毒親
麗音side
向こうの生徒会長との話合いは、進藤先輩との対談と言う形で1対1ですることになった。
その間、円華くんと私は一翔と行動を共にすることになった。
校舎内を歩きながら、あたしは2人から一歩引いて窓の外を見る。
春休みに入っても、グラウンドではサッカー部や陸上部などの運動部が練習に励んでいる様子が見える。
「君たちと行った合同文化祭の後、こっちは散々な有様だったよ」
歩きながら、一翔が口を開く。
「はっきり言って、以前は日下部先輩のワンマンプレイが先行していて、みんな言いたいことも、やりたいこともできなかったからね。日下部先輩が行方不明になって、その息苦しさから解放されたら、みんな欲望のままに行動するようになった」
「何だよ?おまえもあの件の立役者なんだ。文句なら受け付けねぇぞ?」
半眼で抗議の目を向ける円華くん、彼は口角を上げて「違うよ」と言って続ける。
「感謝しているんだ。この学園は変わりつつある。君のおかげと言うのも気が進まないけど、君たちが全てを暴いてくれたから、今の僕があるからね」
「……大袈裟なんだよ。おまえからの礼なんて、背筋が凍るぜ」
本当に、素直じゃないんだから。
目を逸らして言ってる所から、悪態をつきながらも満更でもないくせに。
日下部康則が行方不明って話、まだ解決してなかったのね。
真城結衣が退学になったのはこの目で見て知ってるけど、あの男については何もわかっていない。
「そんな嬉しくも興味もねぇ礼を聞くために、ここに来たわけじゃねぇんだよ、こっちは。まさか、それを言うために案内人になったわけじゃねえだろうな?」
「別に僕だって、君みたいな偏屈者に礼を言うためだけに案内人に立候補したわけじゃない。勘違いするな」
素直じゃない幼馴染の関係を見せつけられる、こっちの身にもなってほしいわ。
互いに10秒ほど黙った後で、円華くんが横目を向けながら口を開く。
「おまえ……あの後で、ダチの1人でもできたのか?」
「できたよ。君なんかが心配しなくても、僕は対人スキルは高いからね」
「はぁ?どの口が言ってんだよ。俺が来るまでぼっちだったくせに」
「っ…‼それは、まぁ……だから、いろいろと変わったって言ったじゃないか。そう言うことだよ」
「いや、何がそう言うことだよ。意味わかんねぇし」
そこは察してあげなさいよ!?
一翔、奥歯噛みしめて悔しそうに顔真っ赤にして睨んでるじゃない‼
「だ、だから…‼僕にもこの学園で友達……仲間って呼べる存在ができたのは……君が僕を信じてくれたおかげだって……言ってるんだ…‼」
恥ずかし気に言った一翔の声は途中から小さくなっているけど、円華くんの耳には届いていた。
顔を見合わせずとも、彼は小声でボソッと言葉を返す。
「おまえの努力の結果だろうが、アホ真面目」
それはあたしの耳には聞こえていたのに、一翔は怪訝な顔をする。
「?今、何て言った?」
「あ?おまえみたいなアホでも、友達できるなんて笑えるって言ったんだよ」
そこで素直に復唱すれば良いのに、この男はぁ…‼
「君って男は、どうしてそうも悪口しか出てこないんだ!?素直に『ありがとう』の一言も言えないのか‼」
「へーへー、ありがとうございまーす」
「何なんだ、その棒読みな言い方は‼バカにするのも大概にしろー‼」
また、普段通りの言い合いに戻るんだから。
でも、こんな風に気兼ねなく言い合える仲の友人が居るのは喜ばしいことだと、今ならわかる。
だって、今のあたしにもそういう存在が居るから。
「大声が聞こえたので、何かと思ってみれば……。あなたでしたか、柿谷一翔さん」
廊下の向こうから、1人の女性に声をかけられる。
紅い着物に身を包んだ、妖艶な雰囲気を放つ赤髪の人。
彼女の声に反応し、一翔が背筋を伸ばす。
「す、すいません‼学園長……」
学園長?
この人が、阿佐美学園の…?
