雪辱の決闘
約束の3日後を迎え、修練場に通される。
分厚い門の前で、同行したティターニアが止まる。
「準備は良いですか?ここから先は、もう後戻りできませんよ」
「ふああぁ~あ。要らねぇ忠告だ。さっさと開けろ」
欠伸をながら答えれば、彼女は一瞬だけ呆れたように表情を歪ませて一瞥した後、門を開けた。
門の先に居たのは、2人の鎧を着けた戦士だ。
1人はキングであり、その純白の鎧はもう見慣れている。
しかし、もう1人の紫の鎧を見た瞬間、その姿に目を疑った。
「おまえはっ…!?」
視界に映った瞬間に、脳裏に蘇る光景がある。
邪蠍装。
恭史郎が装着していた魔装具だ。
圧倒的なまでの実力差を思い知らされ、這いつくばるしかなかった。
あの時の苦しみは、今でも忘れない。
『もう着いたのか、意外に早かったな』
俺の驚きなど気にも留めず、キングが声をかけてくる。
それに対して、唖然としている隣でティターニアが手を前で組んでお辞儀をする。
「お待たせいたしました、キング様。本日はこのような場を設けてくださり、光栄にございます」
こいつも、この状況に何の疑問も抱いていない。
俺は目の前に居るトラウマと、周りを見回しては聴こえるように舌打ちをする。
「見せ物のつもりかっ…!?」
修練場内は、以前のように質素を作りから大幅に変化している。
周りには巨大な目の形をしたカメラが10体程度浮いており、俺たちを映している。
また、フェンスで全方位を覆われた舞台が設置されており、1歩中に入れば逃げられないようになっている。
『これはデモンストレーションだ。おまえが王の後継を担う者かどうか、それをこの決闘を通して見定めさせてもらう』
キングの説明に追随するように、隣の鎧野郎が口を開く。
『もしかして、怖気づいちゃった?それもそっかぁ~。君はこの邪蠍装を着けた一般人に敗けたんだよね?しかも、敵であるカオスに助けられてるんでしょ?情けない後継者だよねぇ~』
「あぁ?」
俺を挑発する物言いから、苛立ちを覚えるのは当然だ。
「何?怒った顔で睨みつけてるつもりかもしれないけど、全然恐くないよ。逃げたいなら、逃げても良いよ?尻尾巻いて逃げた所が、組織の中で大々的に公開されるだろうけどね!」
過剰な物言いに、キングから「それほどにしておけ」と指摘されては腰に手を当てて顎を突き出す。
『紹介がまだだったな、こいつはクレーヌ。組織の中でも、俺たちポーカーズと同等の地位に居る存在だ。邪蠍装を装着したこの男を組み伏せることができれば、おまえを才王学園に復帰させると約束しよう』
説明の最後に、クレーヌが「まっ、それも無理だと思うけどね」と軽口を叩く。
その態度に、ティターニアもムッとした表情で1歩前に出て迫ろうとするが、横から小さな声で呟く。
「簡単だろ」
怒りを抑えつつ、歯を見せて笑ってやる。
「逆に礼を言わなきゃな。相手がその鎧を着けた奴なら、汚名返上できるってわけだ」
新しく手に入れた力で、過去に敗北した力を捻じ伏せる。
ある意味、望んでいた展開かもしれない。
相手が恭史郎じゃないことが、少し不満だけどな。
奴よりも先に舞台に上がり、首から下げた五芒星を右手に掴んで前に突き出す。
「これがデモンストレーションだって?だったら、証明してやるよ。後継がどうとかは知らねえが、俺の力をなぁ‼」
手にした五芒星から力が流れ込んできては、中に宿る魂が暴れたがっているのがわかる。
それなら、それに応えてやるよ…‼
「蹂躙しろ、鬼牙‼」
五芒星が翡翠色に輝きだし、目の前に鬼人の虚像が現れる。
それが接近して同化した時、水色の悪魔を模した鎧を纏う。
四肢や両肩、背中に翡翠の宝玉が埋められ、胸部の中心には五芒星が浮かび上がる。
「それが始まりの鬼帝の姿か……。面白い‼」
クレーヌも興奮した声を上げ、舞台に上がってはフェンスが閉まる。
これで決闘が終わるまで、俺はこの檻の中で戦わなければならなくなった。
