突き落とす優しさ
対抗戦が終了して、3日が経過した。
結果からしてみれば、この学年末クラス対抗戦は学園側……いや、組織にとっては茶番だったみたいだ。
ヴォルフ・スカルテットが俺たちに対して、明らかな敵対関係を明らかにしたのは予想外だったけど、それでも自分の中の違和感から突かれた隙に悔しさが残る。
俺は理事長としてのあの男に、信頼に近い感情を向けていたんだ。
そして、それに付け込まれた。
身体としては臨戦態勢を示しつつも、精神的に迷いを抱いていた。
ったく、情けねぇ話だぜ。
それでも、組織にとってはお遊びだったとしても、俺たちによっては真面目な戦いだった。
全てが掌の上だったとしても、俺たちの抵抗が無駄だったわけじゃなかった。
あの後、麗音は基樹と成瀬が回収した解毒剤によって、回復傾向に向かい始めていた。
そして、他のクラスの感染者にも解毒剤は匿名で送ってある。
それを使用するかどうかは、あとは奴らの選択次第だ。
当初の目的を達成することはできた。
だけど、俺たちは学園側に敗けた。
Sクラスとの対抗戦に引き分けた以上、Dクラスの勝利条件は受諾されない。
そして、それは紫苑たちの目的も同じように達成されていない。
俺と彼女は、互いに得るべき権利を失ったんだ。
そんな結果として、敗者となった者同士だけど、今日また会う約束を取り付けられている。
場所は花園館の中庭であり、ここを訪れるのは3度目だ。
女帝の領域ではあるが、今日は不思議と警戒はしていない。
会いたいというなら、願っても無い話だ。
こっちもこの前の対抗戦を通じて、彼女に確認したいことが在ったからな。
中庭で紫苑に対する数々の疑念を整理していると、後ろから声をかけられる。
「少しずつだが、雪解けが始まってきたな」
それは待ち人の声であり、振り返れば笑みを浮かべている女帝が映る。
「それは、俺たちの関係って意味でも言えるだろ。お互いに、温かい春を迎えたいもんだぜ」
薄々気づいていたが、1人で来たみたいだ。
返しがわかっていながらも、確認のために問いただしてみる。
「今日は付き人は連れてないんだな」
「大事な話だ、無関係な者を巻き込みたくない。そう言う意味では、おまえは小娘を連れてくると思っていたぞ?」
「恵美を連れてきたら、おまえらが犬猿過ぎて話が進まねぇだろ。俺1人で十分だ」
あいつがこの場に居たら、まず紫苑の『小娘』って呼ばれ方から突っかかるはずだ。
つか、こいつもこいつで、恵美を目の敵にする理由もわかんねぇけど。
「仮にも高太さん…おまえの師匠の娘だろ?あいつのこと、そう邪険にすんのは、良くねぇんじゃねぇの?」
「師は師、小娘は小娘だ。あの女が、私と同等の実力を身に付けたのなら、認めてやらんでもない」
あくまでも、個人として視るってわけか。
紫苑らしいな。
そして、俺から高太さんの名前が出たところで、紫苑の目尻が少し上がる。
「円華、おまえは師のことをどこまで知っている?」
「俺の命の恩人……そして、緋色の幻影を1度崩壊させた、英雄って呼ばれる男…ぐらいだな」
高太さんのことを端的に言い表せば、紫苑は口角を上げて「英雄か」と復唱する。
「おまえの持つ情報に追加しておくと良い。あの人に英雄という言葉は似合わない。敢えて言うなら……魔王だな」
「真逆じゃねぇか」
「実際にそうなのだ。私も師に鍛えられた身だが、その冷徹さには驚かされた。あの人は、この世界において至上最悪の罪を犯した王なのだからな。おまえが何度師と接触したのかは定かじゃないが、あまり彼を信用することはお勧めしない」
まぁ~た、意味わかんねぇことを言いだしやがった。
ここは追及するべきだと、本能が言っている。
「高太さんがどんな罪を犯したのかは知らねぇよ。だけど、それでも俺がここに立っていられるのは、あの人が居たからだ」
