管理者の掌
円華side
2つの共鳴技。
その威力は拮抗しており、紅の狼と紫の海龍は牙を剥いてぶつかり合う。
「うぉおおおおおおおおおお‼‼」
「はぁああああああああああ‼‼」
互いに雄叫びをあげながら、両者は自らの技に力を注ぎ込む。
「私の全てを出し切れ……リヴァイアサン‼」
『ブァアアアアアアアア‼』
女帝の命令に対し、それに反応するように海龍は雄叫びをあげる。
それに紅狼は圧され始めるが、後ろから発破をかける。
「こんなもんかよ…ちげぇだろ…‼」
相手はSクラスの女帝、そして、高太さんの弟子。
それでも、俺たちは…‼
俺たちの覚悟は、ここで負けたくないと叫んでいる‼
「俺たちの覚悟は、こんなもんじゃねぇだろ!?ヴァナルガンドォー‼」
『グワォオオオオオオオオオオオオ‼』
俺とヴァナルガンドの意識が、合わさる。
この戦いに、必ず勝つという覚悟。
俺の刃とヴァナルガンドの牙が輝きを増して行く。
互いに、力が高まっていくのを実感する。
そして、その時は――――来た。
海龍のオーラにノイズが走り、紫苑が表情を歪める。
「ぐっ‼アダンの召喚で、力を使い過ぎたか…。しかし…‼」
最後の力を込め、海龍の輝きも増して行く。
それでも、ヴァナルガンドの急速な力の増加にはついて行けない。
「こんなところで、負けるわけにはっ…‼」
紫苑にも、負けられない理由がある。
しかし、海龍の力は相棒の力と差が開き始めている。
気づけば、紅の狼のオーラの大きさは敵と同等の巨大さになっている。
その増長に合わせて、紫苑の感情が流れ込んでくる。
『負けない…。私は強者として、導く者として、負けることは許されない‼』
導く者…女帝としての孤高さが。
『私が負ければ……マスターの信頼を裏切ることになる…‼それだけは…‼』
彼女はずっと、その重荷を1人で背負ってきたのか。
『この世界を守るために、私がこの場所で敗北するなど…あってはならないんだぁー‼』
伝わってくる感情から、彼女の心が悲鳴をあげているのが理解できた。
原理はわからない。
だけど、自分の中で力が高まっていくのに合わせて、紫苑の強い意思が伝わるんだ。
まるで、その力と感情を吸収しているかのように。
『良いんだな、相棒』
それはヴァナルガンドからの問いかけであり、俺の中の迷いを理解した上での確認だとわかった。
負けられない理由が、強いほどに分かる。
だからって、それがここで引き下がる理由にはならない。
負けられない……いや、勝たなきゃいけない理由は、俺にもある。
世界がどうとか、彼女の壮大さには敵わないかもしれない。
だけど、やっと手に入れた居場所を守りたい。
その願いを……俺の中の確かな欲望を、裏切りたくない…‼
迷いを振り切り、紫苑から伝わる欲望を受け止めた上で、相棒に言った。
「喰い破るぞ、ヴァナルガンド‼」
1人では届かなかったかもしれない。
迷っていたかもしれない。
だけど、今の俺には相棒が居る。
だから、振り切れる…‼
『グルワォオオオオオオオオオオ‼‼‼』
意識が共鳴する中で、ヴァナルガンドの力が高まっていく。
そして、そのオーラは遂に相手を越えた。
『ガァアアアアアアアアア‼』
オーラの紅狼は回転し、海龍のオーラを削り崩壊させた。
「そんな…‼」
紫苑が目の前の光景に、言葉を失った。
しかし、紅の狼は彼女の思考に合わせることなく、容赦なく牙を剥いて接近する。
その攻撃に対し、女帝と呼ばれる少女は顔を引きつらせて目を瞑った。
喰われると、直感したのだ。
だが、その女帝の抱いた恐怖が現実になることは無かった。
ヴァナルガンドは、彼女の横に逸れて髪を大きくなびかせるだけだった。
そして、紫苑が次に目を開けた時、そこに映るのは紅氷の刃の先。
「はぁ…はぁ…。終わりだ」
息を切らしながらも、白華の先に女帝の首を捉える。
互いの魔鎧装が解除され、紫苑の眼は正常に戻った。
「……そうだな。私の、完敗だ」
小さくも、彼女は敗北を認めた。
これで、俺たちの対抗戦も終了だ。
