服従の儀
ー時間は卒業式の1週間前に遡るー
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
そして、強さを証明するためには奪うしかない。
それがこの世界において、絶対に揺らぐことのない定義だ。
俺がその悟りを得たのは、こんなボロボロになって倒れた時だった。
思い出すのは、地面に倒れて見上げた灰色の空。
俺が鳥だったら、こんな地べたで仰向けにならずに、自由に羽ばたけるのにと何度思ったことか……。
バシャっ‼
身体に水をかけられ、その冷たさに心地良さすら覚える。
「休憩時間は終わりだ。立て、内海景虎」
命令を受ければ、痛む身体を無理矢理動かして起き上がる。
「……いいタイミングだ。調度、今度こそおまえをぶっ倒す算段を付けていたところだ」
全身に生なましい焦げ跡がありながら、それが徐々に何もせずとも治っていく。
この傷を作ったのは、目の前に居る純白の騎士だ。
2学期終わりの冬休みから、ずっと俺はこいつに修行を付けられている。
場所は今はもう使われていない、組織の修練場。
周りが分厚くも強固な壁に囲まれており、あの恭史郎とジョーカーの事件以降はこの場所に連れ込まれ、ここから先に出たことは無い。
修行の内容は、俺が手にした新しい力が関係している。
首から下げた鎖で繋がった、五芒星が妖しく光る。
「その言葉、もう100回以上は聞いた気がするな。果たして、いつになれば実現するものやら……。今は手にした力を扱えるようになることに集中しろ」
「言われなくても…‼」
五芒星を掴んで集中すれば、それから白い稲妻を纏った光が発生すれば身体を包み込む。
全身に力があふれ出す感覚。
それと同時に、反発するように内側から引き裂かれるような痛みがある。
たった1体を解放するためだけに、ここまでの苦痛を味わうなんてなぁ。
そうだとしても、これを抑えこめなきゃ話にならねぇ‼
「うぅぅうぉおおおおおおおおおおお‼‼‼」
光が収まった時、現れしは水色の悪魔を模した鎧を纏った闘拳士。
頭部は鬼のような衣装をしており、V字の髭が特徴的だ。
四肢や両肩、背中に翡翠の宝玉が埋められ、胸部の中心には五芒星が浮かび上がる。
「はぁ…はぁ……。さぁ、再開だ…‼」
鎧の装着に成功したが、それは試練の始まりを意味している。
俺の目の前には、白い虎が同時に姿を現した。
『グルゥゥゥゥゥウ』
牙を剥き、俺を威嚇するように睨みつけてくる。
そして、咆哮をあげれば全身から稲光を発生させて怒りを露わにする。
「今度こそ、おまえに首輪をつけてやるぜ……猫野郎‼」
稲光は不規則な軌道で俺に迫り、その雷撃を浴びせようとする。
最初の頃は、これが発動した時にはもろに喰らって何度も気絶仕掛けたもんだ。
それだけ、目の前の獣は俺を本気で殺しに来ている
それでも、何度もそれを喰らえば目が慣れてくるもんだ。
稲妻の速さにも目が慣れ、直撃する前に紙一重で回避して徐々に距離を詰める。
左拳を握って突き出せば、奴は雷を全身に纏って横に回避すると同時に牙を剥いて突き出した腕に噛みついてくる。
「そうくるだろうと思ってたぜ‼」
それを見越し、すぐに腕を引いては右脚を振り上げて回し蹴りを顔面に喰らわせる。
『グァブェアアア‼』
蹴りによってバランスを崩した所に、今度は右拳を腹部にめり込ませる。
「おまえの動きは、もう丸わかりなんだよぉ‼」
何度も何度も繰り返してきた、この獣との殺し合い。
力を手に入れるために受け入れた、地獄のような試練。
服従の儀。
俺は冬休みに入り、邪蠍装の毒から回復した後から、こいつを屈服させるために戦い続けている。
椿や恭史郎のそれと同じような鎧を扱おうとも、それは死なない程度の防御力しかねぇ。
奴の雷撃や鋭い爪、牙を1度でも受ければ、その時点で変身は強制解除させられる。
だからと言って、そこで試練は終わらない。
この試練は文字通りに俺が死ぬか、こいつを服従させるかの2択しかない。
弱肉強食。
死にたくないなら、力を得たいのなら、この白い獣に認めさせるしかない。
支配者たる資格としての、俺の力を。
俺から2発の打撃を受けようと、獣の闘志が消えることはない。
むしろ、反抗的な目が強くなってきている。
「はっ……おまえも、そろそろ飽きてきたんじゃねぇのか?俺との我慢比べによぉ」
背筋を伸ばし、右手の人差し指をクイっクイっと曲げて挑発する。
「さっさと諦めて、俺の力を認めやがれぇー‼」
互いに痺れを切らし、駆け出すと同時に雄叫びをあげながら右脚で跳躍して飛び蹴りを、虎は雷光に全身を光らせる。
「うぉおおおおおお‼‼‼」
『ガルァアアアアア‼』
雷光と蹴りが衝突した瞬間、5秒ほどの力の均衡が起こる。
しかし、それもすぐに反発によって弾き飛ばされた。
「ぐはぁあああああああ‼」
雷撃が直撃し、鎧を貫通して身体中に痛みが走る。
バタンっ。
そのまま壁に激突し、前屈みに倒れては変身が解除される。
凄まじい雷光の一撃には、まだ届かない。
その現実に、奥歯をギリっと鳴らして獣を睨みつける。
しかし、虎の息も上がっており、無防備になった俺に追撃を仕掛けてこない。
『そこまでだな』
俺と虎の間に立ったのは、キングだ。
