過去に縛られた男
敦side
職員室の横の喫煙室で1人寂しくタバコを吸っていると、不意に昔のことを思い出してしまう。
1人で無音の空間に居ると、愛していた女の声が頭の中で無意識に再生される。
『敦、今日も眠そうな顔してんなぁ?ちゃんと寝てるのか?身体壊すなよ?』
うるさい、余計なお世話だ。おまえが気にすることじゃない。
『ありがたく思え、差し入れだ。オレの手作りだ、一緒に食おうぜ?』
だから、俺は煮物が嫌いだって何度も言っただろ。嫌がらせかよ。
『オレがもしも死んだら……弟を頼む。あいつは多分、この学園に来ることになってしまう。オレが生きて帰って来れたらそうならない様に全力を尽くすが、その可能性は五分だからな。……だから、その時はオレの弟のこと守ってやってくれ。頼んだぜ、敦!』
そんなこと言うなよ、やめてくれよ……俺は、おまえが居ない世界なんて耐えられないんだ。いっそのこと、もう連れてってくれよ……。
タバコを吸い終われば、禁煙室を出て職員室に戻る。
俺の愛していた女は死んだ、俺の心に大きな傷を残して。
俺はまだ、立ち直れないでいるのかもしれない。立ち直ってしまったら、あいつのことを忘れてしまいそうで恐いのだ。
だけど、俺よりもあいつの死を受け入れることが辛いはずのあいつの義弟が、大きな力に復讐しようとしている。
本当は、あの時止めるべきだったのかもしれない。
屋上であいつの義弟が言った言葉を、あの時否定すべきだったのかもしれない。
だけど、できなかった。
あいつの義弟が言っていた、前に進むための復讐。
前に進むために、復讐する。俺はその道を阻むことなどできなかったのだ。
誰にも気づかれないように、スマホのアルバムからある写真を出して見る。
2年前に撮った、女とのツーショット写真。
藍色のポニーテールをしている女は右手でピースをし、俺の頬に自身の頬を当てていた。
ずっと、一緒に居たい女だった。
守りたいと思った女だった。
守るべき、女だった…‼
あいつだけが、復讐心を持っているわけじゃない。
あいつは未来に進むために決めた復讐。
しかし俺は……過去に縛られ、憎悪に塗れた復讐だ。
必ず見つけだす。そして……殺してやる。
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円華side
生徒会室を出て、俺は1人で職員室に向かおうとしたのだが、最上がY-シャツを引っ張ってきて『私も行く』と我儘を言い出したので、仕方なく2人で向かった。
真央は生徒会の溜まっている仕事を処理すると言っていたので、必然的に別れたのだが、正直最上が来るなら一緒に来てほしいと思った。
「おい、最上。おまえは何時から俺の引っ付き虫になったんだ?このままずっと俺と居ると、恐ろしい呪いを周りから向けられるぜ?」
「呪い?少し興味深い」
「その名も『付き合っても居ないのに、本人たちの知らない所で勝手に付き合っているという情報が拡散される呪い』だ。どうだ?恐いだろ」
「くっだらない」
目を細められ、呆れたような表情で返されました。
あれ?おかしいな。こう言うことを言えば、普通の女子は『バ、バカやめてよ!!』って言って距離を取るはずなのだが、予想が外れてしまった。
「私がどうして、周りの勝手な思い込みとか妄想に身を引いて行動を萎縮しなきゃいけないの?周りに合わせるべき時は合わせるけど、そうでないときは周りを気にすること自体がバカらしい」
「はぁ……世の中の女子は、おまえみたいにそうズバッと割り切れるように考えられねぇんだよ。知ってるか?日本人は恥の文化で生きてるんだぜ?」
「知ってる。他人の気持ちを一々気にして、自分を謙虚に見せることに美学を覚えているような種族だね。でも、私はその反対で罪の文化で生きているから問題ない」
「ざっくり言って自分に正直な種族か。俺には真似できねぇわ」
「嘘、円華は私と同族なくせに」
「俺はコウモリなんだよ、察してくれ」
職員室の前に着いてノックをして入れば、目的の男がすでに中に居た。
パソコンでプリントを作成しているようで、いつもの俺なら仕事中に邪魔しちゃいけないと時間を改めるが、今の俺にそんな余裕は無かった。
男のデスクに向かい、前に立って見下す。
「岸野先生、少し時間良いですか?」
