できる男
円華side
今日は進藤先輩から頼まれていた、阿佐美学園への同行の日。
朝、予定の15分前に到着すれば、既に車が止められていて進藤先輩が待っていた。
「早っ…」
思わず口から言葉が漏れれば、向こうも俺に気づいて視線を向けた後、右手の腕時計に目を落とした。
「俺の予想よりも5分遅かったな、椿。……1人か」
「いやいやいや、あんたは来るのが早すぎでしょ。つか、こんな車……見栄張ってません?」
車は文化祭の時のようなバスではなく、ロールスロイスという高級車だった。
たった3人の高校生を乗せて移動するにしては派手過ぎるだろ。
「学園長に手配を依頼したが、余っている車がこれしか無かったそうだ。座席にシミ1つ残したら、弁償ものらしいから気を付けろ」
いや、乗ったがその後、生きた心地しねぇよ。
弁償代なんて高校生が払える額じゃねぇだろ、絶対に。
学園長もプレッシャー与えてくれるぜ。
苦笑いしながら高級車を見ていると、進藤先輩は話題を変える。
「おまえが早めに来たのは、久しぶりに幼馴染と会うのに落ち着かなかったからか?」
「はぁ?そんなわけないでしょ。つか、あいつが今回の向こうへの訪問に関係してんですか?」
「無関係とは言えないな。何せ、俺が阿佐美学園への同行者としておまえの名前を出した後日、案内役に彼が立候補したくらいだ」
「何だよ、それ……。わざわざ、俺の名前を出さなくても良かっただろうに」
「向こうに警戒心を抱かせるには、俺とおまえの存在は目に見える脅威となるからな」
合同文化祭の時のことを言っているんだろうな。
確かにあの時、日下部康則と真城結衣の企みを潰したのは結果的に俺と進藤先輩、そして一翔ってことになる。
だけど、あの2人が消えたからと言って、それで阿佐美学園が才王学園に抱いている対抗意識が消えたかはわからねぇしな。
変な気を起こさないように、俺を利用するのはわからなくねぇか。
「そう言えば、阿佐美に行くのは俺と進藤先輩と……もう1人は結局、誰なんだよ?」
話している間も車に乗り込まないことから、誰かを待っているのは明らかだ。
痺れを切らして聞いてみれば、進藤先輩は怪訝な顔をする。
「本人から直接聞いていないのか?おまえが1人で来た時から違和感はあったが。てっきり、2人で来るものだと思っていたぞ」
「2人で?一体、誰と?」
予想外に先輩の考えとは違う行動をしていたようで、その言い方から俺に近い存在なのは確かなようだ。
増々誰なのか気になっていると、後ろから「す、すいませーん‼」と猫を被った女の甲高い声が聞こえてくる。
住良木麗音だ。
「はぁ…はぁ……はあぁ~。お、遅れてすいません。準備に手間取っちゃって」
「いや、大丈夫だ。予定として決めていた時間よりは5分早い到着だ。遅れたわけではない」
両ひざに手を置いて謝ってくる麗音に、進藤は声をかける。
「もしかして、3人目って麗音のことですか?何でこいつが?」
「彼女もまた、阿佐美学園の変革に一役買った存在だ。英雄の到来は、テンションが上がるだろ?」
「い、いやですよ、進藤会長。アイドルだなんて」
頬を掻いて否定しているが、表情から満更でもない様子。
そして、彼女が来てからほんの少し鼻に入ってくる香りに違和感を覚えた。
ほんのり花の香りがする。
それも麗音が来てから感じている。
あれ?こいつ、前からこんな匂いしてたか?
まぁ、俺も人から「鈍感」だの「デリカシーがない」だの言われ続けているが、ここで香りに対して指摘するのはマナー違反なのは流石にわかる。
姉さんが教師になりたての時、香水を付け出した彼女に対して「何かばばくせぇな」と一言呟いただけで顔面に鉄拳制裁を受けたトラウマは忘れていない。
いやぁ~、あの時はマジで三途の川が見えかけてた。
3人そろったことで、進藤先輩が車のドアを開ける。
「では、阿佐美学園に向かうとしよう。時間も有限だ。無駄にはできん」
促されるままに車に乗れば、さっきの話を聞いていただけに一気に緊張が走る。
やべぇ、リュックの中にミネラルウォーターとか軽いスナック菓子を持ってきたけど、何も飲み食いできねぇ。
シミ1つ残したら弁償とか、めっちゃ神経使うじゃねぇか‼
気を紛らわすために窓の外を見てボーっとしているのも30秒で飽きてしまい、不意に隣に座る麗音を見る。
香りのことも気になったが、少し大きめの鞄を太股の上に置いて大事そうに抱えている。
「その中、何か入ってんのか?」
様子が気になり、鞄に視線を向けて聞けば、わかりやすくビクッと震える麗音。
「い、いや、別に!?関係ないでしょ、円華くんには」
「何だよ、その反応…。まさか、時限爆弾でも入ってんじゃねぇのか?」
「発想が飛躍し過ぎ……。はあぁ、気が重くなるわ」
頭を押さえて呆れられ、若干イラっとする。
いや、ただの冗談のつもりだったし。
そんなに呆れなくても良くね!?
