生意気な世話係
白虎の試練を乗り越えた後、修練場にある1つの個室を与えられた。
久しぶりに浴びるシャワーは以前よりも熱さを覚え、頭からかぶると死んだわけでもないのに、生き返るような感覚があった。
それも当然か、真面に風呂に入れるようになったのも3か月ぶりだからな。
鏡に映る自分を見ながら、長期間の白虎との戦いを思い出す。
「あれだけ死にかけたってのに、何の痕も残ってない……。本当に、俺の身体はどうなってんだろうな」
自身の身体に違和感を覚えたのは、何もこれが初めてじゃない。
組織に拾われて変な薬を手に入れてから、俺は常人じゃありえない力を手に入れた。
その力に溺れ、暴れたこともある。
それでも、今ならわかる。
椿に敗け、自分の力が通用しないとわかった時、俺は弱さを知った。
もっと、強くならなきゃならないと自覚した。
白虎の力を手に入れようと、まだ俺の欲望は満たされない。
「もっと……もっと、力を…‼」
1つの大きな力を手に入れたからこそ生まれる、新たな欲望がある。
わかっている。
俺はまだ、椿には届かない。
白虎を手に入れたとしても、あの五芒星にはまだ4つの力が宿っている。
それを全て手に入れるまで、俺は奴に勝つことはできはしない。
もう衝動に任せて、無謀な戦いを挑みはしない。
勝つために、己の力を高めなければならない。
3か月分の汚れと焦りを洗い流した後で、ドアを開けてシャワールームを出た時。
「随分と長く入ってましたね」
横から声が聞こえ、そっちに視線を向ければビクッと肩が震えた。
「ティターニア!?何でおまえがここにっ…‼」
先程自分をぶちのめした女が目の前に現れ、無意識に距離を開けて臨戦態勢に入るが、奴はバイザー越しに視線を下に向けてきた。
「……意外と立派なものをお持ちで。シャワーで血行が良くなった影響でしょうか」
「んなっ!?ジロジロ見てんじゃねぇよ‼」
その一言で自分が今全裸であることを思い出し、近くのタオルを腰に巻いて隠す。
「初心ですね、あなた。別にそんなのを見せられたところで、あなたに身体を差し出す気はありませんよ」
表情1つ変えずに淡々と言えば、ティターニアは着替えの服を渡してきた。
「これに着替えてください。あなたの汗臭い服は念入りに洗濯しておきますので」
「……そりゃどうも」
ぶっきらぼうに礼を言いつつ、服を着ながら問いかける。
「おまえ、いつからここに居たんだ?つか、何で来たんだよ」
「私はあなたの監視役です。目的のためにあなたに同行するのは、自然な流れでしょう」
「邪魔くせぇな。まさか、付きっきりで俺を見張ってるつもりか?寝る時まで一緒に居られちゃ迷惑だぜ」
吐き捨てるように言って邪険にすれば、ティターニアは無表情で首を傾げた。
「自慰行為ができないからですか?」
「あぁ!?バカか、てめぇ‼そんなわけねぇだろ‼」
そう言いつつ、視線が奴の胸元に行く。
服を着てても隠しきれていない、豊満な胸と谷間が目に飛び込んでくる。
「そうですか。では、どうぞ、私の存在は気にせず。妄想の中であられもない姿になろうとも、何も気にしませんので。しかし……」
逆接の言葉で区切った後、目元を覆うバイザー越しに威圧感を受ける。
「今回は初犯なので許しますが、今度このバイザーよりも下に視線を向けた場合は、問答無用で制裁を与えますのでそのつもりで」
「……はっ、別にてめぇに興味ねぇって言ってんだろ」
そう言っている間に着替えを終え、共にリビングへと向かうとテーブルの上に1人分の料理が用意されていた。
「これは…!?」
ビーフステーキやフライドチキン、ボールいっぱいのサラダにオニオングラタンスープ。
3か月ぶりに見る、真面な料理だ。
「お食事をご用意させていただきました。お口に合えば幸いです」
側に控えた状態で、ティターニアが補足説明をした。
「この中に毒入ってねぇだろうな?」
疑いの目を向けて聞けば、奴は口元に笑みを浮かべる。
