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単調な決闘

 場所はコロシアムルーム。


 俺とセレーナは体操服に着替え、対面する形で相対する。


 意外と申請すると、すぐにコロシアムルームに通された。


 今回は別に大勢のオーディエンスが居るわけではなく、見届け役は恵美と真咲だけだ。


「入学して早々に、この学園独自のルールを経験することになるとは思いませんでした」


 セレーナは敵意を乗せた目で、俺を睨みつけてくる。


「不服か?一応、決闘は断ることもできたんだぞ?」


「先輩から申し込まれて、断ることなんてできませんよ」


「先輩なんて敬称を付けても、怒りが隠しきれてねぇぞ?……いや、闘志って言った方が正確かもな」


 軽く準備運動をしながら言えば、彼女の目はギラっと輝く。


「あなたが決闘を申し出てくれたこと、少しは感謝しています。予定よりも早く、あなたを這いつくばらせることができそうですから」


「勝つ気満々だな」


「負けなければいけない理由がありませんから」


 先輩への忖度そんたくなしに、マジで挑んでくるらしい。


 俺は手に持っているドッジボールの球を見せる。


「決闘の内容はシンプルだ。制限時間30分の間に、俺からのこのボールを奪ってみろ。手段は何でも良い」


 軽く上下に投げながら説明すれば、セレーナはあごを引いて見上げる。


「本当に、手段は問わないんですか?」


「ああ、最悪俺を殺して奪っても文句はねぇよ」


 セレーナの身体能力の評価はA。


 男女の体格差があっても、彼女から戦意がおとろえる様子は見えない。


 そして、コロシアムルームにアナウンスが流れる。


『これより、2年Dクラス 椿円華VS 1年Eクラス セレーナ・クインバレルの決闘を行います。内容は『ボール取り』。制限時間は30分です』


 俺と同じような軽い説明をした後、ブザーが鳴る。


『GAME START』


 その開始宣言と同時に、セレーナは動いた。


 ノーモーションから、右手に手刀の構えをして突き出す。


 手刀の先に目がけているのは、ボールではなく俺の喉元だった。


「良い判断だ」


 小さく呟くと同時に、パンっと左手で手刀を払って軌道を逸らす。


 それと同時に、攻撃姿勢から前のめりになっているセレーナの首の後ろを右手で掴み、そのまま後ろに押して流す。


「んぐっ‼」


 前屈みで転倒しそうになるのを、左手を床に突いて受け身を取る彼女は、すぐに身体を半回転させて正面に俺を捉える。


 ここまでの時間で、およそ5秒に満たない。


「単調過ぎるだろ。もっと動きを工夫しろ」


 セレーナを見下ろしながら、挑発するようにボールをゆっくりと上下に投げて見せる。


 その態度が気にくわないのか、彼女は目を見開いてはすぐに青筋を立てて再度突撃を仕掛ける。


「黙れぇええ‼」


 もはや、先輩に対する言葉遣いじゃない暴言がとんできた。


 跳躍すると同時に、右足による回し蹴りで顔面をとらえようとするセレーナ。


 それを真正面から受けてやる義理も無いため、後ろに下がるだけで軽々と回避してみせる。


 しかし、彼女の攻撃はそれでは止まらない。


 地面に両手を突き、それを軸に横に回転して左足を繰り出してきた。


「これでも単調な動きと言えますか!?」


「少しは考えてるのは認めてやるよ。それでも――」


 その場で屈んで回避する。


 それと同時に、逆立ちになっている彼女の前にボールを投げてみせた。


 条件反射だろう。


 勝利条件は、俺のボールを奪うこと。


