奪略の皇帝
目の前に居る魔人は、力を解放したことによって狂気を放つ。
「始まりの鬼帝。厄介なのは、その鎧の力だけだと思っていたけど、案外面倒なのはおまえ自身もみたいだねぇ。だったら……」
クレーヌが右手を前にかざした瞬間、その腕を掴んでいる数本の手が開いては黒く染まり、離れては浮遊する。
「黒手。この手に触れた物がどうなるか、その身で味わってみなよぉ‼」
黒い魔手が迫る中で、それが放つオーラが薄くだが視認できる。
紅黒く、その周りの空間が歪んでいるようだ。
直線的に突っ込んでくる単調な動き。
紙一重で回避するが、それを見てクレーヌはニヤリと笑う。
「踊れよ、魔手之遊戯‼」
急展開して四方や死角から迫る手の指に左手と右脚が触れる。
その瞬間、鬼人の鎧の触れた箇所が水色から赤黒く変色する。
それだけでなく、力が抜けては両脚から崩れ、左腕の感覚が消える。
「何!?」
「力が入らないだろぉ?これが俺が破滅様の加護によって、手に入れた能力だ。魔手に触れたものを腐敗させる。もはや、その左腕と右脚は使い物にならないだろうねぇ」
確かに感覚が無い。
鬼牙の鎧を貫通して、腐らせているのか。
考えてみたら、今まで怪我や切り傷はすぐに治ったが、腐るのは初体験だ。
すぐには完治しねぇか。
右足だけで身体のバランスを保ちながら、様子を見ているクレーヌとその周りの魔手を見る。
「気色悪いのは、見た目だけじゃなくその力までか」
「強がるなよ、三下が。正直、後悔しているんだろ?俺に本気を出させたことを。次に攻撃を仕掛ける時が、おまえの最後だ。片足と片腕だけで、何秒粘れるかなぁ?」
俺の周囲に魔手を配置し、ニヒっと笑う。
「無様に逃げまどえ‼魔手之遊戯‼」
狂気に満ちた目で号令を出した瞬間、魔手はオーラを放ちながら急接近する魔手の軍勢。
片足は動かず、回避するのは困難な状況。
周りから見れば、窮地に見えるこの状況下で俺は――――。
マスクの下でフッと笑った。
「獲物を追いつめていると思った時こそ、過剰な自信は脆くなるもんだ」
この短時間で、クレーヌが過去の俺以上に狂った野郎だってことはわかった。
だからこそ、その性質が手に取るようにわかる。
解放するなら、今だ。
「出番だぞ」
右手に翡翠のオーラを灯し、それが白と黒が混じったものに変化しては胸部の五芒星に打ち付ける。
「白虎召来‼」
五芒星が同色のオーラを放ち、それからオーラを纏った獣が召喚される。
白い全身に黒のまだら模様が描かれた、勇ましい獣。
それは現れると同時に、咆哮をあげた。
『グァアアアアアアア‼』
その瞬間、全身から轟く稲妻を放っては迫りくる魔手全てに直撃させては床に落ちる。
自身のイメージが打ち砕かれる光景に、クレーヌの顔が引きつる。
『まさか……あれが白虎?冗談だろ……あんなの、チートじゃないか!?』
現実を拒絶するように、奴は声をあげる。
「ああ、そうだよな。俺も最初は、おまえと同じように思ったもんだ。だから、こいつを手に入れるのに、3か月もかかっちまった」
白虎が近寄り、俺の様子を見る。
「我が王よ、大事無いか?」
「こんなもんで心配するんじゃねぇよ。前を見ろ、まだ決闘は終わってねぇんだ」
自身の得意な技を叩き潰された。
それで戦意が折れるなら、俺もこんなことは言わねぇ。
クレーヌの方を見れば、全身を震わせては身体中に貼りついた魔手を全て展開しては、背中から生えているのがわかる。
「調子に乗るなよ!?今度こそ、本気で叩き潰してやる‼」
文字通り、手数でごり押す方法に持ってきたか。
顔を覆っていた手が外れれば、その下には両目だけでなく額に3つの目があった。
