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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
絡み合う春休み
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証明の卒業式

 円華side



 冬から春に季節が変わる頃。


 1年の中で、3月は大体別れの季節と言われている。


 それは言い得てみょうであり、今日に関しては身に染みる。


 講堂にて全校生徒が集まり、壇上には胸元に花をさした1人の女子が演説台に答辞の文を広げて立っている。


 桜田奏奈だ。


 俺たちは彼女に視線を集中させ、その言葉に耳を傾ける。


「長く続いた冬の寒さもようやく遠のき、春めいた暖かな日々の到来が感じられるようになりました。本日は、このように素晴らしい式を挙行していただき、卒業生一同を代表して厚くお礼申し上げます。今日こんにちに卒業の日を迎えられたことを大変嬉しく思います」


 意外と真面まともな始まりだな。


 卒業式だから、マジで真面目にやるつもりなのか、あの女は。


 文に目を落としながら、淡々と読み上げられていく。


「また、お忙しい中、理事長ヴォルフ・スカルテット先生、学長成瀬伊蔵(なるせ いぞう)先生をはじめ諸先生方ならびに、多数のご来賓らいひんの皆様にご臨席いただき心より御礼申し上げます」


 答辞のテンプレートのような序盤から始まり、俺は途中から肘掛ひじかけに軽く頬杖をついてしまっては、隣に居る麗音から「ちょっと、肘」と注意を受ける。


 しょうがねぇだろ、退屈なんだし。


 心の中で愚痴りながらも、小さく欠伸あくびが出る。


 このまま社交辞令のような答辞が続くのかと思っていると、不意にパサッと文が上に向かって投げられては宙を舞い、落下すると同時にシュレッターにかけたかのように縦に割けた。


「「「・・・は?」」」


 その場に居たほとんどの人間が、同じような呆気に取られたような反応をする。


 それに対して、奏奈は首と肩を回してから深い溜め息をつく。


「はああぁ~~~~。こんな長くてくっっっっだらない、身にならないような文を読んでたって退屈でしょ?ここから先は、式典なんてものは無視して言いたいことを言わせてもらうわ」


 演説台に両手を突き、嬉々とした目で言った。


「さて、負け犬のみなさん。悔しいでしょ~?私は勝ち逃げする形で、晴れ晴れとした気持ちでここから旅立ちます。あなたたちが私と万が一でも再会することがあるとすれば、その時には天と地ほどの差があるでしょうね」


 こいつ、いきなりぶっこんで来たぁああ‼


 卒業式の?


 それも祝いの場で代表として立っている女が?


 盛大に挑発をしている。


 その事実に、会場中がざわめいてしまう。


 うん、そうだろうな。こうなるだろうな!?


 混乱している状況を、奏奈は不敵な笑みで見下ろしている。


「私はこの学園のルールに則って、私自身の力で今、この場に立っていると自負しているわ。そして、私1人の言葉1つでこれだけの人たちが慌てている光景は、本当に面白いわね。高みから見下ろす気分っていうのは、こうも高揚感を得られるものなのね」


 感慨深げに話しているが、俺でも今のあいつの行動の意図が読めない。


 いや、元から意味不明なところはあったけども、ここまで大っぴらにやるような奴じゃなかった。


 どっちかって言うと、裏から手を回して状況をかき乱すような手法を得意とする女だ。


 それが今、堂々と周りからの敵意を向けられるような言動をして場をかき乱している。


 BC……一体、何をするつもりだ?


 俺はもはや、ここから先の展開が読めなくなり、目を乗り出して彼女を見ている。


「桜田先輩、何かおかしくない?」


「元々おかしい女だっての。だけど、ここまでは……初めて見るな」


 意味も無く、こんなことをするような女じゃない。


 この全校生徒、教師などの学園関係者の注目を集める場で、ここまで自由な振る舞いをすれば、非難の目を受けるのはわかっているはずだ。


 ……注目?


 違和感を抱いた瞬間も、奏奈の言葉は続く。


「今から私が人生の中で、最も尊敬する人の言葉を贈ります。強者とは、あらゆる状況を自分の意のままに操ることができる者である。私は今、強者としての立場であなたたちに話しています」


 強者としての立場という言葉に、その場の空気が引き締まる。


「状況を操る者は強者であり、状況に操られる者は弱者である。この3年間、あなたたちの中に()()()()()、私の作り出す状況を覆せた者は数えるほどしか居なかった。それを私は、とても悲しく思っているわ」


 強者故の悲しみを口にし、哀れむような目を向けてくる。


「はっきりと言いましょう。このまま弱者のままで居るのであれば、あなたたちの迎える結末は惨めな死。誰かに利用されて、ボロ雑巾のように使い潰された後に捨てられるか、自分よりも大きな力を持った強者に踏みつぶされるか。どちらにしても、成長しないものには地獄しか待っていないのが、この弱肉強食の学園の現実です」


 改めて学園の実情とこれから弱者が迎えるであろう結末を明確に言葉にした後、顔を上げる。


「だけど、強者を目指して成長する者には、別の未来を切り開く力がある。だからこそ、私は今、生きてこの場に立っている。私たち卒業生は、勝者としての生きた証明」


 そうか、今わかった。


 奏奈は示そうとしているんだ。


 この学園を卒業するということの大きな意味を。


 そして、これから俺たち在校生が目指すべきビジョンを。


「この学園は3年間、常に戦うことを強いてきたつもりでいる。だけど、私は自分の意思で戦うことを決断した。この学園は、この世界はあなたが戦う決断を下すまで待ってはくれない。戦う覚悟が無い者は、惨めに無力さを嘆いて死になさい‼」