「無暗に女子のプライバシーに踏み込むのは感心しないな、椿。そういうのは、推察して見守るのが、できる男というものだ」
腕を組みながら説諭してくる進藤先輩に、麗音は感心の目を向ける。
「やっぱり、先輩は落ち着きがあってできる男って感じがしますよね。失礼かもしれませんけど、女子から言い寄られることとか無いんですか?」
「いいや、予想を裏切るようで申し訳ないが、そういうのとは縁が無くてな。堅物というイメージが先走って、逆に怖がられているくらいだ。俺と対等に話せる女子は、この学園には悲しいことに1人しか居なかったな」
「……居なかった?」
過去形の言い方だ。
もしかして、その女子って……姉さんのことか?
俺なりに持っている情報の中から予想を立てていると、進藤先輩は俺の方に視線を向けて言った。
「前・生徒会長の桜田奏奈だ。彼女と同学年だった頃は、2人で雌雄を決する場面が多くてな。互いを意識して、クラスのために高め合っていたものだ」
まさかのBCかよ。
そう言えば、あいつも進藤先輩のことは知っている風な感じだったな。
「椿、おまえが彼女のような強い女性を姉に持っていると知った時は、驚いたものだ。運命とは恐ろしい」
「……あいつだけじゃないですけどね。俺が姉だと思ってた人は」
ここでBCのことを姉だと認めていないと言っても、話が拗れるだけだ。
だから、俺と彼だけに通じる言い方で涼華姉さんのことを伝える。
すると、進藤先輩もそれ以上は踏み込んではいけないと察したのか、「そうか」と一言で済ませた。
流石はできる男って奴だな。
その後は他愛ない雑談で社内での時間を潰し、車は阿佐美学園の正門をくぐった。
ーーーーー
車が生徒玄関の前で停車したところで、ドアが開いて順番に降りる。
流石に来たけど、空気が変わっているのがすぐにわかった。
前は才王の生徒ってことで少し圧を感じていたが、今はそうでもない。
「お待ちしていました、才王学園の皆さん」
ドアの向こうには、制服に身を包んだ長身で緑髪をした女性が立っていた。
彼女はこちらに警戒心は向けず、中央に立っている進藤先輩に手を差しだす。
「初めまして。阿佐美学園の新生徒会長に就任しました、高雄伊吹です。本日はよろしくお願いいたします、進藤生徒会長」
「こちらこそ。そうですか、あなたが……心強いですね、高雄生徒会長」
この人が、新体制になった阿佐美学園の生徒会長か。
わざわざ出迎えに来てまで挨拶に来るところから、礼儀は重んじるタイプみたいだな。
これはあくまでタラレバだけど、俺たちが日下部を潰さなかったら、あの男が新生徒会長になっていたんだろうな。
その未来をイメージするだけでもゾッとする。
頼むから、この高雄って女はあいつよりは真面な人であってくれよ。
彼女は進藤先輩の後に、俺と麗音にも手を差しだして握手してくれた。
俺たちと軽く挨拶を交わした後で、高雄先輩は後ろの柱に視線を向けて困ったような笑みを向ける。
「柿谷くん、いつまで姿を隠しているんですか?案内人に立候補したのに、挨拶をしないのは失礼に当たりますよ」
名前を呼ばれれば、柱から顔を出してはゆっくりと姿を現す青髪の男。
「ど、どうも……。お久しぶりです」
目を逸らしながら挨拶をしてくる一翔に、麗音が若干目を見開いた。
「あ、あのっ――――」
「何をシャイボーイ気取ってんだよ。きもっ」
彼女が何か言いかけたが、俺が我慢できずに思ったことを口走ってしまった。
すると、それを聞いた一翔はピクッと右目の目尻を震わせて苛立ちを表す。
「な、何がシャイボーイだ、キモいだ!?本当に君のボキャブラリーは悪口しか埋まっていないな、この偏屈者‼」
「はぁ?これぐらい真に受けずに受け流せよ、アホ真面目。それで俺の幼馴染とか、笑えてくるわ」
半笑いで言いつつ、一翔は一気に調子を戻してきた。
「こんな性格がねじ曲がった男が、僕の幼馴染だなんて…‼悲しくて涙が出てくるよ。この悪魔‼」
「はっはっはー、言ってろ言ってろー」
棒読みで感情的な一翔の怒声を受け流し、空気が温まって来たところで俺たちは校舎の中に案内された。
「久しぶりに会っても、おまえたちは変わらないな。まぁ、前回の合同文化祭を経験しているこっちからすれば、通常運転だが」
変わらない光景だと思っている進藤先輩だが、俺は今のあいつとの会話で確かな変化を感じていた。
そして、それは一翔も同じはずだ。
「前と同じじゃねぇっすよ、先輩……」
進藤の隣を歩きながら、あいつに聞こえるように訂正する。
「前までなら、幼馴染なんてワードが出てくるわけなかった。お互いにな」
「……確かに、そうだね」
一翔も小さく同意し、それを聞いていた高雄先輩が話に入る。
「話には聞いていましたが、本当に2人は仲が良いんですね。先程の会話も、見ていて微笑ましいものでした」
「や、やめてください、高雄会長‼仲良くなんてありません。この男のねじ曲がった性根とは、絶対に相容れないと思っています」
「そこに関しては同意だな。俺もこんなアホみたいな正直者は、いじりやすい玩具としか思ってないですよ」
「誰が玩具だ、訂正しろー‼」
「そう言うところだぞ、アホ真面目」
俺と一翔の通常運転の言い合いに、彼女は諫めることなく「はいはい、そうですか」と微笑みながら流した。
意外とノリが良いな、この人。
その後、応接室に通されるまで4人で話をしている間、1人だけずっと口を閉じていた麗音。
彼女の視線はずっと、静かに一翔の方に向いていた。
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ああぁ~、久しぶりの円華と一翔の掛け合い。
実家のような安心感。




