狭間を越えし者は
???side
失敗したぁ‼
まさか、もう見つかるなんて…‼
誰かが情報を流したの?
だとしたら、一体誰が?
裏切り者を頭の中で探すけど、どれも有力候補過ぎて絞れない。
思考を巡らせつつも、現実は待ってくれない。
足音は容赦なく、私を追って近づいてくる。
極力気配を消しつつ、近くの体育館倉庫に入り、口を両手で押さえて息を殺す。
もう、この先の展開が容易に予想出来て涙が出てくる。
「おぉ~い、さっさと出てこい。こっちも暇じゃねぇんだぞ」
響く靴音と共に、男の声が聞こえてくる。
ここで出たら、確実に痛い目に合わされる。
何とかしてやり過ごす手段を探していると、四角い何かに触れて起動する。
「えっ……何これ?」
その電子機器の存在を、知っていても実際に見るのは初めてだった。
画面が起動し、そこにはこう映し出されている。
『ココジャナイドコカニイキタイ? YES/NO』
ここじゃない何処か?
それって、今時流行りの異世界転移か何かですか!?
一瞬、いつもアニメで見ているような流れにテンションが上がり、好奇心からYESに触れそうになる。
何分、うちの家系は面倒事に巻き込まれる運命にある。
ここから逃げることができたとしても、やれ『勇者になって魔王を倒して来い!』って言われるのも嫌だし、『チートスキルあげるから、自由に生きなさい!』って放っておかれて、何年も家を空けていたら流石に家族も心配して、世界を巻き込んででも探しに来るかもしれない。
いやぁ~、運命の分かれ道ってこういう時に唐突に来るもんですなぁ~。
「おい!いい加減にしろよ、おまえ‼早く出てこいって言ってんだろ!?」
声はさっきとは真逆に、痺れを切らしそうになってらっしゃる。
こうなったら、正直に出て行った方が命までは取られないかもしれない。
「ああぁ~、もう、どうしたら―――」
ピっ‼
何か、変な音が聞こえた。
・・・え?
『受理しました。これより、転送を始めます』
自分の人差し指の先を見ると、画面の『YES』に触れている。
「オォ~マイガァ~~~‼」
頭を両手で抱えつつ、自分の身体がアニメのように光りだしている。
いやいやいや、本当に?マジで行っちゃうの、異世界!?
現実離れした光景なら、何度でも見たことあるけど、これは初体験だってー‼
どうして良いのかわからず、アタフタしているが状況は変わらない。
そして、今の大声で居場所がバレ、体育館倉庫の重いドアが開く。
「おまえなぁ~‼手こずらせやがってっ――はぁ~!?」
男も私の変化に対して、目を見開いて驚いている。
「ちょっとちょっと、見てないで助けてよ‼お―――」
助けを求めたところで、私の身体は完全に光の中に消えて行った。
あとに残ったのは、小型の謎の転送装置。
過去の時代に、タブレットPCと呼ばれたものだけだった。
ーーーーー
奏奈side
3年生の3学期が終了する。
それはつまり、私にとってはこの才王学園を卒業することを意味している。
卒業式まで、残り1週間を切った。
退学になることなく、この学園で生き残ることができる者はそう多くない。
私自身、周りで何度も近しい者がこの学園を去った――いいえ、学園のシステムによって殺されていった。
「……私らしくないわね。感傷的になるなんて」
日課である朝の入浴で湯舟に浸かり、天井を見上げてゆっくりと目を閉じる。
この3年間を振り返ると、多くのものを失った記憶だけが想い起こされる。
その中でも、2年生の夏を忘れたことは無い。
私が最も憎んでいた、だけど、妬ましいほどに強い女がこの世を去ったのだから。
最初にその事実を知った時、何かの間違いだと思っていた。
あの女……椿涼華が、死ぬなんて考えもしなかったから。
それと同時に、頭に過ぎったのは愛する弟の悲し気な表情。
彼女が死んだのなら、円華の心が壊れるかもしれないと思ったから。
案の定、あの子の心は1度壊れた。
そして、新しく生きる目的を携えて、この才王学園に転入した。
自分の血塗られた輝かしい栄光を、切り捨ててまで、この弱肉強食の地獄に来てしまった。
椿涼華の復讐という、ただそれだけのために。
この時、私は生徒会長として、学園長より円華が転入することを聞かされていた。
この学園は、桜田家と椿家の繋がりを把握していた。
学園長としては、転入理由を見た際に最後まで決断することができなかったらしい。
復讐という私怨に駆られた目的のために、多くの生徒が犠牲になることを危惧していた。
今でも覚えている。
学園長が私に問いただしたことを。
『椿円華……この少年の抱える危険な思想……。これは、破滅をもたらす者ではないか?』