獣は俺から敵意を白い騎士に変え、地面を駆けては迫る。
『血の気が多いな』
しかし、奴が一撃、緑炎の火弾を放っただけで虎は消滅した。
『ギルギァアアア‼』
それと同時に、首に下げた五芒星に白い光となって戻って行く。
これもまた、何度も見る光景だ。
『2分28秒。大きな成長だな』
俺を見下ろし、淡々と時間を告げるキング。
「はぁ…はぁ……それ、褒めてるつもりかぁ?」
『ああ、当然だ。1時間前から10秒……最初の頃に比べれば、2分25秒も喰らいついていけてるんだからな。白虎の速さにあれだけ対抗できれば、並みの人間の動きは止まって見えるだろう』
「並み……。それじゃ、意味ねぇんだよ…‼」
全身を無理矢理動かし、身体を起こすが立ち上がることができずに膝をつく。
たった一匹を従えることですら、今はこの体たらくだ。
このままじゃ、まだ……勝てるはずがねぇ。
あいつに……椿円華に…‼
「俺は椿に、今度こそ勝つ…‼そのために、こんな所で二の足踏んでる暇はねぇ‼」
キングを睨みつけながら吠えるが、それに怯む奴じゃない。
『おまえのその怒り、不屈の闘志……。確かに、あの男に届き得る器であることは、間違いないな』
上から目線が癪にさわり、露骨に舌打ちをしてやる。
「この力を使いこなせた時、椿の他におまえも俺の得物になることを忘れんなよ」
『わかっている。その日を心待ちにさせてもらっているところだ。この3か月間、ずっとな』
3か月。
改めて時間を聞かされれば、苦い表情になる。
俺がこの力に振り回されてから、それだけの時間が経っているのか。
『おまえが目の仇にしている、椿円華は既に自身の魔鎧装を使いこなせるようになっている。それに比べて、おまえはその星に宿る眷獣を1つも服従できていない』
事実を告げられれば、何も言い返せずに奥歯を噛みしめる。
差が開いていることを痛感させられ、気持ちばかりが先走ってしまう。
『このまま学園に戻したところで、また誰かに利用されて終わりだろう。おまえは何時まで、利用される側に居るつもりだ?おまえはその力を手にして、何をしたい?』
確かに俺は、自分の弱さのせいで恭史郎に付いていた。
その俺が勝てなかった恭史郎を、椿は己の力で打ち倒した。
屈辱を感じるには、十分な理由だった。
そして、力が無くとも屈しない心の強さを目の当たりにしたことも、少なからず何かを感じた。
力が全てだと思っていたのに、その常識が覆された瞬間だった。
最上恵美。
あの女もまた、椿と同等に頭から離れない存在だ。
そして、嫌でも痛感する。
俺はまだ、あの2人の強さに達していない。
だから、獣1匹も支配できない…‼
「俺は……何で、こんなに弱い…‼」
怒りのままに床を殴るが、何も変わらない。
どうすれば、俺は力を手に入れられる?
どうすれば、俺はあいつらの強さに追いつける?
俺には一体、何が足りないって言うんだ!?
この3か月間、ずっとその答えを探し続けるが見えてこない。
がむしゃらに、手に入れるために強大な力に挑み続け、敗北を繰り返している。
『自分の弱さに気づけたのなら、おまえはまだやり直せる。他人の強弱と自分の強弱に目を向けられるのならば、己の強さに気づくことができる。精々足掻き続け、悔いのない選択をすることだ』
「……わかったような口を利きやがる。やっぱり、おまえは気に入らねぇ」
顔はフルフェイスの兜で見えないが、キングが悟ったような表情をしているように感じた。
こいつの目的や考えは、全くわからない。
何故、俺をジョーカーから引き抜き、力を与え、ここで鍛えようとしているのか。
そして、これは感覚的なものになるが、時々こいつが椿と重なるように見える。
これが強者として共通する何かがあるのかはわからない。
ただキングと椿が重なって見える時、言い表せないほどの苛立ちを覚える。
だからこそ、俺は椿だけでなく、この仮面野郎もぶちのめしたいんだ。
キングは俺の首にかけている五芒星を指さす。
『忘れるな。おまえのその魔鎧装は、それに封じられている5つの眷獣を扱えるようになってこそ、真の力を発揮する。鎧を纏えるようになったとしても、おまえは未だにスタートラインにすら立てていない』
「……何度も同じこと言ってんじゃねぇよ。耳に胼胝だぜ」
五芒星を掴み、意識を集中させれば確かに別々の力を感じる。
5つの眷獣。
その中で最初に現れるのは、いつも白い虎だ。
俺を拒絶するように、否定するような目で睨みつけながら殺そうとしてくる。
その眼を屈服させるために、何度も挑み続けている。
それでも、未だに攻略法が見えてこない。
何かが足りないことは、痛いほどわかっている。
椿には在って、俺には無いもの。
それが何かを理解した時、この力を真に扱えるようになると直感がある。
自分でも自覚している。
俺はまだ、スタートラインにすら立てていない。
ずっと、マイナスのままなんだ。
まずはあの猫野郎……白虎をどうにかしねぇとな。
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遂に、再登場した内海景虎。
彼の成長もまた、円華たちの運命に大きく関わることになります。
力を求める彼が、それを得るために何に目覚めていくのかが注目ポイントになります。




