鳳凰の血筋
景虎side
放心状態のクレーヌに背中を向け、舞台を降りた先ではパンパンパンッと手を叩く音が響く。
『おめでとう、と言うべきだな。まさか、鬼牙と白虎の力をあそこまで使いこなせるようになっていたとは思わなかった』
「ほざけよ」
キングの称賛の声を、俺は一蹴する。
その態度に、ティターニアが「あなたは…」と嗜めようとするのを王は手を軽く上げて止める。
『今の戦いを、全ての組織の人間が見ていたことだろう。おまえは、自分の力を証明したんだ。喜ばしいことじゃないのか?』
力の証明。
確かに前までの俺なら、自身の力を見せつけることに高揚感を覚えていたことだろう。
しかし、今の俺には何も感じない。
「証明したのは、鬼牙の力だ。俺自身の強さじゃない」
力と強さは別物であることを、既に知っている。
だからこそ、そこから慢心は生まれない。
ただ、1つの戦いに勝利したという事実だけを噛みしめる。
そして、クレーヌとの戦いで覚えた疑問が思考を占める。
「おまえたちの用意した舞台で勝ったんだ。今度は俺の用件を聞いてもらうぜ」
『……何を望む?』
キングが両腕を組み、警戒するような覇気を放ってくる。
しかし、それに物怖じする弱ってはいない。
「破滅の後継者」
1つの単語を口にすれば、キングとティターニアの空気が変わる。
「クレーヌは、俺のことをそう呼んだ。確か、俺が生まれに恵まれているとも言っていたな。今までは、特に気にすることもなかったが……少し興味が湧いてきたぜ」
組織の人間として生きてきた中で、今までは敢えて考えなかった疑問があった。
俺は自分の親というものを知らない。
物心がついた時から、力が全ての世界で奪い奪われる生活を送っていた。
それが俺にとっての日常であり、誰かに何かを与えられた記憶はほとんどない。
自分の生まれなんて、気にしたことも無かった。
しかし、今は少しだけ向き合う余裕……覚悟ができた。
「答えろ。俺は一体何から生まれ、何のために生かされてきたんだ?」
今までの自分の全て、自分の意思で動いたと思っていた。
しかし、この決闘で見えてきた事実がある。
組織は俺のルーツを知っている。
そして、それには奴らが重要視する何かがある。
組織の目的は、破滅の復活だってことは聞いている。
それと俺が後継者であるということに繋がりがあるように思えてくる。
『その答えを知りたいのであれば、私が話をしよう』
陽気な声が響き、目の前にホログラムが投影される。
青いスーツに身を包んだ、黒い笑顔の仮面を着けた紳士。
「イイヤツ……」
神出鬼没さは、相変わらずか。
そして、その人を食った態度がいつも癪に障る。
睨みつけつつ名前を呼べば、奴はフフっと笑う。
『遂に、この時が来たか…。種明かしという行為は、いつだって心を昂らせる』
イイヤツは自身の左胸に手を当てれば、小さく擦る動作をする。
そして、指を鳴らせば修練場のゲートが開く。
『ここからは、君だけに真実を伝えよう。キング、ティターニア、君たちは待っていてくれたまえ』
命令に対して、2人はその場で静止することで受諾の意思を示す。
そして、奴は「ついてきたまえ」と言ってゲートの向こうに足を進めた。
その後ろについて行けば、廊下を進んだ先に1つの部屋の前で止まる。
紳士が手をかざしただけでドアは開き、暗闇が広がる空間に足を踏み入れる。
「何だ、ここは…?」
『ミラージュルーム。一々、言葉だけで説明するのも面倒なのでね。目に見える形で、君が理解できるようにするための配慮だよ』
抽象的な説明を聞いた所で、周囲が照らされて光に包まれる。
「っ!?」
眩しさに思わず片手で視界を塞ぎ、両目を閉じてしまう。
そして、その光が収まって開眼すれば、そこには信じられない光景が広がっていた。
荒廃した大都会。
辺りに散らばるのは、崩壊した建物と瓦礫の山、そして地面に倒れる人間たち。
「何だ……これは!?」
それは空間を越えて、どこか別の場所に飛ばされたかのうような感覚を与えるが、近くにある瓦礫に触れようとすれば手がすり抜ける。
『これは立体映像だ。遥か過去のデータを基に、当時の状態を再現しているのだよ』
「遥か…過去…?こんなものを見せて、一体何を―――」
『今にわかるさ。ほら、君の求める答えが近づいてきたよ』
イイヤツが指さした先、そこでは魔人と鬼人が激突していた。
片方は頭部からは巻き角が生えており、白い悪魔のような鎧甲冑に蒼と紅のラインが広がり、兜の後ろからは銀色の長い髪が伸びている。
もう片方は4本の腕を持ち、身体が左右で白と黒に分かれた鬼人。
その鬼人の姿に、妙な既視感を覚える。
そして、その2体の人ならざる者が十字剣と三又の剣を何度もぶつけ合う。
余波で周囲が吹き飛び、何人の邪魔も許さない、目には見えない領域を展開しているようだった。
近づくことができず、ただ見ていることしかできない。
映像であると信じられないほどに、身体中に衝撃が伝わってくる。
「これが、過去の戦い…?何なんだ、あいつらは!?」
壮絶な戦いに目を奪われている俺の隣で、イイヤツは口を開く。
『君自身は知らないだろうね。しかし、その力は君の中に受け継がれている。あの2人は、君と同じく根源の力を持った存在だ。そして、その片方は我々の目的にもなっている』
戦いの中で、鬼人は三又の剣を頭上に掲げては全てを呑み込む紅の竜巻を発生させ、それを魔人に向かって振り下ろした。
