3学期終了
堅苦しい修了式が終わり、1年生の終わりを自覚する。
式が終われば、早々に解散になったことで、俺は1人で余りあまった時間をある場所で過ごしていた。
Fクラス校舎の屋上だ。
ここからは、地下街を一望することができる。
だけど、この場所はそんなに高い場所じゃない。
地上に比べれば、広大な敷地にも分厚い壁があり、空ではなく天井が見える。
檻の中に居ることには、相違ない。
「全ての始まりは、ここだったな……」
5月に転入して、いろいろなことを経験してきた。
最初は、涼華姉さんを殺した白騎士……今となっては、キングに復讐することだけが目的だった。
復讐のためだったら、全てを犠牲にする覚悟で、俺はこの弱肉強食の学園に入ることを決めたんだ。
あの時は、思い返せば自暴自棄に近い心境だったかもしれない。
周りのクラスメイトと関わっていても、どこか別世界の住人のように感じていた。
そりゃそうだ。
俺とあいつらじゃ、過ごしてきた環境が違い過ぎる。
人が死ぬこと、人を殺すことが当たり前だった所で生き残ってきたんだ。
それなのに、俺にはもう、その死生観で生きることが許されなかった。
姉さんが死んだことで、俺にはもう誰かの命を奪う資格が無くなった。
姉さんの命令を、免罪符にしていた。
人の命を奪うことは罪だ。
自分に罪が無いなんて、思ったことは無い。
俺は姉さんが死んだことで、その罪の意識が大きく膨らんでいた。
姉さんが今まで背負ってくれていた責任が、一気に自分に還って来た感覚だった。
その時までは、俺は命令という鍵があったことで、自分の中の本能を解放していた。
必死に押し殺していた、獣としての本能を。
それが何よりも恐くなって、人を殺すことができなくなった。
結局、俺は姉さんを理由に逃げていただけだった。
俺が復讐を誓った理由は、その責任を背負わせてしまった、姉さんへの償いもあったのかもしれない。
それでも、この学園での生活が変えてくれた。
才王学園での多くの出会いが、俺を獣から人に繋ぎ止めてくれた。
姉さんのためだけの復讐だったら、もうとっくに人として生きることができなかったかもしれない。
姉さんだけでなく、今まで繋いできたものを守るために戦う覚悟。
そして、それが獣……今となっては相棒と呼べる、ヴァナルガンドと向き合う覚悟に繋がった。
『忘れるなよ?おまえが何者だったとしても、孤独じゃない。1度結んだ繋がりは、切り離すなよ』
何度も思い出す、その最後の命令と笑顔。
「そう何度も言われなくたって、もう切り離す気はねぇよ……姉さん」
声が返ってくるわけでもないのに、今日は柄にもなく口に出して応えてしまった。
「今度は何に対する独り言?」
そして、こういう時に限って、間が悪いことに聞いてる奴が居る。
声が聞こえて振り返れば、そこにはヘッドフォンを耳に着けた銀髪女が立っていた。
恵美だ。
「おまえ、何でここに来たんだよ?」
「それは私の台詞でもある。今更、Fクラスの校舎に何の用時?まさか、1年生の終わりにここが恋しくなったとか言わないよね」
「そんなわけねぇだろ。……ただ、この1年を整理するには、1番いいと思っただけだ。この学園でのスタートは、俺にとってはここだったからな」
手すりに体重を預けながら、頭上に広がる天井を見上げる。
最初は、この天井が鬱陶しくて仕方なかった。
だけど、今の俺たちは地上の空を見上げる権利を勝ち取った。
ここから先、どこまで昇りつめるかはわからない。
それでも、俺は目的のために進み続ける。
これは俺の復讐劇だ。
そして、物語として、復讐の先にあるのは悲劇で終わるものが多い。
ふざけんな。
復讐劇の先にあるのが、悲劇だなんて誰が決めた?
