規格外の根源
円華side
成瀬には同情するぜ。
こんな狂った母親からは、離れたくなるのも無理もない。
俺の口から出た「毒親」というワードに、成瀬沙織は瞳孔を開いて怒りの表情を見せる。
「毒親ですって?子どもを自分の手元で、安全に育てたいという気持ちの、どこに毒があるって言うのぉ!?」
「そのヒステリックさが毒以外の何物でもねぇだろうが」
淡々と言い返せば、彼女の着物の左袖の中に右手を入れ、1つのスイッチを取り出す。
「生意気な子どもには、大人の厳しさを教える必要がありそうね」
スイッチを押した瞬間、4方向に配置された花瓶が棚の下に降りて行き、代わりに機関銃が出現する。
うわぁ~お、流石にこんな仕掛けを施してるとか、襲撃でも想定してました?
俺の立っている位置は部屋の中央。
前後左右から、一斉に射撃が始まる。
ダダダダダダダダダっ‼
部屋中に銃声が響き渡る中で、俺に向かって銃弾の雨が襲いかかる。
まぁ……でも、こういう状況は何度も経験してるんだけどな。
左目に意識を集中させ、瞳を紅に染めて能力を解放する。
最近はヴァナルガンドの鎧に頼りっぱなしだった。
だけど、元から変身しなくても、冷気を操るのは得意なんだよ。
そして、紅狼鎧を使えるようになってから、その能力も進化している。
「ちょっと、寒くなるぜ…‼」
床に右手を着けば、身体中から白い冷気を展開して接近してくる銃弾の熱を奪って失速させ、俺に着弾する前に停止させては床に落ちる。
パラパラパランッと金属音を立て、床に無数の銃弾が散る。
少し吐けば息が白くなる空間を作り、成瀬沙織は目を見開いて身を震わせる。
「それが、あなたの異能力……。本当に、忌むべき存在ね」
「悪いな。大人の厳しさを教えてくれようとしたのに、子どもの意外性を証明するはめになっちまったぜ」
皮肉を返して悪い笑みを向けてやれば、彼女の目は俺の左目に焦点を当てる。
「かつて、片目だけを紅に染める人間は、もう1つの根源の力を宿すという特性があった。そして、データを見れば、あなたにもその特性があることがわかっている。……作られた存在ではなく、偶発的に力を受け継ぐことができたのは、あなたが初の事例だったわね」
まるで得体の知れないものを見るかのように、成瀬沙織から警戒心が強まっているのを感じとる。
「あなたはとことんまでに、規格外の存在なのよ。ジョーカーから、あなたが魔鎧装を顕現させたことを知った時は驚いたわ。依り代を自ら作り出し、その中に必要な魂を移すことで新しく生み出すだなんて、普通じゃない」
「依り代…?魂…?何だよ、それ?」
彼女の言葉が1つも理解できず、こっちも訝し気な表情を浮かべてしまう。
「私はあなたのような、偶発的に生まれた存在を認めない。私の研究を越える存在が、あっていいはずが無いのよ‼」
またかよ。
勝手に理解できないって言われて、存在を否定される。
意味も分からずにそういう判断をされるのは、ムカついて仕方がねぇ…‼
「何が偶発的に生まれた存在だ…‼俺を生み出したのは、おまえたち組織だろぉが!?勝手に作っておいて、勝手に否定してんじゃねぇよ‼」
俺は自分の出生を聞いている。
組織の実験によって生み出された、サンプルベビー。
希望と絶望の双方の力を持つために、作られた存在だと。
俺の怒りに対して、成瀬沙織は少し黙った後で目を細める。
「そう……あなたは、何も知らずに育ってきたのね。多くの情報操作によって、真実を隠されたまま」
そう言って、彼女は俺のことを指さす。
「あなたがサンプルベビーだなんて、ありえないわ。誰が隠そうとしても、それはあなたの存在が証明している。何故なら、私もあの研究には参加していたんですもの」
「……何?」
この女が、サンプルベビー研究に参加していただと?
