マイペースと副作用
今できる範囲での捜査は終わり、俺はアパートの自室に戻った。
部屋の中は誰にも見られたくない物はクローゼットの中にしまったので、前の尞と同じで最低限の物以外は置いていない。
なので、基本は誰が入って来ても危険はないのだが……どうしてかはわからないが、謎多き銀髪ヘッドフォン女、最上恵美も同行してきました。
「おい、どうして一緒に来てるんだよ、おまえの部屋はもっと上だろ?」
「1人で居たら危険でしょ。だから、私が円華のボディーガードを……」
「間に合ってます」
片手でドアを閉めようとすれば、両手でドアノブを握られて阻まれ、そのまま部屋に入られてしまった。
ここ数日で思ったが、この最上円華と言う女はマイペースな所があると思う。
自分の部屋に居る時ぐらいは、俺にも1人の時間が欲しい。
「大丈夫、円華が寝てる時にゴソゴソとナニをしていようと、私は何も聞かなかったことにするから」
「勝手に人の心の声を聞くなって言ってんだろぉが」
最上が耳にしているヘッドフォンを外させてデコピンをすると、彼女は「あ痛っ!」と言って額を両手で押さえる。
「……暴力変態」
「反対な、反対。変態だったら意味が違ってくるだろ。つか、おまえまさか、今日泊まる気じゃねぇだろうな?」
「・・・ダメ?」
「ダメだろ、普通に考えろ!!」
今、最上の頭の上に一瞬『・・・』って3次元で視えたのは絶対に錯覚だとは思ったが、こいつ……本当にいろいろと一般常識が抜けてるだろ。男女の距離感とか、外から窓割って入るとか……この学園で普通に話せるのは俺だけのようだから、俺がその穴を埋めるしかないのかぁ。
首を傾けてキョトンっとしている最上を見て、壁に手を着けて深い溜め息をついては小さく深呼吸をした。
気持ちをリセットしろ、椿円華。こういう時は姉さんも言ってただろ。
『女は何を考えているのかを理解するには難しい生き物だ。女のオレでも理解不能な所があるんだから、間違いない。だから、男のおまえは流れに身を任せていけば良い。まぁ、オレみたいに手のかかる女ほど可愛いもんだぜ?』
後半は要らない部分だったが、前半の方は今身を以て実感している。
これからどうしようかを考えていると、突然脇腹を突かれた。
「おわっと!?な、何だよ、いきなり」
歩幅3歩くらいの間を取って聞くと、最上は腹を押さえてつり目だったのが垂れ目になっている。
「時計はもう7時を回っている。お腹空いたから、何か食べさせて」
「はぁ?ったく……俺は自分の分しか用意してねぇんだぞ?しかも、カップ麺しかないし」
「……冷蔵庫の中は?」
「缶詰とかレトルトのカレーしか入ってねぇよ、悪いか」
「何?サバイバル生活でもするつもり?」
最上がキッチンに行って勝手に冷蔵庫を開け、半目で言ってくれば、俺は段々とイライラしてきた。
こいつには親が居ない……わけではないんだよな、父親や母親が居るくらいだから。でも、どんな育て方をしたらこんな風にマイペースに育つんだ?放任主義かよ。
勝手に最上が缶詰とレトルトを何個か取り出してまな板の上に置けば、俺が地下のスーパーで買ってきたパスタを出した。
「おい、何する気だ?」
「パスタ作る。それくらいはできるように、お母さんに作り方は教えてもらったから」
「随分と家庭的な母親なんだな。どんな人か聞いて良いか?」
「……少しだけなら」
そう言って、最上は料理をしながら話を始めた。
「お父さんよりも恐くて、お父さんよりも周りが見えてて、いつもお父さんのことを支えている優しい人」
「おい、主体が父親になってるぞ?」
「だって、お父さんがあってのお母さんだから」
「理由になってるか?それ。いまいち伝わらねぇ」
「う~ん……簡単に言えば、包容力がある人だよ。一緒に居たら安心できて……自分の弱い所を見せることができる人。尊敬してる」