「……どうした?探偵くん」
そう言って、岸野先生はサングラス越しに不敵な笑みをした。
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話をするなら屋上が良いと言う要望で、俺と最上は岸野先生と一緒に屋上に上がった。
もう夕日が沈んでおり、影は長く伸びる。
白衣のポケットに両手を突っ込み、岸野先生は溜め息をついて俺たちの方を向く。
「それで、俺に何の様だ?事件については勝手にしろとは言ったが、協力すると言った覚えはない」
「協力と言っても、ただの事情聴取ですよ。一昨日の夜10時からの30分間、何をしていたのかを聞きたいんです」
「……もしかして、俺が殺したんじゃないかって疑ってるのか?」
「いいえ、先生ではないと思っています。だけど、確認しなきゃいけないことはある。殺していないとしても、一時的に外に出したのは先生じゃないかと言う可能性はありますから」
「外に出した……誰をだ?」
「それは質問に答えてもらってからお答えします。情報の等価交換ですよ、何かの情報を得たいのなら、それ相応の情報を相手に提供するのが、信頼関係を得るための有効な手段ですから」
「ちゃっかりしてるなぁ……そういう所、口調は大人しいが姉貴にそっくりだな」
「人は環境で変わるものですからね。元の俺はこうじゃなかったですよ」
満面の笑みでそう言ってやれば、岸野先生は苦笑いをし、隣に居る最上には呆れたような表情をされた。
「そうだなぁ、一昨日のその時間は仕事中だったな」
「その仕事とは?」
「業務上のことを生徒に話せるわけないだろ。自分で調べろ」
「はい、そう言われると思って既に調べました。だから、事実確認を取りたいだけなんですよ。ですから、嘘をついてもすぐにわかります。ですから、正直にYESかNOで答えてくれませんか?」
「……まぁ、ここで答えないではぐらかすのも、おまえから疑われる要因になりそうだしな。それぐらいだったら別に良いか」
「助かります。ここで時間は取ってられないので」
「この後に何か予定でもあるのか?」
「成瀬にちょっと頼みたいことがあるんです。……じゃあ、いくつか質問させていただきますので、今言った方法で答えてください」
露骨に咳払いをし、俺は小さく深呼吸をする。
「それでは、岸野先生に質問します。一昨日の夜10時から30分間、Dクラスの内海景虎の部屋に居ましたね?」
「YES。あの日は俺がカウンセラーの担当だったからな。それがどうした?」
「その間、センサーは解除されてましたよね?先生がドアを開ければ、内海は外に出て人を殺し放題ですね」
「教師がそんな危険なことが起きそうなことを触発するわけないだろ。ただ、カウンセリングと言う名の戦闘訓練をして30分を過ごした後、いつもの通り『反省しろよ』と言って外に出たさ」
「……その時、内海はいつもと違って何か変じゃありませんでしたか?」
「変?……そうだなぁ、いつもは俺が外に出ようとすると急に走り出してきてドアにぶつかってくるが、前はそれが無かったな。俺が最後に見たのは、ベッドに寝転がっていてシーツを頭から被っていた内海の姿だった」
監視映像で見た内容とそう変わらなかった。だけど、ベッドの下りはわからない。
パソコンで見た監視映像の中で、部屋の隅の部分はぼやけており、その上部屋は窓からの月明かりが照らされている範囲以外は真っ暗だった。
最悪なことにベッドは部屋の端にあり、明かりの範囲外だった。確認できない事実だ。
こうなったら、最終手段を使うほかないか。
「岸野先生って、女性恐怖症ですか?」
「NO。……と言うか、今更だがYESかNOで答えられないような質問が混じってるぞ。おまえの出した方法に反している」
「まぁ、そこは無視してください。饒舌な先生が質問に答えてくれるように誘導しようとした方法の1つですので。先生って良い人ですよね」
「その褒め方は全然人を賞賛していないな。それで話をそらして申し訳なかったが、女が恐いかどうかが何に関係しているんだ?」
「説明している時間すらもったいないので、可愛い生徒を信じてくれるなら、最上と手を1分間握ってください」
そう言ってから最上にアイコンタクトを送ると彼女は溜め息をつき、ヘッドフォンを付けて岸野先生の前に立って右手を出す。
