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潜みし刺客

 円華side



 合同特別試験が発表され、校舎内が所々で騒がしくなっているのがわかる。


 流石に、最初からペアを組まずに試験に挑む気概がある奴は居ないか。


 廊下を歩いているだけで、スマホの画面を真剣に見ている生徒がほとんどだ。


 数人ほど、横目でチラッと見ているだけでSASに釘付けになっているのがわかる。


 まるでオークションだな。


 学力と身体能力が高い生徒を狙って、自分たちが有利になるように事を進めようとしている。


 求められるのは交渉力。


 その方法は様々であり、今はこれだけど、期限日が近づくにつれて交渉戦は激しくなるだろうな。


 俺としては、待ち人からの返信を待つだけなんだが……。


 ズボンのポケットからスマホを取り出して確認するが、新しいメールも不在着信も無い。


 あの人、メールは見てねぇのか。


 いや、もしかしたら、また周りの目を気にして意図してないタイミングで接触してくる可能性もある。


 それならそれで、早めにしてほしいもんだぜ。


 余裕があるわけじゃねえけど、そこまで追い詰められてはいない。


 あくまで、俺だけの話ならって範疇はんちゅうだけど。


『元気そうですね、椿円華くん』


 その声は不気味さを感じさせ、周りを見るが近くで誰かが話しかけてきた感じはない。


 何だ……今の……。


 立ち止まった場所は階段前のT字路。


 見るべき範囲を広げ、全周囲を確認すると視線の先に見覚えのある神父服の後ろ姿があった。


「まさか……」


 少し速足で歩き、その後ろ姿を追う。


 しかし、奴が曲がり角を曲がったところで姿を見失った。


 ちっ……気づくのが遅かったか。


『いや、臭いは残ってるぜ。追うならすぐにでも可能だ』


 頭の中に響く声は、今度はヴァナルガンドのものだった。


 今接触して、戦闘に発展したら勝てるかどうか。


 牧野乱菊や成瀬沙織の時とは違う。


 あの男は、魔鎧装を装着した俺と紫苑でも歯が立たなかった実力者だ。


 だけど、奴から俺に、俺たちにしか伝わらないやり方で声をかけてきたのが気になる。


 まるで誘導されているようだけど、こっちも確認しなきゃいけないことがあるからな。


 いざとなったら、人混みの中に逃げることも考えるか。


 ここで奴を逃がす方が、後々から危険だと直感した。


 ヴァナルガンドの導きに従い、移動した先は化学準備室だった。


「ここは……」


 ドアの前に立った所で、1つ確かなことがわかった。


 奴は俺を、この場所で待っている。


 えて、ここを選んだんだ。


 それに対して、腹立たしさを覚えたのを抑え、ドアノブに手をかけてはゆっくりと横に開けた。


「教師の部屋に入るのであれば、ノックをするのがマナーというものですよ?椿くん」


 入って早々、不快な声が今度は耳から聞こえてきた。


 神父服に身を包んだ男が、デスクの前にある椅子に座り、足を組んでいる。


 その細い糸目は笑みを浮かべており、それを見て俺は対照的に冷徹な目を向けた。


「ヴォルフ・スカルテット…‼」


 敵意を隠さず、フルネームで名前を呼ぶ。


 それに対して、奴は笑みを絶やさない。


「2年生になろうと、あなたは変わりませんね。一応、私はこの学園の理事長……言わば、最高責任者です。2人だけの時は大目に見ますが、他の先生方の前では気を付けるように」


「知るかよ。あんたは俺の敵だ。礼儀を払わなきゃいけない理由が見つからない」


 ドアを閉め、完全に2人だけになったところで暗い教室の中で不穏な空気が流れる。


「あんたには、苦情と聞きたいことが山ほどあるんだ」


「……そのようですね。お聞きしましょう」


 物腰の柔らかさに違和感を覚えつつ、先に何よりも聞きたいことを言葉にする。


「牧野乱菊……あんたのお仲間が、岸野先生は死んだと言っていた。それも、あんたが始末したって話だ。それは…事実か?」


 もはや、殺意にも近い感情を向けて聞けば、ヴォルフは手を組み、膝の上に置いて答える。


「それは彼女の早とちりです。正確には、もう()()()()()()()()()()という希望的観測を伝えたまでです」


 生きているはずがない。


 その含みのある言い方に、怪訝な顔を浮かべてしまう。


「確かに岸野先生は、致命傷を負いました。しかし、とある介入が入りましてね。今は行方をくらましています。この学園内に居るのか、はたまた外に居るのかも定かではありません。どこぞで野垂のたにしている可能性もあるかもしれませんね?」


 そんなことを言いつつ、本気で言っているようには感じない。


「あの人が簡単に死ぬ人じゃないことは、組織が一番わかってんだろ。俺たちの先生は、岸野敦だ。牧野乱菊なんて面倒な女を押し付けやがって…‼」


 牧野のことを話題にすれば、ヴォルフはフフっと口角を上げて笑う。


「君のことです。彼女のことも上手に対処できるでしょう。()もこの学園のルールに則ったやり方であれば、手を出しようがありませんからね」


 それは挑発とも取れる言い方であり、学年末試験のことを思い出す。


「ルールに関して、あんたがとやかく言える立場かよ。DクラスとSクラスの戦いに介入したこと、俺たちはまだ許しちゃいない」


「別に許されるつもりなどありませんよ。組織もそれほど、あなたたちのことを脅威と認識していたという現れです。これから先も、用心してください」


「……言い方が他人事だな」


 雰囲気が違う。


 段々とだけど、そういう認識が生まれてくる。


 学年末試験の時に会ったヴォルフと、目の前の男が違うように思える。


「あんたは俺に、この学園を壊してほしいと言った。だけど、この前は組織に忠誠を誓っているって……。ヴォルフ・スカルテット、あんたは一体、何がしたいんだよ?」


 感じる違和感をそのまま伝えれば、理事長は目を閉じては10秒ほど沈黙を見せる。


 そして、開眼しては俺の目を見て答えてくれた。


「それは君が、自分の実力で見つけなければいけない問いです。何の覚悟も行動も無く、誰かに簡単に示された答えほど、信憑性が薄いものはありません。誰を信じ、真実に辿りつくために、どんな手段を取るのか。この学園は答えを与えてもらう場所ではなく、勝ち取る場所なのですから」


