思い出の陰
円華side
息苦しい空間から解放され、校舎内を歩いていると向こうから探し人が2人とも近づいてくる。
軽く手をあげて声をかけようとするが、その前にでかい声が聞こえて止める。
「ねぇ!?本当に何で怒ってるの!?僕、何かした!?」
「だぁ~かぁ~らぁ~‼怒ってる怒ってる、うるさいってば‼少しは静かにしなさいよ‼」
アワアワして動揺している一翔と、それに対して腹を立てている麗音。
そう言えば、電話越しでもちょっと不機嫌だったな。
こいつら、俺が成瀬の母親と探り合いをしている間に何してたんだよ。
「おまえら、マジで何してんだ?」
足を止めて半眼になって聞けば、麗音が助けを求めるように言った。
「あんたの幼馴染、しつこいんだけど?どうにかしてよ」
「はぁ?そんなこと言われたって、おまえ……」
彼女の隣を見れば、アホ真面目がこれまでに見たことがないくらいに取り乱している。
「なぁ、円華からも言ってくれよ!?僕、麗音に何かしたのかなぁ!?」
「まぁ、この反応からして、おまえが火にガソリンを注ぎ続けてるのは確かだろうな」
腕を組みながら鼻から息を吐き、とりあえずは自分の中で天秤をイメージする。
さて、どうすっか。
この状況、見てる分には面白れぇんだよな。
自分が性格が悪いことを自覚しつつも、一翔と麗音の反応を見ていると笑えてくる。
冷静を装いつつ、必死に無表情でいるように我慢しているんだ。
だけど、このままだと面倒なことになっていく気もする。
最終的には、2人から個別に俺に八つ当たりが来そうな気がする。
うん、それに付き合わされるのは御免だな。
「そんなに鬱陶しいなら、ここからは俺に交代だな。麗音はクールダウンに、散歩でもして来いよ。進藤先輩、学園長と話があるらしくて、まだ時間かかりそうだしな」
一翔の相手を引き受け、麗音は「じゃあ、そうさせてもらうわ」と言って離れて行った。
「え、待ってよ、麗―――」
「あー、はいはい。今は1人にした方が良いんだよ。少しは押してダメなら引いてみろよ、アホ真面目が」
押し一辺倒のこいつのことだ、気になってしつこく聞き過ぎたんだろう。
逆効果だっての。
本当に、こいつは会話の駆け引きが下手だな。
俺の指摘に一翔も頭が冷えたのか、渋々彼女を見送った。
そして、2人で自販機コーナーに移動しては購入した緑茶を渡し、隣同士でベンチに座る。
「そんで、何があったんだよ?麗音があんなに怒るっていうか、呆れたところなんてあんまり見ねぇ光景なんだぜ?」
「……わからないから、しつこく聞いてしまったんだよ。僕って奴は、何でいつもこうなんだろうね」
「反省するなら、状況の整理からしてみたらどうだ?同じことを繰り返さないためにもさ」
両手で頭を抱えながら腰を丸める一翔を横目に、まずは状況を確認するために話を引き出した。
結果として、俺は1つの事実に辿りついた。
推測の域は出ないけど、十中八九、鈍い俺でも察することができるレベルだった。
麗音それ、完全に一翔に嫉妬してんだろ!?
つか、あの袋の中に入ってたのって、こいつへの弁当だったのかよ!?
