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邪魔者

 円華side



 交流会の2日後。


 Dクラスでは、ペアが成立している奴が日に日に増えてきている。


 やっぱり、SASなんてものが導入されたからか、評価が高い奴は3年からも1年からも声をかけられやすいみたいだ。


 そんな中でも、俺に声がかかって来ないことが気になるけど、そこは敢えてスルーするか。


 気になると言えば、前の席で身体を横に向け、じっとスマホを見ているダチに視線が行った。


「……何、その熱い視線?どうしたの?」


「いやぁ……周りが特別試験に向けてペアが成立してってるだろ?おまえはどうなのかと思ってさ」


「あぁ~、俺?俺はぁ……のんびりやってくさ。そんなに焦って動かなくてもいいっしょ」


 基樹の態度から、まだギアが入っていないようだ。


 こいつが本気を出せば、すぐにでもペアが成立しそうなもんだけど。


 一応、表面上はコミュ力も高いし。


 SASが逆に足を引っ張ってるのか?


 明らかに手を抜いてるしな。


「なぁ、円華」


 何気ない確認から、基樹も俺に話したいことがあったのだろう。


 俺の名前を呼んで、少し目付きが鋭くなる。


「ここ最近、他のクラスのリーダーと接触したか?」


「いや、全然。そんな頻繁に会うような仲じゃねぇし。それにあいつらだって、今回の試験で忙しいんだろ」


 接触しようと思えば、メールとかで会う機会を作ることはできるだろうけど、あまり気が進まない。


 Cクラスは柘榴の場合は息を吐くかのように暴言が飛び交うことがわかってるから、話が脱線するかもしれない。


 Sクラスの紫苑にしても、最近は前よりも俺に執着している様子は無い。


 Aクラスの和泉に関しては、梅原が移動してきてから音沙汰おとさた無しだ。


 それで言うと、雨水もそうか。


 学年末試験の時の毒は治癒ちゆしたらしいけど、こっちには何の連絡もない。


 他のクラスに関しては、Bクラスは梅原がAクラスに移動してからまとまりが無いらしいし、Eクラスに関しては論外だ。


 木島江利が死んだ今、あのクラスがどうなったのかは何も聞いていない。


「だったら、真偽を探るのは難しいか。……Eクラスのこと、なんだけどさ」


 何か言いにくそうな反応だが、基樹は俺に視線を合わせて話した。


「あいつら、他のクラスの生徒をトレードしてるらしい」


「トレード?仮面舞踏会は2学期だろ?今年もやるかは知らねぇけど」


「それとは別のやり方だ。何でも、復帰した内海景虎が主導で声をかけてるらしい。トレードって言っても、そいつらは自主的にEクラスに降格しているらしいけどな」


 自主的に降格。


 真央のような例があるから、驚くようなことじゃない。


 それでも、そいつらってことは1人や2人じゃないってことだ。


 それにトレードってことは、Eクラスの生徒が他のクラスに昇っていることになる。


「2年生になって初めの、この時期に入れ替えかよ。あんまり、穏やかな話じゃねぇな」


「それも柘榴や鈴城紫苑みたいなリーダーでも、その近くに居る重田平や森園早奈江とかの側近じゃない。はっきり言ったら、モブレベルの奴らを集めているみたいだ」


 内海の目的がわからない。


 いや、そもそもこれは内海自身の策略なのか?


 あいつはどっちかって言うと、戦略とかを立てて動くような奴じゃなかった。


 誰かが、入れ知恵した可能性も考えられる。


 つまり、表立って動いているのは内海だとしても、その裏で動かしているのは別の人間ってことかもしれない。


「その声をかけてる奴らの中に、このクラスの奴も居るのか?」


「当然。うちでは坂木彩さかきあやちゃんとか、入江が声をかけられたって、怯えてたぜ。他にはぁ……」


 基樹が思い出そうと視線を上に向けていると、後ろから「私だよ」と言ってくる女が現れる。


 俺たちが同じ方向に顔を向ければ、そこには自分のことを指さしている恵美が居た。


「おまえが?何で?」


「うぅ~ん。これについては、話がややこしくなるんだけど……まず、最初に声をかけてきたのは梅原改だったね」


「・・・はぁ!?」


 内海だけでなく、予想外の男の名前が出てきた。


 俺の知らないところで、恵美もまた綱渡りな対話をしていたようだ。



 ーーーーー

 恵美side



 ー時間は始業式の日まで遡るー


 梅原改が目の前に現れて、自分がアラタだと名乗った時。


 私はその現実に対して、頭にノイズが走るような感覚に襲われた。


 確かにアラタのことを捜していた。


 だけど、それをこのタイミングで?