 右手を横にぎ、強い眼差しでげきを飛ばす。


 その苛烈な発言に対して、教師陣の中にはもう看過できないと言わんばかりに立ちあがって声を上げようとする者も居たが、それをヴォルフ理事長は片手を挙げることで止めた。


 この時に視界に映った奴の顔は、以前見せた薄ら笑みではなく、中庭で見た優し気な笑みになっていた。


「生き残りたいのであれば、自分だけの強さを磨いて戦いなさい‼誰もあなたたちを、導いてくれる者なんて居ない。自分たちで立ちあがって、選んで、抗っていくしかないのだから‼」


 感情を露わにしていたものから、最後は小さく息を吐いては穏やかな笑みで結んだ。


「これが元・生徒会長として、そして3年生代表としての最後の()()です。私はこの学園を出た後も、あなたたちの悪足掻わるあがきに期待しています」


 奏奈は手でサッと長い髪をなびかせた後に壇上を後にした。


 その後、どこもかしこから小さい拍手が鳴り始め、それが段々と大きくなっていった。


 最後まで、俺たち在校生に向けた激励で終わった感じだな。


 3年間の思い出とか、新しい人生への抱負とか、そういうのを言うんじゃねぇのかよ、こういう場って。


 まぁ、考えてみたら卒業式なんてイベント、小学校以来知らねぇからわかんねぇけどさ。


「これが日本式の卒業式って奴か……」


「いやいや、これは異例中の異例でしょ」


 麗音が苦笑いをしつつも、奏奈を見て小さく口角を上げる。


「それでも、自由奔放な桜田先輩らしいかもね」


 彼女の一言には「そうかもな」と同意する。


 最後まで、あの女は自分らしさを貫いたことを示しつつ、俺たちにエールを送ったんだ。


 その言葉が胸に刻まれた者が、どれだけ居るのかはわからない。


 それでも、この学園を去る者として言わなければ気が済まなかったことなのかもしれない。


 強者として卒業する意味を示し、これからも戦いが続く者たちの覚悟を奮い立たせるために。


 その後、司会役の先生が気まずそうに卒業式を進行していき、卒業証書の授与まで終わった。


 当然と言えば当然だが、奏奈の番になった時には場の全員に緊張が走っていた。


 また何かやらかすつもりではないのかと。


 まぁ、それは杞憂きゆうに終わって、普通に受け取ってたけどな。


 俺としてのイメージでは、あいつのことだから笑顔で証書を破り捨てる光景が見えていたが、それが現実にならなくて何よりだ。



 ーーーーー



 卒業式も少しの波乱程度で終了し、全校生徒が講堂を出て卒業生が在校生や教師、保護者と言葉を交わす時間が自然と発生する。


 風景としては、卒業することに対して涙を流す在校生や、記念に写真を撮る卒業生などが目に入る。


 そんな中で俺は持ってきていた竹刀袋を担ぎながら、特に誰とも話すことなく桜の木の下でボーっと周りを見て過ごしている。


「なぁ~にを黄昏たそがれてんだよ。らしくねぇぞ~?」


 気を抜いていたのか、隣から声が聞こえるまで近くに居ることに気づかなかった。


 横を見れば、基樹が呆れた顔を向けてくる。


「何してんだよ?桜田先輩に、最後に挨拶して来なくて良いのか?」


「柄じゃねぇよ。それに、あいつの周りを見ろよ。人が居過ぎて、見てるだけで酔いそうだぜ」


 奏奈の方を見ると、卒業生、在校生を問わず人が集まっていて笑顔を浮かべながら話している。


「そう言って、本当は逃げてるだけだったりして」


「・・・はぁ?」


 頭の後ろに両手を組み、基樹から陽気なオーラが消える。


「実際、これで最後かもしれないだろ。あの人が桜田家の当主になったら、簡単に会えるような機会はもう無いんだからさ。それに、今日だってそこまで時間は残されてない」


「……どういうことだ?」


 こいつの雰囲気から、只事じゃないことは間違いない。


「さっき正門の方をチラッと見た時、桜田家の車が見えた。最悪の場合、当主も来ているかもな」


「あの男が……」


 嫌でも思い出す桜田玄獎の顔を、すぐに頭を横に振ることで意識から消す。


「今、当主と接触したらややこしくなる。彼女と話すなら、今だぜ?どうせ、おまえのことだから言いたいことも、言わなきゃいけないことも言えてないんだろ?」


 俺の思考を見透かして、基樹が図星を突いてくる。


「迷っているから、地下に戻らずにここに残ってたんだろ?素直に行って来いよ。やらない後悔よりも、やった後の後悔の方が後を引きずらないって言うぜ?」


「……今日はやけお節介だな、おまえ」


 そう言いつつ、俺は背もたれにしていた木から背中を離して前に出る。


「このまま残ってて、おまえにぐちぐち言われるのも鬱陶うっとうしいから行ってくるぜ。最後にまたイラついてくるかもしれねぇから、その時は愚痴を聞いてくれよ」


「おう、任せとけ」


 サムズアップを向けて応えてくれるダチに、軽く手を上げてから奏奈の方に向かう。


 そして、向こうも俺に気づいては、周りに少し離れることを伝えては先にエレベーターの方に移動した。


 最後は人目がつかない場所で、時間を作ってくれるらしい。


 言いたいこと、言わなきゃいけないこと。


 伝えるのなら、それは今しかない。

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