ラベリング
「一応、断られる理由は聞いても良いっすか?」
『単純に、おまえのことが嫌いだからだ』
淡々とした言い方で返答されるが、それに対して画面越しにジト目を向ける。
「うわー、悲しいー。あの進藤先輩が、合理性よりも感情を優先させるなんて、泣きそー」
くだらねぇ理由だっただけに、こっちも棒読みの反応で返してしまった。
それに対して、向こうでフッと笑われたのがわかった。
『悪かった、半分は冗談だ。理由は2つある』
その理由とやらを聞かせてもらおうと思い、余計な口は挟まずに黙る。
「1つはおまえならば、俺以外にもペアを組むことができると確信しているからだ。俺とおまえが組めば、確かにランキング上位に食い込むことは可能だ。しかし、それではこの特別試験の意図にはそぐわない」
「特別試験の意図…?」
俺には視えていなくても、進藤先輩には視えているビジョンがあるみたいだ。
『何のために、学園側がSASなんてものを用意したのか。そして、この試験で試される交渉力。全ては俺たちに、未知の存在を分析することを望んでいるからだと考える』
「未知の存在…か」
確かに学年を越えた試験って時点で、今までのクラス対抗戦とは違う意図があってもおかしくない。
仮面舞踏会の時のように、身分を隠してのものじゃない。
逆に今回は互いのことを開示しないと、成立しない試験だ。
部活などで気心が知れた者でも、本当にペアになるかは別の話だ。
これまでに築いてきた人間関係があっても、SASを確認したら逆に信用できないと感じる場合もあるだろう。
ランキング下位は能力点を奪われるんだから、そこらへんも慎重になるはずだ。
そうなったら、やっぱりこのSASってシステムは恐ろしい。
全てがこれによる評価を中心に、進んでいくような感覚に陥っている。
『あえて学園側の土俵に乗った上で、その裏をかいて覆すのがおまえのスタイルのはずだ。そんなおまえが、すぐに俺の存在に頼るのとは心外だ。この試験は、おまえの手の届く範囲を、学年の外に広げるチャンスでもある。これを利用して、手駒を増やすに越したことは無いぞ』
「……その言い方、嫌いだ。俺は人を駒だなんて思えない。人を道具だなんて思ってる奴は、自分も誰かにとっての道具に成り下がってるもんだ。これは姉さんの言葉だぜ」
『それは悪かった。確かに椿先生なら、そう言うだろうな。俺もおまえたちの頂に立ち、思考が毒されているのかもしれないな』
自嘲気味に笑う進藤先輩に、俺は「やめてくれよ」と呆れながら言い返した。
立場が変われば、思考も変わってくる。
だけど、この人には変わってほしくない。
この学園を変えるって目的のために、進藤先輩の存在は必要だ。
だからこそ、姉さんという楔で抑える。
俺とこの人の共通の目的を、思い出させるために。
「それで、もう1つの理由って何なんだよ?今のだけでも、俺と組まない理由としては十分だと思うぜ」
『あぁ、それか。それこそ、俺の個人的な好奇心になるわけだが…』
言葉を区切り、少し声音が真剣なものに変わる。
『その実力を見定めたい人間が居る。それはおまえと同等のポテンシャルを持っている可能性がある者だ』
「……何だ、そりゃ」
俺と同等という言葉で、最初に思い浮かんだのは鈴城紫苑だ。
だけど、進藤先輩は生徒会長選挙で紫苑とは面識があって、隠れて協力していた間柄だ。
わざわざ、改めて実力を確かめたいだなんて思うほどかは疑問だ。
それに前も同じような話をしてデジャヴュに思えるが、同じ切り返しをする。
「俺と同じ…ポテンシャル?って言われても、ピンと来ねぇよ。俺は別に自分が強いなんて思ってねぇし」
首の後ろに左手を回しながら、怪訝な顔になってしまう。
しかし、こっちの心境を聞いて、進藤先輩はこう言った。
『自己評価よりも他者評価。この言葉を椿先生は、言っていなかったか?』
「それはぁ…」
『おまえは既に、大勢の人間から強者だと認識されている。それは能力的な意味でも、精神的な意味でもだ。だからこそ、おまえと協力する者、利用しようとする者、潰そうとする者がおまえに注目する。おまえはもう、強者という評価から逃れられないんだよ』
「……」
改めて、現実を突きつけられたような気がした。
強者というラベリングと言われて、ズシッと重く圧し掛かってきた。
これまでの自分の行動が、その評価に繋がっている。
進藤先輩は、それから逃げるなと警告しているように聞こえた。
「じゃあ、ちなみに……あんたが注目している奴はどこの誰なんだ?それくらい、教えてくれても良いんじゃねぇの?」
『それは言えないな。おまえがそれを聞き、俺の邪魔をしないとも限らん』
「信用ねぇのな」
「いや、おまえの実力は信頼している。だからこそだ。結果は試験終了後に、嫌でも知ることになる。サプライズとして、楽しみにしておけ」
少し気になって聞いてみるも、進藤先輩は素直に答えてはくれなかった。
『おまえなら、俺以外にも実力を持った者を見つけることができるはずだ。俺の陰に隠れて甘んじようとせず、おまえの力を改めてこの学園に知らしめてやれ』
「……そういうことかよ。面白れぇ」
進藤先輩には、隠していた3つ目の理由があったらしい。
あの人は俺に、出し惜しみをするなと言いたいようだ。
椿円華という存在を、この学園全体に知らしめる。
中々に難しい注文を付けてくれるぜ。
無理難題を押し付けられた後、電話を終了した。
ーーーーー
ああ言ってはみたけど、実際にプランを大幅に変えなくちゃいけなくなった。
進藤先輩が断るとは思わなかったのは、俺の落ち度だ。
失敗しても大丈夫なように、予備のプランを考えてなかったのは自分の腑抜けさがわかって、頭を抱えてしまう。
自販機前のベンチに座り、イチゴ牛乳を片手にスマホでSASを確認しながら、「うーん」と唸ってしまう。
狙いを定めるとしたら、1年生か。
進藤先輩の言葉じゃねぇけど、確かにこの試験は他学年に俺の手を届かせるチャンスになる。
組む人間は慎重に選ばなきゃだろうけど、それでも情報源としてパイプは作っておきたい。
1年生の中に潜む刺客を、1学期中に見つけなきゃいけないんだからな。
そうだとしたら、SASの評価が高い生徒を選ぶべきなのか?
