ハリネズミの記憶
最上と一緒にエレベーターに2人だけで乗れば、彼女は溜め息をついて俺を見てくる。
その目はどこか見直したと言うか、落胆したと言うような目で反応に困る。
「死体が移動した……それに気づいたのは良いけど、これだともっと捜査が難しくなるよね」
「ああ、おそらく、菊池の部屋だと思うんだけどな。……考えてみたんだけどさ、最上の視る方の能力は自分が見たことも無い所や物、人物が映像の中に出てきたとしてら、そのまま出てくることはあるのか?」
「……試したことがない。けど、円華の疑問はもっともだよね。私は相手の過去を見ることができるって思っていたけど……私が現実で見たことがない物や光景は視えなかった……かもしれない。島以外でこの能力を使ったことは無かったから…」
「……島?」
俺が気になって復唱してしまうと、最上は急に顔をそらして黙り込む。
答える気はないってことか。
こいつ、秘密多過ぎだろ……。まぁ、こうなったら何を聞いても答えてくれないので何も言わないけどさ。
咳払いして話題を変えようとすると、最上が顔をそらしたままボソッと何かを言った。
「何も言えなくて……ごめん」
「……え?」
全然聞こえなかったので聞き返すが、最上はまた黙り込んでしまった。
本当によくわからない女だ。
エレベーターが地下に着けば、俺たちはすぐにアパートに向かい、菊池の部屋の前に立つ。
しかし、悲しいかな、入る方法がない。管理人のおじさんは不在だったので、どうしたものかと考えながらドアの前で腕を組む。
スマホが鍵の役割になっており、友人同士で友達登録をすれば、その友人のスマホも合い鍵の役割をすることができ、パネルに当てればドアが開くが、片方が友達登録を解除すればドアの鍵は開かないようになっているらしい。
誰かさんのピッキングスキルなどはまったく意味をなさないようになっているのだ。
だけど、そのセキュリティシステムが俺たちを阻んでいる現実に直面していると、最上が隣の部屋のインターホンを押そうとしているのが見える。
「おーい、何しようとしてんだ?」
「隣の部屋からベランダを移動して、外から窓を割って入ろうかと」
「いや、『隣に移動するために部屋を通してください』って言って、『はい、どうぞ』って通してくれる奴は絶対に居ねぇからな!?」
「なら、脅してでも入れてもらう。この際、手段は選んでいられない」
「物騒なことを言んじゃねぇよ。……やっぱり、管理人さんを待つしかねぇか」
今後は最上に一般常識を教えてやらなければいけないのではないかと言う疑問が浮かぶが、そこは今スルーして、管理人室に行こうとすると誰かが階段を上がってきた。
その人物を見て、俺は今すぐに最上をどうにかしようとするが、この何もない一本道では何もできず、彼女に接触させてしまった。
「あれ?椿くんに……最上さん?」
「あ、ああ……その、さっきぶりだな……麗音」
最上が麗音と目を合わせると、目を細めて見るからに不機嫌な表情をする。
「御葬式がどうたらはどうしたの?言いだしっぺが放棄ですか?」
露骨に嫌味を言ったよ、この子。
それに対して、優等生モードの麗音はニコッと笑って答える。
「違うよ。今日すぐにってわけにはいかないから、日をみんなで決めていただけなの。みんな、部活とかで忙しいから、日を合わせたくって……友達だから、クラスのみんなでお別れしたいからね」
「そう。なら、私は関係ないね。菊池とは何の接点もないし、最低限、円華以外と群れる気は更々ないから」
俺かぁぁぁ。確かに、登校するようになってから俺としか関わってなかったしな。
麗音の顔を見ると、優等生モードの仮面が何故か外れそうになっており、顔がひきつっている。
「つ……椿くんと以外…ってことは、椿くんとは一緒に居たいってこと?」
「そうは言っていない。けど、関わるなら1000万歩譲って円華の方がマシってだけだから」
おい、1000万歩は流石に傷つくんですけど。
麗音は露骨に咳払いをすると、笑顔を作り直して俺に顔を向ける。
「ところで、椿くんと最上さんはここで何してるの?椿くんの部屋も最上さんの部屋も、この上の階でしょ?」
「ああ……その、菊池の部屋に入りたくてさ。みんなにあんなことを言っておいて、全く何もわかっていないから、この部屋の中に手がかりがあるんじゃないかと思って」
「そうなんだ……。良かったら、私も椿くんに協力するよ?椿くんや最上さんに言われて考え直してみたんだけど、やっぱり、菊池さんを殺した犯人は許せないよ。だから、良いよね?」
「え!?あ、ああ……そうか……その…」
正直、今の麗音は信用できない。でも、それを直球で言えば、麗音を敵に回すことになるかもしれない。
どう断れば良いんだと考えていると、最上が俺の手を引いて自身の後ろに回し、麗音を睨みつける。
「あんたは行動のすべてがわざとらしく見える。そんな女は信用できない。それに友達って言葉に出す女は嫌い、言葉が薄っぺらく聞こえる。本当に菊池のことを友達だって思ってたのか、甚だ疑問」
最上の良い所であり、悪い所、『思ったことを直球ストレートど真ん中にそのまま言う』が発動した。
確かに友達って何度も言っている女は今思うと……薄っぺらく思えるよなぁ。最上の気持ちはわかる。