「先生、握手して。早く」
「どう言うことかは全くわからんが、まぁ、ワイセツ行為だと訴えないなら別に良いか」
岸野先生が最上の手を握ると、俺はそこから時計を見て1分間数える。
第3者の視点から見ると、今の2人を見てシュールと思うことに気づいた。うむ、これをシュールタイムと呼ぶか。
1分が経てば、最上は手を離してヘッドフォンを外し、俺の方を見てコクンっと無言で頷いた。
岸野先生だけが話が読めず、首を傾げる。
「おまえら、一体これは何だったんだ?」
「触覚手相占い。手触りだけで手相を見て、今後の未来を占う。先生の今後の人生はちょっとの幸せとほとんどの絶望でできているから気をつけてね」
「ご忠告どうも。最上が言ったら、本当にそうなりそうで恐いな」
「まぁ、3割当たるから……がんばっ」
そう言って最上は俺の隣に戻り、俺は頭を下げて「お時間を取ってしまってすいませんでした」と言って屋上を出る。
その時、岸野先生がこんなことを聞いてきた。
「そう言えば、最近おまえらずっと一緒に居るが……付き合ってるのか?」
「「断じて違います。冗談でもやめてください」」
この一瞬だけ、初めて俺と最上の心は1つになったという貴重な体験をした。
その時の最上の顔はあえて見なかったが、おそらく俺と同じ顔をしていたのだろう。
アホらしさと呆れが滲み出たような酷い表情だったんだろうな。
ーーーーー
歩きながら成瀬にメールで頼んでいたことが終わったか確取を取ると、すぐに返信が返ってきた。
『30分で終わったわ。能力点と現金、よろしくね』
『流石は仕事人。すぐに行くから教室で待っていてくれ』
『別にそれは良いのだけれど、私と会うとなると彼女さんに失礼じゃないかしら?』
『今、おまえがドSな笑みを浮かべているのが目に浮かぶんですけど。俺と最上はそういう関係じゃねぇ』
『あら?円華くんは最上さんとそう見られていると思っていたのね。私の中では住良木さんとそう言う関係になっていると思っていたのだけれど』
『どちらもおまえの浅はかな妄想だ』
『そう、だったら別に良いわ。急だけど、1つ質問良いかしら?』
『本当に急だな。何だ?』
『どうして、私に協力してほしいって思ったの?私が犯人の可能性もあるのに』
『おまえは無表情なようで顔に出やすいからな。成瀬が犯人だと仮定した場合、犯人を捜している俺に話しかけられたら一発で目の動きでわかる』
『気持ち悪い才能ね』
『洞察眼が優れていると言ってくれ。もう教室に着くから、これで切るぞ』
ちなみに俺が成瀬とメールしている間、最上が何をしていたかを気にする人も居るだろう。
ナポリパンを黙々と食べていました。
最上取扱説明書の初めのページに書いてありますが、最上を黙らせたいときはナポリパンをあげると有効です。
Eクラスの教室に着けば、成瀬が自身の席で扇子を扇ぎながら待っていた。
最上を教室の前で待たせて1人で教室に入り、俺は成瀬に近づけく。
「待たせて悪かったな、成瀬」
「悪いと思っているのなら、報酬の10倍を要求するわ」
「わかった、10分程度待つのぐらい我慢してくれっと言う言葉に訂正しよう。頼んでいた情報を早速見せてくれないか?」
「能力点100ポイントになりまーす」
「吸血鬼か、おまえは。一体どれだけ俺からポイントと金を吸い取るつもりだ」
「骨の髄液まで。それで払うの?払わないの?」
「……喜んで奉りましょう」
スマホから頼まれたポイントを支払えば、成瀬から頼んでいたデータを見せてもらった。
それに目を通した瞬間、恐ろしい真実に気づいてしまい、思わず自分のスマホを落としてしまった。
この仮説が正しいかどうかなんて確証もなかったし、そうじゃないことを心の奥底で願っていたのかもしれない。
この事件に於いて……いや、その前から起きたあの件もそうだ。
これは殺人者とその協力者と言う言葉だけでは済まない関係が、2人には確立されていることを表している。
人間と言う名の凶器と、それを振るう犯人の間違いだったんだ。
真実とは、どうしてこうも残酷なんだ。
でも、だからこそ、犯人はこんなに俺の行動を想定した動きができたのだろう。
抜け目がないが、犯人は1つミスを犯した。
使う凶器を間違えたんだ。
こんなことをしなければ、俺に気づかれなかったのに。




