暫しの別れ
円華side
一翔と共に向かった先は正面玄関であり、そこには麗音が1人で壁に背を預けて立っていた。
その表情は、どこか曇っているようだ。
「本当に、ここに居るなんて……。帰る気満々じゃないか」
「そんだけ怒ってるってことなんじゃねぇの?ほら、さっさと行ってこいよ」
ちなみに、ここに来たのは聞き込み調査の賜物だ。
別の学園の制服を着ている女子なんて、嫌でも目立つ。
一翔が知り合い数人に聞いただけで、すぐに辿り着いてしまったってわけだ。
あいつは少し緊張した面持ちで、麗音に歩み寄っていく。
「れ、麗音……」
声をかければ、彼女は視線を横に向けて「あ…」と声を漏らす。
「何よ、顔が強張ってて恐いんだけど?」
「ごめん……」
いや、そこで条件反射で謝るんじゃねぇよ。
麗音に見つからないように、少し離れた場所の物陰に隠れながら状況を見守る。
「さっきは、その……しつこくして、ごめん。君の気持ちを、考えられなかった」
「……別に気にしてないわよ」
そう言いつつ、彼女は一翔と目を合わせようとしない。
言葉と態度が一致していないことに、あいつも気まずそうにしている。
おーい、さっきの自信はどこに行ったー?
もう挫けそうになってるぞー?
もはや、俺が2人を見る目が半眼になってしまう。
「おい、おまえ……」
後ろから誰かに声をかけられる。
あ、やべっ、見つかった。
他所から見たら、俺のやってることって覗きと変わらねぇんだよな。
最悪の場合、教師に告げ口されてもおかしくない。
あまり、阿佐美の奴と関わるつもりはなかったけど、恐る恐る後ろを振り返る。
そこに立っていたのは、見覚えのある体格のいい男が居た。
「山下……だったよな、確か」
阿佐美学園の1年Dクラス、山下克起。
合同文化祭の時の協力者だったから、記憶に残っている。
その服装は、体操服で少し汗だくになっているようだ。
彼は俺の身体の向きの先に視線を送れば、「あっ」と声を上げようとするところを
腕を引いてしゃがませる。
「な、なな、何で柿谷が…!?え、何だよ、あれ…‼どういう状況なんだ!?」
「たった今、あのアホ真面目は青春の1ページを刻もうとしてんだよ」
山下は一翔のことが気になり、目が釘付けになっている。
「まさか、あいつにこんなイベントが起きるなんてな……。気まぐれに部活の練習に出て良かったぜ」
「部活?おまえ、真面目に部活とかするキャラだったのかよ」
「はぁ?俺ってどういう奴だと思われてたんだ?」
「絵に描いたような不良」
「おまっ…‼これでも、バスケは好きなんだよ。今は休憩時間だ」
その休憩時間を、一翔の青春への好奇心に注ぐようだ。
傍観者……もとい、実況者は2人に増えた状態で再度2人に視線を戻すと状況は動き出していた。
「僕、気づかない内に焦ってたみたいなんだ。それで君と2人になったら、思ったようにできなくて……麗音が怒っているのが、嫌で……」
「……だから、別に怒ってないってば」
話をぶり返すと、露骨に不機嫌な声になる麗音。
流石に、それは一翔も気づく変化だった。
あいつも、同じ轍は踏まない。
「怒ってるように見えたのは、恐かったからで、僕自身が嫌だったからなんだと思う。本当は、君には……」
意味あり気に、本心を言う前に一呼吸間を置く。
そして、少し頬を染めて心の内を口に出した。
「麗音には、笑ってほしかったんだ。僕が君を、笑顔にしたかった」
真っ直ぐに素直な気持ちをぶつけられ、麗音はその言葉が耳に届いて少し目を見開く。
そして、その意味を理解したのか、彼女は一翔以上に顔を耳まで真っ赤にする。
「なっ、何を変なことっ…‼もぉ~‼恥ずかしいこと言ってるって、あんたわかってる!?」
「わかってるよ‼でも、これが僕の本心なんだから、仕方ないじゃないか‼」
いや、多分だけど、若干の認識の違いがあるような気がする。
一翔と麗音、双方のことを知っている俺だからこそ、それに気づく。
「柿谷のやつ、あれってほぼほぼ告白じゃねぇか…!?」
山下も勘違いで、傍観者としてハラハラしているのが隣から伝わってくる。
「いやぁ~、あれに深い意味はねぇだろ、うん」
「おまえ、何であれを見てそんな冷めた目してんの!?」
「あ?そんなの、すれ違ってるのがわかってるからだよ」
簡単に言えば、好意と友情(思い込み)のすれ違いだ。
他の人間が視れば、確かに告白にも近い言葉のような気がする。
だけど、それは鈍感アホ真面目じゃなかったらの話だ。
そして、恥ずかしいことの意味も認識が違っている。
麗音からしたら告白に近い言葉でも、当の本人からすればただの願望を口にしているに過ぎない。
そこに付き合いたいとか、そう言う恋愛的な事情は関係ない。
ただ本当に、麗音の笑顔が見たいって願望しかないんだよな、あいつには。
俺の見解を山下に簡潔に説明すれば、彼も少しだけ冷静になった。
「なんつーか、柿谷ってまだまだガキだよな」
「何を今更。だけど、それでもあいつと仲良くやってくれてんだろ?」
「……そりゃ、ダチだからな」
「そう思ってくれてるなら、俺も安心できるぜ」
面と向かって、一翔のことと友と言ってくれる存在が居てくれた。