それって、もしかして…‼
女性は彼だけでなく、あたしと円華くんにも視線を向ける。
「あなた方は……才王学園の生徒さん、ですね。初めまして、娘がお世話になっておりますわ」
膝を軽く曲げて優雅にお辞儀をした彼女の言葉に、引っかかりを覚えた円華くんが復唱する。
「娘…?俺たちが、あなたの身内と面識があるのを知っているんですか?」
「ええ。あの子の身辺の人間関係は既に把握済みですから」
娘のプライベートにまで土足で踏み込む所から、その歪んだ支配欲が滲み出ている。
「初めまして、才王学園Dクラスの椿円華さん、住良木麗音さん。この学園の長を任されております、成瀬沙織と申します」
やっぱり、この女が…‼
緋色の幻影の中でも、ポーカーズ以外の幹部が今、目の前に現れるなんて。
「成瀬……そうか、あなたがあいつの母親なのか」
円華くんは彼女の言っていた言葉の意味を把握した。
だけど、その正体までは知らない…‼
向こうはどうなの?
組織の幹部なら、円華くんのことを知らないはずがない。
一体、何故、この状況で彼女が現れたのか。
まさか、ここに円華くんが呼ばれたのは、この女の策略?
そうだとしたら、すぐに離れないと消されるかもしれない。
成瀬沙織は歩み寄り、円華くんの前に立つ。
「あなたとは、1度話がしてみたいと思っていました。才王学園をかき乱す存在。変革の根源。あなたの存在が、あの学園に亀裂を入れたのだと聞き及んでおります」
手を伸ばし、彼女が円華くんの肩に触れようとする。
「話…?良いですよ。学園長からの誘いなら、光栄です。俺もあなたには、聞きたいことがある」
だけど、彼の目を見た瞬間、その手が震えて止まった。
成瀬沙織には、円華くんがどう映っているのだろう。
一瞬だけど、恐怖を覚えたように見えた。
そして、あたしたちの確認も取らずに通り過ぎて行った。
まるで「話がしたいならついてこい」と言うように。
一翔は額から汗を滲ませながら、円華くんに耳打ちする。
「円華……。あまり、自分のところの学園長のことを悪く言いたくはないけど、彼女には深入りしない方が良い。あの人は、日下部先輩のやり方を黙認していた存在だ」
「性質が悪いのは、娘も母親も一緒ってか」
彼女の背中に侮蔑の目を送りつつも、円華くんは後に続いて行った。
「ちょっと、世間話をしてくるぜ。おまえたちは、適当に時間を潰しててくれ」
止めても無駄なのはわかっている。
円華くんの目が、復讐者のそれに切り替わっていたから。
直感したのかもしれない。
成瀬沙織から、組織の情報を聞き出せるかもしれないと。
ーーーーー
円華side
成瀬沙織に通されたのは学園長室。
4方向に配置されている花瓶と、その中央に置いてあるテーブルと対面する形で配置されている大きめのソファー。
窓は黒のカーテンで閉められており、外から見られることは無い。
『やはり、辛気臭ぇ奴だな。これからどうするつもりだ、相棒?』
頭の中にヴァナルガンドの声が聞こえ、彼女の背中を見ながらも思考を巡らせる。
この女の誘いに乗ったのは、こいつが反応したからだ。
成瀬沙織が近づいてきた時、ヴァナルガンドは『そいつ、臭うな』と呟いた。
こいつの独特な感覚は信用できる。
だからこそ、向こうが誘ってくるなら、得られる情報を引き出してやる。
探り合いは、もう慣れてんだよ。
彼女は奥のソファーに座り、手を前にして俺にもう1つのソファーに座るように促す。
それに従って座った後に、成瀬沙織はテーブルの上に置いてあるティーポットを傾けてカップに注ぐと湯けむりが立つ。
「嬉しいですわ。あの子の級友とお話できる機会なんて、そうそう無いことですから。あなたのことは、瑠璃本人から聞いています。1学期に転入してきたあなたが、とても優秀な存在だと。ここまであの子の助けになってくれて、ありがとう」
感謝の言葉を述べながら、皿の上にティーカップを置いて俺の下まで軽く押し出してくる。
それを見ながら、手に持つことはせずに彼女に視線を移す。
表面上は娘想いの母親に見える。
だけど、これも人生経験って言うのかもしれねぇな。
彼女の向けてくる笑顔に、不快感を覚える。
幼少期から何度も見ている、不愉快な大人の社交的な笑みって奴だ。
それに対して、ストレスを感じて黙っているのは不自然だな。
「感謝されるようなことなんて、何もしてませんよ。俺は彼女のためじゃなくて、自分の目的のためにやってるだけなんで」
「目的……そうなのね」
「気になりますか?」
「あの子が関係しているのであれば、ぜひ知っておきたいわね」