 それを把握しているからこそ、ボールに目が釘付けになる。


 そして、俺の存在が視界から消える。


「目標物に気を取られ過ぎだ。もっと、全体を広く視ろよ」


 即座に立ち上がり、腹部を軽く押すだけでセレーナはバランスを崩した。


「きゃぁ‼」


 ドタンっと背中から倒れる彼女は、先程のようにすぐに体勢を立て直せる状態ではなかった。


 痛みで目を瞑っている間に、俺はボールを拾って彼女の前に突き出してみる。


「どうした?この程度で俺を這いつくばらせることができるとでも?められたもんだぜ」


 時計を見れば、ここまでで残り25分。


 セレーナは俺の腕を払って起き上がると、腰を丸めて睨みつけてくる。


「その余裕の表情、本当に気に入りません。私はあなたに、絶対に勝たなきゃいけないんです…‼」


「意気込みだけは買ってやる。残り25分、全力でかかって来い。先輩が胸を貸してやるよ」


 向けられる敵意を煽るように、不敵に笑ってやる。


「俺は今、おまえの生意気な態度を矯正きょうせいしたくてしょうがねぇんだ。こっから先、出鼻でばなくじっ……いや、折ってやるから覚悟しろ」


 俺が今、セレーナ・クインバレルに抱いている感情をそのまま言葉にした。


 これは先輩としての100%の善意だ。


 この女は1人でこの特別試験に挑むと言っていた。


 だけど、それが通じるほど、この学園のやり方は甘くない。


 孤独に戦おうとする者は消えていく。


 そして、自分が強いと思っている奴に、そこから先の成長は無い。


 自分よりも上に居る存在を知った時、自分への過信が妄信だと気づいた時、その気持ちが強い者ほど折れた後の反動は大きい。


 その先で成長するのか、堕ちていくのかはわからない。


 それでも、早い時期にその過信を折ってやるのが優しさだ。


 セレーナは、その後もボールは狙わずに俺を攻撃してきた。


 手刀や蹴りを駆使して、スピードや連撃で仕掛けてくる。


 それでも、その全てが俺の予測の範囲内だった。


 はっきり言って、経験の差だ。


 命掛けで戦ってきた経験の記憶が、次の彼女の動きを導き出す。


 今まで戦ってきた相手なら、こういう動きをするはずだ。


 そういう記憶が、頭と身体に経験として刻まれている。


 だからこそ、それに対応する動きが反射でできてしまう。


 セレーナは確かに、身体能力だけで言えば優秀だろう。


 それでも、内海とタイマンした時と比べると、脅威はまるで感じない。


 あいつは戦いの中で、俺の動きに適応する厄介さを見せていた。


 だけど、彼女にはそれが無い。


 確かに()()()()を受けた者の動きではある。


 それを完璧に自分に取り入れたのだろう。


 だけど、それが実践じっせんで意味を成していない。


 要するに、俺の反射に適応できていないんだ。


「どうして!?当たらない!?こんなに、攻めてるのに!?」


 拳を突き出しながら、それを全て片手でさばかれるセレーナは、攻撃しながら愚痴を零すようになる。


 残り10分。


 ここまで、彼女は休むことなく俺を攻撃し続けた。


 それを全て、最小限の動きで対処している俺との差は歴然だ。


「はぁ…はぁ…。こんな、ことって…‼」


 息が上がっているセレーナは、体力の低下と共に焦りを見せる。


 額から汗を流し、動揺した目で見てくる。


「言っただろ、動きが単調なんだよ。単調って言うのは、別におまえが考え無しに行動しているって意味じゃない。教科書通りの動きで、先が読みやすいってことなんだよ。命のやり取りが存在する世界じゃ、それだと早死はやじにするぜ」