しかし、麗音は協力すると言った手前引けないし、最上は麗音を拒絶している。
俺は最上と麗音の前に立ち、溜め息をつく。
「わかった、妥協案を決めよう。麗音、俺たちに協力してくれると言うのが本当なら、質問を1つさせてくれないか?それの返答によって、どうするかを決めるから」
「う、うん……私に答えられることなら」
「菊池の部屋の鍵、スマホで開けれるか?」
「あ、そっか。友達登録しているから、合い鍵として使えるもんね。わかった、任せてよ。私のスマホは、クラスみんなの部屋の合い鍵になってるから」
麗音がドアのパネルにスマホをかざすと鍵が開く音が聞こえ、そのまま彼女はドアを開けた。
「さっ、入ろうか」
「あ、ああ……そうだな」
すっかり参加する気満々だよ。
最上は頬を膨らませて俺の脇腹をつねってきたので、完全に怒っているのがわかる。
「どうして、あんな女の手を借りなきゃならないの?」
「しょうがねぇだろ、入れなかったんだから。ここだけは耐えてくれ」
「……あとでいちご牛乳を奢って。じゃないと許さないから」
「1本だけなら……」
「10本」
「……5本」
「10本!!」
「…はい」
菊池の部屋に入ると、若干肌寒くなる。
床を見ると赤いカーペットが引かれており、血痕は見当たらなかった。
家具もきちんと並べられていて、綺麗な部屋が保たれていた。
犯人が血を全部消したのか。それなら、ここを調べられることも想定していたんだな。
リビングだけでなくトイレ、風呂を見てみるも、特に何も気になる物はない。
寝室に入ると、籠の中に飼われているハリネズミを見つけた。
ハリネズミ……何だよ、動物じゃ何かを聞いたとしても、何もわからないじゃないか……。いや、動物?
あることを思い出し、俺はキッチンに居る最上の手を引いてハリネズミの前に連れてきた。
「い、いきなり何?……もしかして、変なことをする気じゃ!?」
「ボケるなら後にしろ。おまえは動物と話せるんだったよな?ハリネズミから何かを聞きだせないか?」
「……小動物と話すの苦手なんだけど……身体と比例して声も小さいし」
「そこを何とかやってみてくれないか?最上しか頼れる奴が居ないんだ」
両肩を掴んで頼めば、最上は一瞬戸惑って頬を赤くし、顔をそらしてハリネズミと俺を交互に見る。
「……円華がそこまで言うなら……別にやっても構わない」
最上は背中を見せてヘッドフォンをし、ハリネズミと対面した。
俺は邪魔しないように寝室を出てリビングに戻ると、麗音が何かを見ていた。
手元に持っているのは、デジカメだ。
「それ、菊池のカメラか?」
「うん、菊池さんは写真部だったから。……クラスのみんなの写真とか、いろいろと撮ってたよ。最上さんは?」
「寝室を調べるから1人にしてほしいんだとさ。そうか、菊池は写真部だったのか……俺も思い出として撮ってほしかったな」
一緒にカメラを見ていると、麗音が急に俺のY-シャツの袖を掴んできた。
「……どうした?」
「最上さんがEクラスに来てから、円華くん、ずっと彼女と一緒に居るなって思って……妬いちゃうぞ?……なんて」
上目遣いで言ってくる麗音に、一瞬戸惑ってしまって目をそむけてしまう。
すると、麗音は俺の胸に額を着けてくる。
触れてくるのが多いなぁ……暑苦しい。
「麗音がヤキモチなんて持つのか?……もしかして、俺のことが好きとか?」
「……うん、どうだろうね。自分でもわからないよ。円華くんは、あたしのことをどう思ってるの?」
「何とも思ってない……。けど、麗音は信じたいと思える女の1人だ。それは嘘じゃない」
「円華くん……」
麗音は急に胸から額を外し、顔を近づけてくる。
すると、寝室のドアがバタンッと開き、最上がヘッドフォンを外して俺と麗音を見てきた。
「はいはい、イチャつくのは後にしてくださいねー」
最上に左耳を引っ張られ、麗音に付いてくるなと言う視線を送りながら、ハリネズミのいる寝室に連れて行かれました。
「私が頑張って小動物と話している時に、クラスのアイドルと仲良くイチャイチャですか。モテる男は忙しいですねぇ」
「痛い痛い痛い!!頬をつねるなって!!」
「つねってない。引っ張ってつねってるだけ」
「余計に酷いっての!!」
無理矢理手を離して頬を押さえると、最上は腕を組んで膨れっ面になる。
「悪かったって、今後はないようにするから。……それで、何かわかったのか?」
事件の方に話題を逸らせば、最上は唇の下に人差し指を当てて深刻そうな表情をする。
「わかったことは在った。だけど……もっと解決が難しくなったよ」
「……どう言うことだ?現場はここじゃなかったってことか?」
最上は人差し指を上に向けて立て、話を始める。
「まず、良い情報が1つ。殺害現場はここだった。ハリネズミのキリちゃんが菊池の悲鳴を聞いたって言ってたから」
「そうか、仮説は当たってたんだな」
「うん、けど……キリちゃんはこうも言っていた。悲鳴が聞こえた後、誰かと誰かの話声が聞こえたって」
「……おいおい、それってもしかして!?」
俺の驚いた表情を見て、最上は頷いて人差し指だけでなく中指も立てた。
「今回の犯人は2人……協力者が居たってことだよ」




