協力への契約
円華side
予想外ってわけじゃなかった。
それでも、柘榴に聞こえないほどの小さな舌打ちをしていた。
暴食の盾?
髑髏顔の盾なのに、強固過ぎだろ。
「あの時よりは、俺も強くなっただろ?だが、これでも本気じゃない。それは、おまえも一緒だと思うがなぁ」
仁王立ちで俺を見据え、盾を解除して髑髏を宙に浮かせる。
「椿流剣術を真正面から止めるとか、信じられなくて面食らっちまった。確かに、あの時よりは強くなってるぜ。だけど、そんなデカくて重そうな鎧だと、速い動きには対応できねぇんじゃねぇの!」
さっきは真正面から突きを仕掛けたが、今度は違う。
身体の力を抜き、左右に駆けながら再度接近する。
柘榴の視界に注意を向けつつ、相手の間合いに入った瞬間に背後に回り跳躍する。
あの重装甲だ。
振り向いて、盾を展開するのは数十秒はかかるはず‼
「椿流剣術 衝天‼」
高く跳びながら両手で柄を握り、重力を乗せて氷刃を振り下ろす。
「そりゃ、そういう手も使ってくるよな」
柘榴がそう呟いた時、髑髏は奴の右脚の膝に装着される。
そして、軽く上げて地面に足を下ろした。
ドシィーーーーーンっ‼
その髑髏の足から広がるのは、柘榴を中心とした広範囲への衝撃波。
それは跳躍している俺をも関係なく、自身から吹き飛ばす。
「ぐっ‼」
大きく離れた時には、奴の次の攻撃は始まっていた。
「グラトニー・ウェーブ。防御力はグラトニーシールドには劣るが、それでもノックバックで遠ざけられるのは大きいだろ?そして…‼」
説明している間に、奴は宙に浮いている状態の俺に接近していた。
まさか、右脚からの衝撃波で逆噴射を起こしたのか…‼
移動手段にも使えるってことかよ!?
柘榴はその青黒い籠手に拳を握り、上から振り下ろしてきた。
俺はそれを右手を交差させて防御の構えをとるが―――。
「んぐっ!?がはぁあああ‼」
地面に叩きつけられ、嗚咽が漏れる。
こいつの鎧、身体能力の強化もあんのかよ!?
こんなの、生身で受けたら背骨折れるぞ!?
能力で痛覚を麻痺させている俺でも、その衝撃は身体に伝わっている。
「こんなもんじゃねぇだろ!?俺を追い詰めた、あの時のおまえの怒りはどこに行った!?」
「……ほざくな」
冷たく一言呟いただけで、柘榴は離れた。
俺は起き上がりつつ、頭を押さえながら蝿の王の姿を凝視する。
「すげぇよ。マジで、おまえから一発もらうなんて思わなかった。……少し、油断が入ってたかもな」
弱音を吐くと、無意識に左手が動いて拳を握り、顔面を殴ってきた。
「がぐっ‼…いっった‼何すんだよ!?」
柘榴からしたら、自分で自分を殴ったように見えただろう。
だけど、実際には違う。
ヴァナルガンドが俺の身体を部分的に動かしたんだ。
『喝を入れてやっただけだ。あの髑髏の攻略法、おまえならもうわかってんだろ、相棒?』
大体はな。
2つも手札を見せられれば、予想はつくっての。
『だったら、無駄口叩いてねぇでさっさと実行しろ。俺様の力を使って、1度は勝ってる奴に敗けるなんざ承知しねぇぞ』
わかってる……だから、協力しろよ。
もう黙って見てろなんて言わない。
ヴァナルガンドに発破をかけられ、マスクの下でフッと笑った。
そして、白華の刃先を柘榴に向ける。
「おまえのその髑髏……マジで厄介だな。だけど、それには弱点がある。そのことに、おまえは気づいてんのか?」
「クッフフフ。確かにあるだろうな。だが、それがわかったところで、おまえに攻略できるのか?」
軽い挑発をかけてくる奴の口調から、俺を試そうとしているのが見て取れる。
上等だよ。
柘榴と髑髏を交互に見て、マスクの下で閉じていた右目を開いた。
使える時間は、30秒くらいか。
視界の中で、柘榴と髑髏の動きの先に残像が並ぶのが視える。
ここから先に、勝つためのビジョンが頭の中で形成されていく。
あとは、それを実行に移せるかどうかだ。