「あなた程度を殺すのに、そんな小細工は必要ありません。殺す気なら、先程から34回は機会を見送っていませんから」
はんっ、いつでも実力で殺せるってか。
悔しいが、ハッタリで言ってるわけじゃねぇんだろうな。
こいつからも、椿と同様の気を感じる。
何度も奪ったことが|あ《・
》る側の人間だ。
大人しく椅子に座り、食事に口を付ければ「うっ‼」と唸り声をあげてしまう。
「美味しいですか?」
「……まぁな」
「正直ですね」
「3か月ぶりの飯なんだ。ゲテモノ料理を食ったって感動できるだろうぜ」
「そうですか。それでは、今度提供させていただきますね。とびきり不味いものを用意させていただきます」
こいつ、声音が上がってノリノリで口走りやがった。
「いや、待てよ。冗談に決まってんだろ!?」
「はい、そうでしょうね。ですから、私も冗談で返させていただきました」
「おまえ、マジでやろうとしてなかったか?今」
「……気のせいですよ」
今の少しの間で、図星だってことがわかる。
こんな奴が世話係だと?
気が休まらないったらねぇ。
食事を続けながら、少し昔のことを思い出す。
考えてみたら、こんな真面な飯を食ったのは初めてかもしれない。
今まで、常に奪われるかもしれない危機感に晒されながら生きてきた。
それは命、食い物、水、金。
奪い奪われる世界の中で生きてきた経験から、今だって1秒後には隣に控えている女が襲いかかることだって視野に入れている。
それでも、どこか安心感を覚えている自分が居る。
理由として心当たりがあるとすれば、今も首から下にさげている五芒星のネックレス。
力を手に入れたことから生まれる余裕、なのかもな。
「食事を続けながらで構いませんが、お聞きしたいことがあります」
「もぐもぐもぐ……ゴクンッ。何だ、改まって」
さっきまでのくだらない雑談ではなく、その問いかけから只事じゃないのがわかる。
少し気を張って聞けば、ティターニアは口を開いた。
「才王学園に戻りたいですか?」
その問いに、すぐに答えは返さなかった。
望むところだと言いたい所だが、その言葉が口から出てこない。
「……戻っても良いのか?」
逆に口から出た言葉は、許可を得るための問いだった。
「質問を質問で返すのは、愚か者の証拠ですよ。私はあなたの本心……願いをその口から聞きたいのです」
自身の現状を見ての判断ではなく、ただの願いを聞きたいと言う。
それなら、答えは簡単だ。
「戻れるものなら、戻りたいぜ。俺はまだ、あの学園でやり残してることがあるんだからな」
やり残していることと言って、最初に浮かんだのは言うまでもない。
椿円華との再戦だ。
この3か月間、試練に喰らいついていけたのも奴を倒すための力を求めたからだ。
「そうですか。鬼牙の鎧と、それに封印されている白虎を制御できる資格を得たあなたであれば、そう簡単に死ぬことはないでしょう」
「……何だ、その言い草?まるで他の奴なら簡単に死ぬみたいな言い方だな。あんな温い学園、俺みたいな狂った人間が居なかったら平和そのものだろうぜ」
自嘲するように言ってやれば、ティターニアは首を横に振った。
「既に種は撒かれています。来年度からは、より個人の実力が求められる世界に変わります。それこそ、弱者は死ぬことが決定付けられているのです」
「そんなこと、改めて言うことかよ」
元々、命掛けの実力主義をシステムとしている学園だ。
退学=死というルールの中で、それこそ人を殺した所で警察に突き出されるわけでもない。
それでも、今までは表立って命を奪うような出来事は無かった。
あの環境を温いと評したが、ティターニアの『種』という言葉が引っ掛かった。
「その種っていうのは、何の話だ?おまえら、何を企んでやがる?」
「組織の目的は変わりません。破滅の復活。そのために必要なエネルギーは負の欲望。それを得るために、既に破滅の種は撒かれています」
そう言って、彼女はスカートのポケットからある物を取り出した。
