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個人戦?

「一応……お疲れ?」


 セレーナの背中を見送りながら、恵美が俺に歩み寄って来た。


 首をかしげているところから、自分の言葉が合っているか疑問に思っているようだ。


「別に疲れてねぇよ。向こうと違って、俺はそんなに動いてねぇしな」


 実際、セレーナは感情任せに動き回っていたけど、俺の立ち位置はそんなに動いてねぇしな。


 まず前提として、彼女は戦闘向きの兵士じゃない。


 訓練通りの動きは完璧だったとしても、それゆえに動作の先が読みやすい。


 あれが内海や柘榴、金本のような武闘派だった場合はこうはならなかった。


「それにしても……私、ちょっと不安なんだけど」


 恵美がジト目を向けてきては、不安を吐露とろする。


「あの子……セレーナだっけ?結果的に私とペアになるっぽいけど、円華に対して敵意剥き出しだったよね。私、巻き込まれない?」


「流石にそれはねぇだろ……多分」


「その根拠のない多分が嫌なんだけど」


 確かに不安な気持ちはわかる。


 それでも、セレーナは恵美をわざと不利にさせるようなことはしないはずだ。


 一応、忠告はしといたしな。


「とりあえず、利用できるうちは最大限利用させてもらえよ。英語は赤点候補だろ。後輩に扱いてもらえよ、先輩」


「その言い方、ムカつく」


 頬を膨らませてジト目を向けてくるが、それをスルーして棒立ちしている真咲に歩み寄った。


「つ、つつ、椿先輩…‼その、えーっと……」


 完全にビビってんな。


 こんなんで本当に、特別試験を乗り切れるのか?