紫苑が何と言おうと、俺の中での高太さんへの認識は変わらない。
あの人に救われた過去は、変えられない。
そして、受け継いだ力で多くのものを救えたのも事実だ。
「英雄だろうと、魔王だろうと、罪人だろうとどっちでも良い。俺は高太さんを信じる。おまえから何を言われようと、それが答えだ」
俺の答えを示せば、紫苑は少し目を見開いた。
「驚いたな。おまえは、師だけでなく……」
小声で何かを言いたげだったが、頭を軽く横を振って区切る。
「そうであれば、我々がこの場に立った意味があるというものだ」
呼び出した理由に、話がシフトする。
紫苑は俺に歩みより、手を差しだしてくる。
「単刀直入に言おう。円華、私のクラスに来い。共に緋色の幻影を討つために、協力しようじゃないか」
最上高太の弟子。
その存在に辿り着いた時から、いつかはこうなることは分かっていた。
俺たちは、互いに真の敵を捉えている。
そして、対抗戦を通じて実力を知ることができた。
紫苑が俺を求めるのは、自然な話だ。
「円華、私はあの時、おまえに敗北した。その事実だけで、おまえは私を支えるに足る存在だと認めたんだ。おまえと私の目的は一致しているはず。この手を取らない理由はあるまい」
恩人の弟子である、女帝からの誘い。
この手を取ることで、俺は目的に近づくことができるのか?
俺の目的と、紫苑の目的。
それが本当に一致していると、彼女は思っている。
だけど、俺の中の欲望が、その正解を否定する。
「悪いけど、俺はおまえが思ってるほど真っ当な人間じゃねぇよ」
その言葉が意味する答えを、紫苑はすぐに察したようだ。
表情が険しくなる。
「おまえの目的は、緋色の幻影を討ち滅ぼすことのはずだ。おまえは、組織に椿涼華を奪われた。その復讐を果たすのであれば、私と手を組んだ方が合理的だ」
「組織を潰すことだけが目的なら、そうかもしれねぇな」
紫苑の予想と、俺の欲望には多少のズレがある。
確かに俺は、組織の思惑を打ち破ることに重きを置いている。
だけど、それも目的のための障害となるからに過ぎない。
俺は復讐者だ。
その目的が、姉さんの仇を取ることであることは変わらない。
それでも、俺の復讐が意味するところは、それだけじゃない。
「紫苑、おまえの隣に立つべき相手は俺じゃねぇよ。俺じゃ、おまえと釣り合わない。俺たちが同じ天秤に乗ったら、傾いちまう。それを望んでねぇんだ」
天秤というワードは、意識して出た言葉じゃなかった。
だけど、言った後で自分の中で納得した。
俺はこの1年間で、多くの人間と関わってきた。
その中で、1つの体制ができつつあった。
1人では、組織と戦うことはできない。
だから、他者と手を取り合って戦うことを選んだ。
それはDクラスの仲間たちだけじゃない。
もっと、力が必要だ。
俺が復讐を果たすために。
俺が大切な居場所を守るために。
もっと、巻き込むべき他者は増やす必要がある。
そのために、俺が他のクラスに移動したらダメなんだ。
それだと、俺はあいつらを……恵美を守ることができなくなる。
答えを示せば、紫苑も思うところがあったのか、その決断に否定はしなかった。
「おまえは、私よりも強い者だ。おまえよりも弱い私が、引き留められるはずもない。残念だ。円華ならば、私に教えてくれると思ったのだが……」
「はぁ?教える?何を?」
どうも、この女帝様は自分の中で話を進める悪癖があるみたいだ。
それに振り回される奴……つか、付き従う奴は大変だろうな。
Sクラスの奴らに同情している間に、紫苑は答えた。
「おまえの存在は、私の心を高ぶらせる」
そして、ノーモーションから俺の右手首を掴み、自身の乳房に服越しに押し付けた。