予想外の発言に、俺は真実に向かう衝動を抑えられなかった。
「あの時、輸送艦の中に居たサンプルの中に、あなたのような規格外の存在は居なかった。何故なら、あの中に居たのはある男のDNAと複数の女のDNAを掛け合わせて作られた存在しか乗っていなかったのだから」
沙織は当時のことを思い出しつつ、言葉を続ける。
「それは新しく、より強い破滅の器を作るため。そして、結果的にある2人の赤子があの場から救出されることになった。その2人とあなたでは、決定的な違いがある」
さされた指の先は、俺の胸の中心をさすように移動する。
「あの子たちは、根源を移植するために生み出された存在。それに対して、あなたは生まれもって根源を持つ存在。根源を持つ者のDNAを受け継ぎ、母体に宿っている状態で、体内にそれを形成させるだなんて普通じゃないわ。それがあなたという存在よ、カオス」
生まれ持って、根源を持つ存在?
意味がわからない。
何一つ、理解できない。
それを見透かすかのように、成瀬沙織は証明を続ける。
「過去に魔鎧装の依り代を自ら生み出した事例は、根源を持つ存在のみが起こした奇跡。そして、あなたも魔鎧装を生み出した。魔鎧装を作るためには、その依り代となる魂が宿る道具が必要なのに」
俺とは逆だ。
依り代となる魂が宿る道具だと?
ヴァナルガンドは俺の中から白華に移動して、魔鎧装として顕現することができるようになった。
「研究者としての観点から教えてあげるわ。ただの異能具に過ぎない氷の刀が、魔鎧装の依り代になるだなんて常識としてありえないのよ。そして、あなたはその依り代を生み出す前に、不完全ながらも根源の力をその身に宿している。ジャックやリンカー、予備のキング、クイーンとの戦いで見せた、獣の姿がその証拠よ」
魔鎧装を装着できるようになった経緯は、ヴァナルガンドが俺に協力することを承諾したからだ。
怒りに飲まれた時に、力が暴走することがあったが、それがこの女のいう根源の力の影響なのだとしたら…‼
「おまえの言う、その根源って何なんだ!?俺のこの力は、一体…!?」
「それを知りたければ、私に協力しなさい。私なら、包み隠さず真実を話すことを約束するわ」
ここまで話して、交渉……いや、服従のための材料にしてくるか。
今まで意味不明な言い回しだったのも、この知りたいという欲望を引き出すための布石だったのかよ。
「すうぅぅ……はああぁ~~~」
今までの前提を否定され、また頭の中がごちゃごちゃだ。
そして、この女のやり方は人心掌握に長けている。
自身の目的のために相手の欲しいものをチラつかせ、甘い言葉で誘い、それに手を伸ばさせようとする。
俺の欲しい情報を、この女は確実に握っている。
ここで誘惑に乗れば、それを手にすることができるのか?
「……ありえねぇだろ」
自問に対する自答は、声に出して言った。
下げていた顔を上げ、強い意志で鋭い目を向ける。
「おまえの言うことが、全て真実かなんてわかったもんじゃねぇだろ。信用できねぇ人間と取引なんて、できるはずがねぇだろうが」
それに、成瀬を裏切ったら後が怖くてしょうがねぇ。
俺の返答に対して、成瀬沙織の目から光が消える。
「本当に思い通りに動かない子ね。それがあなたの答えで良いのかしら?私はまた、あなたの大切な幼馴染を苦しめることもできるのよ?」
また…?
