多忙の予感
円華side
はあぁ〜、後味が悪いったらない。
出ていった恵美を追いかける気力もなければ、ここから機嫌を直せるビジョンも無い。
正直、どう手をつければ良いのかわかんねぇ。
ソファーに座って全体重をクッションに預けながら、天井を仰ぎ見る。
「考えてみれば、あいつが居ないとこの部屋って、こんなに広かったんだよなぁ…」
一時期引きこもってた時は、そんなことを考える余裕もないくらいに焦っていた。
だけど、今はそんな当たり前のことに気づけるくらい、心に余裕が出てきた。
それもこれも、あいつが無理矢理、俺を孤独の檻から引っ張り出してくれたおかげだった。
『あの娘が居ねぇと、おまえは本当にジメジメと辛気臭え気持ちになりやがるなぁ』
呆れたように、ヴァナルガンドが深い溜め息をつく。
そういえば、こいつも最初は恵美のことを拒絶していたくせに、随分と丸くなったもんだぜ。
「なぁ、ヴァナルガンド。おまえから見て、恵美はどういう存在なんだ?あんだけ毛嫌いしてたくせに、最近は妙に受け入れ姿勢だよな」
ふとした疑問を投げかけてみると、相棒はハンっと鼻を鳴らして答える。
「俺様も理解しただけだ。おまえが強さを得るために、あの娘が必要だとな。あいつは、椿涼華とは別の意味で、おまえにとって都合のいい存在だ」
「都合が良いって……。おまえも案外、合理的なところがあるんだな」
都合のいいという言葉は癪に障るが、獣の成りをしてても理性は働くことに関心する。
こいつも狼なのに、少しずつ本能よりも理性で動くことが多くなってるんだよな。
『まぁ、あの娘からは目を離せねぇってのもあるけどな……』
「……あぁ?何か言ったか?」
『何でもねぇよ。……それにしても、あいつがこの部屋を出入りするようになってから、殺風景だったのが物が多くなって人らしくなってきたじゃねぇか』
まるで俺だけだったら、人が住んでねぇ空間みたいな言い草にイラッとしたが、言い返せないのでスルーする。
確かに1人だけなら、こんなに物が増えることはなかったかもしれない。
基本的に、自分で何かを選んで購入することは少ない。
インテリアなら、なおさらだ。
テーブルの上に見れば、アロマの香りがする犬のぬいぐるみが置いてある。
そういえば、あいつが置いていったのが、そのままオブジェになっていたんだっけ。
おかげで、鼻が慣れてきて薄れているが、部屋中がアロマの香りで充満している。
他にも恵美が置いていったものには、ホットアイマスクやマッサージ器具など、何か共通点が多く見られる。
「……って、あいつが置いてったもの全部、癒し系グッズじゃねぇか?」
改めて物を整理していると、その事実に気づいてハッとする。
もしかして、あいつ……さり気なく、俺のことを気遣ってたのか?
ここにあるもので、自分で購入したものは無い。
ヴァナルガンドが言っていた通り、俺は1人になると憂鬱な気分になることが多い。
そのことを見透かして、あいつが意図してこういう類のものを置いていったとすれば……。
「はああぁ〜。……ったく、そういうことなら、直接言えっての。回りくどいんだよ」
彼女の気持ちを察して、自分の鈍さに腹が立った。
今回ばかりは、本当にかけるべき言葉を間違えたと反省する。
とりあえず、ダメ元でどこにいるのか確認するために電話をしようとしたところ、画面を見れば一通のメールが届いていることに気づく。
しかも、その件名は「アイスクイーンへ 現地集合」の一言のみ。
アイスクイーンなんて、俺に向かってピンポイントで商業メールで送る奴も居ねぇか。
怪しさしか感じないが、開いて目を通してみる。
ーーー
愛すべき弟へ
3月12日に並木道にて待つ
愛しのお姉ちゃんより
ーーー
マジかよ……。
これ、どう考えてもあいつじゃん。
BCの奴、何を考えてやがる。
意図は読めないが、俺も丁度確認したいことが在った。
桜田家の当主に就任する件について、その真偽を確かめなきゃならない。
メディアにはそう発表していても、形だけ席を置いて、あの男の操り人形になる可能性もあるからな。
それにしても……3日後かよ。
カレンダーを見れば、今日は3月9日。
そして、卒業式は15日だ。
最後に何の面倒事に巻き込むつもりか、気が気じゃねぇ。
とりあえず、スマホのスケジュールに登録しておくと、また次のメールが届く。
……何だろう、このデジャヴ。
いやいやいや、まさか、12月終盤と同じようなことになるなんてことは……。
恐る恐る内容を見れば、それは進藤先輩からであり、何とも固い文面だった。
ーーー
件名:阿佐美学園への同行をお願いしたい。
春休みに入り、悠々自適な日々を過ごしているところ申し訳ない。
忙しいところ、大変恐縮だが、おまえに今月11日の阿佐美学園との交流会に参加してほしい。
人数は可能であれば、俺とおまえ、そしてもう1人同行してもらう予定だ。
いい返事が聞けることを期待する。
ーーー
嘘やん…。
まさかの、あんたもこう言うことをしてくんのかよ、進藤先輩。
阿佐美学園という名前で、嫌でもあのアホ真面目の顔が浮かぶ。
「……別に嫌ってわけじゃねぇけど」
頭の後ろを掻き、深い溜め息をつく。
まぁ、あのデタラメな文化祭の後の阿佐美学園のことを、気にしてなかったわけじゃない。
あいつが、また陰湿なイジメで泣いてるところをイメージすると、滑稽で肩が震える。
つか、同行するもう1人って誰だよ?