多分……そういうことだよな。
俺の推測が当たっているなら、これで面白さが倍増する。
「おまえさぁ~、もうちょっと乙女心を理解できるようになった方が良いんじゃねぇの?今まで、彼女居たことねぇだろ?」
「そ、それは今は関係ないだろ!?今は……どうしたら、麗音と仲直りができるのか、その方法がわからなくて……」
「はあぁ~。こんなの、一旦離れてお互いに冷静になればすぐに終わる話じゃねぇか。時間が解決する問題だってあるんだぜ?場合によるけど」
俺も全てがその理論に当てはまるとは思っていない。
何だったら、時間で解決できる問題なんて少ないとすら思っている。
そして、このケースはそれに当てはまると確信した。
自分用に勝ったイチゴ牛乳を飲み、呆れた口調で「気にして損した」と呟いてやる。
すると、一翔は苦笑いを浮かべる。
「どうしてだろうね?久しぶりに会えたのに……会いたかったのに、上手くいかない。本当は、彼女の笑顔が見たいのに、僕は間違えてばかりで……」
麗音に会いたかった……ね。
俺は今、知っていそうで知らなかった、幼馴染の一面を知ろうとしている。
こいつは、その感情を知っているのだろうか。
それを無理矢理断定して、そう言う風に誘導するのは違う。
こう言うのは、自分で気づかないと意味がないと思うから。
一翔のためにも、麗音のためにも。
だから、敢えてその感情のことには触れずに、さりげなく呟いてみる。
「変に肩に力が入ってたからなんじゃねぇの?自然体で良いんだよ、自然体で」
「自然……体…?」
「麗音に意図的に笑っていてほしいって思って行動したって、そんなの上手くいくはずねぇだろ。おまえ、そう言うの向いてねぇんだし」
直情的で直進でしか動けねぇアホ真面目が、変に悩んだって上手くいくはずねぇんだ。
それよりも、こいつには向いている方法がある。
「意味のねぇ謝罪よりも正直に、おまえの今の気持ちを伝えれば良いんじゃねぇの?麗音はそれを聞いて、嫌がるような女じゃねぇだろ」
麗音も一翔がそう言う奴だって知っているから、そう言う感情が芽生えたんだと思うしな。
振った俺が言うのも何だけど、彼女がそれを望むなら手助けはしたい。
「正直に……。そうだね。僕は今まで、何でこんなに悩んでたんだろう?会えて嬉しいのに、自分ばかり気持ちが先走って……」
「らしくねぇことしてんじゃねぇよ。おまえは空回りしてても、そのまま真っ直ぐに進む男だろ。自分に正直になって行動しろっての」
「……そう言うセリフは、君には似合わないよ。偏屈者のくせに」
減らず口で返されれば、俺の一言で吹っ切れたのか、意を決したように目付きが変わる。
「円華……今の麗音のこともそうだけど、君には1つ、伝えなきゃいけないことが在る。ずっと、話そうか悩んでいたことだ」
空気が一瞬、張りつめるのを感じる。
一翔が今から告げる言葉に、俺は無意識に覚悟した。
「桃園蒔苗は、生きているかもしれない」
その一言は、俺の思考を止めさせるには十分な衝撃を与えた。
桃園蒔苗。
それは、俺たちにとっては忘れられない名前だ。
俺と一翔にとっての、もう1人の幼馴染と呼べる存在。
そして、もう2度と会えない存在。
彼女は10年前に、記憶を消して別人としての人生を送っているはずだ。
それが蒔苗が生きていく上で、あの時は最善の方法だと受け入れた結果だ。
それなのに、彼女が生きているだと?
俄には信じられなかった。
「どういうことだよ?蒔苗のそっくりさんでも見たのか?」
あくまでも否定せず、別人を見たという体で話を進めようとするが、それに一翔は首を横に振った。
「顔は見えなかった…。だけど、あれは蒔苗だった。合同文化祭の日、君と共に日下部先輩を止めた後のことだ。倒れた僕が目を覚ました時……あの時、あそこに座っていたのは……」
夢でも見ていたんじゃないのか。
そう返すのは簡単だ。
だけど、それにしては一翔が神妙な面持ちをしているのが気になる。
「どうして、それが蒔苗だって思ったんだ?」
「その子は、僕のことをカズちゃんって呼んだんだ。今まで、僕のことをそう呼んだ人は、後にも先にも彼女だけだ。僕も最初は、夢か幻だって思ったよ。だけど……」
あいつは自分の頭を触り、言葉を紡ぐ。
「あの時の手の感触……。そして、確証を得たのは、彼女が着ていた服だ」
「服?」
「彼女は、才王学園の制服を着ていたんだ」
才王の……制服だと…?
