水入らずの情報提供
気を抜いていたわけじゃない。
この女のことだ、何か仕掛けてくるとは思っていた。
だけど、まさか、ここまでぶっ飛んだ方法で来るなんて…‼
「なぁ~にを固まってるのかしら?もしかしてぇ……お姉ちゃんの成長に、反応しちゃった?」
そう言って、BCは前を隠すことなく、逆に頭の後ろに両手を組んでは腰まで長い髪をまとめながら近づいてくる。
この時、当然ながら発育の良い所は揺れているのが視界に入り、すぐに後ろを向いて頭を押さえた。
「おまっ…‼何してんだよ、本当に!?ふざけんのも、大概にしろっての‼」
「ふざけるなんて、失礼しちゃうわね。これからする話には、何の隠し事も無いって意思表示のつもりなのに。それにぃ……」
真後ろまで近づいたのを足音で察した時には、その細い腕を後ろから回してきた。
「可愛い弟の成長した姿を、視たくなるのはいけないこと?」
「な、何が成長だぁ!?おまえ、そろそろ、そういうのは自重しろって―――」
「安心して。これで最後だから♪」
遮るように、BCは低い声音でそう告げた。
「えっ……」
予想外の返答に呆気に取られていると、後ろから柔らかい感触のものを2つ押し付けられる。
「実際に、こうして触れてみるとわかりやすいわね。細いけど、引き締まっていて鍛え抜かれた身体。過酷な環境で生き抜くために、強くなるために、どれだけ己を磨いてきたのか……その経験が、伝わってくるわ」
囁くように言い、手を俺の腰から上にあげて、指でなぞってくる。
「本当に成長したわね。私が守らなくても、こんなに立派になって……」
そう言って、肩に顎を乗せてきては、チラッと下を見る。
「あらっ、立派になったのは身体付きだけじゃないみたいね」
「っ‼言い方と行動がR指定だろうが‼」
声を荒げて止めれば、「まぁ、そうね。やり過ぎたわ」と言って離れる。
はあぁ~、若干呼吸が止まった。
こいつ、そういう方面に向いてんじゃねぇのか?
要らねぇ発見に対しては頭を横に振って、思考から追い出す。
「ほら、円華。そこに座りなさい」
無駄なことを考えていると、椅子が用意されて促される。
「は?何する気だよ?もう乗せらんねぇぞ」
警戒心を強めて言えば、半眼を向けられる。
「バカねぇ~、変なことをするつもりはないわよ。髪を洗ってあげるから、座りなさいって言ってるの」
「そんなの、自分でやるって―――」
「あぁ~もう、面倒くさいわねぇ‼」
もはや力づくで腕を引っ張られ、上から押さえつけられる形で座らされた。
「うわぁっと!?」
この時、こっちは抵抗するために力を入れる余裕も無いほどに、素早い動作で絡めとられる。
気づいた時には、もうBCの思い通りの展開になっていた。
シャンプーを手に取り、2回プッシュしては両手で泡立たせ、髪に触れられる。
ワシャワシャという音が耳に届きながら、上から彼女がフフっと笑う声が聞こえる。
「昔はこうやって、よく髪を洗ってあげてたわね。あの時は髪が長くて、洗うのが大変だったわ」
「……だろうな。正直、髪が重いし鬱陶しいったらなかったぜ」
もはや抵抗するのもバカバカしくなり、されるがままにシャンプーを受け入れる。
俺が髪を切ったのは、高校生になった時だ。
理由は、自分の中の隻眼の赤雪姫と決別したかったから。
人を殺すことができなくなった俺には、赤雪姫のコードネームを名乗る資格は無い。
ただの復讐者として生きるために、過去の自分をもう1度捨てることを決めたんだ。
上から見ているBCが、生え際を見て怪訝な目を向けてくる。
「あなた、どれくらいのペースで髪を染めてるの?もう黒髪から茶髪が見えてきてるわよ?」
「え、もうかよ?この前、染め直したばっかだってのに……」
自分の髪が伸びるスピードが、速いことは自覚している。
実際、3週間から1か月のスパンで黒染めしている。
最初の頃は面倒だったけど、習慣化したら慣れたもんだ。
「髪を切ったのは、男らしくなったから理解できるわ。だけど、未だに意味がわからないのよ。何で椿家は男は黒髪にしなきゃいけないなんて、変な風習になっているのか」
「俺だって知らねぇよ。親父から、髪を切るなら黒に染めろってマジな目で言われたんだからな」
「本当に、椿の叔父様も変なところで律儀に風習を守るわよね。普段はそう言うこと、面倒くさがるのに」
確かに、親父はそういう家の風習とかはあまり気にしない男だ。
何だったら、煩わしいとすら思っているきらいもある。
それなのに、俺が髪を切った時、親父は鬼気迫る顔で迫ってきた。