実行委員の中の誰かだったら、金本や雨水、幸崎などが浮かぶ。
だけど、それだったら実行委員の時の誰かだって名前を出すはずだ。
どこにサプライズ要素を盛り込んでんだ、あの人は。
一応、端的に『了解しました』と返信し、再度スケジュールに登録する。
さて、気を取り直して、拗ねてる銀髪娘の機嫌を取りに―――。
外出の準備を終えて部屋を出ようとした瞬間、それを阻むように電話が鳴った。
「何っっっなんだよ、さっきからぁ‼」
前もあったけど、こういう時に限って、示し合わせてるわけじゃねぇだろうなぁ!?
苛立ちを隠さずに、画面も確認せず電話に出る。
「もしもし、どちら様ですかねぇ!?」
「……あぁ?何で気が立ってんだ、おまえ」
電話の声に聞き覚えがあり、ふと我に返る。
そして、目を若干見開いては段々とダラダラと汗が流れては画面を確認する。
映し出されているのは、見慣れぬ電話番号。
だとしたら、俺の反応は間違ってはいないはず。
ちょっと、八つ当たり気味だったけども。
「……もしかして、柘榴か?」
俄には信じられなかったため、名前を呼んで確認すると気だるげな声が聞こえる。
「てめぇの耳が腐ってるのか?この声を聞いて、俺以外が連想されたならお笑いだぜ。その使えねぇ耳を削ぎ落して来い」
この腹立つ言い方から、本人だと断定する。
「喧嘩売るなら、他を当たれよ。こっちは忙しいんだっての」
「俺と喧嘩できるような相手は、生憎と今はおまえか女帝ぐらいしか思いつかねぇなぁ」
相手にできる範囲に紫苑の存在を含めてるところから、相当の自信を持ってると見える。
「……真面目な話、何の用だ?暇潰しに、不愉快な言葉のラリーを続けたいわけじゃねぇんだろ?」
意味もなく、俺に電話を寄越してきたとは考えにくい。
第一、柘榴と無駄な雑談をしているところを想像するだけで笑えてくる。
「Sクラスとの対抗戦の様子、見せてもらった。魔鎧装を互いに使用して、鈴城とドンパチやって楽しかったか?その感想を踏まえて、おまえに話がある」
その言葉に、いくつかの疑問が浮かぶ。
「何でおまえが、俺たちの対抗戦のことを知ってんだよ?」
「この学園で情報を手に入れる方法なんて、いくらでもある。知りたきゃ、俺たちの方の対抗戦の情報を渡しても良い」
「等価交換ってわけか」
柘榴の目的は、大体だが察しはつく。
「今から、俺の言う場所に来い。1人で来ることが理想だが、最上恵美を連れてきても良い」
まさかの恵美1人を指名かよ。
その意図は読めないが、敢えて追及することはなかった。
なんせ、今あいつを呼んでも来るとは思えなかったからな。
「1人で良い。おまえと顔合わせるなら、俺だけの方が気が楽だしな」
12月の一件で、Dクラスは柘榴の存在を警戒している。
また柘榴のクラスと衝突するのは御免だし、そんな余裕は無い。
柘榴から指定の場所を聞き、「わかった」と返事をして電話を切った。
『優先順位が変わったみてぇだな』
電話の際中は黙っていたヴァナルガンドが、声をかけてくる。
「柘榴から聞かなきゃいけないこともあるしな。気分屋のあいつが会おうって言うなら、罠だとしても飛びついてやるさ」
『まぁ、そうだった場合は蹴散らすだけか』
「そういうことだ」
予定を変更し、部屋を出て指定の場所に向かうことにした。
その中で、他の2つの用件にも気が向いている。
BCの誘いに、進藤先輩との阿佐美学園への同行……。
面倒事に巻き込まれる気しかしねぇな。
ーーーーー
恵美side
ああぁ〜、ムカつく!!
部屋から出ても、怒りが全く収まらない。
円華は何もわかってない。
私がどれだけ気を遣ってるのかも、私の気持ちも。
限定品を食べられたことは、確かに嫌だった。
だけど、確かに私にも否があったのは認める。
アイスの箱に名前を書けばよかったって、今では思ってる。
でも、それ以上に許せないことがある。
円華が何も言わずに、私への不満を溜めこんでたこと。
迷惑だって思ってたなら、ちゃんと言って欲しかった。
善意でやっていたつもりでも、嫌なことをしていたと知ったら、傷ついた。
私たちはもう、何でも言い合える仲になっていると思ってたのに……。
地下街を歩いていると、あまりの怒りの覇気に周りから人が離れていくけど、気にしない。
ピキ―――――ンっ。
その中で、ふと何か強い視線を感じて後ろを振り向いた。
誰も彼もが、私の前と後ろを通り過ぎて行く中で、1人だけ足を止めてこっちを見ている人影がある。
「もしかして、組織の回し者?」
予想を口にしつつ、視線のする方に近づいてみると、向こうも私が気づいたことを察したのか、離れるように走って行った。
「えっ……待って‼」
逃げられたら追いかけたくなる習性から、見失う前にこっちも走る。
その背中は建物の死角を利用して、路地裏に入っていく。
人目がつかないように、警戒している?