「そうか、凄い才能を持った人なんだな。…じゃあ、おまえの父親……俺のことを何故か知っている最上高太さんって人のことも聞いて良いか?どうしても引っかかるんだ。面識もないのに、家の者以外には知られていないはずの俺の存在を知っていることが。もしかして、俺にあのメールを送ったのは……」
俺が半分独り言のように言っていると、包丁がまな板に強く当たる音が聞こえた。
最上を表情を見ようとするが、前髪で右側が隠れているために見えない。
「ごめん、お父さんのことは話せない。……何度聞かれても、言えないよ」
「……そうか」
最上が父親から俺に協力するように頼まれたと聞いた時、最上高太と言う名前に何か並々ならない衝撃を覚えて彼について聞きだそうとしたが、彼女はただ目を合わせずに「答えられない」と繰り返していた。
いつもは『答える気はない』と言うのに、あの時だけは『答えられない』と言っていたんだ。
そして今も『話す気はない』ではなく『話せない』と言う。
その時の最上の目はどこか戸惑っているように見えてしまい、これ以上聞けなくなるんだ。
20分くらい経ってテーブルの上に2つの皿を置かれる。
レトルトのカレーがスパゲッティにかかっているだけである。
「簡易的な奴だな」
「文句があるなら食べなくてもよろしい」
「いや、基本出されたものは何でも食べるさ。好き嫌いなんてして餓死するのは嫌だからな」
「軍人になるとそう言うことを言うようになるんだね、好き嫌いしないことは良いことだよ」
「おまえの場合は、表面上だけでも人の好き嫌いを直せ。表面上だけで良いから」
「……円華がそう言うなら、仕方ないから善処する」
あれ?『必要ない』って言うかと思ったら、受け入れた。どういう心境の変化だ?
心を入れ替えたのかと思って感心すると、最上はカレースパゲッティをフォークに巻きながら溜め息をつく。
「ここで必要ないって言ったら、また円華が一々うるさくなるからね…」
「おい、思うのは勝手だけど口に出すな」
「ところで、明日からどうする?」
「露骨に話を逸らすな。……だけど、そうだな。1つ聞くけど、おまえ、犯人の目星は付いてるか?」
「今日一日で決めることはできない。本当の犯行現場がわかったのは良いけど、それ以外は謎だらけだからね」
「そうだよなぁ。俺の中では、まだ内海が事件に関わっている可能性が捨てきれない。だから、俺たち以外の使える奴を利用する」
「……それ、もしかしてだけど……」
俺の過去を『視た』からか、最上は俺の頭の中に浮かんでいる人物が誰なのかがわかったらしい。
目が凄く嫌だと言うように細められている。うん、目は口ほどに物を言うな。
「俺だって本当は嫌だが、生徒会が奴の監視に関わっているなら、あいつから情報を聞き出すのが一番だからな」
「私、あの人のことは苦手……」
「まぁ、そうだよな。俺だって身の危険を感じるが、利用する他に今は思いつかないから……BCに会いにいくよ」
そう言って、スパゲッティを食べ終えた。
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さて、突然だけれど、俺は今、もの凄くヤフー知恵袋というものを人生で初めて利用したい。
しかし、それをした瞬間にネット民と言うものから『リア充タヒね』『そのまま自滅しろ』という憎悪が滲み出るような文字で反感を買いそうなのが未来予知できる。
簡単に今の状況を説明しよう、ただ今の時間は9時を回った。
いつもは俺がもう寝る時間なのだが、迷惑な女と書いて客人と呼ぶ銀髪ヘッドフォン女が部屋の隅で体育座りをしてうとうとしており、帰る気配がないので眠れないのだ。
「おい、何時まで居座るつもりだ?さっさと帰って寝ろよ、電波女」
「電波はやめて。あと、銀髪ヘッドフォン女って呼ばれるのも不愉快」
「心の中のナレーションまで聞きとるな、俺の心にもパーソナルスペースが存在することに気づけよな」