偶然の状況ではあったけど、今日はそれがわかっただけでも良かったかもしれない。
一翔たちを見ていると、麗音が顔を真っ赤にしたままアワアワと動揺しているのがわかる。
それに対して、あいつが唖然としているのが面白い。
そして、頭を押さえては少し冷静になった麗音が、困ったような笑みになって一翔に言った。
「本当に……あんたって、アホ真面目よね」
「っ!?もう、それで良いよ」
あ?俺が言ったら突っかかる癖に、麗音にはその反応かよ。
よし、今度文句を言った時はこのことをいびってやろう。
とりあえずは仲直りはできたみたいなので、俺は偶然を装って行くことにした。
その前に、隣で共に成り行きを見守っていた山下に声をかける。
「山下、頼みがある」
真面目な声音で言えば、しゃがんだ体勢のまま彼は顔を上げる。
「この先、あいつがまた悩んでいることがあったら、力になってやってくれ」
「……それ、俺に頼むのか?Bクラスだぜ?」
Bクラス……。
俺の記憶が確かなら、前はDクラスって言ってたはずだ。
あれから、2回も上級クラスに昇っているのか。
それなら、尚更信頼できる。
「クラスの違いなんて関係ねぇよ。合同文化祭の時、おまえは一翔を助けるために俺に協力してくれた。その事実があれば、十分だ」
そう言って、彼の肩に手を置いて軽く頭を下げる。
「頼んだぜ、山下克起」
俺からの信頼を乗せた頼みに対して、あいつは言葉では何も言わず、黙って頷いてくれた。
それだけで、想いを汲み取ってくれたと判断して手を離す。
そして、仲直りを果たした2人の下に足を進めた。
ーーーーー
一翔たちと合流し、少し雑談をしていると進藤先輩と高雄生徒会長が正面玄関に現れる。
「連絡も無しに集まっているとはな。待たせてすまなかった」
「まぁ、特にやることも無かったですからね。先輩たちの方は、話し合いは終わったんですか?」
「滞りなくな。高雄生徒会長が、俺の意見に対して変に突っかかるような人ではなくて助かった」
彼女の方に視線を向ければ、少し困ったような笑みを浮かべる。
「私を誰かと重ねてみるのは失礼ですよ、進藤生徒会長。私としては、才王のみなさんとは本当の意味で、友好的に接していきたいと思っていますので」
誰かって言うところから、共通の人物を思い浮かべているのがわかる。
何度も比較する様で悪いけど、本当にこの人が阿佐美の生徒会長で良かった。
時間的にも、もう戻らなきゃいけない時間だ。
ロールスロイスの前に移動し、見送りとして一翔と高雄生徒会長も一緒に来る。
「では、次に会えるのは、通常通りなら合同文化祭の時ですね。またお会いできる日を、心待ちにしております」
そう言って、別れの挨拶をしてくれる高雄先輩に、進藤先輩が「こちらもです」と返して握手して車内に入る。
「会えて良かったよ、麗音。また会える日まで、元気で……。一応、円華も」
「おい、今さらっとついでに俺の名前を言ったよな?絶対に今、取ってつけたように言ったよな!?」
俺の突っ込みも虚しくスルーされ、麗音は頬を人差し指で掻いた後で軽く手を振った。
「次会う時までに、少しは乙女心を勉強しときなさいよ」
「っ!?……精進します」
うわぁ~、最後に釘さされてやんの。
麗音も車に入っていき、最後は俺だけになる。
一翔と目を合わせては、簡潔に言いたいことを一言に済ませる。
「負けんなよ、いろいろと」
「わかってるよ、安心してくれ。君以外に、僕を追いつめられる相手は居ないからね」
それを聞いて安心し、フッと笑って俺も別れを済ませた。
3人乗せたことを確認したところで、運転手はドアを閉めてロールスロイスを発進させた。
阿佐美学園から離れつつ、その姿が見えなくなるまで一翔と高雄先輩はこっちを見ていた。
それが見えなくなったところで、進藤先輩が口を開く。
「次の合同文化祭の形式だが、高雄生徒会長や成瀬学園長と少し話し合ってな。以前のようなことが起こらないように、追加で面白い催しが行われることになった」
「もう、次の文化祭の話をしてたのかよ。気が早いんじゃねぇの?」
「早めに準備を始めるに越したことは無い。それに以前の反省点として、俺たちは向こうと接触することを避けていたが、今はその必要もないからな。事前に話をし、互いの意向を確認しておくのは容易だった」
日下部が居た時は、その意向すらも裏で利用される可能性が在ったからな。
今だからこそ、できた会話だったって所か。
だけど、その話し合いに成瀬沙織が参加していることが不穏だぜ。
「今はまだ、以前とは異なる文化祭になるとだけ伝えておく。また、おまえたちの力を借りることになるかもしれない。その時は、よろしく頼む」
漠然とした依頼だけど、断る理由も無い。
また実行委員を任されるのは、流石に懲り懲りだけどな。
だけど、今日、少し阿佐美学園の中を見て回っただけで変化しているのがわかる。
確かにあの学園は合同文化祭以降、変わろうとしているみたいだ。
それがわかったのも、今日の大きな収穫だったかもしれない。
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