「共鳴技……。まさか、おまえも使えるなんて思わなかったぜ」
「奥の手は最後まで残しておくものだ。それでも、おまえのそれには敵わなかった。何故、私はおまえに負けたんだ…?」
負けた理由を問うてくる声は、今までに聞いたことが無い程に弱弱しいものだった。
それはここまでの戦いで、体力を限界まで消費したから…だけじゃないだろう。
「慰めにもならねぇだろうけど、おまえは強い。俺が喰らいついていけたのは、相棒のおかげだ。俺1人だったら、絶対におまえに勝てなかった」
実際、俺以外が相手だったら、絶対に負けなかったはずだ。
そして、この前までの俺だったら、勝つことはできなかった。
相棒を信じる覚悟を決めた俺だから、ここまで戦うことができたんだ。
俺の一言を聞き、ヴァナルガンドが『ハンッ』と愉快そうに笑っているのが伝わった。
「相棒……。そうか、おまえは1人で戦っていたわけではなかったのだな。そこが、私とおまえの違い……。この敗北は、私にとって良い学びになったよ、円華」
先程までの怒りは感じない。
むしろ、紫苑の表情はどこか晴れているように感じる。
「良いものだな、敗北という経験は。勝つことよりも、多くのものを得ることができる。これで私には、まだ強くなる可能性があることが証明された」
彼女のその言葉は、負け惜しみには感じなかった。
自らの可能性を見出した彼女が、少しだけ綺麗だと思えた。
「戦いながら、私はおまえの剣から重みを感じた。おまえの握る刀には、守るものの覚悟が伝わってきた。しかし、私にはそれが無かった」
紫苑は俺の右手を取り、両手で握って目を閉じる。
「身体は1人でも、この手には多くの想いが在ったのだな。それを感じとることができるのは、おまえが真の強者である証だ。導く者には、おまえのような者が相応しいのかもしれない」
「……それは買い被り過ぎだ。俺に先導者は向いてねぇよ」
今まで、導かれる側だったんだ。
今まで多くの人が、こんな俺に手を差し伸べてくれていた。
そして、今はそれだけじゃない。
前で先人たちが手を引いてくれたから、ここまで来れた。
そんな俺を、今は支えてくれる仲間という存在がいる。
理由があるから、俺は全力で戦うことができる。
今ならわかる、姉さんの言っていた最後の言葉の意味が。
「俺がここまで戦ってこれたのは、繋がりが在ったからだ。多くの繋がりに導びかれて、それを守りたいと思ったから。俺はおまえに……勝てたんだ」
勝利宣言なんて、普段はしない。
だけど、俺はこの時、紫苑に分かってほしかったのかもしれない。
孤高で居ることが、強さの証明じゃないことを。
「ふっ……おまえには、敵わないな。少なくとも、今のままでは」
この時に紫苑が浮かべた笑みは、とても純粋なものに見えた。
『これにて、Sクラス VS Dクラスの対抗戦が終了となります』
俺たちが話している中で、コロシアムルームに放送が流れる。
しかし、次に流れたアナウンスは、俺と紫苑が予想もしていない結果だった。
『30分のタイムオーバーにより、5回戦『自由決闘』は引き分け。よって、両者の戦績は2勝2敗1引き分けにより、勝利クラスはなく引き分けとなります』
その放送を聞き、俺たちは互いの顔を見て顔が引きつる。
「引き…?」
「分け…?」
分割しながら聞こえた情報を呟けば、周りを見るが時計は見当たらない。
というか、ここに来る前に時計は回収されてるから確認のしようがねぇじゃん!?
白華に差したスマホを確認するが、激しい戦闘により既にバッテリー切れだった。
「マジかよ…。あんだけやって、引き分けって……」
「これも、我々が戦いを長引かせていたが故の落ち度か」
互いに頭を押さえながら唸っていても、結果は変わらない。
そんな中で、1つの影がコロシアムルームに入ってきた。
パンパンパンっと拍手の音を響かせながら。
「お2人とも、良い余興でした。いい勝負でしたね」
その男は神父服に身を包んでおり、優し気な笑みを浮かべている。
「理事長…?」
ヴォルフ・スカルテット。
どうして、この男がわざわざこんな場所に?