その言葉が引っ掛かると同時に、奥歯を噛みしめてを怒りが中間地点を突破した。
「真城結衣や日下部康則を使って、一翔を追い込んだのはおまえか…?」
「いいえ、それは明確に否定してあげる。あれはあの子たちが、クイーンに唆された故の暴走。だけど、私ならあの程度のことは誰を利用しても引き起こすことはできると言っているの。権力を持つと言うことは、そういうことなのよ?ボウヤ」
その挑発に対して、俺の冷静の仮面から感情がはみ出る。
右手を振り払う動作をしただけで、吹雪のような強い冷風を彼女に向かって飛ばす。
「うぐぅうう‼」
傷つけはしない。
そんなことをすれば、向こうが俺たちを攻撃する口実になる。
だから、殺意を抑えて重圧を与える。
「そんなことをしてみろ……。成瀬瑠璃と、2度と会えないようにしてやる…‼」
「っ!?」
この脅しは、彼女に対して強い衝撃を与えた。
血の気が引き、顔から色が消えている。
「脅す相手を間違えるなよ、権力者。権力で抑えつけることができるのは、その領域内に居る奴らだけだ。俺たちが、おまえの領域内で踊っているなんて誰が決めた?」
この女も、真城結衣やクイーンと変わらない。
自分のフィールド内で、駒を動かせるのは自分の特権だと思い上がっている。
だけど、それは大きな勘違いだ。
盤上を自身の思い通りに動かせるのは、ボードゲームの中の話だ。
現実は違う。
駒だと思っている者にも感情があり、意思がある。
そして、自ら盤上の外に出て、プレイヤーの喉元に噛みつくことだってできる。
成瀬沙織は俺からの威圧だけで膝から崩れ落ち、震えた目で見上げてくる。
「あなたの、その眼…‼やっぱり、血は争えないわね。人を絶望に叩き落とすその眼を、あなたも受け継いでいるだなんて」
「御託は良い。あんたのまどろっこしい言い回しは、もううんざりだ。言いたいことがあるなら、はっきり言えよ。もうあんたの話術は通じねぇぜ」
冷徹な目で言葉を引き出そうとすれば、心底気に入らないというように睨みつけてくる。
「私はあなたの、本当の両親を知っている」
その一言は、俺の思考を一瞬停止させるには十分だった。
そして、いつかの記憶の中の一言が蘇る。
『起きなさい……ーーー』
また、俺を違う名前で呼ぶ優しい女性の声。
俺はこの声を……知っている…!?
頭を押さえ、後ろに一歩後退る。
根源の力……偶発的に生まれた存在……本当の両親…‼
全ての点が1つに繋がりそうになる中で、それを線で繋ぐことに葛藤している自分が居る。
俺はどうするべきなんだ?
ここで自分の中の疑問に、決着をつけるべきなのか…!?
その答えに導いてくれる存在は、誰も居ない。
自分で決めるしかないんだ。
葛藤への答えが出ない間に、学園長室のドアが2度叩かれる。
「お話中に失礼します、理事長。才王学園の進藤大和様から、ご挨拶を願いたいとのことです」
部屋の外からの声に、俺と成瀬沙織の意識は現実に戻される。
組織の人間とその反逆者から、阿佐美学園の学園長と才王学園の生徒に。
「わかりました。応接室でお待ちいただくように、すぐに行くと伝えなさい」
「承知致しました」
ここに来て、進藤先輩たちの話も終わったらしい。
今の返答からして、この女との探り合いも終わりのようだ。
立ちあがっては俺の横を通り過ぎ、その時に彼女はこう呟いた。
「次に会った時、確実に地獄を見せてあげるわ」
愚かで傲慢な大人は、学習能力が無いらしい。
そのくだらない捨て台詞には反応を示さず、俺も続いて学園長室を後にする。
そして、離れて行く彼女の背を睨みつけながら、拳を握って震わせる。
「俺の本当の両親……か。いらねぇ情報を突きつけやがって、気持ち悪い…‼」
今までの前提が覆され、期せずして自分の力のことを少しだけ知ることになった。
偶発的に生まれた、根源の力を持つ存在。
作られた存在じゃなくて、生まれた存在。
「俺は一体……。いや、もう……そんなことを気にするのは、今じゃねぇだろ。椿円華」
今の自分は、椿円華だ。
例え、それが本当の名前じゃなかったとしても。
みんなが、その名前で俺のことを受け入れてくれている。
今はその事実があれば良い。
自分の出生がどうとかは、今考えることじゃねぇだろ。
言い聞かせるように自分の名を呼んだ後で、麗音のスマホに電話をかけた。
感想、評価、ブックマーク登録、いつもありがとうございます‼
過去よりも現在に目を向けている円華に、過去を知るという誘惑は通じない。
しかし、さらなる楔は打ち込まれた。