 これは先輩としての忠告だ。


 しかし、それを聞いて、彼女の目が泳いでは奥歯を噛みしめる。


「命のやり取り……早死に…‼そんなことっ……あなたは、あの人の前でも…‼」


 小声で呟く言葉が、途切れ途切れで聞こえてくる。


「……あの人…?誰のことだ?」


 何かがおかしい。


 最初からこの女には、違和感しかなかった。


 その答えを引きずり出すために、正面からぶつかる機会を作ったんだ。


 セレーナの目からは、涙が流れていた。


 それからは、俺への言い知れぬ怒りが伝わってくる。


「私は……あなたが、この学園で堂々と生きることを認めない…‼あなたが犠牲にしてきた、命のためにぃ‼」


 犠牲にしてきた……命。


 そうか、こいつもそう言うやからか。


「意外とメッキが剥がれるのが早かったな。おまえの目的は、俺への復讐か?」


 柘榴のように、回りくどく苦しめるスタイルじゃないだけまだ良心的か。


 実力不足は否めないけど、俺の周りの人間を苦しめようとする奴じゃないだけマシだな。


 仮説を立てて問いかければ、セレーナはそれに対して「半分は違います」と返す。


「隠したところで、私の過去を調べられたらすぐにわかることです―――マドカ・ツバキ曹長」


 その呼ばれ方に、俺は警戒心を強めて1歩足が引いた。


「……マジかよ」


 思わず、舌打ちをしてしまった。


 彼女はこの決闘を見守っている恵美と真咲に一瞬だけ視線を向けた後で、彼女は俺に敬礼して見せては内に秘めた事実を口から出した。


「改めて、名乗らせていただきます。私はアメリカ軍特殊テロ対策チーム『アイゼス』の一員として、この学園に入学しました。セレーナ・クインバレル少尉であります」


 皮肉のつもりか、敬礼してくるのが余計に腹が立つ。


「軍人……ってことは、復讐兼―――」


「はい、カルル・ヴァリア少佐からの()()です。あなたをアメリカに連れ戻す、あるいは排除することが任務となっております」


 通りで動きの端々(はしばし)に、見覚えのある攻撃があるわけだ。


 だからこそ、対応するのも用意だったわけだけどな。


 ここに来て、第4勢力の到来か。


 まぁ、去年の冬休みから予想はしていたぜ。


 緋色の幻影、桜田家ときて……アメリカ軍。


 本当に、見取みどりで泣けてくる。


 ボールを床にバウンドさせながら、「はああぁ~~~」と深い溜め息をつく。


「おまえの事情はわかった。誰の復讐かは、今のところ興味もねぇけど……。残り5分だぞ?()()()()にしては長すぎるんじゃねぇの?」


 頭を切り替え、決闘に意識を戻す。


「っ!?……そうですね。今は……あなたに、全力で挑みます‼」


 セレーナは今の告白で、何かを期待していたのだろうか?


 精神的な動揺?


 だとしたら、浅はか過ぎる。


 やっぱり、この女は俺の予想の範囲を越えない。


 カルル・ヴァリアからの刺客?上等だよ。


 俺の復讐を邪魔するなら、逆に排除してやるだけだ。


 セレーナはその後も、ボールを狙うことなく俺への攻撃を続けていた。


 その全てをいなしている間に、決闘終了のブザーが鳴った。


『決闘終了。30分間、椿円華様がボールを所持していたため、勝者は椿円華様となります』


 機械的なアナウンスが流れ、それによってセレーナは動きを止めた。


「……結局、あなたには何一つ通用しませんでしたね」


「動きが単調だったからな。それに……」


 この30分間で、セレーナの身体能力は大体把握した。


 個人的な見解から、1つだけ事実を告げる。


「おまえ、戦闘向きじゃねぇよ。動きは硬いし、体力はねぇし……俺を力技で這いつくばらせるのは、夢のまた夢だな」


「んぐっ‼」


 彼女自身、そのことには気づいていたのか図星をつかれて肩をビクッと震わせていた。


「それで……私は素性を明かしました。その上で、あなたは彼女と……最上先輩と私を組ませたいと思いますか?」


 ……こいつ、それを見越して告白してきたのか。


 決闘に勝利したとしても、この事実を知れば恵美と自分を組ませようとは思わないはずだと……。


 相当、俺の思惑通りに進むことが嫌みたいだな。


 頭の後ろに左手を回し、返答してやる。


「まぁ、おまえが誰だろうと、組んでもらわなきゃ困るんだけどな。おまえだって、ここで退学にでもなったら、復讐も任務も果たせずに()()ことになるんだ。それは不本意なんじゃねぇの?」


 私情は挟まず、あくまでも実力に基づいた決断だ。


 俺の言葉に食って掛かることはなく、セレーナは悔し気な表情を浮かべたが、少し間をあけて「そう…ですね」と肯定した。


「今日のところは、私の負けです。しかし、次もこうなるとは思わないでください」


「次に挑んでくる時は、少しは成長してる所を見せてくれよな。あと……1つだけ忠告だ」


 2つの意味で後輩にあたる彼女に対して、威嚇を込めた視線を向ける。


「この件で恵美に危害を加えたら、問答無用でおまえを排除するからな」


「っ‼……わかって、います。それこそ、不本意なので」


 セレーナは恵美を一瞥した後、「あとで連絡します」と言ってコロシアムルームを出て行ってしまった。


 素性を明かした刺客に対して、1つの疑問がすぐに解消されたことで安堵している。


 この決闘で得られたものは、少なくない。


 セレーナ・クインバレルは利用するに値するか、排除すべき対象か。


 あいつのことも、これから先で見極める必要がありそうだ。

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