女帝の目覚め
紫苑side
さて、こうも1人で自由に動けるのも久方ぶりであり、外をふらついてみるがどうも落ち着かない。
いつもは木葉や早奈江が同行しようとするのだが、その2人は側には居ない。
木葉の場合はこの前の対抗試験での敗北を気にしており、早奈江に関しては部活の助っ人に呼ばれたらしく、私から参加するよう許可を出した。
1人になりたかったのが、理由としては大きい。
周りから女帝などとは呼ばれているが、それでも四六時中誰かに付き添われるのは息が詰まる。
頂点に立つ者であっても、1人で物想いにふける時間は不意に望みたくなるものだ。
カフェでカプチーノをテイクアウトで購入し、地下街を一望できる高台に移動しては風が吹いて髪がなびく。
「本当に、バカみたいに広大だな。この街は……」
閉鎖されてはいるが、それを感じさせないほどに広い敷地面積と高さを持つ地下空間。
この街が何故作られたのか、その理由をこの学園内で知っているのは私と他数名のみ。
巨大な鳥籠の中で生活することに、最初は窮屈を覚えていたが、慣れとは怖いものだ。
「……これが燃え尽きというものか」
自分の中で実感する変化。
あの対抗試験を終えてから、私の中で小さな虚無感が芽生えている。
1年という短い期間で、私の中で大きな変化があった。
私は自分が強者だと自負し、使命を持ってこの学園に赴いた。
その使命を誰にも話すことなどできず、孤独な戦いに身を置くことになった。
この学園に居る人間を仲間などと思ったことはなく、全ては使命を果たすための駒として認識していたのが本心だ。
しかし、その中で私の興味を引く存在が現れた。
椿円華……自分と同等の強者であると感じさせる男だった。
私は使命を果たすことを目的としつつも、彼への好奇心に高鳴りを感じていた。
自分と同じく強者足りえる存在を前にして、戦士が芽生える感情は1つ。
戦ってみたい。
どちらが上なのかを確かめたい。
その気持ちは、時間が経過するごとに高まって行った。
そして、その欲望は遂に満たされた。
結果は私の敗北に終わったが、それでも納得ができる勝負だった。
学園側が、余計な妨害をしなければ。
あの戦いを通じて、私は1つの答えを得たような気がした。
椿円華こそ、私の知らない感情を教えてくれる存在なのだと。
しかし、その答えは彼自身に否定された。
確かに、冷静に考えてみればその返答は理解できた。
私と円華は、対等ではなかったのだ。
あいつは、私の想定を遥かに超える強さを持っていた。
その強さに、敗北したのを痛感する。
だからこそ、虚しさを覚えるのだ。
私の後ろには、多くの人間が控えている。
そして、前には円華という存在が背中を向けて前に進んでいる。
しかし、私の隣には――――誰も居ない。
彼に否定された時、自分が無意識に求めていたものを突きつけられた気がした。
前でも後ろでもなく、共に隣を歩いてくれる存在を。
夢物語のような話だとは思っている。
この私と対等でいられる存在が、この学園に居るわけがないと。
それほどまでの力を持った者が、現れるはずがないことも。
自分の欲望と向き合ってみると、我ながら女々しい気分になっている。
「私らしくないな。まるで、白馬の王子を求める姫じゃないか」
ロマンティシズムにふける気にもなれず、気持ちの整理がついた所で高台を離れようとすると、どこからか「はああぁ~~~~」っと重たくも大きな溜め息が遠くから耳に届いた。
この場所は人目を気にせずに考え事ができる、私だけが知る隠れスポットだと思っていたが、他にも客が居たのか。
であるならば、少し関心が呼び起こされる。
声が聞こえた方に足を進めてみると、ブツブツと話し声が聞こえてくる。
「だから、僕は最初から嫌だったんだ。こんな実力主義の学園で、僕みたいな男が金の力以外で生き残れるわけないじゃないか…‼1年生の間は何とかなったけど、これからあんなクラスで2年生になるなんて、一体どうしたらいいんだよぉ~!?」
大きな背中を丸めて、頭を抱えながら蹲る男。
髪型が特徴的であり、それが誰なのかはすぐに連想できた。
しかし、本当にその人物なのかは定かではない。
何故なら、私の知る男の態度とは似ても似つかないのだから。
「おまえ……まさか、ウィルヘルムか?」
試しに、確認をかねて名前を呼んで声をかけてみる。