俺はこの物語を、悲劇で終わらせるつもりは更々ない。
「そう言えば、円華がこの学園に来て、最初に校門の前で会った時は驚いたなぁ……。まさか、あんな所で鉢合わせるなんて、思いもしなかったから」
「・・・はぁ?」
横に来た恵美の言葉に、俺は怪訝な顔で反応する。
いや、俺とこいつが初めて会ったのは、Eクラスに上がった時のはずだ。
その前に、こんな根暗な電波女と会った記憶なんて―――。
グイっと横から不服そうな顔で右頬を抓られる。
「モノローグでも、根暗な電波女は失礼」
「……さーせん」
言葉だけ平謝りしつつ、横目で恵美の顔をじっと見て記憶を思い起こす。
あの時は歩いて学園に向かってて……柄の悪い警官に絡まれてぇ…そんでぇ……。
そう言えば、あの時、校門の前で変な女に会ったよな。
フードを深く被ってて、その上マスクしてたから顔までは見えなかったけど、確かあの女の髪も、こいつと同じで白っぽい銀色だった気が……。
そこで、記憶と現実が噛み合った。
「あの時の女が、おまえだったのかよ!?」
「……え?今更?気づくの遅い。鈍感過ぎるし、バカなんじゃないの?」
心底呆れた顔で言われ、仕舞いには「はあぁ~」と深く長い溜め息をつかれた。
「誰がバカだ、誰が。おまえ、3学期の成績どうだったんだよ?高太さんたちに見せられるもんだったのか?」
「そういう意味で言ったわけじゃないし……。本当にバカだね、バーカバーカ」
「はぁ!?納得いかねぇ‼」
こっちが抗議しようとしても、恵美はプイっとそっぽを向いてしまう。
「そんなんだから、周りが気づいている単純なことにも気づかないんだよ」
最後に小声で言った言葉の意味も分からないまま、彼女はやれやれと言った表情で行ってしまうのを追いかけ、追及を続けても答えは返って来なかった。
だけど、そんなやり取りをしている間、恵美の表情は少しだけ笑んでいるように見えた。
そう言う意味では、彼女もこの1年で少しだけ変わったのかもしれない。
最初に会った頃は、こんな自然に笑みを浮かべることなんて数回ほどしかなかったし、周りが近寄りがたい雰囲気があった。
それが今では、少しずつだけど自然と周りと馴染んで、友達と呼べる存在も居る。
一体、何がこいつを変えたのかはわかんねぇけど、良い変化だと思える。
そして、恵美が俺の側に居てくれたから、俺も変わることができたんだ。
「はあぁ~。…ったく、おまえには本当に敵わねぇな」
「……いきなり、何の話?」
お~っと、また心の声が口から出てしまったみたいだ。
「何でもねぇよ。おまえはSクラスの女帝様よりも、面倒くせぇなって話」
「っ!?それは絶対におかしい‼あんな我儘女よりも、私の方が常識あるもん‼」
「はいはい、そうですねー」
「受け流さないで、真面目に聞いて‼」
今度は攻守が交代になり、恵美から追及してくる。
本当に、こいつって乗せやすいよなぁ~。
ーーーーー
???side
煙混じりの黒い風が吹く、人影が見えない廃墟の街。
その中の1つのビル内で、俺は1人で壊れかけのベンチに座りながら2枚の写真を見る。
休憩時間には、写真を見て想像するのが常になっている。
1枚目には、愛する妻と娘が写る。
そろそろ戻らないと、また悲しい想いをさせてしまうかもしれないな。
愛する妻を怒らせて愛想をつかされるのは、世界が終わることよりも恐ろしい。
仕方がない、罪島に帰れたら思う存分泣かせてやろう。
娘の方に目を向ければ、フッと笑みが零れる。
あの娘は、今は彼と供にあることで多くのことを経験し、強くなっているだろう。
成長を喜ばしいと思いつつ、悲しくも感じるのが複雑だ。
そして、直視したくないと思いつつも、2枚目の写真に移る手が止められなかった。
そこに写るのは、古くからの友から送られてきた茶髪の男の子の写真だ。
彼のことを見る度に、胸が締め付けられるほどの苦しさを覚える。
「俺もそろそろ、離れないといけないのにな……。つい、君のことが気になってしまう。君に混沌を背負わせてしまったのは、俺の罪だから。……ごめんな、ーーー」
写真を見る度に、その子の顔に触れ、その名を呼び、罪悪感に駆られてしまう。
俺自身にはもう、その名を呼ぶ資格が無いとわかっているのに。
そんな物想いにふけりながらも、意識の外側から嫌というほどの敵意を感じて現実に戻る。
「……家族のことを想って、黄昏たい気分なんだ。もう少しだけ、心の平穏を保たせてくれないか?」
正直、この時間が無いと心が保てないほどに心身ともに疲弊している。