いや、それはこの試験に勝つためだけの思考だ。
これから先も、少なくとも1学期中は繋がりを持てるような関係を築きたい。
そのために効果的なやり方は……。
「すいません。椿円華先輩で、間違いありませんでしょうか?」
口を左手で隠しながら思考を巡らせていると、横から声をかけられて顔を上げる。
視界に映ったのは、2人の男女だ。
肩で揃えたブロンドの髪の女子と、紫髪の細身の男子だ。
女子が前に立っていて、その後ろに気弱そうに男子がついている。
男子の方には、身覚えがあった。
「あ、おまえは……」
「へ、あ、はい!あの……この前は、本当にごめんなさい!」
開口早々、挙動不審な態度で謝られた。
俺にとっては始業式、向こうにとっては入学式の日にぶつかった男だ。
「いや、別に怒ってねぇから謝んなよ。それで……俺が椿円華だけど、何か用か?」
前に立っているブロンド髪の女子の方に視線を向ければ、「はい」と返事をする。
そして、スマホを取り出して学園側からの合同特別試験の通知を見せてくる。
「先輩は、合同特別試験のことはご存知でしょうか?」
やっぱ、そう言う話になってくるか。
「ああ、知ってるし今、ペアの誘いをかけた相手に振られたところだ。おまえたちは?俺を先輩って呼ぶってことは、1年生なんだろ?」
流れで自己紹介を促してみれば、女子は胸元に手を当てて名乗った。
「セレーナ・クインバレルと申します。クラスはEです」
彼女の次に男子の方に視線を向ければ、「あ、はい」と緊張した感じで言った。
「えーっと、真咲空雅です。クインバレルさんと同じで、Eクラスです。あの……よろしくお願いします!」
最後にグイっと頭を思いっきり前に下げてきた。
堂々としている奴と、ビクビクしてる奴と……正反対な2人だな。
半眼で見ていると、早速本題に入る。
「多分だけど、おまえたちも俺とペアを組みたいって腹積もりだろ?」
「話が早くて助かります。その通りです」
セレーナ・クインバレルって名前と日本人離れした容姿から、外国人なのはわかる。
それにしても、流暢に日本語を話すもんだな。
「それで?俺とペアを組みたいのはどっちだ?」
一応、意思確認として聞いてみれば、セレーナは真咲の方に視線を送り、前に出るように促している。
「え、えーっと……ぼ、ぼぼ、僕…です。クインバレルさんは、親切で一緒に来てくれて……」
「そうか…。その…クインバレルは、他にペアの候補は居るのか?」
「SASをご覧になればわかることだと思いますが、私は身体能力も学力も評価は先輩と同じくAですので、スカウト待ちです。最悪の場合、1人で試験に挑んでも良いと思っています」
自分から動かなくても誰かが来るだろうし、1人でも大丈夫ってか。
相当の自信を持っていそうだな。
「心配なのは彼です。先輩の力をお借りしたいと思いまして、声をかけさせていただきました」
マジの付き添いで、真咲のことが心配…ね。
一応、SASで彼のことを確認してみる。
ーーーーー
真咲空雅 学年:1 クラス:E 部活:帰宅部
ステータス
学力:D
運動:D
対人関係:E
思考力:C
洞察力:D
統率力:E
ーーーーー
マジかよ、典型的なEクラスのステータスじゃねぇか!?
本人の前で声に出して言うわけにはいかないが、ギャグっぽくガーンっという効果音が頭に響いた。
「こいつはぁ……マジでやべぇな」
何重にもオブラートに包んで、この言い方になってしまった。
それでも、真咲は人差し指で頬を掻いては苦笑いを浮かべる。
「そ、そうですよねぇ……。僕、崖っぷちなんです」
視線が合っておらず、身体が若干震えているのがわかる。
こいつ、マジで緊張し過ぎだろ。
ミステリードラマで殺人が起きたら、真っ先に疑われるような態度に呆れてしまう。
さて、こういう事態は想定していたわけだが、実際に直面すると何とも言いようがない。
2人からも半ば諦めを感じ、ダメ元で声をかけてきたように思える。
しかし、俺には真咲から感じた違和感が記憶に残っている。
ベンチから立ち上がり、飲みきったイチゴ牛乳のパックをゴミ箱に捨てる。
「ちょっと、考えさせてくれ。返事は近日中に出すから」
「わかりました。前向きな返答が聞けることを願っています」
そう言って、セレーナの促しで俺は真咲と連絡先を交換した。
ほぼほぼ、彼女の主導で会話が進んでいたな。
セレーナ・クインバレル。
離れた後も、その顔が頭から離れない。
何か、あの子にも引っかかる部分があるのは何でだ?
あとで彼女のSASも確認しておくか。