結局、白虎を服従させるのに3か月かかった俺には、3日で他の4体を服従することはできなかった。
手にした力は、鬼人の鎧と白虎の力のみ。
それでこの蠍野郎のトラウマを克服しなきゃならないらしい。
上等、こいつを潰すならそれだけあれば十分だ。
鬼人の鎧と蠍の鎧が相対する。
そして、舞台の外からキングが口を開く。
『決闘の準備は整った。あとは……』
何かを危惧するような小さな呟きに反応するように、四方から立体映像が映し出される。
それは青いスーツに身を包んだ、黒い笑顔の仮面を着けた紳士の姿をしている。
『やぁやぁやぁ、皆の衆。緋色の空の下、今日のこの日を迎えられたことを嬉しく思う。私の名はイイヤツ。この場を取り仕切る審判者である』
イイヤツ。
まさか、才王学園以外でこいつを目にすることになるなんてな。
何か事が起こると、大体はこいつが表に出てきやがる。
紳士は俺とクレーヌの間に立ち、左右の手を広げる。
『今より始まるのは、破滅の王の後継への試練。王の力を手にする資格。それを有する者のは内海景虎。それに対するは破滅の従者の一角、クレーヌ。この決闘には緋色の世界の未来を担う、後継の雄姿が見られることを期待する』
カメラにはマイク機能が付いているのか、この戦いを見ている観客の歓声が聞こえてくる。
『うぉおおおおおおおお‼』
『期待しているぞ、破滅の後継者‼』
『王になる者の力を見せてくれぇー‼』
何が王だ、くだらねぇ。
イイヤツの説明に、過剰に反応しているようにすら見える。
それほどまでに、俺の手にした力は奴らにとって重要らしい。
確か、ティターニアやキングが根源がどうとか言っていたか……。
詳しい事情は話された気がするが、長ったらしくて何言ってるかもわかんなかったな。
今度、気が向いたらまた聞いてやるか。
歓声を聞き、クレーヌは腰を屈める。
「期待のルーキーへの希望。それに対する当て馬にされるのも、あんまりいい気はしないんだよねぇ。こういうのって、期待が裏切られる演出があってこそ盛り上がるもんでしょ」
「その言い方からして、てめぇは俺を潰せると想ってるしいな」
癇に障る野郎だ。
もしかしたら、邪蠍装の力に吞まれているのか?
力を手に入れた奴が、大体は辿る道だ。
「これまでおまえを見てきたけど、負け犬根性が染みついたお坊ちゃんなんて敵じゃないんだよ。俺はおまえに、恥をかかせるためにこの場に立っているんだから」
嘗めた態度を取りながら、フルフェイス越しに侮蔑の目を向けてくるのがわかる。
「それに個人的に、おまえの血には妬みしかないからねぇ。絶望させたくて仕方がない」
血…?
こいつもこいつで、意味わかんねぇことを言いやがる。
これ以上言葉を交わす気にもなれず、イイヤツがタイミングよく開始の宣言をする。
『ではこれより、内海景虎対クレーヌの決闘を開始する。時間は無制限。勝敗はどちらかの戦闘不能、もしくは消滅。我らに次世代の希望を見せてほしい』
ルールを説明された後、イイヤツの「デュエル・スタート‼」の掛け声とともにクレーヌが動いた。
「先手必勝ぉ‼」
両手の甲に装備されし蛇腹剣を伸ばし、柔軟性を付けては不規則に曲がりながら接近してくる。
前までの俺なら、やられる前にやるっていう考えから攻め一辺倒だったろうな。
しかし、今は違う。
2本の剣先が迫る中で、俺は床を蹴って後ろに跳躍する。
「アハハッ、早速逃げ腰かよぉ‼」
後退=逃げ腰というのは、何とも安直だ。
正直、白虎の速度に比べれば奴の攻撃なんて余裕で目で追えるレベルだ。
最初に見た時は、何もできなかった毒刃。
しかし、今はそれが迫っているにも関わらず何も感じない。
「逃げじゃねぇ。……助走だ」
両足でフェンスを足場にすれば、膝をバネにして勢いよく伸ばして速度を付ける。
伸長した蛇腹剣を手甲で払い、そのまま拳を突き出した。
「アハッ、マジかよ」
回避行動からの、攻勢への転換。
