魔獣の襲撃
エレベーターで地下街へ降りた先、奏奈が待っていると思っていたが姿は無かった。
すぐにスマホで電話をかけるが、反応はない。
あいつ、最後にかくれんぼでもするつもりか?
この広い地下街で、何の手がかりも無しにあの女を探すとなると、1人で探すにしても時間が足りな過ぎる。
「あいつが行きそうな場所……。ダメだ、思い浮かばねぇ」
10秒くらい立ち往生していると、頭の中に声が響く。
『おい、相棒。きなくせぇ臭いがしやがるぜ』
ヴァナルガンドが低い声で忠告してくる。
きなくせぇって……もしかして、組織の連中か?
『確かに悪意は感じる。だが、それが人間のそれかどうかは判断がつかねぇな』
人間じゃない悪意…?
こういう時、こいつが訴えてくる悪い予感は的中するんだ。
『それにこの甘い匂いと混ざった感じ……。おまえが探してる性悪女のものに近い』
「っ!?それを早く言えよ。その悪意のする方へ誘導しろ‼」
走りながら、ポケットから眼帯を取り出して右目に着けていつでも臨戦態勢に入れるようにする。
確証があったわけじゃない。
それでも、最悪の想定はしていた。
組織がこのまま、奏奈をこの弱肉強食の世界から出ることを許すかどうか。
このまま何事も無く終わるわけがないと、薄々感づいていた。
だからこそ、白華を持ってきていたんだ。
ヴァナルガンドの誘導で走った先は、路地裏の広場だった。
そこに居たのは、怯える表情の奏奈ともう1体―――。
悪魔のような容姿をした、二足歩行の赤黒い獣だ。
「何だよ……あれ!?」
戸木の時と似たような感覚。
だけど、決定的に違う気持ち悪さがある。
俺の中の何かが、この存在を受け入れたくないと叫んでいる。
驚愕している間に、奏奈も俺の存在に気づいた。
「何でここに来たの、円華!?すぐに逃げなさい‼」
危機感から、怒号のように声を発して命じる彼女。
しかし、この状況でそんな命令を聞けるわけもない。
竹刀袋から白華を取り出し、鞘から氷刃を抜いて構える。
「逃げる?バカ言えよ。ここで逃げたら、俺は何のために力を手に入れたんだ!?」
奏奈の前に立ち、魔獣を睨みつける。
「魔鎧装……いや、魔装具をモデルにしたモンスターか?どっちにしても、違いがわかんねぇな。おまえ、何者だ?」
口から涎を垂らしながら、歯を鳴らして魔獣は俺を見る。
【……オマエ……ハ……器…カ…!?】
奴の関心は、完全に俺の方に向いている。
それは殺意も同じだ。
しかし、それは奏奈に向けていたものとは格が違う。
器…?何のことだ?
疑問を抱いている隙に、奴は右手を振り上げて長く鋭い爪を光らせて薙ぐ。
辛うじてその動きを視ることはできたが、回避行動には移れなかった。
白華の刃で防ぐが、それでも腕力の差で堪える間もなく壁まで飛ばされる。
バガンっ‼
「うっぐぁああああ‼」
壁にヒビが入るレベルの衝撃に、身体が一瞬だけ硬直する。
この時には、既に左目は紅に染まっていた。
一瞬の危機感知、そこからの無意識の切り替え。
そうしなかったら、もう身体は使い物にならなかっただろう。
「円華‼」
俺を呼んで駆け寄ろうとする奏奈に「来るな‼」と怒鳴って制止する。
「はぁ…はあぁ~。最近、こういうことが多くて困るぜ。少しは力を温存させてほしいってのに」
白華を杖にして立ち上がり、口から流れる血を舐めては親指に着け、白い刃に塗り付ける。