それを正面から受け止める魔人だが、その威力で周囲の建物が削れては消滅する。
その技に目が釘付けになり、思わず無意識に言葉にしてその名を呼んでいた。
「RUIN……」
呟いた声はイイヤツに届き、頷かれる。
「あれが我々が復活させようとする目的の根源、破滅を宿す者。その名を、鳳凰院北斗と言う」
鳳凰院……北斗…。
何故だ。
俺はあの男から、目を離すことができない。
その全てを破壊するような戦い方に、感じるものがある。
世界の全てを、自身の意のままに壊そうとするような戦い方だ。
そして、それと渡り合う蒼白い魔人。
破滅の鬼人に対して、変幻自在の動きで翻弄しては互角に渡り合っている。
「彼と対峙する、あの魔人。あれは破滅と対極を成す存在、超越を宿している。その力は、ルインに勝るとも劣らない」
根源の力を持つ2人の強者は、互いを否定するかのように衝突する。
互いに退くことなく、血で血を洗いながら力と力がぶつかり合う。
『ライズの根源を持つ者、その名は最上高太。彼は鳳凰院北斗と何度も戦い、2人は互いの存在を否定する運命の中で殺し合ってきた。互いの思想を叶えるために』
「互いの…思想……」
見ただけで分かる。
あの2人は今まで戦ってきた誰とも別格の存在であり、俺はまだ足下にも及ばないのだと。
「破滅の力を持つ者は、今ある秩序を破壊して真に力のみが支配する世界を望んだ。そして、超越の力を持つ者は今ある秩序を否定しつつも、可能性の先にある再生を望んだ」
2人とも秩序を否定するという思想は共通していても、その先に見るものが違っていたのか。
破滅か、再生か。
力が支配する世界か、破滅の先に再生する世界か。
対極にある思想が、2つの根源に互いを否定させた。
『結果として、この破滅か再生かの天秤は後者に傾いた。その結果、破滅の根源は封印され、超越の根源を持つ者は再生のための創世を行ったのだ。しかし、神にも等しい存在になりながらも、その再生は単純には進まなかった』
周囲の映像が切り替わり、そこには2つの世界が広がる。
青い空が広がる世界と、紅い空が広がる世界だ。
『確かに、世界は彼の望む形で創世することが叶った。しかし、それは元の世界を基に複製・再構成したものに過ぎない。1度崩壊した世界を、新たに作り変えることを世界の摂理は良しとしなかったのさ。そして、彼の再生から切り離されたのが、我々が生きるこの世界だ』
イイヤツの説明は、頭で理解するにはあまりにも常軌を逸脱していた。
「複製…?再構築…?何だよ、それ!?それなら、俺たちが前まで居た世界は―――」
『根源の戦いの勝利者……最上高太が創世した世界だ』
今までの常識が覆される感覚。
この事実を知っている人間は、あの世界では一握り程度しか居ないだろう。
『そして、緋色の幻影は破滅と志を同じくする者が集まった組織なのだよ。これは言わば、反逆。鳳凰院北斗が導き出した答えに賛同し、我々は再生する世界を破壊する。言わば不良品として隔絶された世界からの、神への復讐だよ』
緋色の幻影。
その目的は、破滅の復活だと聞かされてきた。
だけど、それも最終的な目標のための手段でしかなかったのか。
ここまで話して、イイヤツの話は俺の疑問への確信に迫る。
『君が受け継いだ鬼牙の力。それはルインの根源を基に生み出された存在。そして、そのあまりに強大な力なために、使用者の器に根源を持つ者を求める。我々は、新たなる根源を持つ者……根源者を作り出す必要があった』
紳士はそこで言葉を区切り、俺の胸の中心を指さした。
『君の身体には、その時の実験によって移植された破滅の根源の欠片が宿っていた。そして、それは君の成長に合わせて新たなる根源としての形を成したのだ。その根源に反応した結果、君は始まりの鬼帝の力を手にすることが叶ったのさ』
自身の胸に手を当て、下を見る。
俺の身体に……さっきの2人と同じ根源が!?
そんなこと、今まで誰も言わなかった。
道理で自分の身体が普通じゃないわけだ。
『そして、君は今まで疑問に思わなかったかい?』
俺の無意識に意識に語り掛けるように、3本の指を立てて話す。
『何故、自分の身体は傷を負ってもすぐに回復するのか。何故、1度経験したものに対して耐性が付くようになるのか。何故、人並外れた身体能力を持っているのか。その答えは、2つの結論に行きつくようになっている』
イイヤツは、意味のない行動をしない。
俺は薄々、その姿を見た時から気づいていたのかもしれない。
自分の中に宿る、異常なまでの力。
それを受け止める器としての肉体を、構成しているものは―――。
『君は破滅の根源を宿していた者、鳳凰院北斗の血を引いているのだよ。だからこそ、根源の欠片が適合し、新たな根源とすることができたのさ』
自分の出生に、根源の力が関わっていた。
今、点と点が加速度的に1つに結ばれていった。
「あの男が……俺の、父親…?」
自分の中に宿る根源は、その男が居たから生まれた力。
皮肉なことに俺は生まれて初めて、今誰かとの繋がりを感じられたような気がした。
その感覚を自覚した時、文字通りに胸の中心が熱くなっていた。
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自身のルーツと力の正体を知った景虎。
そして、これからの自分の在り方を決める。