「そんなことよりも、さっきも言ったけど今日は泊めてほしい。帰るのが面倒」
こいつ、どこまでもマイペースか。
「最上、おまえが男なら別に何の問題はねぇんだよ。精々、腐った女子が変な妄想をするぐらいの被害で終わる。だけど、おまえは女だろぉが。自覚しろ、アホ」
腕を組んで見下ろすようにして言うが、最上の無表情は変わらない。
それどころか、段々と半目になって溜め息をつかれる始末だ。
「円華が私に何もしてこないのは予想済み。それに考えてもみてよ。クラスのみんなにあんな啖呵を切って、あの中に犯人が居た場合は、次に狙われるのは私の可能性が高い。だから、円華の近くに居た方が安心」
「ちょっと待て。まさか、クラスメイト全員に喧嘩を売った瞬間から、俺の部屋に泊まるつもりだったんじゃないだろうな?」
「……当然じゃん。円華ぐらいしか頼れる人居ないんだし」
「ふざけんな、こら。つか、おまえ、さっきは俺のボディーガードになるって言って……」
最上は欠伸をしてしまい、急に立ち上がればカーディガンとスカートを脱ぎ始め、Y-シャツとピンクのショーツ姿になってしまった。
「お、おまえ、何してんだよ!?」
「眠いから寝る。だけど、服がしわになるのはダメだからこの姿で寝るの。悪い?」
「いや、悪いとかどうとかの前に、男の前でそんな格好になる女がどこに居んだよ!?」
「ここに居る。円華の目は節穴?」
「おぉまぁえぇなぁ…!!」
「うるさいなぁ……もう寝るから静かにしてよ、安眠妨害。もう動けないんだから……察してください」
半目でそう言えば、最上はベッドに横になり、シーツに包まり、そのまま眠ろうとする。
ダメだ、勘忍袋はもう限界に達してしまった。
俺はすぐにシーツを最上から剥がし、腕を組んで仁王立ちをする。
「おい、いい加減にしろ!!ここは俺の部屋なんだから、おまえはさっさと服を着て出てけ!!」
「だから……もう……動けないんだってぇ……」
眠い目を擦って欠伸をまたして少し涙目になる最上を見ると、表情から疲労が溜まっているのがわかる。
「もしかして、おまえの能力にも副作用があるのか?」
聞いてみると、最上はコクンっと頷く。
「能力を使ったから、凄く眠気が半端ない。もう、重力に逆らえない……」
「どうしてそんなになるまで……無理をさせてたのか、悪い」
膝を床に着けて俯いてしまうと、頭の上に最上の柔らかくて小さな手がポンっと置かれ、そのまま撫でられた。
自然な動作だったために、抵抗することもできなかった。
今では、何故か振りほどくこともできない。
「円華のせいじゃないよ、気にしないで。私がそうしたかったから、そうしただけなんだからさ」
そう言う最上の顔は、薄く微笑んでいるように見える。
最上が誰かに笑うところ……初めて見たような気がする。
「どうしておまえは、そこまで……」
その声は最上の耳には届いていないようで、顔を上げると彼女は目を閉じていて小さく寝息を立てており、もう熟睡モードに入ったみたいだ。
正直、まだ俺は最上に完全には心を許していない。
あいつが言ったように、利用したいから利用しているだけだ。
だから、俺と最上の間に信頼関係なんてないと思うし、あったとしても軽薄だ。
お互いに様子見な所があって、俺が最上のことを観察対象としているように、最上の俺のことを何かの対象としているのは何となくわかる。
だけど、今はそれで良いと思うんだ。
簡単に築ける信頼関係は、すぐに崩れることが多いのだから。時間をかけて、お互いを利用し合って、少しずつお互いを知れば良いんだ。
俺は復讐のために、最上も最上の目的のために、一緒に居るだけだと思うから。
協力してくれたがためにこういう状況になったのならば仕方がないので、俺はクローゼットから寝袋を取り出し、それで寝ることにした。
 