それは黒い卵のような形状をしている。
「何だ、そりゃ…?」
「これが種です。名はビーストエッグ。これを所持した者は内に秘めた欲望を増幅させられ、それを満たすためになりふり構わずに行動するようになります」
「欲望に振り回されるってわけか?悪趣味な奴らだぜ」
鼻で笑って言うが、俺もその一員であることに変わりはない。
「このビーストエッグの力は、欲望を増幅させるだけではありません。その欲望を吸収し、所持者を媒介として羽化させる。そして、人ならざる獣へと姿を変えるのです」
証拠を提示するように、奴はタブレットを出して映像を見せてくる。
そこに映っているのは、ゴリラとアリの姿をしたモンスター。
それと対峙しているのは、それぞれ椿円華と柘榴恭史郎だ。
「ビーストエッグを使用した者に訪れる結末は、その欲望を満たしたとしても破滅の力に飲み込まれた自滅です。それを知らずに踊らされる彼らには、同情するしかありませんね」
「何が同情だ?おまえも組織の1人なら、その共犯だろうが」
「そうですね。否定はしません。そして、あなたもその1人であることをお忘れなく」
「……言われるまでもねぇよ」
生憎、俺にとってはルインの復活なんてどうでも良い。
ただ戦いたい奴と戦いたい、勝つだけだ。
「組織が何をするかは、俺には関係ねぇ。勝つための力、それが手に入るなら何でも良いんだよ」
「それが自分の身を滅ぼすものであってもですか?」
バイザー越しに、ティターニアが哀れみを込めた目を向けているのがわかる。
勝つことで欲望を満たすことで、自らの身を滅ぼす選択。
その問いに対して、俺は彼女の手に持つビーストエッグを奪い取った。
黒い卵を見下ろしていると、それは紫に輝き出す。
『君の欲望は何だい?僕がそれを叶えてあげよう』
俺の欲望を問いかけると同時に、負の感情が湧き上がってくる。
状況を察して、ティターニアが声を荒げる。
「何をしているんですか!?すぐにそれを手放してください‼」
「やかましいぜ。良いから見てろ」
溢れ出てくるのは、敗北の記憶。
椿に敗けた時のものが、鮮明に思い出されては怒りが込み上げてくる。
『勝ちたいんだろぉ?だったら、僕の力でその願いを叶えよう‼』
卵の輝きが点滅し、勝ちたいという欲望を後押しする。
その中で、俺はフッと笑って卵を握り潰した。
バキュリッ。
卵の殻から紫の霧が広がっては、俺の身体を覆う。
この霧の中で、力が溢れ出てくる感覚に襲われる。
それでも、鬼の力を手に入れた時には及ばない。
「足りねぇな……お断りだ‼」
右腕を横に薙いで霧を振り払えば、五芒星が反応してはその中に吸い込まれていった。
霧が消え、俺の姿が変わっていないことにティターニアは唖然としていた。
「そんな…こんなことが…!?ビーストエッグのエネルギーが……消えた?」
「消えたんじゃねぇ、奪ったんだ。こいつがな?」
五芒星を摘まんで見せれば、ティターニアは納得できないというように顔をしかめる。
「そんなこと、ありえません。鬼牙にそんな能力は無かったはずです」
「だったら、所有者である俺の欲望に反応したのかもな。俺は奪う者。それに相応しい道具に変わったってことだろうぜ」
原理はわからないが、直感でそういう風に納得した。
ビーストエッグのエネルギーを、餌と認識して取り込んだように思えた。
これが無かったら、もしかしたら取り込まれていたのは俺の方かもしれないな。
ティターニアが動揺している間に、タブレットに1つのメッセージが届いた。
それに目を通した時、彼女は少し肩を震わせた。
「内海景虎、あなたに最後の試練が通達されました」
まるでタイミングを見計らったように、真剣な声音でその内容を伝えた。
「3日後、あるお方との決闘を行います。その決闘に勝利した場合、あなたの才王学園への復帰が認められるでしょう」
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