 最後に優し気な笑みを浮かべ、この学園の在り方を伝えてくれた。


 確かに、言われてることは尤もかもな。


 簡単に示された答えほど、信憑性が薄いものは無い。


 だから、俺は牧野乱菊の言った事実が信じられず、改めて目の前に居る男に真実を問いただした。


 その結果、岸野先生が生きている可能性を確固たるものにできた。


「岸野先生のこと以外に、私に聞きたいことは?」


 まるで『他にも聞かなければならないことがあるだろう?』と、引き出すような言い方をしてくる。


 だったら、聞いてやろうじゃねぇか。


「今年からの新入生の中に、あんたと同じサーヴァントが紛れていると牧野は言った。それは本当か?」


 俺の問いに、ヴォルフはいぶかな表情を浮かべる。


「彼女が、君にそこまで伝えているとは……」


「否定しないんだな」


「それについては、素直に事実であると認めざるを得ません。しかし、私は君に()()1()()()()()を見る眼を与えた。そんな君の疑問が、その程度で終わるとは思えません」


 この男、どこまで見抜いてんだ。


 確かに、左目で見た紅い世界から疑問に思ったことはある。


「どうして、新1年生の中にもう既に超越者(エクシーダ)が潜んでるんだ?あれも組織の人間か?」


 今までは、組織の人間が居たとしても異能具を持っている程度だった。


 異能を持っているのは、ポーカーズレベルだったはずだ。


 だけど、今回はわけが違う。


 ポーカーズ以外に異能を持つ者が、何人も1年生の中に潜んでいる。


 俺はスマホを取り出し、SASを見せる。


「これには、俺にだけ異能を持つ者を検索する機能が追加されていた。これもあんたたちの差し金だろ?何がプレゼントだ。こっちの心境は複雑でしかねぇんだよ」


 恵美や基樹じゃなくて、俺にだけこの機能が在ることが不可解だった。


 ヴォルフは自身の顎を触り、目を細める。


いて言うなら、公平性を保つため……ですかね。今の君の状況は、あまりにも不憫ふびん過ぎる」


 あわれみからの補助だと言われ、余計に腹立たしさが増してくる。


 しかし、感情に支配されている余裕はなく、奴は言葉を続けた。


「全ての異能が、組織の管理にあるわけではありません。しかし、組織の中で君を狙う刺客は当然存在します。今もなお、君の命を狙っていることでしょう」


「迷惑なこと、この上ねぇな」


「仕方がありませんよ。君が組織に喧嘩を売ったこと、ポーカーズを2度も叩き潰したこと、その身体に根源を有していること……。もはや、君は脅威でしかないのですから」


 俺を狙う刺客が、組織の中に潜んでいる。


 面と向かって言われると、気が気じゃねぇな。


「その根源って奴について、聞きたいことがあったんだ」


 俺は自身の胸の中心に手を当て、その鼓動を感じながら問いかける。


「俺が死んだら、この根源はどうなるんだ?」


宿主やどぬしを失った根源は、その力を失う。しかし、だからと言って自然に消滅することはありません。破壊することは根源者(オリジネーター)にのみ可能ですが、根源自体を別の人間に移し替えることは可能です。根源に適合するかどうかは、別の話ですが」


「……そうか」


 少しだけ、自分が狙われる理由が理解できた。


 邪魔だから排除したい。


 それだけなら、俺はもう既に排除されていた。


 だけど、俺は根源を持っていた。


 だから、その力を利用して超越者から根源の器を生み出そうとしていた。


 破滅の継承者が誰なのかは、まだわからない。


 それでも、奴らからしたら目的が達成した以上、今までよりも本格的に俺を排除しようとするだろう。


 その上で、この身体から根源を奪い取ることだろう。


 破壊するか、それとも利用されるか。


 目の前に『力』があったら、それに手を伸ばすのが人間だ。


 十中八九、利用されるだろうな。


 そして、魔女の話を聞いて、立てる仮説が1つ―――。


「組織はもしかして、一枚岩じゃないんじゃないのか?」


 その考えが、自然と口から出ていた。


 そして、自分なりに情報を整理して辿りついた仮説に対して、ヴォルフは満足げにフッと笑う。


「正解です。だからこそ、壊せるほどの隙がある」


 ずっと、緋色の幻影の目的は『破滅ルインの復活』だけだと思っていた。


 しかし、魔女が言っていたことが、ずっと引っ掛かっていた。


 あいつは俺を王に仕立て上げ、新しい世界を創りたいとほざいた。


 そして、根源は奪うことができるという情報から、導き出されるもう1つの可能性があった。


 組織としての目的はそうであったとしても、個人の目的は別なんじゃないのか。


 根源の力を持つ者は、自分の思想を実現させることができる。


 俺を狙う刺客が、前者なのか後者なのかはわからない。


 それでも、俺が死ぬことで、奴らの目的が果たされるなんて冗談じゃねぇよ。

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