あくまで友人
麗音side
円華くんが成瀬理事長と離れた後、必然的に一翔と2人だけになってしまう。
そう、2人っきり……。
廊下を歩くこと1分程度。
「……」
「……」
何を話したら良いのか、わからない‼
え?何で向こうは無言なの?
もしかして、気まずいとか思われてる!?
それとも、ただ円華くんのことを心配しているだけ!?
あたし、気づいてないだけで何か気に障ることしたー!?
心の中だけで動揺の叫びをあげていると、やっと一翔が口を開いた。
「やっぱり、こうやって面と向かって会うと緊張しちゃうね」
「えっ……緊張?」
予想外の言葉を復唱すると、彼はポケットからスマホを取り出して画面を見る。
あの結衣を追放した審判の後、円華くんたちには言ってなかったけど、あたしは一翔と連絡先を交換していた。
そして、時間を見つけてはチャットで話は続けていた。
「文面では何回も言葉を交わしていたのに、顔を合わせたら……何を話したらいいのか、わからなくてさ。だから、何も言葉が出なかった」
「何よ、それ?だからって、無言でいられてもあたしが気まずいでしょ」
「それはぁ~……ごめん」
一翔は頬をかきながら、苦笑いをする。
あいつなりに、あたしに気を遣っていただけ……か。
こっちも変に意識したのが、バカらしくなる。
「円華のこと、気にしてるんだろ?大丈夫だよ。あいつは真城結衣が悪知恵を絞っても心を支配されなかった。だから、理事長が何をしようとも、飄々とした顔で戻ってくるよ」
「……一応、信頼はしてるんだ?顔を合わせたら、喧嘩しかしてないのに」
「当たり前だよ。あいつは憎たらしいほどの皮肉屋だけど、大切な幼馴染だからね」
笑みを浮かべながら話す一翔から、あたしは目を逸らした。
やっぱり、彼の笑顔は眩し過ぎる。
「君も心配はしていないんだろ?あいつのこと」
「……そうね。円華くんがあの人に嵌められることはないと思ってる。逆に彼が何かやらかさないか、そっちが心配だけどね」
「ふっ、それは言えてるかもね」
共通の知人の話になると、少しずつだけど言葉を紡ぐことができてきた。
そして、話しながら歩いている中で、一翔の進行方向に合わせて校舎を出てしまう。
「ちょっと、校舎を出て良いの?」
「目的もなく歩き続けると、足が疲れるよ。休憩できる場所があるんだ」
そう言って向かう先は、緑が広がる庭園だった。
その中央には巨大な樹が生えており、その下に腰を下ろす。
「ここは、僕がこの学園で一番好きな場所なんだ。意外に誰も来ない穴場でね。独りで居たいときは、こうやって寝転がってた」
両手を頭の後ろに回して、芝生の上に横になる一翔。
「君が今日、ここに来るってわかった時に、一番に連れて来たかった場所なんだ」
「な、何よ、それ。矛盾してない?独りになりたいときに来る場所なんでしょ?」
「それは文化祭前までの話。今は……君と話がしたかったから。麗音だから、ここが良いって思ったんだ」
「……そっか、そうなんだ」
少し胸が熱くなる。
一翔が何の気なしに言っている言葉が、あたしの中で反響される。
「てっきり、あんたの場合は剣道場にでも連れていかれるのかと思った。剣術バカだし」
「ひ、酷いなぁ…。それだったら、弓道場に行くよ。そっちの方が落ち着けるんじゃないの?」
「それは嫌。今だって、昔のことを思い出すことがたまにあるんだから」
文化祭の時、結衣との過去に決着をつけることはできた。
だけど、それであたしの中で全てが解決したことにはならない。
どうしても、苦しめられた記憶を忘れることはできないし、時々夢に出て思い出すこともある。
その度に、今の自分とは違うと言い聞かせることで落ち着いている。
弓道場にだって、足を運ぶことができたのは、あの日の1度だけ。
「そうだったんだね……。僕も未だに思い出すよ、真城結衣にされたことを。今でも、周りの人がいつかまた裏切るんじゃないかって思う時がある。心の傷って、そう簡単には消えないよね」
同じ女に傷つけられた人間として、一翔も同じ痛みを抱えている。
それなのに、あたしと彼は違う。
あたしは1度逃げようとしたけど、一翔は抗い続けた。
心の強さって、そう言う時に現れるんだと思う。
「本当に、あんたって強いよね。あたしには、あんたの強さは真似できない」
「強い?……それで言ったら、麗音だって同じだよ。僕も君の強さは、真似できない」
「……あたしのどこが強いって言うのよ」
慰めで言われてると思い、少し不機嫌な感じに聴いてしまう。
だけど、一翔はそれを気にせずに言ってくれた。
「君が過去と向き合う決意を見せてくれたから、僕も円華と向き合うことができた。君の戦おうとする意志が、僕を変えてくれたんだ」
「っ…‼真面目な顔で、何を恥ずかしいこと言ってんのよ……アホ真面目」
一翔がいう言葉に、嘘は感じない。
だからこそ、余計に腹が立つ。
あたしは、こんなに素直に言葉にできないから。
過去に向き合う強さって意味なら、きっかけをくれたのは一翔自身なのに。
それに気づかないし、悔しいから気づかせたくもない。
あたしって、本当に捻くれてる。
最後に悪態をつくと、一翔は苦い顔を浮かべる。
「アホ真面目って……何であの偏屈者と同じ呼び方なんだ?」
「事実でしょ。否定しようがないじゃない」
「否定はしないけど……。何か君に呼ばれると変な感じだね。あいつに呼ばれると腹が立つけど、麗音になら別に良いかなって思うよ」