 これで退学なんてもってのほかだし、いろいろと面倒を見てやらねぇといけないかもな。


「まぁ、幸か不幸か、おまえのペアは俺になったわけだ。よろしくな、真咲」


 右手を出して握手を求めれば、真咲は「は、はいぃ‼」と大声で返事をして両手で握ってきた。


 つか、こいつ力つよっ‼


 勢い余ってブンっブンっ!と上下に振ってくる。


 手を離した時には、反動で腕が若干(しび)れていた。


「さて……そんじゃ、先に図書館に行って待っててくれ。勉強、見てやるよ」


「え、良いんですか!?」


「まぁ……ペアだしな。おまえと一緒に退学する気は更々(さらさら)ねぇからさ」


 SASの評価を鵜呑みにするなら、真咲は学力と身体能力、両方の面で鍛えないといけない。


 だけど、残り2週間かそこらで飛躍的ひやくてきに伸ばすとなると荒業あらわざになる。


 更衣室で体操服から制服に着替えた後、真咲、恵美と別れて図書室に向かった。



 ーーーーー



 コロシアムルームから図書室への移動の際中のことだった。


 廊下で1人、スマホを眺めている基樹を見かけた。


「基樹?」


「……ん?あぁ、円華か」


 どんだけ集中してたのか、声をかけても反応が希薄だった。


 そう言えば、この特別試験の期間で基樹と会ったのは教室の中だけだ。


 放課後になると、誰と話すでもなく早々に教室を出て行っていた。


「おまえ、今まで何してたんだよ?1人でこそこそと、正直怪しいぜ」


「怪しいって……人聞き悪くねぇ~?まぁ、良いけどさ」


 頭の後ろを掻きながら、基樹は壁から背中を離して姿勢を正す。


「俺と話したかったんだろ?歩きながらにしようや」


「良いけど、そんなに時間ねぇぞ?後輩待たせてんだ」


 先約の真咲を優先し、基樹との話に割く時間は最小限にする。


 基樹もそれを「あいよ」と言って了承し、図書館までの道中を歩きながらで言葉を交わす。


「待たせてる後輩って、もしかしてペアが成立したのか?」


「まぁな。おまえの方は、ペア決めは順調なのかよ?」


「あぁ~、それね。情報集めてたらさ、3学年含めて、良いところの生徒はペアが成立してるらしいんだわ。俺もボチボチ、声がかかるかねぇ~」


「受け身かよ」


「正直、自分のことはあんまり?最後まで決まらなかったら、腹くくって1人でチャレンジするさ。下位10%になっても、ポイント0にはならないから安心しろよ」


 最悪の場合でも退学は無いと聞き、少し安心するもダチの表情がいつもと違うことに疑念が残る。


「何か探ってたのか?それとも悪巧わるだくみか?」


「う~ん、両方だな」


 両手を頭の後ろに回し、歯を見せて笑っては悪い顔をしている。


 こいつ、俺の前ではシャドーとしての本性を隠さなくなったよな。


「俺たちにとって、この新年度は気楽に身構えられるもんじゃないだろ。新しい特別試験に重きを置くのは良いけど、狙われてることをもう少し自覚した方が良いんじゃね?」


 基樹からしたら、狙われてる側の自覚が足りないみたいだ。


 別に気にしてなかったわけじゃない。


 今回の特別試験だって、それぞれの刺客を探るための策は仕込み始めている。


 そのための糸口も、さっき見つかったところだ。


「戦うための準備はしてる。奴らが仕掛けてきたら、完膚なきまでに叩き潰す」


「ふ~ん、現実逃避してるわけじゃないってわけか。もしかしたら、今も遠くから銃口を向けられてたりしてな」


 銃口……。


 基樹からしたら、調子に乗った意地悪な冗談のつもりだったのかもしれない。


 それでも、脳裏にフラッシュバックする音があった。


『パァ――――――ンッ‼』


 それが頭の中で反響した時、身体が動いていた。


「んがっ‼」


 気づいた時には、俺は基樹の胸倉を両手で掴んでいた。


「ま、円華っ…‼どうしたんだよっ……おいっ‼」


 くぐもった声で呼びかけてくるのに、怒りを込めて睨みつけていた。


「銃口…?向けてるなら、さっさと撃って来いよ。今度は、絶対に止めてやる…‼」


 基樹は俺と目を合わせ、小さく「はあぁ」と息を吐いてはパンパンッと両手を叩いてくる。


「悪かったよ、謝る。調子乗り過ぎた。……離してくれ、おまえと殺し合いなんて御免ごめんだ」


 殺し合い。


 その言葉で正気に戻り、すぐに胸倉から手を離した。


「はぁ…はぁ……わ、悪い…。俺……」


 自分の額を押さえ、頭を押さえながら理性を保とうとする。


 俺の中で、まだ木島江利……魔女の死に折り合いがついていないんだ。


 だから、あの時のことを思い出すようなワードだけで身体が過剰に反応する。


 自制できなかったことを猛省していると、上から「ていっ」と軽く手刀が降りて来た。


「いっっった‼」


「これでチャラだ。時間ねぇんだろ?足を止めてる余裕ないんじゃね?」


「……そうだな。悪い」


 基樹の言う通り、足を進めながら話を戻す。


「桜田家からの刺客は、絶対に1年生の中に紛れ込んでる。多分、それも影で養成された奴だ。今回の試験で俺たちに接触してくるやつは、もう全員が刺客に見えてくるかもな」


「なぁ、基樹」


 俺は足を進めながら、周りに対して疑心暗鬼になっているダチにおかしなことを口にする。


「その刺客、見つけたら利用することできないか?」


 抽象的な提案に、基樹も怪訝な顔になる。


「絶対に反対すると思うけど、退学させた方が良い。そのレベルでヤバい連中だってことをわかってて言ってるのか?」


「わかってる。だけど、俺も相手をしなきゃいけないのは桜田家だけじゃない。最終的には最悪の結末に突き落とすとしても、その前に利用できる分は最大限に利用した方が良い」