鞘のスマホの画面に『マルコシアスモード』を浮かび上がり、それをタップして氷刃を戻して抜刀する。
両足にブースターが装着され、背中に氷翼を展開する。
「攻略…?してやるよ。今からぎゃふんって言わせてやるから、覚悟しろ」
宣言すると同時に一歩踏み込み、柘榴に向かって急接近する。
その時の動きは、ヴァナルガンドの時よりもスピードを活かすものとなっている。
左右に揺れて2体ほどの残像を生み出し、柘榴の首が左右に何度も動いて俺の姿を捉えようとする。
「椿流剣術 漣‼」
接近しながら、俺は白華を下段から振り上げて斬撃波を飛ばす。
「飛び道具か!?面白れぇ‼」
斬撃波に対し、柘榴は左手に髑髏を装備して即座に盾を展開する。
だけど、そう予想通り馬鹿正直に動く奴は、戦場に向いていない。
斬撃波を防ぐことに集中して、その先を想定していない。
「―――まっ、そう動くよな」
マルコシアスモードの時、俺の視界は自身のスピードに合わせるために動体視力が上昇する。
それを未来視と併用し、斬撃波を囮にすれば敵の間合いに入るのは難しいことじゃない。
「バカな!?」
呆気に取られた柘榴が、一歩下がろうとした時にはもう遅い。
この時、俺は事前に氷刃を鞘に納めていた。
次にスマホの画面には、ガルムモードが示されたのをノールックでタップする。
そして、左手で逆手持ちにし、抜刀すると同時に下段からアッパーを繰り出した。
モードチェンジによって、軽量化してスマートな姿だったものから、筋肉質なものに変化していく。
盾の内側に入られ、右脚…あるいは他の鎧の部位に移動させたい気持ちはあっただろう。
だけど、それには時間が圧倒的に足りない。
見たところ、髑髏の能力を切り替えるためには、1度元の姿に戻して移動させる必要があると見た。
そんな余裕は与えない。
ガルムの時、紅狼鎧の身体能力は急激に上昇する。
その左拳に力を込めてエネルギーを集中させ、狼の顎が後ろから拳を飲み込むように浮かび上がって形成させると同時に、胴体に向かって打ち込んだ。
「ハウリング・インパクト‼」
拳をめり込ませて衝撃波を放ち、重装の鎧の内部に威力を流す。
「ぐぶっ‼げばはぁあああああああああ‼」
その重たい鎧ごと、今度は俺が柘榴を後ろに突きとばした。
ガルムの一撃を放った時には、未来視で見える残像はもう消えていた。
奴は後ろに吹き飛びながら、髑髏を右手に持って大剣を形成しては地面に刺して減速し、それを支えにして両脚を付いた。
「んぐぅうう‼……はぁ…はぁ…はぁ…げほっ、ぐほっ…‼……確かに、度肝抜かされたぜ。そうだった……おまえは、能力を切り替えることができるんだったな」
体力的に限界を迎えたのか、柘榴の変身が解除された。
腹を押さえながら、顔から汗が流れている。
流石に直接衝撃波を当てられれば、そうなるのも無理はない。
「流石に、もう終わりだな」
俺も変身を解除し、白華を鞘に納める。
「はぁ…クッフフフ‼やっぱり、おまえとの戦いは刺激がありまくりだぜ。制限時間以外は、弱点なんてないと思っていたんだがなぁ。修羅場を越えた経験の差って奴はデカそうだ」
「……時間制限?」
気になるワードを復唱すれば、柘榴は誤魔化すことなく答えた。
「666秒。俺がベルゼブブを使えるタイムリミットだ。それを越えて使うと、俺は自我をこいつに喰われてしまうんだとよ。そうなったら自分や味方ごと、敵を殺そうとする。恐ろしい代物なのさ、こいつは」
手に持つ髑髏を前に出して見せ、そう解説してみせた。
「良いのか?そんな大事なことを、俺に話して」
「俺の力を利用する時に、時間が無制限だって誤解される方がリスクだと思っただけだ。おまえも、それを見越して戦略を練られるだろ?」
「おまえ、それって……」
予想外の返答に、思わず目を見開いて確認しようとすれば、奴は頭の後ろを掻いた。
「認めてやるよ、おまえは確かに俺と契約するに値する。……おまえはどうだ?俺を利用する覚悟は固まったのか?」