円華の目的を、その血塗られた過去を知り、危険を覚えるのも無理はない。
だけど、私はそれに対して、最初は淡々と返す。
『いいえ、学園長。彼はそのような子ではありません。確かに、平穏とは違う未来をこの学園にもたらすことは、覚悟しておいた方がよろしいかと思います』
そこで言葉を区切り、笑みを浮かべて見せる。
『ですが、椿円華はこの学園に必要な存在となります。そのことは、桜田家の次期当主としての名に賭けて、お約束いたしますわ』
私は自身の存在を賭けてでも、円華の目的を後押しした。
本当なら、こんな所にあの子を受け入れるのは、あまりにも酷だったかもしれない。
それでも、私は自分の欲望に敗けてしまった。
もう1度、円華に会える。
それが例え、姉としてでなくても構わなかった。
あの子はもう、私のことを姉だと…それ以前に、家族とも思っていない。
それでも、会いたかった。
そして、円華に会うことでしか、果たせない願いがある。
10年前の償い。
あの暁の夜に、円華を拒絶してしまった時のことを、ずっと覚えている。
人ならざる姿に変わったあの子に、手を差し伸べることができなかった。
私が守るべき存在だったのに、私が守られた。
守られたにも関わらず、円華が獣に変わった現実を受け入れられなかった。
だけど、私にはできなかったのに、椿涼華にはできた。
今にして思えば、あの女にケチを付け出したのは、あの時から妬ましく思っていたからかもしれない。
椿涼華が死んだのなら、今度は私のことを姉として見てくれるかもしれないと、淡い期待を抱いてもいた。
それも、すぐに泡となって消えたけど。
湯舟から右手を出し、水滴が滴り落ちながらも照明の明かりに向かって手を伸ばす。
「……私って、つくづく手遅れよね。あなたも、そう思わない?……涼華さん」
自嘲気味な笑みになりながら、口角が引きつる。
こうやって、死んだ後になって敬称で呼ぶのも、私の愚かさ故。
何もかもが、気づいた時には遅い。
失った信頼も、失った命も、もう取り戻せない。
それでも、時間は無情にも過ぎていく。
1年間という時間があったにも関わらず、私はあの子と話すべきことを話せず、向き合えていない。
薄々、気づいていたわ。
円華が、私に対して負い目を感じていることを。
そして、私自身もそれは同じ。
だからこそ、近づきたくても、できなかった。
このまま、何も想いを伝えないまま、この学園を去るつもり?
また、何もできなかったって後悔するのは、もううんざり。
もう、会えなくなるかもしれないのに。
「……そろそろ、私も卒業する必要があるみたいね。円華との、この関係に」
まだ、話さなければいけないことが、たくさんある。
それを伝えないまま、この学園を去ったのなら、それこそ円華を苦しめることになるかもしれない。
もう、私のことを嫌ったままでも構わない。
残された時間は、もう少ない。
私が生徒会長でもなく、桜田家の次期当主でもない、ただの桜田奏奈で居られるのは、もう残り1週間しかないのだから。
湯舟から立ち上がって浴室を後にし、バスローブに身を包んでからスマホを手に取る。
画面に映るのは、円華の写真。
「私からの、最後の嫌がらせになるかもしれないわね。だから、全部受け止めてちょうだいね?」
柄にもなく、画面に向かって口づけをしてみた。
円華に対して想いをはせながらも、私の中でもう1人だけ心残りになっている存在が居る。
「あなたのことも、少しは気にかけているのよ…進藤くん」
進藤くんは、私の代ではできなかったことを成し遂げようとしている。
この学園を変えることは、並大抵の覚悟ではできない。
彼自身の、その先にある目的も。
本当に、口惜しくなってしまう。
私はここから先の彼らの物語に、直接関わることはできないのだから。
それでも、私なりのやり方で何かを残すことはできるはず。
そして、この学園を出た後にも、何かしらの役割があると思っている。
だけど、それは私が無事に卒業できればの話。
学園側が、この私を排除しようとしていることは分かっていた。
このまま、何もなく終わるとは思えない。
いろいろな意味で、私にかかる負担は大きい。
それでも、それに圧し潰されるのは、桜田奏奈の姿じゃない。
私は最後まで、桜田奏奈としてあり続ける。
この学園の校門を一歩出る、その時まで。
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今回で、1年生編は最終章になります‼
次の2年生編に繋がる要素もふんだんに、ギュウギュウに詰め込んでいますので、最後までお付き合いいただけると幸いです。