 こんなことを言っている自分は、どういう顔をしているんだろうな。


 基樹が横目でこっちを見ては、苦笑いを浮かべている。


「おまえ……その最悪の結末って、退学以上の地獄を考えてない?」


「……どうだろうな。だけど、敵対する奴らに情けは必要ないだろ」


 敵対者には死こそ相応しいって思う奴も居るだろう。


 だけど、俺はその選択は下せない。


 だからと言って、慈悲を与えるわけじゃない。


 退学=死だからって、それが最悪の結末とは限らない。


 死んだ方が良いと思えるような地獄だって、あるかもしれない。


 いや、そういう地獄に突き落とすことになるかもしれないな―――この俺が。


「まぁ、おまえがそうするって決めたなら止めはしない。だけど、やるなら情とかは見せない方が良いぜ。あそこで生き残った連中だ。……少しでも隙を見せたら、どこから刺されるかわかったもんじゃない」


 養成機関『影』。


 その存在を、俺は詳しくは知らない。


 親父(いわ)く、そこで育った者は厳しい環境で隠密おんみつの生き方を身体と心に叩き込まれるらしい。


 基樹はそんなところで生きてきたんだ。


 そして、その中でも最強の称号である『シャドー』の名を背負っている。


「そう考えたら、おまえ……途中で俺のこと、裏切らないだろうな?背中見せたくないから、前歩けよ」


 冗談抜きで疑いの目を向け、シッシと手を前に振って先に行かせる。


「おい、流石に酷くない?俺も狙われてる身だってこと、忘れてない?」


「……そう言えば、おまえは何で桜田家から追われることになったんだよ?」


 BCの話から、あいつが卒業したら桜田家が俺を排除しようと動くことはわかっていた。


 だけど、基樹が奴らから狙われる理由はわかっていない。


 神経質なレベルで、周りを警戒している。


 それも俺以上に。


「俺?俺はぁ……調子に乗って、当主を虚仮こけにしたからかなぁ」


 頭の後ろを掻きながら、ハハッと乾いた笑みを浮かべる。


「何だよ、それ…。少しは後先考えて行動しろよな」


「それ、絶対に言われたくない‼」


 基樹から怒り混じりのツッコみを受けながら、図書館前まで歩きながら情報交換をした。


 結論として、基樹は心配するほど変わってはいなかった。


 だけど、この特別試験で何かを企てているのは確かだった。


「まぁ、少し安心したよ。このタイミングで、おまえと恵美ちゃんのペアが決まってさ。ここでまだ決まってなかったら、俺の博打ばくちに巻き込むかもしれなかったしな」


「博打?……あぁ~、思い出した。おまえに今度会ったら聞こうと思ってたことがあったんだ」


 基樹に引っ掛かっていたことを思い出し、問いかける。


「おまえが前に呟いていた、取り合いと押し付け合いってどういう意味だったんだよ?取り合いってのは、今のペア決めの状況だと思うけど、押し付けってところはどうもに落ちねぇ」


「それは、視点を変えればわかる話だ。多分、勘のいい奴はもう俺と同じように動き始めているはずだ。みんな、SASの評価が高い奴だけに目を向けがちだけど、残り期間が少なくなればなるほど、その評価が低い奴が恐くなっていく」


 俺には視えていなくても、基樹には視えているものがある。


 しかし、次のこいつの一言で一気に自分の中に馴染んだ気がした。


「円華、考えることが多すぎて忘れてないか?この特別試験は個人戦じゃない。3学年合同だとしても、これはクラス競争の範囲内だ」


「……そう言うことか」


 口元に手を当て、基樹の視えているものが、その戦略が俺にも伝わってきた。


「まぁ、瑠璃ちゃんも今回の試験に向けて何か動いてるらしいし、今度話してみろよ。俺は俺のスタイルで、おまえと瑠璃ちゃんたちに貢献するからさ」


 そう言って、時計を見ては「ほら、後輩くんが待ってるぞ?」と言って見送ってくれた。


「わかった。あとは任せるからな」


「おう。おまえは自分のことに集中しな」


 基樹と別れ、図書館の中に入る。


 ここから先は、先輩モードでいかねぇとな。

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