姉の味
円華side
長風呂を終え、用意された服を着るとリビングに移動する。
そこもまた、幼少期を彷彿とさせる作りになっている。
テーブルの上には、中央に天ぷらなどの揚げ物が乗った大皿が置いてあり、2人分のお椀と皿、お吸い物が並んでいる。
「何じゃこりゃ。これも、デリバリーのメニューなのかよ?」
前も紫苑の部屋でピザを注文して食ったことはあるけど、こんな本格的な和食まで用意されてるとは、流石に予想外だぜ。
……と、勝手な予想をしているとBCが斜め上の返しをした。
「失礼ね。私の料理を、ここのレベルと一緒にしないでほしいわ。全部、この私の手作りよ」
「・・・マジかよ?」
不服そうな彼女の表情から、嘘をついているようには見えない。
しかも、その言い方からして、このマンションのデリバリーよりも美味いらしい。
どれだけ自分の料理に自信があるんだか。
俺が疑っているのを見抜いたのか、彼女は箸で海老天を摘まんで口元に運んでくる。
「ほらぁ~、食べなさいよぉ~」
「って、おい!無理矢理食わそうとすんな‼」
強引に口まで近づけられたため、仕方なく口を開いてパクっと噛んで咀嚼する。
こ、これは…‼
噛むほどに衣のサクサク感と海老のプリプリ感が交互に口の中で主張してくる。
こんな味を、俺は知らない。
ゴクンッと飲み込んでは小さく息を吐く。
「おまえ……いつ、こんな料理作れるようになったんだよ?」
「こんな料理って?どんな料理のこと?」
言わせたい言葉を引き出すかのように、妖艶な笑みを向けてくる。
「……まぁ、おまえからはイメージできねぇような料理だな」
ここでその誘導に乗るのも癪だったため、回りくどい言い方で返す。
「何よ、素直に美味しいって言えば良いのに」
「へーへー。美味い美味い」
「うわぁ~、可愛いくなぁ~い」
棒読みが気にくわなかったのか、視線が冷ややかなものに変わってしまう。
そして、一口食べれば、流れで一緒に食事をすることになって席に着く。
BCも自身の口に天ぷらを運べば、平然と「まぁ、当然ね」と呟いた。
「真面目な話、どこでこんな……。料理修行でもしてたのか?」
俺の知らない味付けだけど、妙な懐かしさを感じるのが不思議だ。
一番の奇妙さは、桜田家で食っていた味じゃないってことだ。
どっちかって言うと、椿家の味付けに似ている気がする。
だからこそ、一口二口と箸は進むけど、その度に少しだけ咀嚼が止まる。
「まぁ、私の料理の秘密を話す前に、さっき言ったことを詳しく話しましょうか」
話したくない理由でもあるのか、露骨に話を逸らされた。
だけど、次の一言で意識が完全に切り替わる。
「お父様が何故、異能力者を殲滅しようとしているのか。あなたも気になるでしょ?」
桜田玄獎の目的。
確かに引っ掛かりを覚える部分が多かった。
その核心にBCが触れているのなら、ぜひとも知りたい。
こっちの復讐とも無関係じゃないかもしれねぇしな。
俺が黙って聞く態勢に入ったことで、彼女は話し始める。
「元を辿れば、20年前まで時間を遡ることになるわね。お父様は、椿の叔父様と共に世界の混乱に巻き込まれていたそうよ。あなたのような異能を持つ者と、そうでない者との戦争にね」
「……戦争?そんな出来事があったなんて、聞いたこともねぇぞ?」
「世界的に抹消された戦争なのよ。どこの誰が、どうやってそうしたのかはわからないけど、その戦争が終結した時には長い年月が経っても、異能を持つ存在は世界に公表されることは無かったわ」
大方、居たとしても俄かには信じられない現実にガセネタだと思われた可能性もあるだろうな。
俺の異能だって、恵美みたいに事前に知っているわけじゃなかったら、目の当たりにしなきゃみんな信じなかったことだ。
「隠されていたのは気に入らねぇけど、その戦争って奴で親父と桜田玄獎が参加していたのなら、確かに俺の異能について知っていてもおかしい話じゃねぇよ。だけど、その話と結びつけるなら、親父たちは異能者を倒す方だったんだろ?だったら、俺を生かしていた理由がわからねぇよ」
自分が異能を宿す存在だと知っていたのなら、尚更理解できない行動だった。
生かしておくのは、危険でしかないはずだ。
「その認識を少し訂正するのなら、お父様たちは最初は中立だったのよ。異能のことも、何もわからない存在だったから。その中で叔父様はある異能者……戦争の根幹となる人物と友好を深めていったのだけど、お父様は違ったわ」
BCの声音が、重々しいものにトーンダウンする。