そして、髪を染めろと言った。
今まで聞いたことがない、『男は黒髪でなければならない』っていう変な風習を押し付けて。
その時から疑問はあれど、俺もその決まりを守ってきた。
第一、男が黒髪に染めなきゃいけないなら、この家に来た時からそれを伝えるべきだし、今更になって言われても説得力は無かった。
もっと、別の理由があるような気がした。
だから、それを知るためにも親父の命令に従っていた。
シャンプーが浸透したのを確認し、上からシャワーを当てて落とされる。
洗い流した所で、今度はタオルを取り出した。
「次は身体も洗ってあげるわ。円華がどうしてもって言うなら、前からでも―――」
「……後ろだけにしろ。変な期待してんじゃねぇよ」
前に立つことは拒みながらも、身体に触れられることには特に触れない。
ここで拒否したところで、強引に始められるのは目に見えている。
変に抵抗せずに受け入れていると、タオルにボディーソープを着けようとしたところで嫌な笑みを浮かべる。
「何だったら、タオルじゃなくて私のお―――」
「やるなら、タオルでやれ‼変態‼」
さっきから、こいつ、考えることが全年齢対象じゃねぇ。
浮かれてんのか?この状況に。
それとも、もうそう言うことを経験しているとか……。
いや、こいつに手を出せる男がイメージできねぇ。
ねぇな、ありえねぇ。
タオルを上下に当てて背中を擦りながら、BCが呟く。
「つまらないわねぇ~。こう言うのは、男の子の憧れだって聞いたのに」
「悪かったな。これでも、俺は紳士なんだよ。気もねぇ女に手を出せるか…」
吐き捨てるように言ってやれば、彼女の手が一瞬止まる。
「それって、裏を返せば気がある女には積極的になれるってことよね?やだぁ~、円華もケダモノになったのねぇ~」
「そう言う意味でいったわけじゃ…‼」
すぐに否定しようとするが、その時にクリスマスの時のことを思い出す。
あの時、俺は急に気を失った恵美に思わず……。
って、何を思い出してんだよ!?
ちげぇだろ、あれは‼不可抗力だって‼
雑念を軽く首を横に振って追い出した後、シャワーを当てられて泡は流される。
そして、流れで2人で湯舟に浸かることになるが、当然BCが視界に入らないように隅の方に座って背中を向ける。
こっちとしては気を遣っているにも関わらず、向こうは横に座ってくる。
「昔はお互いに洗いっこもしたし、対面でお湯にも浸かっていたわねぇ。無邪気に風呂場ではしゃぐあなたに、危ないからって何度注意したかわからないわ」
「つまんねぇことを思い出してんじゃねぇよ。あの時から、おまえは俺に対して過保護で鬱陶しかったぜ」
思い出したくもねぇけどを言われ、皮肉の言葉が口から漏れ出た。
それに対して、またからかうようなセリフが返ってくるかと思えば、彼女は素直に「そうね」と返す。
「今のあなたを見ていれば、わかるわ。私ではなく、涼華さんが正しかったことが。生き方が変われば、人はこうも強く成長するのね」
また、姉さんの名前が出てくる。
BCの口から2度も呟かれたことが、流石に気に留まる。
「どうしたんだよ?やけに自分と姉さんを比較するな」
「別に?あなたを見ていたら、嫌でも自覚させられるって思っただけよ。私はあなたのお姉ちゃんには、向いていなかったんだなってね」
腑に落ちない言い方だ。
今まで、うざいまでに俺の姉ってことを押し付けていた癖に、それをひっくり返している。
「BC、おまえ―――」
「最初に謝っておくわ」
俺が詮索しようとする前に、BCが被せるようにして遮る。
「私はお父様の暴挙を止めることができない。今はまだ、ね」
「お父様……桜田玄獎か」
どうやら、ここから本題に入るようだ。
BCの声音が、からかうようなものから真剣なものに変わる。
「あなた、最近のニュースか新聞は見た?」
「ああ、偶然目にした。おまえが言いたいのは、あの男から次期当主の座を譲られるってことだろ」
俺の仮説に対して、彼女は「その通りよ」と肯定する。
「ここを卒業して、すぐに本家の当主かよ。大分出世じゃねぇか?」
「不本意だけどね。あの人は俗事を私に押し付けて、本当の目的を本格的に進めたいのよ」
「……本当の……目的…?」
引っ掛かるワードに、思わず復唱してしまった。
そして、彼女ははぐらかすことなく言葉を続けた。
「お父様は、この世界から異能力者を根絶しようとしているのよ」
「……何を……言ってんだ…!?」
頭の中に、樹形図のように疑問が浮かんでいく。
桜田玄獎が、異能力者を根絶しようとしている?
