わって気が浅いからな。
「まぁ、厄介な女だと思って間違いないな。俺もあの女が組織の人間だってことは知っていた。何なら俺のおまえへの敵意を察して、クイーンと接触させたのも牧野だった。おまえは俺を打ちのめしたことでクイーンやジョーカーだけでなく、間接的に牧野の計画も狂わしたってことだな」
あの2学期末の一件で、俺と敵対する奴らが芋づる式に痛手を被ってたわけか。
物事はどこで繋がってるか、わかんねぇもんだな。
「最初の段階で、あの女を警戒したのは正解だ。俺もあの女を利用しようとした口だが、今にして思えば放任主義を理由に泳がされていたんだろうな。滑稽だぜ」
自嘲するような笑みを浮かべるが、それで絶望しているわけでは無さそうだ。
「おまえのクラスは、はっきり言っておまえの独裁体制だっただろ。そして、認めるのも癪だけど、それで回っていた部分もある。そっちの新担任は、おまえのその方針に肯定的なのか?」
Dクラスのことだけを気にしてられず、Cクラスの方に話題を変える。
「榎本理沙……か。あの女は黒だな。完全に俺を抑えこむために、配置されている。こっちも、おまえと同じで内乱が勃発しそうな予感だぜ」
「内乱?そう言えば、おまえのクラスは内通者を見つけられなかったんだったか。そっちは解決したのかよ?」
取捨選択試験のことを思い出せば、その結果が残念なものだったことが記憶に残っている。
「その問題は、俺が首輪を着けることで解決した……はずだったんだがな。先のことを見越した場合、俺は爆弾を抱えたかもしれねぇ。裏から、俺に反旗を翻そうとする奴が居ないとも限らねぇからな」
柘榴としても、気が抜ける状況では無いらしい。
ネタバレをくらったが、取捨選択試験の時の裏切り者は磯部修だったそうだ。
それを手元に置いていたのは、監視の意味もあったんだろうな。
「磯部って言ったら……この前の交流会、あいつは一体何をやったんだ?」
あの時、あいつが1年生と揉め事を起こしていたことが記憶に新しい。
「おまえ、あの場に居たのに何も知らねぇのか?」
訝し気な顔をして聞いてくる柘榴。
「いや、そんなこと言われたって……。知らねぇから聞いてんだろうが」
「……そうか。おまえのクラスの連中も、無関係じゃなかったんだけどな」
こいつの口ぶりからして、Dクラスの誰かもあの件に関わっているらしい。
「うちの磯部が発端だったのは間違いない。それについては、あの後に詫びを入れた。伊礼瀬奈にな」
「伊礼……やっぱり、か」
あの時、伊礼もあの場に居たのを視界に捉えていた。
そして、柘榴が介入したことで事なきを得た後、彼女は冴島を追いかけるように体育館を出て行った。
「磯部のバカが、俺たちがCクラスに昇格したことに調子に乗って、交流会に参加していた伊礼を公然の場で虚仮にしたんだ。あいつはクラスの上下関係に対して、露骨だからな」
言葉の最後に、あいつは目を閉じて「悪かった」と謝った。
「しょうがねぇよ、ここはそう言う場所だろ。今はおまえたちの方がクラス順位は上なんだ。そう言う奴が出てきたって、もう驚かねぇよ。それに、けじめはつけるって言ってただろ?」
聞いてみれば、この学園でどこにでも起きそうな出来事だった。
そして、けじめとして伊礼に謝った。
それなら、その話は終わりだ。
「だとしたら、あの冴島憧胡はどこから出てきたんだ?」
「遠目から見ていたが、冴島は伊礼を守るようにして前に立っていた。ただの善意で助けたんだとしたら、不器用な奴だな」
伊礼のことだ、磯部の態度に萎縮していた可能性はある。
それに対して、冴島が助けに入ったのだとしたら、あの場の見方が変わってくる。
ただの不良じゃなかったのかもな。
「磯部の手綱、ちゃんと握っておかないとトラブルメーカーになるぞ」
「そんなことは、言われなくてもわかってる。クッフッフ、あんまり度が過ぎると切り捨てるかもな」
こいつが言うと、本当にそうしそうなんだよな。
「そう言えば、おまえは今回の特別試験、ペアは決まったのかよ?」
「まぁ…な、候補は決まっている。目星をつけてアプローチはかけているが、向こうの出方次第だ」
柘榴のことだ、絶対にアプローチって言っても正攻法じゃねぇだろうな。
「おまえ……冴島憧胡の名前を出したなら、あの時に居たもう1人の1年を覚えてるか?」
「もう1人?…あぁ、そう言えば居たな」
長身の冴島とは対照的に、低身長の男子を思い出す。
「確か……音切、だったか」
「音切金瀬だ。おまえ…あいつの顔に見覚えは無い、か?」
柘榴の真剣な表情から、その名前を出して俺の反応を見ようとしているのがわかる。
そう言われて記憶を探るが、思い当たる人物はいない。
「悪いけど、全く覚えてねぇな。会ったことがあるかもしれねぇけど、記憶にねぇ」
「……そうか。だったら、良い」
どこか残念そうだったが、すぐに「クッフッフ」といつもの不敵な笑みを浮かべてベンチから立ち上がる。
「おまえも俺も、厄介な存在をクラスに抱えてるようだな。それだけわかれば十分だ。互いに寝首をかかれないようにな」
そう言って、あいつは背中を向けては軽く手を振って行ってしまった。
柘榴の反応からして、とても遠回りの対話にはなったけど、あいつが本当に確認したかったことがわかった気がした。
音切金瀬のことだろう。
あいつの顔に見覚えがない、か?
今のあいつの戸惑うような聞き方に、引っ掛かりを覚えたんだ。
今度、音切を見かけたら注意深く見てみるか。
案外、俺の記憶にあの顔が合ったかもしれないしな。