癒しを欲して、今にも逃げ出したいほどに。
しかし、それが許される立場でもない。
ソファーから重い腰を上げ、黒いレールガンを取り出しては蒼いデッキケースを窪みに装填し、引き金に人差し指を引っ掻ける。
「悪戯の時間だ、ロキ」
コードを唱え、ケースからクリアカードを1枚引いては前方に投げ、引き金を引いて蒼い弾丸を飛ばす。
弾丸はカードを射抜いて砕き、魔法陣を展開する。
陣からは蒼黒の魔人の鎧が召喚され、俺の身体に装着される。
『蒼魔人装ゼロキス スタイル:ガンナー』
レールガンより音声が流れ、装着が完了する。
そして、それに合わせて異形の黒い獣人が四方を囲むように現れる。
「全く、本当に嫌になる……。俺の根源の力に引き寄せられたか?世界のゴミ掃除をするにも、多少なりとも労力を削がれるんだ。あまり、手荒な真似はさせないでほしいな」
相手を挑発しつつ、最後に左手をスナップさせて「来いよ」と戦闘開始を宣言する。
それを待っていたかのように、四方から獣人たちが襲いかかる。
しかし、その攻撃パターンは既に読めていた。
銃口に蒼いエネルギー球を生成し、頭上に向けて撃ち上げる。
すると、発射直後に四方に上から十字になるようにビーム状に分かれ、獣人たちの頭部を貫通して消滅させた。
「クロスレイズ・ショット……。本当は、こういう使い方じゃないんだけどな」
そして、その四方に分かれたビームはその延長線上に居る敵たちにも伝播していき、続けざまに消した。
その衝撃でビルが倒壊する前に、歩き出して窓から飛び降り、悪魔の翼を広げて飛翔する。
空からドミノ式に崩れていく街の姿を見下ろし、唖然としながら深く息を吐く。
「はああぁ~。本当に、この世界は壊れていくばかりだな。人も物も……心も」
廃墟の街の先に広がるのは、荒野。
この世界は、既に壊れてしまっている。
それでもなお、俺は戦い続ける。
自分の世界で生きる、大切なものを救うために。
この世界を切り捨てることを選んだ、罪の王としての責任を取るために。
『絶望の王よ』
俺のことをそう呼ぶのは、自身の片割れとも呼べる悪戯の神。
「どうした、ロキ。おまえが俺に声をかけてくるなんて、久しぶりのことじゃないか?」
『知っているだろ、俺は気まぐれなんだ。そして、その気まぐれで、おまえに朗報を伝えに来た』
そう言って言葉を区切り、ロキは言った。
『混沌の宿主が、我が眷属と共鳴した。根源としての力を発動させる日も、そう遠くはないだろう』
「……そうか。ついに、彼が……。だとしたら、俺もそろそろ、本腰を入れなきゃいけないかもしれないな」
片割れの報告を聞き、俺の中である決意が固まる。
『この世界に留まり続け、もう1年は経過しようとしている。そろそろ、おまえの身体も心も限界が来ているのではないか?おまえはまだ、おまえ自身を保てているのか?』
「俺を心配するなんて、珍しいな。気色悪い」
『我らは一心同体なのだ。自分の身が危険にもなれば、同情もするさ』
「……休暇は取るさ、そろそろな。だけど、その前に……新世代たちが存分に力を振るえるように、仕掛けは用意しておきたい。向こうもそろそろ、限界だろうからな」
新世代たちが迎えるだろう、新たな試練は見えている。
だからこそ、その手助けになる何かを、奴らに気づかれない内に用意しておく。
そして、それが俺の追い求めているものを見つける手がかりに繋がるはずだ。
「鍵を握るのはやはり、あの場所……才王学園」
何とも奇妙な運命を感じる。
自身の母校とも呼べる場所で今、自分の子どもたちが命を賭けて戦っている。
しかし、そこに感傷的になっている余裕はない。
俺には、この状況を作り出した責任がある。
「緋色の幻影の真の目的が、ルインの復活だけじゃないとすれば、この世界だけでなく、向こう側にも影響があるはずだ。俺の予想通りなのだとしたら」
幻影の陰に隠れた目的を探る中で、その答えに近づきつつ思う。
自身の生み出した罪に、締め付けられる感覚。
それに耐えながらも、進み続けなければならない。
それがこの俺……最上高太の、罪の王としての在り方なのだから。
感想、評価、ブックマーク登録、いつもありがとうございます‼
これにて、『真意を試す対抗戦』編は終了です‼そして、3学期編も終了‼
ラストを締めるのが、まさかの高太side‼しかも、いろいろな台詞や描写が嫌って言うほど意味深過ぎる‼
次回からは春休みとなる新章『絡み合う春休み』編に入ります。