だけど、それにして走っていく先に違和感がある。
距離を縮める中で、向こうが「はぁ…はぁ…‼」と息切れしているのが聞こえる。
私の記憶が確かなら、ここから先は……。
意図せず追い詰めた先にあったのは、高い網目のフェンス。
そのことに気づいた相手は、足を止めて膝に手を置き、肩で息をしながら呼吸を整える。
「えぇ‼マジっ…!?嘘おぉ~~~‼」
「追いかけっこはもう終わりだよ」
ホルスターにさしてるレールガンに手をかけるけど、向こうがこっちを振り向いた時に動きが止まった。
その蒼い瞳に、既視感があったから。
「その眼……どう言うこと?」
相手も私と目を合わせては、苦笑いを浮かべていた。
「あ、あははっ……。やっぱ、そう言う反応になるよねぇ~」
春休みだって言うのに、制服に身を包んでいる少女だった。
黒髪で蒼い瞳をしている、小柄な体型をしている。
そして、どこか懐かしさを覚えるのと同時に不思議な感覚になる。
レールガンを抜くことができない。
私の意思が、その必要は無いと訴えかけてくる。
一言で表すなら、警戒できない
相手は「ふうぅ~」と深く息を吐いて背筋を伸ばした。
「この眼を見ると、ほとんどの人がそう言う反応するよ。生まれつきだから、いつもはカラコンとかで隠してるんだけど、さっき落としちゃったからなぁ~」
頭の後ろを掻きながら、口走る少女。
生まれつき、透き通るような蒼い瞳をしている。
それは私と同じ特徴でもある。
見た所、組織の連中のような不気味なオーラはしない。
それに、どちらかと言うと……こっち側に近い気がする。
「あんた、名前は?何で私のことを見てたの?というか、逃げた理由もわかんないんだけど」
考えてみたら、私と彼女は初対面。
勝手に見られて、気になって近づいたら逃げられて、正直不快。
「あぁ~、えーっとぉ……そう!お姉さんが美人で、見とれてしまっていたのです!はい!」
人差し指を立てながら、それっぽい理由で誤魔化そうとしているのが丸わかりだった。
そして、この手の態度をしてくる輩は、追及するのが面倒臭い。
「わかった、答えたくないなら後回しにする。名前は?」
「名前?な、名前…はぁ……」
あからさまに目を逸らしてくる彼女に、不信感が増して行く。
「マナ……です」
目を合わせながら、強い眼差しでぎこちなく名乗った。
「マナ…ね。苗字は?いきなり名前で呼ぶのも、呼ばれるのも変でしょ?」
「い、いやいやいや!名前で良いです!名前で呼ばれるの大好き‼苗字なんて、どうでもいいじゃないですかぁ~」
慌てながら名前で良いと言ってくる必死さに、目が死んでいく。
うん、もう考えるのが面倒になってきた。
ありのままを受け入れよう。
「じゃあ、マナ…ね。私は最上恵美。……制服を着てるってことは、ここの生徒だよね?1年であってる?」
この態度で1年じゃなかったら、私が失礼な態度を取っていたことになるんだけど……。
「あぁ~っと、私、次の4月からの新1年生なんです。今日は制服を受け取りに来てて、舞い上がって更衣室で着替えちゃいました!」
「いや、それは気合入り過ぎでしょ」
敬礼しながら言う彼女に、冷静にツッコんでしまった。
何て言うか、変な感覚。
初めて会うのに、初めてな気がしない。
「恵っ…じゃない、最上…先輩?は、2年生ですよね、多分」
「えっ…!?先…輩……‼」
先輩。
そう呼ばれるのは、人生で初めてだった。
それゆえに、衝撃が強かった。
何だろう、この謎の優越感…‼
マナの問いにコクコクッと頷くと、彼女は手を握って目を合わせてくる。
「だったら!良かったら、私に学校案内してくれませんか!?」
「・・・へ?」
目をキラキラさせながら頼んでくるので、圧が強い。
正直、私もそんなに知ってるわけじゃないしなぁ……。
「だ、ダメ……ですかぁ?」
下から上目遣いで、弱弱しい声で聴いてくる。
この子、麗音と同じくらいあざとい…‼
「……はぁ、わかったよ。少しだけ、付き合ってあげる」
私は男じゃないけど、この態度に根負けして受け入れることにした。
それに、彼女には気になる所がいくつかある。
薄っすらとだけど、近い何かを感じる。
円華や、お父さんと……。
それが偶然なのかどうか、確かめたい好奇心が働いた。
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