「魔人態 ヘカトンケイル」
人外の形状となり、怒りの形相で睨みつけてくる姿は悍ましさすら覚える。
「俺は人間を超えた存在だ。おまえみたいに、恵まれた人間風情に敗けてたまるかぁー‼」
叫びながら、クレーヌは迫ってくる。
遠隔操作ではなく、直接魔手を叩きつける方法にシフトしたらしい。
一心不乱に突撃してくる姿は、さながらバーサーカーだな。
「白虎‼」
名前を呼んで迎撃するように檄を飛ばせば、一瞬で奴の背後に回って爪を立てる。
「っ!?」
数本の魔手を反射的に交差させて防御される。
流石に手数の分厚さで通らないか。
「自分が動けないなら、使い魔に戦わせるか。安直な手だねぇ、三下ぁ‼」
駆け回る白虎が死角を探しては爪を立てて切り裂こうとするが、魔手の防御に何度も阻まれる。
あの手は攻守ともに対応できる代物のようだ。
そして、攻撃すればするほど、白虎の前足が少しずつ赤黒く染まっていく。
触れたものに人間と獣の区別はないってわけか。
白虎とクレーヌの戦闘を観察しながら、視点を変えることで頭の中で攻略法が点と点で繋がっていく。
そして、その思考は白虎にも伝わっているのか、こっちと目を合わせてきた。
『王よ、準備は良いか?』
頭の中に声が響き、それに対して声に出して応えた。
「ああ、反撃開始だ‼」
その合図とともに、白虎の身体が白く発光する。
「また稲妻か!?無駄だよ。俺の魔手の防御は完璧なんだよ‼」
攻守ともに最強の腐食能力を持つ魔手。
白虎の雷に備え、前方にほぼ全てを集中させる。
しかし、それが狙いだ。
俺は白虎が駆けると同時に、右足を前に出して走っては左拳を突き出す。
その瞬間―――。
白き虎が消え、代わりに拳を繰り出した俺が現れる。
拳は翡翠のオーラを纏い、魔手に触れては貫通させる。
ザグザグザグザグ、ドゥクシ‼
そして、クレーヌの顔面を捉えた。
「ばぶぐへぇぁああああ‼」
拳が直撃したことで、後ろに吹き飛ぶクレーヌ。
しかし、その背後には既に白虎が迫っていた。
「バカな――――がぐへぁあああ‼」
稲妻を纏った爪で切り裂かれた時の速度は、もはや魔手が反応する余裕などなかった。
そのまま地面を這うように倒れる奴は、思考が止まっているのか唖然として立ちあがることも忘れたようだ。
「はっ…はぁ~?何だよ、今の…!?」
クレーヌは身体を震わせ、2本脚で立っている俺を仰ぎ見る。
「嘘だろ…?おまえの右足は、使い物にならなかったはずだ‼それに左腕だって…‼」
自分の能力に自信があったからこそ、それが打ち砕かれる現実を受け入れられない。
そして、横目で白虎を捉える。
「それに、あの虎……。まさか、瞬間移動したっていうのか!?」
白虎の雷による突撃と見せかけての、俺からの一撃。
これが服従したことで開放された、本来の能力だ。
その名は瞬転。
自身と任意の存在の位置を入れ替える。
「チート過ぎるだろ……。何で、おまえばっかりぃー‼」
今の2連撃を受けようとも、クレーヌの戦意は折れない。
怒りと憎悪が膨れ上がる。
それと同時に、奴の身体から赤黒い瘴気が放たれる。
「生まれに恵まれ、力に恵まれ、それで後継者だって!?冗談じゃねぇよ‼俺はおまえよりも、この力を上手く使えるんだ‼おまえなんかにっ……おまえなんかにぃー‼」
クレーヌの身体が人間の物に一瞬戻る。
その時の奴の身体は、あらゆる部位を継ぎ接ぎしたかのように、顔、首、胴体、四肢に痛々しいほどの縫い目が広がっていた。
「俺の憎しみを糧にしろ……。魔手之人形‼」
そして、魔手から身体が形成されては同様の魔人としての姿を成していく。
その数は20体を超える。