「それって、特別扱い?」
「えっ……まぁ、そうなるかな」
意図してない気持ちを吐露したからか、言葉の後に感情が追いついていないように見えた。
一翔は怪訝な顔を浮かべていて、どうして自分がそう思っているのかがわかっていないようだった。
本当に、彼の中であたしって、あくまでも友人なようね。
少し寂しい気持ちになりながら、その空気を壊す音が耳に届く。
グウゥ~~~~。
それは一翔の方から聞こえ、彼は身体を起こして腹部を擦る。
「そう言えば、朝ごはんはおにぎり2つで済ませてたんだった……。まだ昼前なのに、もう腹が……」
「はあぁ?何やってんのよ。あんたは身体が資本なんだから、少しは食生活に気を遣いなさいよ」
「め、面目ないね……」
食生活にだらしない彼に呆れながら、持ってきていた鞄を開けて弁当箱を取り出す。
「この前あたしの料理食べてみたいって言ってたから、持ってきてあげたわ。ありがたく受け取りなさい」
そっぽを向きながら、一翔の胸に押し付ける。
それを両手で受け取り、目を見開きながら「良いの?」と聞いてくる。
「要らないの?だったら、良いわよ。円華くんにあげるから」
「そんなこと言うわけないだろ!?食べます……」
「食べますぅ?」
「た、食べたいです‼」
言いながら弁当箱を開き、中を見るとから揚げなどの揚げ物とポテトサラダ、わかめご飯が敷き詰められている。
「僕の好物ばっかり……。ありがとう」
「材料が偶然、余ってただけよ。ほら、黙って食べて」
一々感想を聞くのも恥ずかしいから、静かに食べるように促す。
箸を持って両手を合わせ、律儀に「いただきます」と言って最初にごはんから食べ始めた。
好物を食べながら笑みを浮かべる様は、子どもみたいに無邪気に見えた。
そんな彼を横で見ながら、ドギマギしている自分に気づく。
そう言えば、円華くんにもごはんを出してあげたことはあった。
だけど、こんなにドキドキしてはいなかった気がする。
一翔はこんなにわかりやすい表情で食べているのに、向こうは終始無表情で食べてたのは覚えている。
食べている人の感情が見えるだけで、こんなにも違うものなのね。
夢中で弁当を頬張る一翔を見ていると、庭園に3人の女子が入ってきては彼の存在に気づく。
「あれ、柿谷くん?こんな所で会うなて、珍しいね」
「んぐ?…ゴクンッ。……こんにちは、信濃さん。和葉さんに、上野さんも」
女子に名前を呼ばれ、笑顔で挨拶をする彼に対して判目を向けてしまう。
何よ、あたしに対してはそんな笑顔で挨拶してなかったくせに。
名前を知っているってことは、クラスメイトってことかしら。
信濃と呼ばれた女子はあたしの方を見ては、変にニヤニヤした表情を浮かべる。
「あ、ごめぇ~ん。お邪魔だった?」
その質問に対して、一翔は首を傾げるけど、こっちはすぐに察した。
「い、いや、私たち、そう言うのじゃ…‼」
「ただ友達に作って来てもらった弁当を食べてただけだよ。別に邪魔とは思ってないから、安心して?」
相手の意図を察することができず、慌てることなく冷静に返答する彼に、3人は呆れたように半眼を向け、あたしも若干横から睨んでしまう。
いや、あたしも否定しようとはした。
だけど、こうも平然とした態度で友達って明言されるとイラっとした。
「そ、そっかぁ。ごゆっくりぃ~」
何か諦めたようなトーンでそう言って、3人組は庭園から出て行った。
その時、3人の内の1人があたしに哀れむような目を向けてきたのを見逃さなかった。
女子って、こういうセンサーだけは異様に発達しているから困るわ。
「ごゆっくりって……もう食べ終わったんだけどな」
そう言って、空の弁当箱を見て呟く一翔。
「はぁ!?もう完食したの!?せっかくあたしが作ってきたんだから、もっと味わって食べなさいよ‼」
「あ、ごめん。凄く腹が減ってたから。あと黙って食べろって言われたし……」
食べ始めて5分程度って、もはや胃袋どうなってるのよ。
黙って食べてって言ったのはあたしだけど。
「……さっきの女子も、友達?」
少し気になり、話題を変えてみる。
「信濃さんたちのこと?彼女たちは、クラスメイトだよ。会ったら挨拶を交わす程度の仲かな」
「へー。あんな王子様スマイルでいつも挨拶してるのね、へー」
「……な、何?王子様スマイルって。というか、何でそっぽ向いてるの?」
「別に」
顔を見合わせずに素っ気ない言い方で返してしまう。
「怒ってる?え、怒ってるよね!?僕、何かした!?あ、ちゃんと、弁当は美味しかったよ!?」
「当たり前でしょ、あたしが作ったんだから。それに、怒ってないから」
「え、怒ってるよね!?その反応、絶対に怒ってるでしょ!?何で!?」
何であたしが怒ってることだけはすぐに察しがつくのよ、このアホォ~~‼
「そういうところよ、アホ真面目ぇ‼」
本当に、あたしは一翔の前だと嘘みたいに感情的になってしまう。
罵倒しながら立ち上がり、速足で庭園を出て行く。
「そういうところって何!?ねぇ、ごめん‼ごめんなさい‼機嫌直してよぉ~」
最初は本気で怒っていたけど、必死に謝ってくる一翔を途中から面白く思い始めた。
そして、あたしはしばらくその反応を見て楽しんでいた。
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