ここまでの時間は3秒に満たない。
予測していなければ、この拳は顔面に届く。
ガキンッ‼
しかし、その拳は三本目の毒刃によって阻まれた。
「早速、奥の手を出してきたか」
「奥の手?勘違いするなよ‼」
兜から伸びた蛇腹剣の腹で拳を受け流すと同時に、クレーヌは半回転して手甲に剣を戻しては回し蹴りをしてくる。
その時に、右膝からは鋭い棘が飛び出ては毒液を散らす。
「仕込みは、どこから生えるかわからないよなぁ‼」
拳を突き出した体勢で、腹はがら空き。
腹部に毒棘が刺さるまでに、緊急回避をする時間もない。
それでも、狼狽えることなく俺は左手を前に突き出した。
グサっ‼
左手の平に、鋭い棘が貫通した。
「はぁ!?自分から受けに行っただと!?」
動きはそこで止まらず、そのまま膝を掴んで固定しては、そのままフェンスまで投げつける。
「ぐがふぁあ‼」
その時に膝の棘が折れ、手に刺さったまま血と毒液が滴る。
魔装具の防御力が幸いしてか、奴はすぐに立ちあがって肩を震わせる。
「バッカじゃないの!?おまえ自身が、その毒の恐ろしさを知ってるはずだろ!?自分からそれを受けるなんて、学習能力が無いんじゃないの!?」
クレーヌの戯言は無視し、右手で棘を強引に抜いては左手を動かす。
この時には、既に傷は塞がって鬼人の手甲で覆われる。
「毒の恐ろしさ?何言ってんだ。こんなもの、1度経験すれば効かねぇもんだろ」
平然と言ってやれば、クレーヌが「んなぁ!?」とマスク越しに驚愕の顔を浮かべているのがわかる。
いつも、そうだった。
どれだけ多くの傷を受けても、どれだけ強い毒や病気に犯されても、何かが俺を守るように身体を強化し、生き延びてきた。
そして、1度経験した苦しみは再度俺を苦しめることは無かった。
そう言う時は決まって、胸の中心が熱くなる。
この邪蠍装の毒も同様に、今の俺には何の影響も与えない。
「魔装具の毒が、効かなくなっている…!?そんなこと、ありえるのか!?瘦せ我慢だろ‼」
クレーヌが負け惜しみを言っている間に、俺は一歩踏み出しただけで奴の前に立っていた。
「ごちゃごちゃうるせぇよ」
今度は奴も反応することができず、顔面に翡翠色のオーラをまとった拳を下から振り上げる。
「ぐぶぇあふぁあっ‼」
拳は蛇腹剣の防御が展開される前に、腹部に直撃してはめり込み、身体をフェンスに押し付ける。
ここまで、俺は鬼牙の身体強化しか使用していない。
このまま、殴って終わりだと拍子抜けだ。
3本の蛇腹剣が3方向から迫る中で、距離を置いて様子を見る。
「まさか、ここまでやるとは思わなかったよ…‼本当は使うつもりなかったけどさぁ……。蠍の毒が効かないなら、しょうがないよなぁ‼」
腰を屈めて、下から俺を睨みつける。
それだけでなく、奴の足下から数本の手が出現しては奴の周りで展開する。
『クレーヌ!?破滅の力を使うつもりか!?やめろ‼』
舞台の外からキングが声を上げ、奴の行動を止めようとする。
「だって、しょうがないでしょ‼このままだと、敗けるんだから‼ゲームは勝たなきゃ、面白くないんだよぉ‼」
奴は内側から破るように、邪蠍装を強引に解除してはその姿を現す。
異形の手が、奴の両腕や脚、顔を掴んでは全身を覆う。
まるで全身が手でできた悪魔のような風貌だ。
「借り物の道具なんて必要ない‼破滅の王の後継者なんだろ!?だったら、俺の破滅の力で潰してやるよぉ‼」
もはや、理性など欠片も感じない。
魔人の姿を目にして、俺は気持ちが昂るどころか冷めていく。
似ていると思ったから、かもしれない。
過去の自分に。
前言撤回だ。
こいつの力次第じゃ、白虎を解放するかもしれないな。
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邪蠍装への雪辱を果たした景虎。
しかし、魔人との真の戦いが始まる。
始まりの鬼帝の力が牙を剥く。




