強さを求めて
あれから1時間ごとに挑み続けることを繰り返すが、白虎に返り討ちにあい続けている。
奴に追いつこうとすればするほど、加速度的に遠ざかっていく。
屈服させるどころか、拒絶する力が増しているように感じる。
それを痛感する事に、苛立ちが増していく。
「あぁあぁああっ‼クソがぁ‼」
床に大の字になって寝ながら、大声で吠えては声が反響する。
身体の痛みや苦しみは、時間が経てば勝手に治る。
だけど、この心に蓄積していく苛立ちは全く解消されない。
今もなお、あの男の背中が俺から遠ざかっていくのがわかるからだ。
「椿……俺はどうすれば、おまえに追いつける…!?」
気持ちばかりが焦るばかりで、実力の無さばかりを思い知らされる。
その悪循環に時々、押しつぶされそうになる。
飢餓感ばかりが、俺の中で膨れ上がっていく。
『おまえに足りないものを、1つだけ教えてやろう』
頭上から声が聞こえれば、上から冷水が注がれて顔にかかる。
反射的に身体を起こし、腰を屈めて臨戦態勢に入る。
「何しやがる!?」
『文字通り、頭を冷やしてやったんだ。少しは白虎を手懐ける方法が見えてきたか?』
「それがわかったら、こんな所で油売ってねぇんだよ。あぁ~、イライラするぜぇ…‼」
頭を荒く掻き、クシャッと掴みながら唸る。
『力のみが全ての世界で生き延びたが故に、おまえには欠けているものが何個もある。まず、おまえの野生に支配された超直感を生かすための精神が必要だな』
そう言って、キングは俺の視界から一瞬で消えては、背後に回って頭に手を置いてきた。
「なっ!?てめぇ―――」
「落ち着け。これで少しは冷静になれるだろ?」
乗せられた手以外に、額に違和感を覚えて触ってみる。
何か布状のものを、取り付けられたような感覚。
キングの手を振り払い、取り付けられた物を取ろうとするが、その前に「待て」と止められる。
『それは今のおまえに必要なものだ。特殊な能力を付与してある。そのまま目を覆って隠してみろ』
「あぁ?」
頭の周りに着けられた物を、言われた通りに目元まで下ろすと視界が暗くなる。
黒い視界の中に、次第に苛立ちが薄れていくのを感じた。
何だ、これ……。
今までは感情に振り回されていたのが、少しずつ張り付いていた心から怒りが抜けていくのを感じる。
「精神統制。そのヘッドバンドを着けていれば、おまえは視るべきものをより深く視ることができるようになる」
視るべきものを、より深く……。
暗闇の中で、1つの光が見えてくる。
それは白き虎。
俺を何度もぶちのめし、拒絶してきた獣だ。
奴は俺を見るや条件反射のように襲いかかってくるわけではなく、俺が奴に向ける目と同じ視線を向けてくる。
敵意や殺意もなく、俺に牙と爪を向けることも無い。
ただじっと、俺を観察するような目をして見てくるだけだ。
「おまえは一体、何なんだ?」
何度も挑んでは敗北してきた獣に、俺は言葉を投げかけた。
「俺が気に入らねぇのか?だから、真っ先に出てきては俺を殺そうとする。いい加減、おまえの相手をしてるのはうんざりだぜ」
今までは感情任せに怒鳴るように言っていたが、それを冷静に告げる。
すると、奴は口を開いた。
『私はおまえだ。おまえの怒りは私の怒り、おまえの屈辱は私の屈辱。おまえが私を求めるように、私もまたおまえを求める。私からも問おう、おまえは一体何なのだ?』
初めて聞く虎の言葉に、目を見開いては驚きを隠せない。
「おまえ、しゃべれるのかよ!?だったら、最初から話しやがれ‼」
『おまえが最初から、言葉による対話を望んだのであれば、それに私も応えただろうな』
最初から、話そうと思えば話せたって言いたいらしい。
そう言えば、確かにこいつが現れた時は戦うことが前提だった。
キングから提示された条件は、『眷獣を服従させる』こと。
その方法は教えられていなかったが、力で屈服させる以外の方法を俺は知らなかった。
だから、何度も力で圧しつけようとしては反発され、殺されかけてきたんだからな。
最初から、俺は方法を間違えていたのかもしれねぇな。
この空間で話す虎は、俺のイメージが具現化されたものなのかはわからない。
それでもここでなら、今なら俺に足りないものを見つけることができるかもしれない。
そして、目の前に居る眷獣の力を手に入れる方法も。
虎は俺の前に迫り、視線を合わせてくる。
『もう1度問おう。おまえは一体、何なのだ?』
透き通るような蒼い瞳が、俺の深淵を覗こうとする。
『己が何者なのか、それを見出せぬ者に王の力を手にすることはできない。また、私とてそのような男に力を貸す気はない』
「俺は……何なのか…?」
振り返れば、俺は自分が何者かなんて気にしたことも無かった。
いつだって、誰かから何かを奪い、奪われないために生きてきた。
わかっているのは、人は殺せば死ぬという現実。
そして、その命を奪うことが強者の証明。
そうだ、俺は生きるために強者となることを望んだ。
才王学園に入ったのだって、組織の導きで力を手に入れるためだった。
あの学園でも、俺がやることは変わらない。
欲しいと思ったものは何でも奪ってきた。
気に入らない人間の命、見下されないための地位。
その全てを奪い、そのためなら何だって利用することを躊躇わなかった。
閉鎖された弱肉強食の世界で、変わらずに奪ってきたんだ。
そして、奪う側である俺は強者であると自負していた。
あの男―――椿円華が現れるまでは。
あいつは、俺の手が届かない領域に居た存在だった。