いや、その前に異能力の存在を知っているのか?
それなら、まさか緋色の幻影のことも?
あらゆる疑問が浮かんでくる中で、BCが右肩に手を置いてくる。
「呼吸を整えなさい、円華。身体が震えているわよ?」
言われて気づき、ビクッと大きく震えた所で背筋を伸ばす。
そして、酸素が身体に行きわたり、詰まっていた二酸化炭素が不安と共に吐き出される。
頭が少しずつ冷静さを取り戻していく中で、点と点が線で繋がっていく。
今まで、確信を得られなかったから保留にしていた真実に向かって。
俺が高太さんたちから、桜田家に預けられたのは異能力のことを知っていたからだと。
ずっと、この学園に来てから自分のこと、異能力のことを知る度にちらつく、あの暁の夜。
初めてヴァナルガンドの力を暴走させた日に、あの男はこの力を知っているような口ぶりだった。
それに対して、意識を向けている余裕が無かった。
「1つ……確認させてくれ」
俺が聞こうとしていることに察しがついたのか、BCは少しの沈黙の後に「良いわ」と許可する。
「おまえは、俺の力のことをどこまで知っているんだ?」
左目に意識を集中させ、瞳を紫から紅に染めて顔を横に向けて見せる。
その眼を見て、BCは視線を逸らすことなく合わせる。
「あなたに宿る力のことは、お父様から聞いているわ。希望の血と絶望の涙、2つの力が混じっている存在。そして、あの人の当初の目的では、あなたは自分の目的のために最有力の駒になる予定だったわ」
「だけど、そうはならなかった」
あの男のことだ、自分のためなら何でも利用しようとするスタンスはわかる。
しかし、その予定から俺は外れている。
「あなたは、本来ならば椿家に移る予定は無かったのよ。お父様はあなたの力が覚醒したことを目の当たりにし、来たるべき時が来るまで本家に監禁する気だったって聞いたわ」
「監禁…ね。確かに、あんなのを見たら、封印するか殺すよな」
当時の自分の危険性を考えれば、正しい判断だ。
だけど、それを納得はしても感情は別の話だ。
「それがどうして、俺は椿家に…?」
「清四郎叔父様が、お父様と交渉をして引き取るって言ったのよ。お父様としては、不本意だったみたいだけどね」
「何で、そこに親父が出てくるんだよ?」
「さぁね、そこまではわからないわ。でも、あなたも知っているでしょ?お父様の決定を覆せるほどの発言権を持っているのは、叔父様くらいのものよ」
確かにあの男に対抗できるのは、親父くらいだな。
だけど、親父があの男と交渉してまで、俺を引き受けた理由は何だ?
椿家は俺に、何かを隠している……。
それがわかり始めているのに、そこに悪意があるようには思えない。
十数年生活してきたから、感情移入しているのか。
「なぁ、BC」
答えが出ない親父への疑問は後に回し、先に気になることに対して目を向ける。
さっきから、BCは姉さんのことを気にしている節がある。
だからこそ、雰囲気に流されてか、気にしないようにしていたことを言葉にした。
「おまえ、俺が姉さんの復讐のために戦っていることに対して、怒りは無かったのか?」
ずっと、気にしないようにしていても、疑問には思っていた。
姉さんが死んでなお、俺が彼女のために戦おうとしていることに、BCは思うところは無かったのかを。
しかし、それに対してBCはフフっと笑って答えた。
「最初は気に入らなかったわ。だけど、今はそうでもないのよ。だって、あなたはもう、涼華さんのためだけに戦っているわけじゃないでしょ?」
この学園での俺を見ていなければ、出てこないようなセリフだった。
始まりは姉さんの復讐に駆られたものだった。
だけど、今はそうじゃない。
俺には、大切なものができた。
そのことをわかっているからこそ、BCは俺の戦いを肯定してくれたんだ。
俺の呆気にとられた反応に満足したのか、後ろから立ち上がる音がして湯舟から彼女が出ていく。
「逆上せちゃう前に上がるわ。私、そんなにお風呂って得意じゃないのよね」
「だったら、何で来たんだよ?」
「決まってるでしょ、あなたへの嫌がらせ♪」
妖艶な笑みを浮かべたまま、俺に背中を向けて脱衣所に行ってしまった。
「あなたはゆっくり浸かってなさい。先にごはんを用意して待ってるから」
「……マジかよ」
こいつ、どんだけ俺に長居させる気だ?
呆れつつも、あいつが脱衣所を出てからも少し長湯することにした。
理由は思春期ゆえの強い雑念を振り払い、頭を冷静にするためだ。
流石に身内とはいえ、今のは刺激が強すぎるっての。
感想、評価、ブックマーク登録、いつもありがとうございます‼




