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暴れん坊

 相川からの質問に、一瞬だけ思考が止まりかけた。


 理由は色々な感情、疑問、思考が頭をめぐり、答えが出ない問いにすぐに返答することができなかったからだ。


 力を暴走させて人狼になったのは、あの暁の夜だけだ。


 何で、それをこの女が知っている?


 そのサイトの主が書きこんだのか?


 だとしたら、それは桜田家の誰かなのか?


 それとも、緋色の幻影が俺を追いつめるために開示したのか?


 あらゆる最悪な仮説が浮かびながら、俺は精一杯の虚勢でハンっと鼻を鳴らす。


「何だよ、そのバカげた噂。ガセネタにするにしても、もっと現実味のある奴にしろっての」


「そうだよねぇ~。恵令奈えれなも読みながら笑っちゃった。その他にも、元・軍人って書いてあったけど、それはマジなの?」


「まぁな。別に人に公言するような内容でもねぇけど」


 流石に女装して人を斬りまくっていた過去なんて、公表するようなもんじゃない。


 しかし、それを軍人だった過去を肯定すると相川は目を細める。


「じゃあ、本当に……人を殺したことはあるんだねー」


「……ああ、それも否定しねぇよ」


 人殺しの過去をはぐらかすつもりはなく、受け止めた上で再度肯定する。


 すると、相川は俺の反応に思う所があったのか、「つまんなーい」と言って1歩離れる。


「もっと、自慢げに言うかと思ったら、そこは淡々としてるんだぁー。何か意外ー」


「面白味が無くて悪かったな。別に俺は殺人に快楽も誇りも感じねぇんだよ」


 椿家の仕事をしていた時も、ラケートスとしてテロを制圧していた時も、人を殺して高揚感を得ることは無かった。


 何も無い。


 ただ命令通りに、人の命を奪っただけ。


 そこに後悔や懺悔ざんげの気持ちも無かった。


 そんな俺の姿に、恐怖を抱いている奴も居たか。


「でも、恵令奈は凄いと思うよー、椿先輩みたいな人。強い人は好きだから」


 そう言う相川からは、普通の人間からは感じない、形容しがたい程の黒さを感じた。


 彼女のいう強い人の分類に、俺自身が入っていることに嫌悪感を覚えた。


「殺人者を強い人間と捉えるのは危険だ。その考え、改めた方が良い」


 俺なりの忠告をしたところで、何も刺さらなかったようで「ふーん」と返事をしただけだった。


 相川は俺に軽く手を振って離れて行く。


「じゃあねー、椿先輩。今度、気が向いたら遊んでね」


 俺の反応を見ることもなく、彼女は背中を見せて歩いて行った。


「彼女、完全に私のことを居ない者扱いしたわね」


 ずっと隣に居た成瀬が口を開けば、不快感を露わにした表情をしている。


 確かに、相川は途中から彼女と話す気がなく、俺にだけ興味を示していたな。


「まぁ、人なんだから合う合わないはあるだろ。それがあの女の場合は、自分に素直なだけだ。……って、それっておまえも似たようなもんじゃ―――」


「何か言った?」


「……何でも無いっす。さーせん」


 思い返せば似た者同士ではないかと思ったが、それを本人の前で言うべきじゃなかった。


 ギロっと睨まれては、視線を逸らして謝っておく。


 それで感情に折り合いは付けてくれたようで、彼女は自身の唇の下に人差し指を当てれば、怪訝な顔を浮かべる。


「それにしても、彼女……どうして、あなたの秘密を知っていたのかしら?」


「あぁ~、そのことか。俺もさっきのは流石にきもを冷やしたぜ」


 1年生の間で閲覧されている謎のサイト。


 そこに俺の過去が書かれているとなると、その情報がどこから漏れたのかが気になる。


 俺がヴァナルガンドの力を暴走させ、人を殺したことがあるのは1回や2回じゃない。