 明かされた情報に対して、思考が停止するレベルの衝撃があった。


「あんたが……アラタ?」


「そうだよ。君のことを迎えに来たんだ。遅れてごめんね、最上恵美」


 手を握り、優し気な笑みを浮かべる梅原。


 だけど、その手を振り払って大きく一歩下がる。


 そして、スカートの下に隠したホルスターからレールガンを抜いて構える。


「……何のつもりだい?」


 銃口を向けられようと、梅原は狼狽うろたえずに私を見据える。


「あんたがアラタだったとして……それでも、納得いかないことがある。あんたがさっき言った、邪魔者って誰のこと?」


 動揺は、すぐに消えていた。


 例え、目の前に居る男が本当にアラタだったとしても、揺るがない想いがあるから。


 梅原は私からの問いかけに対して、目から光が消える。


「椿円華のことに決まってるだろ?あの寄生虫は、君のことを我が物顔で独占していたからねぇ。君に事実を伝えるために近づきたくても、あの男は俺のことを警戒していたんだよ」


 寄生虫。


 彼の口から吐き出されるその言葉に、激しく嫌悪感を覚えた。


「取り消して……」


 最初は小さく、震える声で呟いた。


「嫌だね。君と俺の間を邪魔して、君のことを縛り付けようとする男を寄生虫って呼んで何が悪いのかな?俺の言葉は事実だよ。椿円華は、君にすがりついている哀れな寄生虫でしかない」


 取り消すどころか、2度も言った。


 それによって、私は躊躇ためらいなく引き金を引いた。


 バギュ――――ンっ‼


 銃口から電撃が放たれ、それを梅原は首を横に傾けることで間一髪で避ける。


「……空気がチリチリするね。こんなのを受けたら、流石に痛そうだ」


 その引き金と共に、梅原の前に取り巻きが集まって壁になる。


「人のことを寄生虫扱いする男を庇おうとするなんて、Aクラスも堕ちたものだね」


 私からの挑発に対して、反応が見られない。


 こいつらも、同じだ。


 梅原と同じで、目の光が無い。


 ……違う。


 目の輝きが、()()()()()()()()()()()()


「堕ちたんじゃない。寄生する王が代わっただけだよ」


 王。


 確かに、梅原は自分のことをそう呼んだ。


 その言葉と共に放たれるのは、全てを呑み込もうとする覇気オーラ


 私にはそれが、緑と黒が混じったものに見えた。


 そして、その中心に居る梅原の姿が見えない。


 黒い影に紛れて、瞳が緑に光っているように視える。


「……その綺麗な蒼い目。君はやはり、そっち側を受け継いだんだね」


 無意識だった。


 ヘッドフォンを着けていなくても、感情の高ぶりによって、私の瞳も蒼に染まっていた。


 感覚が研ぎまされていく。


 その中で、梅原から感じるのは敵意じゃなかった。


 好奇心。


 彼は私のことを、珍しいものを見るかのように観察する。


「君のこと、もっとよく知りたいな。やっぱり、あの男にはもったいない才能だ……。その瞳を持つ君は、一体どんな力を持っているんだろうね」


 距離は開いているはずなのに、梅原が手を伸ばせば目の前に迫ってくるような不気味さを覚える。


 何……この威圧感…!?