「まさか、ヴォルフ理事長自ら生徒の健闘を称えに来るとはな。何の皮肉だ?」
紫苑は理事長相手にも、両腕を組んで態度を改めない。
ある意味、この精神力は羨ましいぜ。
「皮肉とは酷いもの言いですね。私は素直に褒めたいだけです。あなたたち2人の戦いだけでなく、Dクラス、Sクラスの生徒全員が全力を出し、我々にとっていい結果を残してくれました」
……何だ?この違和感。
相手は、ヴォルフ・スカルテット。
俺はこの男と、2回だけ会ったことがある。
その中で、その人柄が視えていたつもりだった。
だけど、この男の言葉を、そのままの意味で受け取ることができない。
それは鈴城も同じようで、怪訝な目付きを向ける。
「何をおっしゃりたいのか、そろそろはっきりさせてもらおうか。理事長」
彼女の問いに、理事長は口角を上げる。
ヴォルフは満面の笑みを浮かべ、両手を広げる。
「……フフフっ。困りましたねぇ。笑いを押し殺すことができません。今は対抗戦も終わり、観戦の映像も切れている。このタイミングで、真実を打ち明け、君たちの絶望する顔を見るのも面白いかもしれません」
ヴォルフは満面の笑みを浮かべ、両手を広げる。
「君たちにとっては、悲しいお知らせです。この対抗戦5番勝負の最後のゲーム『自由決闘』は、本来ならば引き分けではなく、椿くんの勝利だったのですよ」
その言葉で、全てを理解した。
そして、目の前の男に、明らかな敵意を向ける。
「……時間切れって言うのは、嘘だったってことかよ?」
俺が睨みながら問えば、ヴォルフはゆっくりと頷いた。
「我々としては、君たち2つのクラスの条件を呑む事態は、承服しかねることだったのです。しかし、1度定められたシステムを覆すには、こちらとしても余計な時間と労力を費やすリスクが在りました」
奴はそこで話を区切り、「ですから」とつなぐ。
「貴方がたの結果を、引き分けになるように誘導させていただきました。どの競技にどういう介入をしたのかは、トップシークレットですがね?」
その事実に、俺と紫苑の中で怒りが湧き上がる。
大方、俺たちへの介入は制限時間の操作って所か。
「ふざけんな…‼」
拳を握り、ヴォルフに向かって一直線に振るう。
「……危ないですねぇ、その短絡的な思考は」
その拳を、奴は人差し指だけで止めやがった。
『相棒、下がれ‼今のおまえじゃ、無理だ‼』
前とは逆に、ヴァナルガンドが俺に引くように訴えてくる。
「引け、円華‼」
そして、横から紫苑も叫び、レヴィランカーの形状を鎖斧に変えて投げつける。
「その力は厄介……。しかし、君もまた、意識が欠如している」
もう片方の手で斧を摘まんで止める。
そして、目を開眼させれば、紅の波動が放たれた。
「「ぐぁはああああああ‼」」
俺と紫苑は後ろに飛ばされ、床に倒れる。
これが、ヴォルフ・スカルテットの力…!?
キングと同等じゃねぇか…‼
「これが、組織の…元・側近の力か…!?」
紫苑は奴の素性を知っているようで、忌々し気に呟く。
「元とは心外ですね。現代も過去も、私は組織に忠誠を誓っている身ですよ」
圧倒的な力の差。
これは俺たちが、さっきの戦いで気力と体力を使いきったことが原因じゃない。
「何やら、裏でこそこそとネズミのように動き回っていたようですが、この結果は変わりません。君たちは引き分け……いや、我々に敗北したのです。どれほど足掻こうと、我々の掌の上で踊らされているに過ぎない存在。そのことを、努々お忘れなきように」
いつか聞いたのと似たような言葉を吐き捨てて、ヴォルフは行ってしまった。
本当に、俺たちの悔しがる顔を見ることだけが目的だったらしい。
これが、DクラスとSクラスの対抗戦の終わり。
そして、真に戦うべき相手との、本当の始まりとなった。
感想、評価、ブックマーク登録、いつもありがとうございます‼
これにて、全ての対抗戦が終了です‼
うん、3つの戦い、全部が何とも後味が悪い‼(いや、そう言う風に書いたのはおまえじゃ)




