無意識の逃避
基樹side
路地裏の奥にある、今は使われていない廃墟の工場。
そこは1人で修行するには打ってつけの場所だった。
黒衣に身を包み、周囲に鋼鉄の糸を展開し、形を次々と変えていく。
「ハンターズトリック 障壁‼監獄‼牙‼」
網目状の障壁、鉄格子、鋼鉄の顎へと姿を変えていき、確かに俺の自由に動くことができている。
それでも、納得できる速度と精度じゃない。
グローブに通している糸を見つめながら、奥歯を噛みしめる。
「あの時のキュウビの力は……こんなものじゃなかった…‼」
初めて、黒衣の中に宿る魂を顕現させた時、俺の意識は残っていた。
この身体を利用して、キュウビ自身が暴れていた。
敵を容赦なく、衝動の赴くままに殲滅していく糸の使い方を間近で見たんだ。
その動きは、今の俺とはかけ離れていた。
「俺はこの力を、具体的に形にすることに重点を置いてきた。だけど、こいつ自身はそんなこと関係なく……。あそこまでの境地に、辿り着けるのか…!?」
自分自身の身体で、嫌と言うほど見せつけられた実力差。
まるでキュウビが『これが力の使い方だ』と証明するかのようだった。
スサノオを装着した時とは違う、自分が自分で無くなるような感覚。
それを思い出すだけで、手が震えだす。
「こんなのは……違う‼」
恐怖を振り払うかのように、拳を握って横に薙ぐ。
パァーンッ‼
その拳が誰かの掌とぶつかり、受け止められる。
『やっぱ、こうなったか。予想通り過ぎて、白けてくるぜ』
声の主に視線を向ければ、拳を受け止めたのは豹の髑髏を被った狂剣士。
『よぉ、クソガキ。この前ぶりだな』
「ディアスランガ!?」
条件反射で後ろに下がり、スサノオの短剣を構える。
無意識の反応で臨戦態勢に入ったが、ディアスランガは無防備に立っている。
『おまえもワンパターンだよな。少し様子を見に来ただけで、これだぜ。神経が過敏になってんじゃねぇのか?』
自身の髑髏をトントンっと人差し指で叩き、骨剣を肩に担いでは露骨に「くぁ~あ」と欠伸をする。
「いつもいつも、俺を嘗め腐った態度を取りやがって、何がしたいんだよ!?」
『別に?言っただろ、おまえには強くなってもらわねぇと困るんだよ。こうも難儀だと、ガキの御守りも骨が折れるぜ』
首を回しながら苦言を呈する態度に、苛立ちが募る。
そして、俺の怒りなど気にせず、ディアスランガは指をさして言った。
『おまえ、この前のことを気にしてビビってんだろ?情けねぇ奴』
「っ!?誰が…‼」
反抗しようとした次の瞬間―――。
黒い残像が伸び、奴は俺の背後に回って骨剣を首筋に当てていた。
『図星を突かれて、反応が遅れてるぜ?少しは冷静さを保てよ。こんなのが適合者だと、化かしのキュウビが泣いちまうぜ』
「黙れ‼」
右肘を上に振り上げて骨剣を弾き、続けてスサノオの短剣を前に突き出す。
「暴れろ、スサノオ‼」
怒りのままにコードを唱えれば、9つの蛇が彫られた朱色の鎧が顕現して装着を完了する。
短剣が太刀へと変化し、刃先をディアスランガに向ける。
「俺が何にビビってるって?こうやって、魔鎧装は使えてる。何も恐れるものはないだろ!?」