 柘榴恭史郎のような、暴力と恐怖で屈服させるものじゃない。


 鈴城紫苑のような、絶対の強者という自信から来るプレッシャーでもない。


 ましてや、和泉のような温かい光で包み込むものとは真逆の気迫。


 狂おしい程の好奇心。


 己の欲望を満たすために、全てを呑み込もうとする黒い手が伸びてきた瞬間―――。


「邪魔だ、前髪野郎」


 その声を聴いたのは久しぶりであり、耳に届いたと同時に振り向いた。


 視線の先に居たのは、整っていないボサボサの黒い髪をした男。


 その額には、リストバンドを付けている。


 その目は静かにだけど、強い闘志を感じさせる。


「俺の選んだけものを、横取りしようとしてんじゃねぇよ」


 梅原から放たれる覇気に物怖じも、吞み込まれることもなく、同等の覇気を放って歩み寄ってくる。


内海うつみ景虎かげとら…!?」


 名前を呼べば、内海は一瞬だけ私のことを冷めた目で一瞥した後に周りを見る。


「椿の野郎は、一緒じゃねぇのか」


「えっ……あ、うん」


「……だから、そんな前髪野郎に絡まれてんのか。恭史郎の時と言い、本当に運が悪いな、おまえ」


 何か…普通に話してるけど、その覇気は消えていない。


 梅原を見ると、その目付きが変わっている。


 警戒している。


 内海に対して、注意を向けている。


 さっきまで饒舌だった口をつぐむほどに。


 内海は私の前に立ち、梅原に鋭い目を向ける。


「おい、前髪野郎。この女に絡むな、失せろ」


「まさかの、邪魔者がもう1人……」


 梅原の目は冷めており、好奇心が消えている。


 代わりに、芽生えているのは別の感情。


 悪意。


 正面から相対していたら、絶対に吞み込まれるほどに大きいもの。


 それに相対しているのに、内海に動揺はない。


 これに気づいていない?


 その仮説を否定するように、あいつは歯を見せて笑う。


「文句があるなら、かかって来いよ。おまえのその悪意、喰ってやるからよぉ…‼」


 そう言っている内海からも、同じような覇気が放たれる。


 赤黒い覇気オーラ


 それを梅原も感じたのか、少し目を見開いた。


 そして、身体が反射的に動いたのだろう。


 半歩後ろに、左足が下がった。


「嫌だなぁ。舞台に上がってくる役者が、1人増えたみたいだ。それも難易度が高い……」


 梅原はこの場を諦めたように、背中を向けて歩き出した。


「寄生虫が居ないならいけると思ったけど、そうもいかないみたいだ……。また会おう、最上恵美」


 最後まで円華を寄生虫呼ばわりする梅原に、キッと睨みつけようとも、その怒りは届かない。


「寄生虫…?ああぁ~、椿のことか」


「いや、そこで納得しないでよ!」


 思わずツッコんでしまうと、内海は梅原に興味を無くして視線を逸らす。


「納得はしてねぇよ。あの前髪野郎……イラつく野郎だぜ。あいつと戦ったこともねぇくせに、あいつをバカにするのが特にな」


 円華と戦った経験があるからこそ、感じる苛立いらだち。


 それに対して、ホッとしている自分が居る。


「あんた、意外と良い奴だね。やってきたことは最低最悪だけど」


「……言ってろ」


 過去のことに抽象的に触れても、それに逆上することは無い。


 前よりも、感情が制御できているのがわかる。


 内海は私と視線を合わせると、身体を向けて話してくる。


「まぁ、ここに来たのは偶然じゃねぇし、本当なら椿が居る前で話すつもりだったが……別に良いか」


「……何?その言い方からして、私に用があったってこと?」


 わざわざ、円華が居る前で話すつもりだったっていうのが気になったけど、その意味を次の台詞で理解した。


「俺のクラスに来い、最上恵美。おまえの()()を、俺が活かしてやる」


 真っ直ぐに見つめてくる、その眼差しは以前まで見せていた狂気が消えていた。


 ただ1人の、強さを追い求める者の目をしていた。


 常人なら、その目で見られたら心が吸い込まれていっただろうけど―――。


 私はその目を見て、はっきりと答えた。



 ーーーーー

 円華side



「え、嫌だ―――って言った」


 最後に恵美が言った一言に、俺は「はあぁ~」と深い溜め息をついた。


「おまえっ……何がどうして、そういう展開になるんだよ」


 梅原と言い、内海と言い。


 こいつは本当に、何でこうも危険な奴の目を集めるんだ?


 基樹も話を聞いて、苦笑いを浮かべていた。


「それで?拒否ったら、そのまま内海は諦めてくれたのか?」


「その場ではね。『そっか、なら良い』って言って帰ったよ。私に対して、そこまで執着は無かったみたいだね」


 執着が無い……。


 本当に、そうなのか?


 その程度の決意で、内海は恵美を自分のクラスに引き込もうとしたのか?


 恵美の話の中で、引っかかりを覚えたのは彼女と同じ個所だ。


 わざわざ、俺の居る前で恵美を誘おうとした。


 あいつは、俺にとって恵美がどういう存在なのかを理解している。


 その上で、そんな行動をする意味は―――。


「本気で戦え……ってことだな」


 あいつは、俺と戦うことを望んでいる。


 それも本気の俺と。


 内海は俺の本質を見抜いている。


 負けられねぇ……あいつには。


 この特別試験でも、手を抜くことができなくなった。


 これから先の戦いのためにも、悠長なことは言ってられない。


 脳裏に浮かぶのは、1人の気弱そうな後輩の姿。


 限られた選択肢の中で、取れる戦略を取るしかない。


 俺は今、少しだけ焦りを覚えた。


 それを抱かせたのは、内海景虎という存在だ。

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