ベルゼブブの力は、これで全てじゃないだろう。
俺に見せていない能力が、まだ残されているはずだ。
それでも、柘榴の異常者としての思考力と暴食の大罪具の力は恐ろしいものだった。
その2つを復讐のためのカードに加えられるなら、願ってもない話だ。
俺は奴に歩みより、右手を差しだした。
「協力するのは、互いの復讐だけだ。クラス競争でもしもぶつかり合うことになったなら、手を抜くつもりはねぇからな?」
「それはこっちの台詞だ。その時は叩き潰してやるよ」
互いに憎まれ口を叩きながら、柘榴は俺の手を取った。
その時、奴は手を見て怪訝な目を向ける。
「冷えた手をしてんだな……。クッフフフ、まるで死人みたいだぜ」
「化け物の次は死人かよ。おまえの減らず口のレパートリー、マジでどうなってんだ?」
こっちとして何の気なしに言ったつもりだったが、俺の一言に柘榴の表情が曇る。
「……一応は協力関係を結ぶんだ。わだかまりは、1つでも解消した方が良いよな」
奴は手を離した後で、軽く頭を下げた。
「おまえのことを、化け物扱いしたこと……謝る。本当に、悪かった。謝って許されることじゃねぇことは、わかっているつもりだ」
予想外の行動に、咄嗟に言葉が出なかった。
こいつに何があったら、こんな素直な変化を経るんだろうな。
「おまえのことを許すつもりはねぇよ」
ここで「気にしていない」なんて言えるほど、俺も大人じゃない。
だけど、許さないのは俺のことじゃない。
「2学期を通して、おまえは俺のクラスのみんなを殺そうとした。そして……恵美を苦しめた。俺への復讐を理由に、誰かを傷つけることに歯止めが利かなくなった。その悍ましい過去を忘れるな…‼」
最後の方は、少し怒気が孕んでいた。
これは演技じゃない。
本気の感情で、俺は柘榴に怒りの感情を露わにしているんだ。
それを受け止め、柘榴はゆっくりと頭を上げた。
「あの時の俺の行動に、言い訳はしない。全て俺が弱かったことが原因だ。おまえに1度叩き潰されるまで、こんな簡単なことにも気づかなかったんだからな」
奴は自分の両手を見て、ギュッと固く握る。
「復讐は一歩間違えれば、身も心も畜生に成り果てる…‼」
それは腹の底から吐き出された教訓のように感じた。
柘榴はそれを吐き出した後、俺と目を合わせる。
「改めて、おまえの恐ろしさを思い知ったぜ。どうしたら、おまえほど心を強く保てる?何がおまえを、人として成立させているんだ?」
変わろうとしているのは、柘榴も同じか。
俺とは別の目的があっても、こいつは同じ復讐者だ。
そして、その一因となったのは俺自身だ。
それでも、奴は教えを請うてくる。
復讐者として、自分と何が違うのかを探ろうとしている。
だけど、それに素直に答えるのが優しさだとは思えなかった。
俺は軽く柘榴の胸に拳を押し当てた。
「俺に答えを求めるな。おまえを人として繋ぎ止めるものは、おまえにしかわかんねぇよ。自分に聞け、以上だ」
俺自身、何度も獣に堕ちそうになっていたんだ。
今の自分を形成しているのは、多くの人との繋がりがあったからだ。
その答えに辿りついたから、ヴァナルガンドと向き合うことができた。
俺と同じ答えに辿りつけるかは、柘榴次第だ。
「おまえがまた畜生に堕ちそうになったら、叩き潰してやる。俺がおまえにできるのは、それぐらいだな」
最低限の助言とストッパーとしての宣言をした後、先にその場を離れる。
立ち尽くす柘榴の背中からは、怒りは感じない。
だけど、奴の中で新たな葛藤が生まれているのは確認できた。
紫苑然り、柘榴然り……大きな力を手にした奴は、何か抱えてるもんなのかもしれねぇな。
かく言う俺も、いろいろと悩んでばかりだ。
柘榴との協力関係を改めて結ぶことができたとしても、それも目的のための仮定に過ぎないんだからな。
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