 この事実を知っているのは、桜田家の人間と緋色の幻影だけのはずだ。


 もしかしたら、さっきの評価サイトを開設したのは刺客本人かもしれないな。


 そのどちらかが、俺を陥れるためにその情報を流したと考えるのが普通か。


「あなた、早速追い込まれそうになっているわね」


「そうでもねぇよ。現実離れしてるし、誰も信じねぇだろ、あんなの」


「そうであることを祈るばかりだわ」


 成瀬は俺以上に心配しているようで、内心は穏やかじゃないだろうな。


 まぁ、実際に見なきゃ、そんな噂もガセネタで終わる。


 要するに、ビクビクと警戒している方が怪しまれるってわけだ。


 自然体で行こう、自然体で。


「それにしても、今年の1年生ってのは……疲れるな、マジで」


 厳密には今の相川も含めて3人しか接触していないけど、それでも話しているだけで疲れてしまう。


 無意識に、全員に対して警戒心を向けているからかもしれない。


 この交流会のどこかにも、刺客は紛れているかもしれない。


 それも組織か桜田家の、どっちの刺客かもわからねぇ。


 神経質になっているところは、あるかもな。


「疲れたなんて言っている場合じゃないわ。私たちが試験を乗り越えるためには、他学年との協力は不可欠なんだから」


「おまえなら、わざわざペアを組まなくたって1人で余裕なんじゃねぇの?別に勉強も運動も苦手じゃねぇだろ」


「わざわざハイリスク・ハイリターンのギャンブルをするつもりは無いわ。その理論で言ったら、あなたも同じでしょ?」


「俺の場合は、ただの興味本位だな」


 適当な理由を話しつつ、周りを見渡して他の生徒にも注意を散らす。


 すると、奥の方で人混みができているのがわかる。


「何だ、あれ…?」


「人が集まっているわね。何かあったのかしら」


 野次馬になるのは気が引けたが、好奇心に突き動かされて向かってみる。


 その際中に、大声が向こう側から聞こえてくる。


「何しやがんだ、ごらぁー‼」


 聞き覚えのある怒声どせいが聞こえ、小走りで到着すれば渦中かちゅうの相手が見える。


 床に尻もちをついて倒れているのは、2年Cクラスの磯部修いそべ おさむだ。


 その視線の先には、長身の男が立っていた。


 逆立つ赤い短髪の左側に青色のメッシュが入っている、2メートル近い身長が印象に強く残る。


 仁王立ちで両手をポケットに入れており、顎を突き出して磯部を見下ろしている。


「おめぇが邪魔だった。だから、退かした。それ以外に理由が要るか?」


 うわぁ~、見るからに不良だよ、これ。


 しかも、喧嘩売ってる相手がまた面倒くせぇ。


 磯部は立ち上がり、体格差を物ともせずに詰め寄る。


「それが先輩にとる態度か、あぁ!?調子乗ってんなよ、1年坊主ねんぼうず‼」


 見上げながらも睨みつけ、ガン飛ばしているが男は動じない。


「雑魚に取る敬意なんてあるわけねぇだろ。せろ。おめぇに構ってる余裕はねぇんだよ、ハゲ」


「誰がハゲだ、ごらぁ‼おまえの方がハゲに近い頭してんだろうがぁ‼」


 言葉のセンスが小学生の口喧嘩かよ。


 見てるだけで呆れてくるぜ。


「一応、止めた方が良いんじゃない?」


 成瀬が頭を軽く押さえ、俺と同じく呆れたように呟く。


 その言い方からして、止めるのは俺かよ。


「あんまり面倒事に首突っ込みたくねぇよ。放っておこうぜ」


 ここで動くのが優等生なんだろうが、俺はそれと正反対だから離れることにした。


 余計なことに巻き込まれる前に現場から後退あとずさろうとすると、「ぐぁあああああ‼」と苦痛の声が聞こえてくる。


 視線を戻すと、男が磯部の頭を掴んでは片手で圧をかけては持ち上げていた。

 

 マジかよ!?あいつ、腕の力どうなってんだよ!?