「お父様は、異能力によって大事なものを奪われた。その時に決意したのよ。異能を持つ者を殲滅しなければ、また奪われるとね。全ては人類を救うためとか、盲信的なことも口走っていたわね」
「何だよ、それ。人類救済とか、自分が絶対正義って思ってる奴の謳い文句じゃねぇか」
くだらねぇとは思いつつ、気になる部分はあった。
あの男の考え方を偏らせるなら、ありがちなエピソードだとは思う。
「大事なものって……当時の家族か?そう言えば、あの男の親とか知らなかったな」
「その話をすると、まだ長くなるわね。だけど、その戦争によって2人の人生が狂ったのは事実よ」
話し続けて喉が渇いたのか、1度お吸い物に口をつけて喉を潤す。
「それによって、桜田家の中でも思想が2つに分かれた。人類救済を主張して異能者を殲滅しようとするお父様の本家と、異能者と協力してこの世界の悪意を監視しようとする椿の叔父様たち分家にね」
「……そういうことか」
頭の中で、生まれてからの一連の流れが繋がり始めたように思えた。
高太さんたちが、何故俺を桜田家に預けたのか。
そして、何であの暁の夜に谷本師匠が本家に来ていたのか。
あくまで推測であり、こじつけてる部分があるかもしれない。
「どうして、そうしたのかはわからねぇけど、俺は桜田家に預けられた。そして、その預けた人たちは桜田家がどういう所なのかを知っている。だから、監視のために師匠を時々向かわせていた。桜田家が、俺という異能を持つ存在に手を出さないようにするために」
異能を否定する者たちの中に、あえて預けるのはリスクがある。
それが組織から俺を隠すためだったのか、何か別の目的があったのかはわからない。
綱渡りのような状況で、自分が生かされていたことに気づいて冷や汗が出てくる。
成瀬沙織の言葉が本当なら、俺はサンプルベビーじゃない。
だとしたら、何の理由があって高太さんは俺を遠ざけたのかはわからない。
やっぱり、出生って奴が関係しているのか?
疑問を浮かべるのはそこで止め、BCが口を開くのが見えて意識を現実に戻す。
「私が聞いたのは、桜田家が異能者の存在をこの世界から消そうとしているってこと。そして、そのためにあなたを利用しようとしていたってことくらいかしら」
「……マジかよ?」
生かしていた理由は、そういうことか。
あの男のことだ。
毒を以て毒を制す気もあったってことかよ。
それほどまでに、俺は重要な駒になると判断したのか。
だから、自分の息子として手元に置こうとしていた。
もしかして、俺が意味も分からねぇ根源って奴を持ってることも知っていたのか…?
そこまでは、勘繰り過ぎか。
「だけど、あなたは結果として椿家に引き取られることになった。そうなった経緯については、残念だけど話してもらえなかったわ。それでも、お父様としては不服だったようだけどね」
親父と桜田玄獎が何を話して、俺が椿家に行くことになったのかは不明。
それでも、1つだけ確かなことがある。
親父は俺を、守ろうとしたんじゃないかって。
椿家での生活は俺が人として生きることができていたような気がした。
親父もおふくろ、椿組のみんな……そして、もちろん姉さんも、俺を1人の人間として扱ってくれた。
仕事としてやってきたことは、褒められたことじゃなかった。
それでも、あの家よりも満ち足りた生き方ができていた。
俺が椿家での生活のことを思い出している中で、BCは「だから」と言葉を続ける。
「もう自分の駒ではなくなったあなたを、あの人はもう既に用済みと判断していた。逆に抹殺対象として見ていて、逸早く殺したいとすら思っていたでしょうね」
「……まぁ、ありえる話だな。それでも、これはあくまで推測だけど、親父の存在が抑止力となっていた。そして、気に入らねぇけど、この学園でもおまえの存在がその決定を下すのを躊躇わせた」
「そうね。私はあなたのためなら、次期当主の座なんてすぐに捨てても良いと思っていたもの。……それこそ、もしもあなたを私の前で殺したのなら、一族全員を皆殺しにしていたかもしれないわね」
平然と言っているが、殺人を口にした時の彼女の目には闇が見え隠れしていた。
こいつの口から、そんな物騒な言葉が出てくるとは思わなかったぜ。
「だけど、もう私もこの学園を離れることになる。そうなれば、あの人が何をするか……わからないあなたじゃないでしょ?」
その問いかけに対して、視線を下に落として舌打ちする。