普通なら遠慮する所だよな。
それでも、彼女は俺に言わせようとする。
相手は、組織の作った学園の長をやっているような女だ。
変に誤魔化す必要もねぇだろ。
「復讐ですよ。俺はあの学園で殺された教師の弟です。その犯人をぶっ潰す。そのためなら、俺は何だって利用する。例え、あなたの娘でもね」
復讐者としての目を向けた時、成瀬沙織が視線を合わせては一瞬だけ険しい表情になった。
「……危険な思想をお持ちのようね。あなたのその目……狂ってるって言われることはないかしら?」
「あぁ~、そこはお気になさらず。自覚してるんで」
満面の笑みで返してやり、取り付く島も与えない。
直感だけど、この女には心の隙を与えたらダメだ。
だけど、情報を引き出すために手は伸ばす。
「そんな狂っている男から質問です。成瀬学園長、あなたは何か知りませんか?才王学園の教師だった姉……椿涼華が、何故殺されたのかについて」
「……」
ここで何も知らないのなら、そう返答するのが正解だ。
それなのに、彼女はすぐに答えを返すことはなかった。
「……殺された、とあなたは言っているけれど、本当に才王学園の人間が関係しているのかしら?証拠はあるの?」
「ありますけど」
即答で返してやる。
そして、俺はスマホを出してあの写真の画像を見せる。
白騎士の鎧をまとったキングが姉さんの腹部を、その手で貫いている写真だ。
それを見た瞬間、成瀬沙織は言葉を失った。
「……」
「どうしたんですか?あなたは、この鎧の殺人者に心当たりでもあるんですか?」
写真を見つめながら、彼女の雰囲気が黒いものに変わっていく。
「……そうね。あなたが、ここまで把握しているとは思わなかったわ――――カオス」
たった1枚、この写真を見せただけで化けの皮が剥がれるとはな。
もう少し粘られるかと思ったが、それほどまでにポーカーズの存在を掴んでいる事実はデカいらしい。
「俺をそう呼ぶってことはやっぱり、あんたも組織の関係者らしいな」
もはや、形式ばった敬語を無くして冷徹な目を向ける。
「この話合いを設けたのは、失敗だったみたいね。本当ならあなたのことはじっくりと追い詰めた上で、私の目的のために利用した上で処理するつもりだったけど、侮っていたみたいね」
そう言って、自身の手元にあったティーカップを俺の方に勢いよく振るって紅茶を撒いた。
まさかの実力行使かよ…!?
ソファーから大きく横に跳躍して床に一回転した上で回避する。
紅茶がソファーにかかった瞬間、ジュワァと音を立てて白い水蒸気を発生させる。
その下では、革の素材が少し溶けているのを視認する。
「おいおい。何か盛られてるとは思ったけど、それ、絶対に口に入れちゃいけないもん入ってるだろ?」
「本当に面倒な子ね。出されたものには口を付けないと、マナーに反するって習わなかったのかしら?」
「生憎だったな。得体の知れない相手の出したものには、手を付けるなってのが家の方針だ」
第一、応接室に通された時に、テーブルに既にティーポットが用意されてるなんておかしいだろ。
しかも、彼女が注いだものは熱を帯びていた。
俺が誘いに乗ることを読んで用意していたのなら、尚更警戒する。
「娘のクラスメイトと話し合いたかったって?そんなのを喉に通したら、話すどころじゃねぇだろ。本当の目的は何だ?」
本性を現したところで、改めてその目的を問う。
さっきの口ぶりから、俺を何かに利用しようとしたみたいだけど……。
「簡単な話よ。私の娘……瑠璃を、あの学園からこの学園に転入させる手助けをしてほしかった。それだけ」
淡々と、それもあっさりと答えた。
成瀬をこの学園に転入させる?
それだけのためにこんな危険な行動をするなんて、この女も正気じゃねぇな。
「私はあの子が、あんな危険で野蛮な場所に居ることを認めていないのよ。母親として、あの子のことが心配で仕方がないの。だから、私の下で安全な環境に連れ戻したい。そんな親の気持ちが、あなたにわかる?」
「……言ってることだけは、少し立派だな」
母親として、成瀬のことが心配か……。
それなら、本心からそう思っている母親としての顔で言って欲しかったぜ。
「あんた、仮面を被るのが下手だな。言ってることは立派でも、その本質が隠せてねぇよ」
俺は母親の仮面を被っている狂人に対して、人差し指をさして事実を突きつけた。
「支配欲の塊。世の中でいう毒親だぜ」
何の気なしに言ってやれば、女は青筋を立てて睨みつけてきた。
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