「手数だけじゃなくて、増殖するのかよ……。キモいな、マジで」
悪態をついている間にも、人形は俺に迫って来た。
『王よ、いかがなされるか?』
他人から見れば窮地である状況の中で、白虎は冷静に指示を求める。
「瞬転でサポートしろ。あの腐る奴には、もう慣れた」
白虎と並走し、人形の1体に向かってオーラを纏った拳をめり込ませる。
その時、さっきの魔手を貫通した時のように、触れているにも関わらず腐食することは無かった。
代わりに、俺の拳を喰らった人形はダメージに耐え切れずに崩壊する。
「嘘だろっ……ありえない‼こんなこと…‼」
クレーヌの動揺から、人形たちは集中的に俺に向かってくる。
しかし、それを見越していた白虎は身体を発光させ、瞬転を発動しては俺と位置を変えては全身から稲妻を放出させて周囲の人形を感電させては動きを止める。
魔手が使い物にならなくなる中で、少し先を進んでいた白虎と交代したことで、俺が再度クレーヌに迫る。
「や、やめろっ……来るなぁあああああ‼‼‼」
奴は両手を床に叩きつけ、背中からオーラが具現化した黒い巨大な魔手が一本伸びては、枝分かれして増殖しては阻むように伸びてくる。
「邪魔だな……白虎‼」
『承知‼』
俺と白虎は奴の腕に飛び乗って駆ける中、数秒ごとに互いの位置を繰り返し変えることでクレーヌの思考を翻弄する。
「何でだ!?次は……違う、そっちじゃない‼畜生‼何で当たらないんだよぉおお‼」
変わるまでの一瞬の空間のタイムラグ。
それによって、紙一重の緊急回避が可能になっては弾き返す。
ただ入れ替わるだけのシンプルな能力だが、それがサポートに適している。
そして、俺自身も白虎がクレーヌを相手していたことで時間ができたのも大きな成果だ。
交錯する魔手の防御を潜り抜け、再度奴の目の前に迫る。
白虎は俺と距離を取って、身体を発光させる。
「また入れ替わるのか!?それならぁあああ‼‼」
白虎に魔手を集中させ、四方八方、頭上を全て覆うことで逃げ道を無くそうとする。
入れ替わった先で、俺を閉じ込めよういう算段だろう。
しかし、俺たちの最後の狙いはそれじゃない。
「白虎装甲―――」
白虎が光を放ちながら消え、次に現れたのは―――俺の両足だ。
虎の衣装をした具足となり、跳躍すると同時に一瞬で距離を詰めては右足を振り上げて腹部に直撃させる
「閃牙‼」
この時、右足からは白虎が黄色のオーラで具現化してはクレーヌの身体を貫通しては後方のフェンスまで飛ばした。
「ぐぶぇぐりぁあああああああああああああああああああああああああ‼‼‼」
0距離から雷を纏った技を流し込み、白虎が貫通したことで瘴気が抜けていった。
もはや、立ちあがることもできないのだろう。
目が虚ろになりながら、改めて俺を見上げれば瞳を泳がせる。
魔手は全て使い物にならなくなっており、奴の身体もまともに動ける状態じゃない。
変身を解除し、白虎も五芒星に戻る。
生身の状態で、奴に歩み寄っては見下ろしてやる。
「奪わせてもらったぜ……」
この戦いの終わりが視えたことで、俺は敗者に楔を打つ。
「おまえの過信をな」
その一言が耳に届いては、奴は全身と唇を震わせては天を見上げる。
「うわぁあああああああああああああああ‼」
全ての打ち砕かれたことで、もはや嘆くことしかできない。
それが敗者が迎える結末だ。
『これにて、決闘を終了する。勝者:内海景虎』
イイヤツのアナウンスが聞こえた瞬間、 俺は俯きながら右手を振り上げた。
まるで前の自分を見るかのような気分で、クレーヌを見たまま。
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