「っ、おまえが当主の座に就けば、俺を殺す大義名分は立つってか」
「来年、あなたを退学……あるいは殺すために、桜田家から刺客が送られることは明確よ。用心するに越したことは無いわね」
「……面倒くせっ」
向こうがその気なら、こっちも叩き潰してやるよ。
そんな一方的な思想のせいで、殺される気は毛頭ねぇからな。
ここまでで聞きたいことは粗方聞き終え、食事に集中しようとするとちょくちょく箸を進めていたため、皿の上はもう残り少なくなっていた。
「あれ……俺、もうこんなに食ってたのか」
「私が話している間も、緊張感もなくモクモクとね。そんなに美味しかった?姉の味は」
姉の味……何か変な感じだ。
妙に馴染みがあって、無意識に食べていた気がする。
だけど、これは桜田家で味わったものじゃない。
さっきも思ったけど、どっちかって言うと……。
「この料理はね、涼華さんから教わったものなのよ」
BCが頬杖をつきながら、複雑そうな笑みを浮かべて答えを言った。
「おまえが、姉さんから…!?いや、何で!?おまえ、だって、姉さんのこと…‼」
「あなたが知らないだけで、私も本家の集会以外でも関わりはあったのよ。まぁ、それもこの学園に入ってからだけどね」
「そう、だったのか…」
意外な話に、理解が追いつかなくなっている。
まさか、姉さんの味をBCが再現するなんて思いもしなかったからだ。
こいつのことだ、教わったからには完璧に味を再現しているのがわかる。
それを知ってから料理を食べると、不意に視界が潤んだ。
「……マジかよ。まさか、姉さんの料理を……こんな形で…‼」
嬉しいと思いつつ、改めて実感させられたような気がした。
今、俺がこの料理を食べられることは奇跡に等しいんだ。
椿家に居た時、姉さんが飯の当番だったことはなかった。
もう本当なら、知ることが無かったはずの味だ。
必死に涙を堪えながら、料理を全て食べ終えたことで手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
顔を見られないように俯きながら言えば、BCは「お粗末様でした」と返した。
「私が居なくなる前に、この料理をあなたに食べてもらえて良かったわ。憎たらしい人からの教えだったけど、あなたが喜んでくれたなら何よりよ」
「……感謝してる。ありがとな、BC。だけど、何で姉さんに料理を教わったんだよ?おまえだったら、わざわざ教えを請わなくてもネットで調べれば大概は再現できるだろ?」
わざわざ嫌っている姉さんに教わることに対して疑問を口にすれば、彼女は何かを思い出すような黄昏る表情を浮かべては、人差し指を口に当てる。
「内緒♪乙女の秘密は詮索しないものよ」
肝心な部分は、教えねぇのかよ。
まぁ、良いか。
腹は膨れたし、知りたいことも知ることができた。
混浴とかいう要らねぇサプライズはあったけど、それなりに有意義な時間だった。
用事も済んだため、もう出ることを伝えるとBCは引き留めることなく玄関まで見送ると言った。
「卒業式、必ず参加しなさいよ?この学園で私の雄姿が見られる、最後の機会なんだから」
「へーへー。気が向いたら出てやるよ」
やる気のない返事をしつつ、それに文句を言うことは無かった。
不思議な感覚だけど、今日1日一緒に居ただけで少しだけ……ほんの少しだけだけど、俺たちは昔の関係に戻れたような気がした。
もしかして、今なら、少しは……。
「じゃあな……」
言葉を区切り、彼女のことを呼ぼうとした時、向こうのスマホが鳴った。
「なぁ~によ、もぉ~。タイミングが悪いわねぇ」
画面を見れば、BCの目の色が変わった。
そして、焦ったように俺をドアの向こうに押し出した。
「それじゃあね!真っ直ぐに帰りなさいよ!?そして、もう1回言うけど、絶対に来ること‼良いわね!?」
「えっ、あ、はい…!?」
流されるがままに返事をしてしまい、バタンっとドアが閉められた。
「……何だったんだ?あの慌てようは……」
少し気になったが、すぐに彼女の言っていたことを思い出して首を横に振る。
乙女の秘密は詮索しない……だったな。
寮を出てから口元に手を当て、料理の味を思い出す。
失って初めて、気づくこともあるんだな。
「他はガサツな癖に、意外と料理は上手かったんだな……姉さん」
無意識の呟きの後、視界が潤んできたので、手の甲で両目を拭った。
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