そうだとしたら、一翔の言っている女は才王に居るってことか?
だとしたら、俺はその誰かを見逃しているということになる。
それに、本当に蒔苗が居るなら、この1年の間に何で明かそうとしなかったんだ?
俺の記憶が残っているなら、転校したときに真っ先に接触してくるはずだ。
10年前の彼女と、変わらなければの話だけど。
一翔を信じたい気持ちと相反して、信じられない理由が何個も浮かんでくる。
「ごめん、混乱させたようだね。僕もこのことを受け入れるのに、時間が必要だった。だから、すぐには君に話さなかったんだ。今、才王学園で命をかけて戦っている君の邪魔を、したくなかったから」
こいつなりに、俺を気遣った上での話さないという選択だったみたいだ。
確かに文化祭が終わった後に聞いていたら、今以上に頭が混乱していたかもしれない。
柘榴や鈴城、クイーンの問題が解決して、少しだけ心の余裕が出てきたからこそ、この程度の混乱で収まっているような気がする。
黙り込んでいる俺に、一翔は問いかける。
「才王に戻ったら、君は蒔苗を探すのか?」
「……いや、それはないぜ」
予想外の返答だったのか、一翔は少し目を見開いた。
「俺の目的は、あくまで復讐だ。蒔苗が才王に居るかどうかは関係ない。俺は姉さんの仇を討つために、今ある大切なもの守るために戦うって決めたんだからな」
彼女のことを聞いても、その軸は変わらない。
そういうことは予想できていたのか、一翔は俺の答えに怒ることはなかった。
「そういうことか。そうだとしたら、これは余計なお世話だったかもしれないね」
「そうでもねぇよ。自分で探すつもりはねぇけど、もしも蒔苗が俺の前に姿を現したのなら、守るべき対象になることは変わらねぇだろうからな」
この事実を知っているかどうかで、そういうことが起きたときに覚悟ができるかが試される気がする。
言うべきことを言えて心が晴れたのか、一翔は軽く手を組んで伸びをした。
「んん〜〜〜っ、ふうぅぅ。少し肩の荷が降りた気分だ。僕1人で抱えるには、苦しい問題だったからね」
「それは良かったな。それと……知れて良かった。あいつが、まだ生きているかもしれないって、希望を持てたから」
「……気にしないようにしていても、やっぱり、君も僕と同じように背負ってきたんだな。蒔苗のことを」
「当たり前だろ。蒔苗の人生を狂わせた原因には、俺も関係してんだからな」
栗原家からの襲撃には、俺が桜田円華だった時の暁の夜が遠因になっている。
責任を感じるなって方が、無理な話だ。
「もしも、蒔苗に会えたなら、2人で謝りたいね。この10年間、約束を守ることができなかったことを」
「きっと、もの凄く怒られるだろうけどな。いや、怒ってほしいよな。ガキの頃みたいに」
俺と一翔が喧嘩をしたら、それを止めるのが蒔苗だった。
正直、彼女が居なくて、こいつとこうして普通に話せるようになったのは奇跡とすら思っている。
そう思えるほどに、俺たちを繋ぎ止めるのに大きな存在だったんだ。
思い出の陰を感じつつも、そろそろ現実に戻らなきゃいけない頃合いだ。
「さて、そろそろ麗音の頭も冷えてきた頃だろ。戻るぞ、アホ真面目。怖いなら、俺も隣で見ててやるよ」
「それは余計なお世話だ、偏屈者。君と違って、真っ直ぐに感情を伝えるのは僕の得意分野だ」
まぁ、そこは俺と真反対な性格してるんだからそうだろうな。
肯定はしつつも、口を開けば「るっせぇよ」と返していた。
そして、互いに手に持っている物を飲みきってゴミ箱に捨て、少し中央に間隔を開けながら並んで歩き出した。
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