その長いドレッドヘアは、1度見たらそう忘れられるものじゃない。
男はビクッ!と肩を震わせ、そして徐々に全身が挙動不審なほどに震え始める。
「ち、ちち、違います‼僕っ…じゃない!わ、私はっ…そんな、高貴な貴族のっ、名前では…ないのだよ…です‼」
顔を合わせず、口調も定まっていない。
ビクビクと震えており、背中を向けたまま両腕で顔を隠している。
思わず半眼で首を傾げてしまい、相手の前に立ってみる。
「この私に背中を見せたまま言葉を交わそうとは、不遜な奴だな。不愉快だ、顔を見せろ!」
「えっ…えぇ~!?」
両手を掴んで強引に顔から離せば、やはり予想通りの顔をしていた。
目を見開き、涙目になっては鼻水が垂れているが、顔立ちはそのままだ。
「やっぱり……ウィルヘルムじゃないか」
「っ!?」
もう1度名前を呼べば、急に顔を真っ赤にさせては及び腰で尻を引きずりながら後ろに下がっていく。
「ち、ちち、違うって……言っているじゃないですか‼」
「いや、どこも違わないだろ。そんな目に見える証拠があるのに、反論などあるはずもないだろ。……ふむ、そう言うことか」
顎に手を当て、すぐに状況を理解する。
こういう時に、常人であれば自分の持つ情報と擦り合わせるのに時間を有するだろう。
しかし、私は敢えて、全ての事前情報を棄てて、ありのままの事実を受け入れて答えを出した。
「おまえ……今までの傲慢な態度、ただのキャラ付けだったな?」
「っ‼そ、そそ、それは…‼」
確信を突かれ、現実ではあまり見ないような反応をする。
私に対して恐怖を、あからさまに震えた態度で示している。
そして、身体を起こしては両手と頭を地面に擦りつけた。
「ど、どうか!このことは、他の人には秘密にしてくれませんでしょうか!?」
奴がこの状況で取った手段。
それは綺麗なまでなフォームで繰り出された土下座だった。
普段のこの男であれば、顎を突き出して見下ろしながら『まぁ、些細なことは気にせずに見逃したまえ』と上から目線で言ってきそうなものだが。
それほどまでに、冷静さを欠いているのが見て取れる。
私は腕を組み、鼻からフゥーと深く息を吐いて土下座するウィルヘルムを見下ろす。
「……つまらん」
不意に出てきたのが、その一言だった。
私はこの男を、少しは買っていたのだがな。
2学期当初は、Cクラスのリーダーとしての技量を見定めるために茶会にまで招待したことを覚えている。
現在はBクラスに上がったとはいえ、その活躍は聞いていないが、私には感じるものがあった。
大体の人間は、人目見ればその秘めている才能を見定めることができるように、師から鍛えられてきた。
その才能を鑑定する目からしても、この男のポテンシャルは高かったことが記憶に新しい。
しかし、それが活かされていない理由が今、やっとわかった。
今までの態度が全て虚勢であり、目の前の情けない姿が本心であるとわかった今、心底呆れ果てる。
「何故、今までキャラを演じていた?まずは理由を聞かせろ」
黙っているかどうかはさておき、理由は知っておきたい。
ウィルヘルムは土下座の体勢から頭を上げ、口を開く。
「そ、その……僕は大企業の跡取りで……幸崎家の人間は、常に高貴な態度を取ることを求められて生きてきたんです。だ、だだ、だから、本当は怖いけど……周りの人に、強気でいかないと……家の名に、傷がつくって……」
要するに、家の英才教育が影響か。
現実は目に見えるような気弱な性格だったのを、人前ではマインドセットをすることで取り繕っていたのだろう。
本来の自分とは違う自分を演じて過ごす学園生活は、過度なストレスがかかるものだっただろう。
それをこれまで隠し通すことができたのは、素直に称賛できる。
しかし、虚勢が解けた途端に、ここまで情けない姿を見せられるとは。
これが演技かどうか、少し試してみるか。
右足のローファーを脱ぎ、ストッキング越しにウィルヘルムの頭に足を置いて下に向かって圧をかける。
「この私の前で偽りを演じるとは、不届き千万!けしからん奴だなぁ」
「うぐっ‼ご、ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさいぃ~‼」
頭を踏まれようとも、謝り倒す始末。
……何だ、この感情は?