それと同時に、自分と同じ何かを感じた男でもあった。
奴も俺と同じ、奪う側としての人生を送ってきたと知った時に想った。
俺と同じく奪ってきた男なら、俺の求める力を持っているかもしれないと。
奪い奪われる、弱肉強食の理を覆すために。
誰に屈することもない、絶対的な力。
それを求めて、奪うためだけに生きてきたんだ。
だからこそ、椿に敗北した時は今までに感じたことが無い程の憎悪と屈辱を覚えた。
俺はあの時、奪われたんだ。
自分が強者だと思っていた、その自惚れを。
それからは、奪われた側へと堕ちたことで椿を殺すことが目的になった。
そのためなら、誰に利用されようとも構わないと思うほどに。
だからこそ、俺は夏休みから恭史郎と手を組んだ。
それでも、奴には届かなかった。
2度目の戦いの時に、奴は俺に言った。
力以外の強さに目を向けろ、と。
今まで、力以外の強さを知らなかった俺にとっては全てを否定されるような気分だった。
その一言には、俺の中の常識を徐々に崩壊させるほどの衝撃があった。
それからは、自分でも意味がわからないことをしていた。
恭史郎に屈しなかった最上恵美を、助けようとした。
あの時俺は、椿の一言を思い出してはあの女の強さを知りたいと思った。
だけど、それだけじゃなかった。
身体が本能的に、あいつを助けなけなきゃいけないと思って動いていたんだ。
その結果、俺は図らずも椿を手助けすることになった。
恭史郎に屈辱を与えられれば、それで良かったんだ。
そして、椿が恭史郎を叩き潰した時、俺の中で言い表せない焦りを覚えた。
俺には勝てなかったあの男に、椿は勝った。
その事実が、俺と椿の差を表しているように思えてならなかった。
だからこそ、今俺はそれを埋めるための新たな力を求めている。
椿の強さに追いつくために、俺に足りないものを埋めるために。
そのために、俺だけの力―――強さを求める。
ここまで振り返り、自分が何なのかが見えてきた気がする。
「俺が何か…?そうだな」
自分を一言で表すための言葉を形成する。
今までの俺という男を、これからの俺という男を表す者の名を。
「奪略者……かもな」
俺はやはり、奪う者でありたい。
欲望を、快楽を、俺を屈服させようとする現実を。
その全てを奪い、捻じ伏せる。
それが俺という男を表す存在意義‼
「だから、おまえの力も奪ってやる‼そして、おまえも奪いに来いよ、俺の全てを‼」
奪うか、奪われるか。
そのギリギリの瀬戸際の中で得られる快楽がある。
俺が強者であることの証明は、やはりそこにある。
今までは、命を奪うことが強者としての証明だと思っていた。
だけど、それは違う。
目の前に居る白虎は、確かに強者だ。
それを骨身に染みるほど痛感するのは、俺が生きているからだ。
そいつが生きていなければ、証明なんてできないんだ。
「俺は奪う側、そして、おまえは奪われる側になる‼そして、俺がおまえの全てを奪った時、おまえは初めて……俺と同じく奪う側になるんだ」
自身を、そして目の前の獣の立場を定義して指させば白虎は目を見開いてはフッと笑う。
「良いだろう‼それでは証明してもらおうか‼おまえが、私から奪う者であるということを‼」
俺たちは互いに、歓喜の笑みを浮かべている。
奪うか、奪われるか。
こいつは俺と同じだ。
己の全てを賭けた闘争を望んでいる。
だったら、それを叶えてやるよ。
そうすれば、俺を認めざるを得なくなるだろ?
目の前から白虎が光を放ちながら消えれば、俺もヘッドバンドを上げて目を開く。
天井のライトに眩しさを覚えつつ、光に目を慣らしては首から下げた五芒星を摘まんで歯を見せる。
『その顔……。何か見えたようだな』
「ああ、そうだ……。俺って男はやっぱり、本質は何も変わらねぇみたいだ」
立ち上がり、五芒星を取って前にかざして集中する。
「出てこい、白虎」
呼びかければ、稲妻を轟かせて白い虎が姿を現す。
しかし、今までのように出てきてすぐに威嚇してくることは無かった。
俺が戦える状態になるのを待つように、床に這って屈みながら様子を見てくる。
「少しは待てができるようになってきたじゃねぇか」
『おまえが私との戦いを望むからだ』
頭の中に声が響き、それが白虎のものであることがすぐにわかる。
「ああ、望んだぜ。おまえの力を、今度こそ奪うためになぁあああ‼」
五芒星に意識を集中させれば、龍の鎧を装着して臨戦態勢に入る。
「キング、ここから先は何があっても手を出すなよ」
『……本気か?今度こそ死ぬかもしれないぞ?』
キングから見ても、白虎の闘争本能は今までの比ではないことは伝わるらしい。
だが、その確認に対して鼻で笑ってやる。
「奪うか奪われるか……。その駆け引きの中じゃねぇと、こいつを奪うことはできねぇんだよ」
服従させる気など、当に失せていた。
屈服させるんじゃない、俺は奪う。
この強者である虎の力を、心を‼
「さぁ、おまえが俺から命を奪うのか、俺がおまえから力を奪うか。奪略者はどっちなのか、白黒つけようぜ‼」
今までよりも闘志が上がる。
俺の強さを証明するための儀式が始まる。
勝者とは、相手から目的の物を奪った者。
そのシンプルなルールの中で、俺の奪略者としての本能は極限まで研ぎ澄まされていた。
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復讐者に対抗せし者、その名は奪略者。
今、彼の運命が動き始める。