「……良い機会だ。おまえに見せてやるよ。俺がどれだけ、強くなったのか。もう……おまえをこの力で傷つけたりは、しないから…‼」
白華を鞘に戻せば、スマホの画面に『魔鎧装モード』が表示されるのでタップし、右目の眼帯を外す。
「行くぜ……ヴァナルガンド‼」
『はんっ、魔獣食いの時間だぜ‼』
意識を同調させて抜刀すれば、紅の狼が飛び出ては『ワォオオオオ‼』と咆哮し、魔獣の周りを駆けて翻弄する。
そして、こっちに戻ってくると同時に人狼の鎧へと変化して右拳を突き出す。
俺も左手に拳を握って前に突き出し、鎧の右拳と重ね合わせると弾け飛び、身体に装着される。
『紅狼鎧ヴァナルガンド、装着完了』
周りを覆う白い凍気を、紅の刃で払って人狼の騎士としての姿を見せる。
それを見て、奏奈は口を半開きにして目を見開いた。
「円華……あなたは、本当に…!?」
「……大分変わっただろ?これが今の、俺の力だ」
彼女の隣を横切り、魔獣と相対しながら言葉を続ける。
「見ててくれ、俺の……椿円華の戦いを。絶対に、おまえを死なせはしないから」
言いたいことも言えていない。
言わなきゃいけないことも、伝えていない。
そんな状態で、この女を死なせるわけにはいかねぇんだよ。
「おい、人外野郎。おまえ、誰の命令でこの女に手を出そうとしたのかは知らねぇけどな……」
怒りを抱きつつ、頭は冷静に魔獣をぶちのめすことをだけを考えている。
何がそう訴えているのかはわからない。
それでも、わかっていることが在る。
「今から後悔する暇もないくらい、ぶった斬るから覚悟しろ‼」
紅の刃先を向けて宣戦布告すれば、魔獣は身体を震わせる。
【感ジル…‼コレ、ハ……。寄越セ……寄越セェエエエエ‼】
惹き付けられるように、奴は鋭い爪を光らせて両手を広げて接近してくる。
獣の咆哮をあげながら、威圧感を放って。
柄を握る両手に力を込め、応戦するためのイメージを固める。
『相棒。わかってるとは思うが、気を抜いたら魂持ってかれるぜ。あの女の前だからって、浮かれんなよ?』
「誰が……」
接近した魔獣に、地面を1度蹴ることで懐まで入り込む。
そして、そのまま速さを力に変えて刃先を魔獣に向けて突撃させる。
「椿流剣術 瞬突‼」
【グリィイイイイイイっ‼】
ほぼゼロ距離からの突撃を受け、後ろによろけてバランスを崩す魔獣。
これを耐えるのか。突き飛ばすつもりだったんだけどな。
だったら…‼
体勢が崩れた所に、連撃で技を仕掛ける。
腹を庇うように前屈みになる奴に対し、下段構えから大きく白華を振り上げて頭部に直撃させる。
「椿流剣術 燕返し‼」
【ガラグァアアア‼】
刃を振り上げると同時に高く跳躍し、そのまま落下しながら重力を乗せて白華を振り下ろせば、両断するように頭部から腹部に斬撃を流す。
「衝天‼」
【グァギハァアア‼】
2連撃を受け、仰向けに倒れる魔獣。
しかし、それでも両手を突いて起き上がり、猫背で首を傾げながら俺を見上げる。
【ワカル…ゾ。根源ノ力…‼希望ト、絶望ヲ…宿ス……禁忌ノ存在…‼】
「知るかよ」
その手の戯言に付き合ってる余裕はねぇんだよ。
頑丈な外皮が、技の威力を吸収しているのか?
それにしては、防戦一方なのが引っ掛かる。
【モット……寄越セェエエ‼】
奴が地面を蹴れば、すぐに目の前に迫った。
「何っ―――ぐぶっ‼」
振り上げられた右足を、左腕でガードするが横に体勢を逸らされる。
速度と力が上がった!?