強者と戦う時と同等の、胸の高鳴りを覚え始める。
「謝って許されることだと思っているのか?甘い奴め。おぼっちゃん育ちは、世間を軽く見ているから困る。私を誰だと思っている?ただの謝罪で許すはずがないだろう?」
「だ、黙っててくれるなら、何でもします‼だから、許してください‼鈴城さん‼」
いつもなら『ミス鈴城』と仰々しい態度で呼んでくるが、これが素での呼び方か。
ギャップが凄すぎてついていけん。
しかし、この優越感……何とも形容し難い。
「何でも?何でもと言ったか?そうか、そうだなぁ……」
頭をグリグリと踏んだまま、ウィルヘルムを見下ろして考えを巡らせる。
この情けない姿でも、人目見ただけで秘めたポテンシャルを感じさせる不思議な男。
見るに堪えんような精神力ではあるが、それが改善できればその実力は遺憾なく発揮されるかもしれない。
そして、1つの可能性が見え始める。
「私が引き出してやるのも、悪くないかもしれんな」
小さくそう呟いては、スカートからスマホを取り出して土下座している奴を写真でパシャっと撮る。
そして、頭から足を離して靴を履き直して地面に片膝をついた。
「幸崎ウィルヘルム」
「は、はい!」
ウィルヘルムが顔を上げた所で、その顎を触って自分を見上げさせる。
「おまえの秘密は他言しないと約束しよう。しかし、そのために2つだけ、私と契約を結べ」
「け、契約…?」
「これを拒否するなら、この写真を学園中にばら撒き、おまえを笑いものの負け犬にしてやるからな♪」
スマホの画面を見せ、不敵な笑みを向ける。
そこに映っているのは、私の足に踏まれながら土下座している高貴な貴族様の無様な姿だ。
「そ、それは絶対に嫌です‼」
「では、契約は成立だな。条件の1つ目、それは私の前ではキャラを演じるのをやめろ。おまえのその態度は、はっきり言って不愉快だった」
「はい!ごめんなさい‼やめます、はい‼」
一睨みするだけで、震えながら承諾する。
まぁ、これはただの私の気分の問題だ。
そして、肝心なのはもう1つの方。
「よろしい。では、もう1つの条件だ……。私の言うことには、絶対服従を誓え」
「……そうですよね。何か……予想出来てました」
諦めたように肩を落とす彼の態度から、早合点をしているのがわかる。
「勘違いするな。小間使いなら、私のクラスに何人も居る。おまえには、それは求めん」
「へ…?じゃあ、僕は一体……何を…?」
呆気にとられながら、間抜け面で問いかけてくるウィルヘルム。
それに対して、私は歯を見せた笑みで答える。
「私がおまえを、本当の貴族……いや、私と並ぶ王にしてやろう」
これが、私の見出した答えへの道。
私と同等の強者が居ないのであれば、才能のある者を導き、引きずり上げれば良い。
ウィルヘルムには、それだけの素質がある。
そして、彼を選んだ理由はもう1つある。
頭を踏みつけた時に感じた、この胸の高鳴り……今まで感じたことのない感覚だった。
この答えを知りたいという欲望が、私にウィルヘルムを選ばせたのだ。
もっと、奴の情けなく、無様な姿が見たいと思っている。
そう……私だけに、その姿をさらけ出したいのだ。
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紫苑様……目覚め初めてらっしゃる…‼
耐えろ、ウィルヘルムくん……いろんな意味で