 磯部が両手で奴の腕を掴むが、一向に剥がれるようには見えない。


 完全に身体能力に大きな差ができている。


「これは不味いだろ…‼」


 流石にここまで来たら見過ごすことはできず、駆けつけようとする。


 しかし、その時には俺よりも先に行動に移していた者が居た。


「へぇ~、面白いことしてんじゃん」


 人混みの中から颯爽さっそうと現れたそいつは、男の手を掴んでは押し出すようにして磯部の頭から離した。


 男とは対照的に、小柄な男子生徒だ。


「あぁ?何だ、はえ野郎」


 蝿扱いして振り払おうとするが、その前に動きを止める。


「……蝿の手もほどけないの?情けないなぁ」


 認識を変えなきゃいけないようだ。


 止めたんじゃない、止められたんだ。


「1年Eクラスの冴島憧胡さえじま どうご……だよね。噂通りの暴れん坊のようだ」


「そういうおめぇは何だ?」


「おまえと同じ1年生だよ。Aクラスの音切金瀬おときり かなせ。以後お見知りおきを……なんてね」


 軽い調子で話しているが、2人の間では拮抗している力のやり取りが継続している。


 手を振り払おうとする力と、抑えつけようとする力。


 それが衝突していることを表すように、振動しているのがわかる。


「いい加減、この手を離せよ。捻り潰すぞ?」


「弱い犬ほど強気な物言いをするもんだよね。それができないから、俺に()()()してるんじゃないの?」


 威圧感を与える冴島さえじまに対して、音切は挑発してみせる。


 そして、音切は腰を抜かしている磯部に視線を向ける。


「ねぇ、そこの先輩。邪魔だから、さっさと逃げてくれない?これから、面白い時間が始まるかもしれないんだからさぁ…‼」


 その目は血走っており、拒否を許さない圧を感じさせる。


 磯部もそれを感じ取り、手と足を使って後ろに下がっていく。


 別にこいつを助けたわけじゃない。


 音切って奴は、騒ぎを確認して飛び込んできただけか。


 それにしても、が多い奴が2人もそろったら面倒だ。


 ここで暴れられたら、この人数じゃ被害が大きくなるし、交流会どころじゃなくなるだろ。


「しょうがないなぁ。じゃあ、離してあげるよ!」


 音切が手を離せば、冴島からの反撃を見越して距離を取り、腰を屈める。


「どうする?噂の暴れん坊と戦えるなら、俺は今からでもやり合いたいんだけど」


「……マジで捻り潰されたいみてぇだな」


 片手を音切にてのひらを向け、迫ろうとした瞬間―――。


 乱入者がもう1人、現れた。


「見てらんねぇなぁ」


 赤黒い髪をした細身の男が、取り巻きを連れて姿を現す。


 ここに来て、おまえも出てくんのかよ!?タイミング悪すぎだろ!?


 男は磯部の隣に立ち、奴は顔を見上げてはもう1つの目に見える恐怖に声が裏返った。


「ざ、柘榴ざくろさぁん!?」


 名前を呼ばれたのは、柘榴恭史郎。


 2年Cクラスのリーダーだ。


 柘榴は磯部と冴島、音切に視線を向けては冷ややかな目を向ける。


「磯部ぇ……おまえ、1年相手にビビってんじゃねぇよ。俺の品格に関わるだろうが」


 磯部よりも前に立ち、2人の1年と相対する。


「もしかして、ここに来て飛び入り参加?面白そうだねぇ」


「雑魚が増えたところで変わらねぇ。向かってくるなら、潰すだけだ」


 どちらも戦う気で柘榴を見るが、当の本人は冷めた態度を変えない。


「生意気な後輩をしつけるのも面白そうだが、今は遊んでやる時間じゃねぇんだよ。それに……」


 柘榴は冴島の方に視線を向け、目付きを鋭くさせる。


「おまえの目的は達成されただろ。けじめは俺の方でつけさせる。それで手打ちにしろ」


「……」


 その提案に対して、奴はすぐには言葉を返さなかった。


 10秒ほどしてから「くだらねぇ」と言って背中を向けて歩き出した。


 冴島が去っていくのを見て、金瀬は両手を自身の頭の後ろに回してつまらなそうな顔を浮かべる。


「ちぇ、面白くねぇの。楽しい空気をぶち壊さないでよ、先輩」


 軽口を叩かれ、柘榴は鋭い目付きになるが、すぐにそれが怪訝なものに変わる。


「おまえ……名前は?」


「音切金瀬。あんたは?さっきの冴島よりも強そうだけど」


「柘榴…恭史郎だ」


 互いに目を合わせながら、異質な空気が流れているのがわかる。


 柘榴が音切に対して、何かを感じとっているようだった。


 そして、奴も事態が終息したのを把握してから、音切から離れていった。


 この時、最後まで奴から目を離そうとしていなかった。


 一悶着ひともんちゃくあったが、一応は誰も怪我せずに終わったみたいだ。


 しかし、その3人の絡みを見つつ、俺には気になる存在がもう1人居た。


 この場には、同じクラスの伊礼瀬奈いれいせなが居た。


 彼女は冴島が去った時に、あいつを追って行ったようだった。


 何かがあったって……ことだろうな。


 柘榴のあの態度からして、それに気づいている。


 あとで聞けるものなら、確認してみるか。


「とりあえず、良かったわね。何も問題にならなくて」


「……今の所はな」


 何かがおかしいと思ったのは、俺だけじゃないはずだ。


 そして、当事者はその違和感を強く感じている。


 交流会はその後、つつがなく終了した。


 結局、この時間に俺と成瀬でペアが成立することは無かった。

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