さっきまでとは比べ物にならないほどに。
そして、それで動きは止まらない。
連続で左腕を振り上げては、爪が伸びては連なり、刃のような形状へと変化する。
【ルァアアアアア‼】
雄叫びをあげると振り下ろされる爪刃。
それが人狼の鎧に直撃する。
「がぁぐぁああ‼」
鎧を貫通して、身体に衝撃が走る。
凍気で麻痺させた痛覚が、無理矢理刺激される。
『こいつ、相棒の斬撃を受けて、その動きを学習しているのか!?』
ヴァナルガンドの分析に、心の中で舌打ちをしながら魔獣の腕を掴み、そのまま薙ぎ払う。
「円華ぁ‼」
奏奈の叫びに身体が反応し、立ち上がりつつ大きく息を吐く。
「はああぁ~~~。……そんな大声あげんなよ。俺がこんな奴に、敗けると思ってんのか?」
仮面の下で笑いながら、白華を構え直す。
向こうは左腕のみならず、右腕にも爪刃を形成する。
敵が俺の攻撃を受けて学習するなら、これは根競べになるかもな。
『おまえだけなら、敗けるだろうな』
「だけど、今は1人じゃない。おまえが居る。そして、俺の背中には……」
後ろは振り向かないが、その存在を感じている。
逃げずに、俺の戦いを見ている奏奈を。
負けられない理由は、今はそれだけで良い。
「そっちが俺の剣に対応できるようになるのが先か、対応できないまま切り刻まれるのが先か……。喰らい合おうぜ‼」
刃に意識を集中させれば、紅の氷刃が牙のように連なっていく。
そして、互いに駆け出した瞬間、氷刃と爪刃がぶつかり合う。
カキンっ、カンっ、ギリッ、カランっ‼
刃をぶつけ合う度に、魔獣の動きに速度と力が増していく。
加速度を上げて、適応しているのがわかる。
だけど、その学習能力が仇となる時が来る。
跳躍すると同時に、横に回転して遠心力を利用して白華を薙ぎ払う。
『氷牙・回転‼』
【グギッ‼ギリィイイイイ‼】
その技も両手の爪刃を交差させて受け止められ、そのまま宙に向かって力任せに払われる。
「ああ、そうするよな……やっぱり‼」
自分の脚力だけでは届かない領域まで飛ぶことで、相手に隙が生まれる。
刃を刀の形状に戻し、鞘に納めてスマホの『モード・マルコシアス』をタップして抜刀する。
白華から放たれる斬撃が紫のオーラの狼となり、円状の輪が展開される。
紅と紫のオーラが交わり、身体の両脚に紫のブースターが形成され、背中には同色の氷翼が追加される。
その両翼にも、3つずつ同様のものが装備されている。
このまま飛翔しては、重力を乗せながら魔獣に向かって急降下する。
「メテオフォール・ストライク‼」
そして、右足を突き出しては全身のブースターを最大出力で放出しながら、流星のように対象の腹部に突きさすように激突する。
【グブギァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼‼‼】
その威力は周囲一帯を揺らすほどの強さであり、魔獣は全身を振動させながら衝撃に耐えられずに外皮から赤黒いオーラが溢れ出ては両腕を破裂させた。
奴から降りて離れつつ、見下ろしながら呟く。
「悪いな。バカ正直に剣だけで戦ってたら、おまえには勝てなかった。奥の手を出すタイミングを計るのも、駆け引きって奴だぜ。勉強になったか?」
もう動かなくなった魔獣に言うが、反応は無かった。
背を向けて変身を解除しようとした瞬間―――。
ブォオオオオ‼
魔獣の身体が、緑色の炎に焼かれた。
「魔獣を前に背中を向けるのであれば、粉微塵にしてからにするべきだな。警戒心が薄すぎる」
どこからか聞こえる声と、背中に感じる熱さに覚えがあった。
忘れるはずがない。
振り返ると同時に見上げれば、建物の屋上から蒼いマントを翻しながら降下してくる純白の騎士が視界に映る。
冠のような5つの角を生やした王の鎧。
それを見た時、俺の中で衝撃による戸惑いと怒りが同時に湧き上がった。
「おまえはっ…キング!?」
対面する形で、奴は俺と相対する。
「ゴミ掃除に来てみれば、思わぬ展開だな。復讐者くん」
涼華姉さんの仇。
それに対する復讐心が、ふつふつと俺の感情を支配しようとしていた。