それでもなお、奴は骨剣の腹で肩を叩いてはニヒヒっと笑う。
『そう必死になるなよ。もっと、余裕をもっていこうぜ?』
「その余裕を無くしてやるよ‼」
鎧から一匹の蛇を実体化させ、太刀に巻き付かせては全身に雷を纏う。
柄を両手で握り、後ろに引いては薙ぎ払いの構えをとっては前に一歩踏み出した。
「雷蛇の太刀 閃‼」
一直線に進んで仕掛け、横に薙ぐがその時にはディアスランガは視界から消えていた。
「初手でそれを選ぶ時点でブレブレだ。そんな直線の一閃を目の前で見せられたんじゃ、どうぞ避けてくれって言ってるのも一緒だぜ?そして……」
奴は背後から、骨剣を下から勢いをつけて振り上げた。
「うぐはあぁ‼」
「一撃を出してからの隙がでかいんだよ。そんな大振りの斬撃はなぁ、剣士にとっては命取りだ。もっと、小回りが利くように調整しろ」
スサノオの鎧が無ければ、ダメージが大きかった。
こいつ、今までとは動きが違う。
前なら、真正面から薙ぎ払っていたはずだ。
あれは回避できないから、受け止めているものだと思っていた。
だけど、今ならわかる。
雷蛇の太刀は、スサノオの技の中で最速の一撃だ。
それを回避されたってことは、今までの太刀も回避しようと思えばできたってことだ。
嘗めやがって…‼
「うるさいっ‼」
怒り混じりに、振り向き様に太刀を横に薙げば、半歩下がるだけで容易に防がれる。
「やっぱ、おまえは剣士に向いてねぇな。浩紀とはレベルが違い過ぎる」
「一々、父さんの名前を口にするなぁ‼」
雷蛇から水蛇に変更し、刀身に水圧の刃を纏う。
「水蛇の太刀 流‼」
ディアスランガに向かって太刀を振り上げつつ、水の刃がしなりながら鞭のように伸びていく。
しかし、それすらも奴はニヒっと笑いつつ身体を仰け反らせて回避し、そのまま回転しては地面に着地すると同時に、骨剣を漆黒に輝かせる。
『避けるだけじゃ面白みもねぇ。攻撃の手本を見せてやるよぉ‼』
トントンッと爪先で地面を叩きながらリズムを取り、駆け出すと左右に揺れながら俺に迫る。
それは黒い残像を作りながら、視点を定まらせない。
目の前に迫ったと認識した時には、もう背後に回っていた。
そして、遅れて10発の斬撃が俺の全身を斬っていた。
「ぎぁぐはっ、がはぁあああああ‼」
苦痛を感じ、膝を突いてしまうが太刀を地面に刺して身体を支える。
「何だ…!?今の……技は…!?」
『技?この程度で何が技だよ、バカらしい。ただ速く動いただけだぜ』
カツンっカツンっと、骨剣で肩を叩きながら呆れる狂剣士。
全く、反応できなかった。
魔鎧装を纏っているのに、差が縮まらない。
これが、父さんと供に戦った大罪具の本当の力なのか…!?
『はああぁ~~~~、つまんねぇなぁ~』
天を仰ぎながら、俺に聞こえるくらい不快な溜め息をつく。
『今のおまえは、見てるだけで退屈だ。俺が少し本気を出しただけで、怖気づいちまっている。恐怖に飲まれた奴は、臭いでどういう心かわかるもんだ』
ディアスランガは俺に歩みより、兜を掴んで仮面越しに目を合わせてくる。
『泥くせぇ臭いだ。おまえの中の力が泣いてるぜ?こんな奴が宿主だと、宝の持ち腐れだ』
俺の中の力。
キュウビのことを言っているのか?