「わかるか?おまえの近くに居るだけで、これほど心臓の鼓動が速くなっているんだ。これが……愛というものなのでは、ないのか?」
……そう言うことか。
紫苑は、求めているんだ。
自分の中に、愛を感じさせてくれる存在を。
だけど、その役割は俺じゃない。
しがみ付くように問いかける彼女に、俺は真剣な表情で返す。
「それは、愛じゃない。おまえが求める強者に、俺を当てはめているだけだ」
そう言って、彼女の乳房から手を離す。
理想の戦力と愛は、決定的に違う。
それを一致させて満足させたら、これから先の紫苑の成長を妨げることになる。
ここで、そんな甘えは許さない。
女帝と呼ばれる彼女でも、俺と同様にさらに強くなる可能性が在る。
俺の目的のために、柘榴同様、紫苑にはもっと強くなってもらわなきゃ困るんだ。
精神的な意味でも、力の意味でもな。
「円華、おまえは残酷なのだな。折角私が正解という頂を掴みかけたと言うのに、崖に突き落とすとは」
「まやかしの頂なんて掴んだって、あとで現実に打ちのめされるだけだろ。これは俺なりの優しさだ。押し付ける気はねぇけどな」
人は誰かがもがき苦しんでいる時に、つい正解を提示してしまうことが在る。
それが大切だと思っている者ほど、苦しみから解放してやりたいと思うものだ。
だけど、残念ながら、俺にはそれが当てはまらない。
俺は鈴城紫苑という戦力は求めていても、そこに愛情なんて無い。
無いものを求められたところで、与えることなんてできるはずもない。
偽りの愛なんて、いつかは見透かされて痛い目を見るんだからな。
「それでは、おまえを私の側に置くのは諦めるとしよう。しかし、おまえと私の敵は同じ。道が交われば、また協力することはあるだろう」
「だろうな。その時は、女帝様の手を遠慮なく借りることにするぜ」
「その言葉、混沌の人狼にそのまま返してやろう」
混沌の…人狼…。
今の俺には、言い得て妙かもな。
紫苑は首から下げているネックレスを見せ、フッと笑う。
「椿円華。おまえは本当に、面白い男だ。私がこれを使用しても、勝つことができなかったのは師を除けば、おまえが初めてだった」
「嫉妬の大罪具か……。そいつは、俺の中の力を知っている様だった。改めて、そいつに聞くぜ。俺の何を知っているんだ?」
敢えて、ネックレスを見て問いかけるが、紫苑は首を横に振る。
「こいつは気まぐれでな。今はもう眠っている。おまえの求める答えを得るのは、今日じゃないようだな」
本当なら叩き起こしてほしい所だけど、これ以上無理を言うのは危険だな。
俺は今、紫苑の誘いを断った。
これ以上、機嫌を損ねたくはない。
「私もおまえのことは、師から少し聞いた程度だ。混沌の根源を宿す子どもであり、この世界に影響を与える存在だとな」
「……何だよ、それ。世界とか、そんなスケールの大きい話、ピンと来ねぇよ」
確かに、普通の人間とは違うことは嫌でも自覚している。
それでも、世界に影響を与えると言われれば、訝し気な表情になってしまう。
「詳しいことは、私にも理解できていない。しかし、これからの戦いで、その意味するところを知ることになるだろう。おまえの内に宿る、その混沌の力と共にある限りな」
紫苑は1つの未来予測を残し、この会話に満足したのか離れて行ってしまった。
結果的に、紫苑とは影の協力関係を築くことには成功したって所か。
だけど、彼女の中で課題は解決していない。
それどころか、振り出しに戻ってしまった感じだろう。
紫苑はそこから、自分の中で答えを見つけ出すしかない。
その答えが、彼女の強さに繋がることを願うのは、俺の偽らざる本心だ。
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