そして、ディアスランガのその言葉に反応するように、頭の中で声が響く。
『殺せ…』
ドス黒い声。
スサノオを装着しているにも関わらず、内側からそれを突き破りそうな衝動に襲われる。
やめろ。
『殺せ』
出てくるな…‼
『殺せ…‼』
やめてくれぇ‼
『殺せぇ‼』
自身の頭を両手で押さえ、衝動を声に変換する。
「うるせぇええええええええええええ‼‼‼」
スサノオの変身が解除され、周囲に漆黒のオーラが展開されていく。
ダメだ…‼また、衝動に……殺意に――――‼
ガシュッ‼
顔面に強い衝撃が走り、痛みで意識が現実に戻る。
そして、狂剣士に胸倉を掴まれては顔を迫られる。
『恐怖から逃げるな。飼いならせ』
それはいつもの飄々とした声ではなく、諭すような低い声が耳に届いた。
『おまえ、自分から逃げてどうすんだよ?そんなのでこれから先、戦えるわけがねぇだろ』
否定できない。
ディアスランガの言葉に、反発できないまでに俺の心は弱っているのか。
「俺は……どうすれば……」
答えが出ない中で、黒い靄が広がる心の内を叫んだ。
『どうしろって言うんだよぉー!?』
自分の力が恐ろしい。
そう感じている自分を、受け入れたくなかった。
今までは、力が表に出ないことに対して憤りがあった。
だけど、今は逆だ。
いざキュウビが顕現した時、その力を制御できなかった。
今はもう、この力を抑えつけたいほどの恐怖を感じている。
その恐怖に気づきたくなくて、無意識に逃げていた。
『恐怖を抱いたなら、そこからが始まりだ』
ディアスランガは立ち上がり、スサノオの短剣を持つ。
『その感情は、人間が持つ最大の能力の1つだ。恐怖を抱いたことで、大きく成長した人間を俺は知っている。望めるなら、俺が喉から手が出るほど欲しいものでもある』
強欲の大罪具が、恐怖を欲しがる?
そのことに違和感を覚えながらも、奴の言葉に耳を傾ける。
『人間は恐怖を抱き、打ち勝つために対策することができる。それは己を鍛えることかもしれねぇ、他者の力を借りることかもしれねぇ、根回しすることかもしれねぇ。そのやり方は様々だが、恐怖の先を見ているのが人間の持つ強さだ』
恐怖が強さに繋がるという狂剣士の言葉。
だとしたら俺は今まで、スタートラインにすら立てていなかったことになる。
「父さんも……恐怖を抱いていたのか?」
自分が今まで聞いた中で、父……狩原浩紀が恐怖を抱くイメージがつかなかった。
しかし、ディアスランガは即座に返答した。
『そうだな。あいつは何度も恐怖を抱き、それに打ち勝ってきた強い男だったぜ?』
「そうか……そうだったんだな」
少しだけ、嬉しかった。
実際に会ったことは無いけど、俺にもあの人と似た部分はあったんだな。
恐怖から逃げていたら、力を使いこなせない。
キュウビの衝動に呑まれた時の感覚は残っている。
「キュウビ……おまえは、俺をどうしたいんだ?」
両手に着けているグローブを凝視し、問いかけるが返答はない。
わかっているのは、俺の持つ魔鎧装は尋常ならざる殺意を抱いていること。
そして、他を殲滅できるほどの力を持っていること。
あの衝動を制御できなければ、また殺意に振り回されることになる。
『おまえって奴はめんどくせぇな。何でもかんでも、考えれば答えが出てくるなんて思うんじゃねぇよ』
スサノオの短剣を持ったまま、骨剣の刃を向ける。
「力を使いこなすために、必要なことは単純だ。その力を理解しろ、そのために動け‼」
上段に掲げ、振り下ろしてくるディアスランガ。
「っ!?――――障壁っ」
糸を展開して障壁を作ろうとした時、それは俺の意識で反応するより先に構築されていた。
意識よりも先に、糸が反応している様だった。
まさか……キュウビが、俺を守ったのか…?
『おまえも乗り気みてぇじゃねぇか……退屈凌ぎになりそうだぜぇ‼』
スサノオの魔鎧装を纏った時とは違う。
身体が軽い。
それは重たい鎧を脱いだからという意味だけじゃない。
少しだけ……ほんの少しだけだけど、力が湧き上がる感覚があった。
今の俺なら、もっと……この妖狐の糸を使いこなせる気がした。
ディアスランガの動きが視え、その先を見据えられるような感覚だ。
糸をどう動かせば良いのか、情報が頭に流れ込んでくる。
『進め、人の子よ』
それは今まで聞いたことが無い、優し気な声だった。
その日の狂剣士との訓練の中で、声が聞こえたのはその一瞬だけだった。
だけど、確実に恐怖から一歩だけ、前に進めたような気がした。
感想、評価、ブックマーク登録、いつもありがとうございます‼
やっぱ、ディアスランガは導き手として書きやすいなぁ……。




